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■ BOOKS [1/3]
ライフワークは音楽(2001年4月発行)
 ローランドの創設者、梯郁太郎氏の自伝書籍。 弱冠16才で起業したかけはし時計店から、電子オルガンで名を残したエース電子、そして世界的電子楽器ブランドへ成長したローランドへの歴史が克明に記録されています。 特筆すべき記述は、1964年のNAMMショウに関するものであり、会場になったコンラッド・ヒルトン・ホテルの宿泊部屋がそのまま展示会ブースになったという内容。 メロトロン(マークII)の母体となったチェンバリン(660)のブースが隣り合わせていたという事実も奇跡という以外に他は無い。 以下に少々抜粋させていただきます。
 「隣の部屋では、テープに録音した音を鍵盤で再生する”機械”を弾いていた。 演奏は楽器のキーボードを使っている。 キーを押すと鍵盤の奥に並べられた録音テープが走り出し。予め録音された音が再生される。 同じキーを八秒以上押すことは出来ないという制約があるものの、出てくる音は素晴らしいものであった。 人声のコーラス、ストリング・アンサンブル、色々な効果音まで出せる。 デモンストレーターとも親しくなり、なんどもデモを聴かせてもらううちに、だんだんと”機械”の弱点も見えてくる。 テープのノイズ、揺れ、和音を押さえたときの響き、音色を変えるには大きな枠にテープを並べた額縁然とした物を取り替える作業が必要、等々である。 それにしてもキーボードの数だけテープを並べ、安定して走らせるだけでなく、キーを話した瞬間に巻き戻すメカニズムや、テープに正しい音程で録音する手順など、考えただけで気が遠くなる。 三十五鍵が二組並んでいて、それぞれに違う音色のテープ群を配置することで、テープの取り替え回数を少なくするようになっていた。 それを目の前にして言葉をなくした。 ブースの大きさから考えても、そんなに大きな組織で作っているとは思えないのに、このようなメカニズムを設計し、楽器に仕上げるパワーは、当時の私には想像を絶するものであった。 その楽器は設計者の名前をとって”チェンバリン”(Chamberlin)といった。 後に英国で製造されるようになり”メロトロン”と名を変えて再登場することになる。 一九八一年に設立した合弁会社のローランドUKの前社長と営業部長が、このメロトロンの工場長、生産管理者であったことが判ったのは十六年後のことである。」
 当時氏が技術的また文化的な高い壁を乗り越えて電子楽器の市場へ参入したのか手に取るようにわかり、その苦闘を知れば涙無しには読めない必読の書。 テルミンやハモンドオルガン、モーグシンセサイザーなどの電子楽器に興味のある方には尚更。 がんばれメイド・イン・ジャパン!!

2011年5月28日
キーボードマガジン(1984年7月号)
 「メロトロン 鍵盤楽器の形をしたテープ・レコーダー」と題し、ヒカシューの井上誠さんが、ユニークな解説を書かれています。
 「1963年にイギリスで発明されたメロトロンは、ムーディー・ブルースの「サテンの夜」や、ビートルズの「マジカル・ミステリー・ツアー」などで使われだし、キング・クリムゾンの「エピタフ」で一躍カリスマ的楽器となりました。 一般的にはオーケストラの代用として見られがちですが、本当はもっととんでもない魔法の箱なんです。 原理的には、35台分のそれぞれのスタート・スイッチを鍵盤状に並べたものだと思ってください。 で、通常は左側のテープ・ユニットから順に、ピッチを半音づつ上げた楽器の音などをセットしていくわけですが、あくまでも鍵盤はそれぞれ独立したテープ・ユニットのスイッチである、という発想でいけば、別に何を入れたってかまわないわけです。 たとえばド・ミ・ソと押さえると「ドカーン!」「ギャオー!」「ウッフーン」てな具合で、こりゃもう、音のシュール・レアリズムですよ。」

画像は黒いNOVATRON 400SMの内外観を紹介しています。

資料提供 カワカタ氏

2008年3月26日
プログレッシヴ・ロックの哲学(2002年11月発行)
 平凡社発行、巽孝之著。 帯には「音楽・現代思想」の文字も踊る、少々堅い文体でプログレッシヴロックを解析する一冊。 筆者が1972年後楽園球場でEL&Pのコンサートを見て衝撃を受け、その後オリジナルアルバムから海賊盤までも購入するくだりで、当時の国内におけるシンセサイザーについて言及しています。
 「まだ京王技研すなわちコルグが国産の普及版シンセサイザーを商品化するまで間があったし、そもそもエマーソンがナイフをふるった相手であるハモンド・オルガン自体、専門楽器店でさえ稀にしか目にすることのできないシロモノだった。 例外的に、当時開店して間もない渋谷の西武百貨店の楽器コーナーが、ハモンドとともにメロトロンも気前よく陳列していた程度である。」

資料提供 カワカタ氏

2008年3月24日
ROOT OF HEAVY METAL(2000年12月発行)
 音楽専科社発行。 「レッド・ツェッペリン解散から10年目の1990年に出版された「COME TO LIFE AGAIN〜LED ZEPPELIN」に、ディープ・パープル、レインボー、ホワイトスネイクを加えた完全版! この1册にツェッペリンとパープル・ファミリーの2大ハードロック巨人の、最盛期の熱波を凝縮、資料的にも大変貴重な1册!」(帯コピーより)
 70年代後半、RAINBOWのステージセッティングが図で示されていて、アナログキーボード全盛期の巨大なセットが良くわかります。 ステージ正面から後方に向かって、Mini moog、KORG VC-10、YAMAHA CS80、Hammond B-3、ARP Odyssey、Mini moog、Clavinetteに加え、このセットで唯一のストリングス系であるVAKO Orchestronがあります。

資料提供 カワカタ氏

2008年3月24日
MUSIC LIFE(1973年1月号)
 来日ミュージシャン特集と題し、CBSソニー、ポルナレフ担当ディレクター高久光雄氏のペンでMichel Polnareffが紹介されています。
 「(前略)「ポルナレフの世界」の素晴らしさは彼の本物を立証している。 そしてポルナレフはストリングスと共にメロトロンとムーグを自由に使用している。 ムーグは「シェリーに口づけ」の間奏で使用しているが、ビートルズが「アビイロード」を出した後、ビートルズに頼んでスタッフごと借りた。 メロトロンに関してはアルバムの中では「コンピューターの夢」で使い、ベースもメロトロンである。(後略)」
 ライヴアルバム「POLNAREFF A TOKIO」(邦題:ポルナレフ・ア・トーキョー)のライナーには、公演翌日の11月21日に行われた対談(ミッシェル・ポルナレフ、大森康雄、立川直樹、高久光雄)が掲載されています。
 Michel Polnareff(以下MP)「フランスでは40人のストリングスを使ったんだけど、今度(73年6月)東京でやる時は、さらに3〜4台のメロトロン、ドラマーを3人使おうかと思っている。 ベースはなし、メロトロンが替りをするんだ。 メロトロンをひくのは僕。 おきまりのベースがいて、ドラムスがいるという編成はつまらないよ。」 立川(以下T)「アメリカではストリングスは使わないんですか?」 MP「あまり、使いたくないね。 僕には優しすぎるもの。」 T「そうですね。 あなたの好きなグループ、ムーディー・ブルースはメロトロンを使っていますね。」 MP「僕も使ってるよ。」 T「アルバムで?」 MP「うん。 "シェリーに口づけ"がそうだよ。 変な言い方だけど、東京でのコンサートだけで僕を判断しないで欲しいんだ。 まず、機材を持ってこなかったし、照明機材も必要なんだ。 僕の音楽をやるには、メンバーは40人は必要.....。 とにかく、今度くる時は今までに聞いたことのない音楽を聞かせるつもりだよ。」 T「"Polnareff's"でもメロトロンを使ったんでしょう?」(管理人注:Polnareff's=アルバム「ポルナレフの世界」) MP「うん。 "コンピューターの夢"でね。 そうそう、あれは全部、自分ひとりで演奏したんだよ。 ギターもピアノもね。」
 ちなみに、このライヴアルバム「POLNAREFF A TOKIO」ではMellotronを使用していません。 これらの記事を基にスタジオテイクの「コンピューターの夢」「シェリーに口づけ」を何十回と繰り返し聴いてみましたが、残念ながら私の耳では明確なMellotronの使用箇所を判出来ませんでした。 「コンピューターの夢」は優雅なピアノの弾き語り(スキャット)とファンキーな曲調を交互に繰り返し、ベースはエレクトリックベースを使用しているように聴こえますし、「シェリーに口づけ」は間奏のあたりがそうなのでしょうか。

(画像右/1972年11月20日、東京厚生年金ホールでのコンサートを収めたアルバム「POLNAREFF A TOKIO」)

2008年3月24日
音楽専科(1974年8月号)
 イタリア本国では、ニューアルバム発売後8週間に渡り、トップの座を守っている最中のPFM。 3回目にあたるブリティッシュツアーが行われた1974年5月のステージで、Alvin Leeが飛び入り参加したと言う話題を、ステージ写真と共に紹介しています。
 「(2曲目の「ザ・マウンテン」について) これもイントロのコーラスはカットされ、フランコ・ムシーダのギター・プレイから始まる。 ここでもヴォーカルはフラビオ・プレモーリがとり、我々日本人にとっても仲々興味深いその歌詞が刻まれて行く。 中程のメロトロンを生かしたパートが非常に美しく、その後の力強いリズム・インストゥルメントがカットされると同時に照明も消え、テープに録音されたコーラスが暗闇の会場に流れる・・・といった仕組だ。」
 当時のプロモーションフィルムでも、Mellotron M400SのEMIバージョンを使用していた事は確認できていましたが、古いモノクロフィルム(ソラリゼーション?)の為、その色までは判断しかねていました。 こちらの記事ではその匡体が木目であり、背面下部のパネルが黒であることもハッキリとわかります。

(画像右/ステージ右に並ぶM400S EMIの背面、上部に特徴的なアウトレットも確認できる)

資料提供 カワカタ氏

2008年2月3日
STRANGE SOUNDS(2005年発行)
 Mark Brend著OUTLINE PRESS発行、電子楽器の黎明期から発展にいたるまで、歴史、アーティスト、楽器解説を詳細に綴った書籍。 「MAGNETIC TAPE AND THE LOST ART OF ANALOG SAMPLING」の項では、テープレコーダーの発明発展から、録音編集技術の進歩、Pierre Shaefferらのミュージックコンクレートを紹介し、テープリプレイ楽器ChamberlinとMellotronの歴史に触れています。 Mellotron使用の定番アーティストの紹介に加え、Chamberlinを使用するアーティストとして、MERCURY REV、THE FLAMING LIPS、CROWDED HOUSEを紹介しています。 また、Mellotronに関する興味深いコメントとして、New Musical Express 1972年6月3日号、MOODY BLUESのRay Thomasインタビューを以下の様に掲載しています。
「僕達はミュージシャンユニオンとのトラブルを抱えていたんだ。 彼らが言うには、僕らが(Mellotronに)プラグを差込んで鍵盤を弾くと、オーケストラの半数は失職するってね。」 加えて、Pierre Shaefferの初期のテープリプレイ装置「Phonogene」の貴重な写真も紹介されています。 「MAY THE CIRCUIT BE UNBROKEN」の項では、Optiganに関する様々なエピソードを紹介しています。 Billboard誌1971年11月号で、Mattel社がおもちゃメーカーである事を大きく紹介せず、SynthesizerやMellotronに追随する新型楽器として紹介された。 販売価格は350ドルから1300ドル。 Optiganの音源になる、12インチLPサイズの半透明セルロイドディスクは、57種類供給され、BLUR、CROWDED HOUSE、DEVO、TOM WAITS、THE CLASH等で使用された。 1975年に会社が傾くまでOptiganのほとんどはアメリカで販売され、わずかにヨーロッパ向けにも販売された。 その技術はVako社へ継承され、プロフェッショナル向けのOrchestronとしてKRAFTWERKに使用されたが、成功する事は無かった。 「DOCTOR AND CAPTAINS」の項では、BBC放送の効果音などを担当する部門、Radiophonic Workshopに関する記述があり、Mellotronの使用説がある同局の人気テレビシリーズ「Dr.Who」にも触れているが、Mellotronに関する記述は見られなかった。

(画像右/Pierre Shaefferの「Phonogene」には鍵盤が装備されている!)

2007年10月7日
シンセサイザーの全知識(1996年2月発行)
「シンセサイザーの全知識」リットーミュージック発行、安斎直宗著。 シンセサイザーの原理、機種、用法解説の合間に、Fairlight、Mellotron、Thereminなど、時代のトピックとなった楽器を紹介しています。 以下、一部抜粋。
 「もともとは、1950年代後半にアメリカでハリー・チェンバリンがチェンバリンという名前で作っていたものを、イギリスのブラッドレイ兄弟が改良したものだ。 メロトロンの鍵盤の下には、鍵盤の数だけのテープと磁気ヘッドが備えつけられており、鍵盤を押すとその下にあるテープが再生される仕組みになっていた。 テープの長さは7〜8秒で、それ以上のロング・トーンを演奏することはできなかった。 その代わり、テープ・ループではなかったので、持続音だけでなく様々なSEや打楽器音なども演奏することができた。 テープには3つのトラックがあり、セレクターでヘッドのポジションを切り替えることによって、3種類までの音を簡単に選ぶことができた。 (中略)メロトロンの音質は、現在のサンプラーに比べれば決していいとは言い難いものだった。 (中略)こうしたメロトロン独特の響きには今でも愛好家が多く、最近のハイファイなサンプラーのためにローファイなメロトロンの音をサンプリングしたソフトも作られている。」

2007年10月6日
map issue#1(2000年7月発行)
 音楽雑誌マップの創刊号。 「失われた楽器を求めて」と題して、Pea HixのOptiganユニット、OPTIGANALLY YOURSの特集が8ページにもわたって組まれています。 日本のオプティガンマスター、VAGABOND c.p.a.岡田崇さんの、実機を前にした詳細な解説を加え、Optiganに関する記事として決定版と言える素晴らしい内容です。 下記に、そのごく一部を抜粋。
 最初にオプティガンと出会ったのはいつ? また実際に手に入れたときの様子を教えてください。 Pea Hix「初めてオプティガンのことを耳にしたのは1985年頃だったかな。 でも、その後10年間は実物に出会えなかったんだ。 それから、1995年にカリフォルニア州、オークランドのスリフト・ショップ(古道具屋)で1台見つけて、まさしく一目惚れだよ。 そのサウンドは聴いた途端に頭から離れなくなったし、それでいてアホっぽいしさ! 僕はいつも、そういった正反対の要素を音楽に持ち込みたいと思ってたからピッタリだったわけさ。」 セカンド・アルバムではオプティガンを使っていないそうですが、その理由は? また、その代わりにチルトン・タレントメイカーとヴァコ・オーケストロンという楽器を使ったそうですが、それらの楽器のオプティガンと違う点はどんなところなんですか? Pea Hix「ええと、タレントメイカーを使うにあたっては、最初はEPを出すことくらいしか考えてなかったんだけど、何曲かタレントメイカーで書いてみて、フル・アルバムを作るべきじゃないかって思うようになったんだ。(中略)次のアルバムもオプティガンを使わないんだ。 そこではオプティガンのマスター・テープからの断片を使ってコンピューター上で組み替えようと思っているんだ。 とにかくタレントメイカーのサウンドはそんなにオプティガンと違わないよ。 ある点ではオプティガンよりも少しだけいいし、ある点ではオプティガンより少しだけ悪い。 オーケストロンについては、コードでの伴奏機能とドラム・ループが装備されていない点を除けば、オプティガンもタレントメイカーとも似たようなもんだね。」 「1970年頃、米マテル社で生産が始まったオプティガン(1976年に販売終了)。 これはあくまでも高級なオモチャとして大型デパート等を中心に流通、機能はほとんど同じだが6種類のタイプが存在しており、当時300ドルから500ドル程度の価格で売られていたようだ。 (中略)メロトロンは、鍵盤毎にオーディオ・テープと再生ヘッドが用意され、鍵盤を弾く度にサウンドが再生される仕組みだった。 しかし、オプティガンはそれとは全く異なる光学式(オプティカル)、つまり映画の音声トラックと同じ録音方式なのだ。 LPサイズの透明なフィルムに、57本(トラック)の光学式の波形が同心円状に記録されており、鍵盤をはじめとしたいくつかのスイッチを押すことによって、各トラックを再生し、曲を奏でるというシロモノ。(中略)研究開発はドイツで行われていたらしい。」 「まず37鍵、ディスクによって音色が違うのだが、ほとんどがオルガン系(ハモンドB-3やヴォックス・コンチネンタルのサンプルらしい)か、マリンバ・サウンドとなっている。 (中略)そしてB♭/F/C/G/D/A/Eのキーに、それぞれMajor、Minor、Diminish(!)が用意されたコード・スイッチ。 これは各キーで演奏されたバッキングの再生スイッチなっていて、これで曲のコード進行を演奏する。 その上5つのスイッチは、スペシャルエフェクト・スイッチ。 イントロやエンディング、リズム等ディスクによってさまざまなパターンが用意されている。 これらはすべて別々に記録されているため、すべてのスイッチのサウンドを同時に鳴らせるのだ。」 「オプティガン本体は固有の音色を持ってはおらず、すべてオプティガンディスクによってサウンドを供給する仕組みになっている。(中略)トータルで42枚(?)発売されたこれらのディスクには、ビッグバンドものもあれば、ラウンジ・ジャズやカントリー&ウエスタン、エキゾチック・サウンドまで存在している。」

(画像右/岡田崇さんの所有するOptiganで機能解説)

2007年10月5日
シンセサイザーの科学(1984年2月発行)
 古山俊一著、講談社ブルーバックス「シンセサイザーの科学 」は、「テクノサウンドの世界をさぐる」という副題を付けて、黎明期の電子楽器から、表紙にあるFairlight CMI等の最新楽器まで、興味深いエピソードを織りまぜながら詳細に解説しています。
 「光学式の電子楽器あれこれ」と題し、紙製のパンチカードをガイドに自動演奏するOrchestrion等の技術を、ディスク型フィルムへ音の波形を印刷することで光学化した、Welte Organ、Photona、Rhythmicon等を紹介し「光学式の楽器は現在でも存在し、バコという会社のオーケストロン(実際のオーケストラの音を光学ディスクに内蔵している)や玩具であるオプチガンというものもある。」と、結んでいます。 続いて「テープ音楽と電子音楽」と題し、ミュージックコンクレート等の解説を前段に置き、Mellotronについて言及しています。 「さらに進んで、テープレコーダーを本当の楽器にしてしまったものもある。 名前をメロトロンといって、一九六〇年代にイギリスで作られた。 外見はちょっと大きめの箱形で、鍵盤がついている。 この鍵盤一つに対してテープレコーダーが一台対応していると考えてもらえばよい。 一つのキーを押すとテープが回り始め再生を開始する。 たとえば、そのテープにあらかじめトランペットの音を録音しておけば、鍵盤の演奏に対応してトランペットの音で演奏できるのである。 当時としては驚異的な楽器であり、またアイディアの優れた楽器だった。 いわゆる現代音楽の作家だけでなく、ビートルズなどの先進的なイギリスのロックグループが好んで使用したし、レコーディングではストリングスの代用として使われるほど、リアルで良いサウンドだった。 メロトロンは、その後、クラシックの弦や管楽器奏者のユニオンからの訴訟問題があって最近ではあまり見かけなくなってきた。 この楽器のためにいろいろな音源を録音したテープが用意されていて、その中でもよく使われたのがストリングスのアンサンブルや男声女声のコーラスだった。 しかし、技術が進歩するにつれて、こういったサウンドもシンセサイザーでかなり良い音が作れるようになり、メロトロンはあまり使われなくなった。 個人的には好きな楽器だっただけに残念である。」

(画像右/白いMellotron M400Sの写真とテープ動作構造の図式)

2007年10月4日
週刊プレイボーイ(1980年3月18日号)
 「話題のNEWグループ"ヒカシュー"の秘密兵器は36の再生専用デッキ内蔵の鍵盤メカ」「シンセより未来志向!? 《メロトロン》復権の可能性を探る!」と題して、週刊プレイボーイ NEW SCIENCEのページに特集が組まれています。
 「未来派志向のロックグループ《ヒカシュー》のバージン・レコード「20世紀の終りに」のイントロには、奇妙な「イヤヨ!」という声が連続して入っている。 どんなテクニックの結果かアタマをひねるファンが多いが、これはシンセサイザーに追われた《メロトロン》を使ったものだ。」 「シンセの登場以前に、未来派志向のエレクトロニクス楽器《メロトロン》というのがあったのだ。 《メロトロン》は10年ほど前、英国のメロトロニクス社が開発したものだ。 36鍵の鍵盤楽器になっているが、要するに、再生専用のオープン・デッキを36台あわせたものと思えばいい。 たとえば、第1の鍵盤のテープに、ゴジラの咆哮、第2のテープに女の悲鳴を録音したとして、交互に押してみよう。「ギャオーッ」「キャーッ」「ギョオーッ」とゴジラが女を襲っているような擬音効果が「満点」といった感じになる。」 「ヒカシューの井上誠クンに《メロトロン400スタンダード》を分解して、中を見せてもらった。 36本のテープに櫛がとりつけてあって、印象をいうなら、名古屋名物キシメン製造機。 井上クンによると、この長さ約2メートルのオープン・テープ1本には4つの音溝があって、さらに手動で3つのチャンネルに切り替えられる。(中略)これが再生する音は、36線×4溝で「144音」になるわけだ。 例の「20世紀の終りに」のイントロの「イヤヨ!」は、リーダーの巻上公一クンの「イヤヨ!」という声を録音して、再生時のスピードを上げた声なのだ。」 「井上クンは、溝数をふやして5チャンネルに、カセットテープで小型化して即互換できるシステムへなどと改造計画をもっているが、ついでにビデオ・テープによるビジュアル化の方法もさぐっている。 捨てられた技術でも、芸術には有用だ。 最新の技術が芸術的にベストだという保証はない。 それぞれのメカに見合った分野があるのだ。」
 この記事を井上誠さんにお伺いすると、4トラックの自家録音テープは実際にトライしていたとの事。 映像とシンクロするメロトロンて、凄い! 想像しただけで、かなり面白そうです。 メロトロン情報の少ない当時は大変貴重な記事だったと思われますが、読んで内容を理解出来た読者がそう多く無いであろう事を察すると、突飛な記事でもあったのではないでしょうか。 編集部の誤記は古い記事なので御愛嬌。

(画像左/表紙:高見知佳さん)
(画像中/貴重な写真を並べた見開きのメロトロン特集)
(画像右/刺激的なキャッチが踊る見出し)

2007年10月3日
キーボードマガジン(1984年6月号)
 NOVATRON 400SMが現行機種だった1984年のキーボードマガジン6月号に、VOW WOW正式メンバーとなったばかりの厚見玲衣さんが、愛機と共に紹介されています。
 「ヴァウワウに、新メンバーとして加入した厚見玲衣が、Mellotronの進化型、NOVATRONを使ってニューアルバムをレコーディング中だ。 ポリシンセにはない味が捨てがたく、従来からファンの多かったMellotronだが、ピッチがくるいやすい欠点があった。 この欠点が改良されたのがNOVATRONで、モーターの安程度が良くなり、SN比も向上して、特にライヴで使いやすくなった。 今回のアルバムでは、スローな曲に厚みをもたせるために使用している、とのこと。 厚見玲衣が加わって、一段とパワーアップしたヴァウワウのサウンド。 6月25日発売のニューアルバムが今から楽しみだ。 さらに7月6日、渋谷公会堂での彼らのコンサートでは、NOVATRONの生の音が聴けるぞ。」 最後に当時の輸入元の情報で「NOVATRON(本体価格)400SM 98万円、MARK V 230万円」と記載されている。

(画像左/貴重な画像をちりばめた記事全景)
(画像中/厚見さんの黒いNOVATRON 400SM)
(画像右/カメラに向かってテープを引き出す厚見さん)

資料提供 PunkFloyd氏

2007年6月16日
ブリティッシュ・ロックの黄金時代(2006年2月発行)
 「ビートルズが生きた激動の十年間」とサブタイトルが付けられた、舩曳将仁著「ブリティッシュ・ロックの黄金時代」(青弓社)に、Mellotronに関する記述があります。
 「グレアム・ボンドは、発売されたばかりのMellotronという鍵盤楽器をツアーで使い、1965年に「レディ・ステディ・ゴー」で披露した。そのくぐもった独特の音色は、多くの音楽関係者の間で話題となる。」 「記念すべき第一号モデルのMARK Iが発表された翌1964年、鍵盤の数を増やし、軽量化されたMARK IIが発売される。 1965年7月には、グレアム・ボンドがMellotronをテレビ番組で初めて演奏した。 また、Mellotronをツアーで初めて使用したのも、グレアム・ボンド・オーガニゼイションだった。 ビートルズのメンバーも、それぞれにMellotronを所有する。 当時は、オーケストレーションを可能にする楽器、オーケストラのような分厚いサウンドに変わる楽器として注目され、BBCも放送用音源の録音用に購入している。」 「改良されたMellotronでは、あらかじめ数種類の楽器で録音されたテープが内蔵され、音の高低を調節するピッチ・コントロールが付けられるなどした。」 「1967年には、ビートルズの「ストロベリー・フィールズ・フォーエヴァー」のイントロでMellotronが使われた。 ここでは、ポール・マッカートニーがフルートの音色のMellotronを弾いている。 ムーディー・ブルースは、1967年に発表したシングル「ラヴ・アンド・ビューティー」でMellotronを使用した。」 「Mellotronの動的な魅力を引き出したのが、キング・クリムゾンのイアン・マクドナルドである。 彼らのデビュー・アルバムでは、Mellotronが分厚いサウンド・オーケストレーションを生み出して「エピタフ」「ザ・コート・オブ・ザ・クリムゾン・キング」などの楽曲をドラマティックに盛り立てた。」 「プログレッシヴ・ロック・ムーヴメントに登場した多くのグループの多くが、鍵盤楽器によるアレンジに配慮するようになっていったが、なかでもMellotronの音色は、ミュージシャンやプロデューサーたちを含む制作者側に強く訴える不思議な魅力があった。 鍵盤を叩いてテープが再生するまでの微妙なタイム・ラグや、テープ再生のくぐもった音色が生み出すアナログなサウンドには、メロトロン・マニアと呼ばれるファンがいるほど現在でも人気が高い。」

資料提供 カワカタ氏

2007年5月19日
MEN'S NON-NO(2005年5月号)
 集英社発行「MEN'S NON-NO」2005年5月号。 アベちゃん(阿部寛)の表紙だった創刊号の頃は、私も購買層だったねえ...。
SANYO(三陽商会)のメンズブランド「E.Z BY ZEGNA」(イーズィー・バイ・ゼニア)の撮影に、Mellotronを使いたいと打診されたのは、ちょうどANEKDOTENの再来日公演の時でした。 撮影予定日とコンサートの楽器搬入日が完全にバッティングしてしまい、私のMellotronはお貸しする事が出来ず、Five GさんのMellotron M400Sがモデルになっています。 男性スタッフにMellotronを好きな方がいた事に加え、女性スタッフはMellotronを見て「デザインがオシャレ」と言っていたり、素晴らしい条件でファッション雑誌に登場と相成りました。 モデルさんに囲まれ、オシャレな白い帽子をかぶせてもらい、モノトーンでキメています。 Mellotronを擬人化させたスタッフさんの「Mellotron愛」に、大感激。

(画像右/センタークリースタイプのブレードハットをかぶり、御機嫌なMellotronさん)

2007年4月11日
バンドスコア YES(1991年2月発行)
 1991年、シンコーミュージック発行「イエス・ベスト こわれもの+危機」より。 バンドスコアには、その曲ごとに演奏のコツなどが一筆解説されているのがお約束ですが、Mellotronが活躍する人気曲「Siberian Khatru」のコメントが面白いのでどうぞ。
 「ストリングスはMellotronでプレイされている。 今ではどんなシンセでも大抵だせる音だが、なるべくアタックが強くザラッとした生に近いストリングス音を選ぶように。 なおライヴ盤(Yessongs)の演奏を聴くと、Rick Wakemanはこの2拍3連をけっこう乱れたリズムでブツ切りのように弾いている。 苦手なのかワザとなのかは不明だが前者のような気もする。」
 そうそう、Birotronを使っていた1979年のライヴでも、かなり雑な演奏の印象を受けましたね。

2007年4月11日
パンフで見つけたNOVATRON
 1980年代のコンサートではMellotronではなく、NOVATRONの活躍が目立っていたようです。 ASIAとPALLASのコンサートパンフレットに掲載されている写真に、NOVATRONを見つける事が出来ます。
 膨大な機材を横一列に並べて、観客に背を向けて演奏するという異色のセッティング。 MIDI時代の軽量セットからは想像も出来ない、鍵盤博覧会の様相を呈しています。 パンフレットに記載されているGeoffry Downesの機材リストは、以下の様になっています。 Hammond J122、Hammond B3、YAMAHA CS80、YAMAHA CP70、NOVATRON、Minimoog、Fender Rhodes 73、Hohner D6 Clavinet, Solina String Machine、Fairlight CMI、Moog Liberration、Linn Drum Computer、Prophet 5、Prophet 10、Korg Poly Six、Korg Mono/Poly、P.P.G Wave 2.2、Moog Taurus Pedals、Memory Moog、Prophet Poly sequencer

(画像左/ASIA JAPAN TOUR 1983のコンサートパンフレット)
(画像左から2枚目/膨大な機材の中心に黒いNOVATRON 400)
(画像左から3枚目/いつものように仏頂面のGeoffの後ろに黒いNOVATRON)
(画像右から2枚目/PALLAS SENTINEL TOUR SPRING 1984のコンサートパンフレット)
(画像右/白いNOVATRONに足を載せて器用に演奏するPALLASのキーボーディストRonnie Brown)

2007年2月3日
キーボードマガジン(1997年5月号)
 シンセサイザー・プログラミングへの誘いと題し、元JAPANのRichard Barbieriの案内で、イギリスのシンセサイザー博物館(The Museum of Synthesizer Technology)が紹介されています。
 シンセサイザー博物館のオーナーであるマーティン・ニューカムは、アナログ・シンセサイザーの価値が非常に低かった80年代に、その収集を始めている。TANGERINE DREAMやKRAFTWERK、Wendy Carlos、Klaus Schulze、VANGELIS、Jean-Michel Jalleといった70年代初頭のエレクトロニック・ミュージックを受していた彼は、機材に関しても一過性の興味を抱くだけに留まらなかった。僕同様、彼も古いモジュラー・シンセサイザーのデザインに魅せられており、そうした楽器に興味を持った人が実際に操作できるような場所が必要だと考えていた。そして、ビンテージ・テクノロジーの膨大なコレクションを積み上げるべく、彼いわく「十字軍」となったのだ。 (中略)ここには書ききれないほどの、本当にたくさんのシンセサイザーがある。来訪者のために博物館の陳列物をまとめた書籍も用意されているが、展示物のハイライトはSystem III、10、15、IIIpといったモジュラーMOOGと、1150 Ribbon Controller、1125 Sample&Hold module、959X.Y Controllerといったそのアクセサリーだ。 印象的なOBERHEIM 8-Voice、巨大なE-MUのモジュラー・システム、SEQUENTIAL CIRCUITSのProphet-10、ARP 2500、2600 Blue Meanie、MOOG IIIcを連想させる4台のPOLYFUSIONモジュール、重厚なROLAND System-700、スタイリッシュなKORG PS3300、Mellotronを改良した奇妙な鍵盤楽器Birotron。 合計では200アイテムはありそうだし、すべてをチェックするには膨大な時間が必要だ。

(画像右/上段からSEQUENTIAL Pro-OneとSplit-Eight、そしてBirotron B90)

資料提供 カワカタ氏

2003年11月6日
marquee 049(1993年7月発行)
 山崎尚洋さんが、EURO-MASTERPIECE ON CDと題して、7年前のポルトガル旅行を基にポルトガルのプログレッシヴロックアーティストJose Cidを紹介しています。
 このジョセ・シッドは、ペトルス・カストラスのレコードと並び、群を抜いた存在だ。他のヨーロッパ諸国のレヴェルでも、最高水準の作品であろうと思う。元来、ジョセ・シッドはポップ・シンガーである。 実は長い調査の結果、遂にジョセ・シッドの電話番号を入手し、数週間前に電話で話をしたばかりなのだが、彼は'60年代に日本へ来たことがあるといっていた。 又、あしたからパリへ仕事でいくともいっていたので、今でもシンガーとして活動しているようなのである。 本作品(1000 Anos Depois Entre Venus E Marte)は彼が'78年にリリースした作品で、ジョセ・シッドが本当にやりたいと思ったプログレッシヴ・ロックをセールスを考えずに素直に創ったような印象を受ける。 ここでのジョセ・シッドはヴォーカルばかりでなく、キーボードを担当している。 Mellotron、MOOG、ストリングアンサンブル、ピアノ、ヴォーカル、シンセサイザーというクレジットがある。 サポートするのはベースのZe Nado、ドラムスのRamon Galarza、ギターのMike Sergeanである。 トータル・コンセプト・アルバムであり、とても良く練られた構成を持つ作品である。 キーボードを中心にして、ムダのない構成を持つ作品として連想するのはCAMELであろうか、ミラージュ、スノー・グース、ムーン・マッドネスあたりのCAMELにどことなく共通点がある作品なのである。 曲の感じ、楽器の使用法が他の国の作品とはどこか違うのも、異国の香りがする原因だろうと思う。又、オリジナルのアナログ・ディスクには6ページの変型リーフレットが付されており、そこにはストーリーと共に美しいフル・カラーのイメージ・イラストを見ることができるのである。 子供の頃にみた、外国の童話を連想させるこのイラストの豊かなタッチも、サウンドと相まってシンフォニック・ロック・ファンの心をとらえるだろうと思う。

(画像右/Jose Cidと、2台のMellotron M400Sを含む各種キーボード群)

資料提供 カワカタ氏

2003年10月29日
DOLL(1982年6月号)
 MARIAHのボーカリスト、ジミー村川さんが、1stソロアルバム「ORIGINAL DE-MOTION PICTURE」のレコーディングについてコメントしています。 Emulatorの使用感を語った後に、編集部の注釈でMellotronも含めた解説が付記されています。
 「Prophet5、それと今回初めて使ったデジタル・シンセサイザーがEmulatorなんです。 あれは、まだ研究の余地があるんじゃないかな? 使い方によってはおもしろいけどね。 パーカッションの感じで使うのは好きだな。 でもハーモニーを出すには、もっと研究しないとね。 和楽器のショウってあるでしょ。 あれをEmulatorに入れてね、パーカッシヴに使ったり・・・。 和ダイコなんかも入れて、いろんな事をやったなあ。」 Emulatorとは簡単に解説してしまうと、かつてプログレで使われてたMellotronがデジタル化したようなものだ。 つまり、外部の音を覚えて、任意のその音を取り出す事ができる。 だからテープレコーダーにハーモナイザーが合体したものと考えてもらってもいい。 例えば人間の声だろうと、街のざわめきだろうとインプットする事ができて、しかも鍵盤通りの音で再現できる。 Emulatorを何かで代用するとしたら、前述のMellotronしかないが、値段的にはEmulatorを買った方が安あがりだ。

資料提供 カワカタ氏

2003年10月26日
キーボードマガジン(1998年6月号)
 KRAFTWERK特集のアルバム研究に、Mellotronに関する記述がありました。
 「TRANS-EUROPE EXPRESS」 このアルバムがフェイバリットというファンも多い、KRAFTWERKの代表作。77年に発表されたこの「ヨーロッパ特急」は、アナログ・シーケンサーとボコーダーを多用した、まさにすべてのテクノ・ポップの原形ともいえる古典的傑作で、その後の彼らのスタイルを決定付けたと言っていいほど完成されている。 また、特筆すべきはMellotronをストリングス、コーラス、フルートといった音色の通常の使いかたをしつつ、「メタル・オン・メタル」で聴かれるメタル・パーカッションをMellotronのテープに録音し使用している点だ。 アナログ・サンプリングとでもいうべき原始的な方法だが、これが世界最初のサンプリング・ミュージックと言っても過言ではないと思うのだが?
 Jonathan QuarmbyとKevin Baconの二人からなるユニット、MANNA。 ニューアルバム「5:1」を発表したばかりのJonathanが、インタビューに答えています。
 「曲はふたりで作る。まずふたりがいいなと思ったアイデアを見つけて、それを発展させていくんだ。 クリスピンが参加している「BLACK」では、まずMellotronのフルートの音でループを作ったんだけど、スタジオの隣の映画館で使っていた宣伝用のコマーシャルをクリスピンが見つけてきたんで、その中から言葉を選んでさっき言ったループをバックにクリスピンが歌ったんだ。 それをProToolsに入れて切り刻んで、曲にしたのさ。変なやりかただけど、そうやって歌詞ができたんだ。最終的にはすべてをコンピューターに入れるね。」 巻末には「TRASURE ROOM あなたのお宝見せてください!」と題して、読者が自慢の機材を紹介するコーナーがあり、巨大なモジュラーシンセEMS Synthi 100が紹介されています。

(画像右/プライベートスタジオの写真の右端には、どこかで見覚えのある銀色に塗られたMellotron M400Sの姿が・・・)

2003年10月3日
サウンド&レコーディング・マガジン(1993年2月号)
 特集「サンプラーに再注目!!」で、サンプリング楽器の始祖としてMellotronが紹介されています。
 サンプラーの始まりを考えると、やはりMellotronにたどり着くのではないだろうか。 Mellotronは、いわばキーボード型のテープ・プレーヤーであり、70年代にはプログレッシブ・ロックと共に大活躍した楽器だ。鍵盤を押すとその鍵盤に対応したテープが再生されるという単純なもので、音はテープの音・・・ヒス・ノイズもあるし、ワウフラもあるし、周波数特性だってタカが知れている(それが味なんだけど)。再生時間は7秒くらいで、巻き戻す時間も必要だから演奏できるフレーズにもおのずと制限が出てくる。 まぁ、今になって考えてみてもとんでもない楽器だったのだ。Mellotronは基本的にユーザーが自分で音を録音できるものではないのだが、中には自分でテープを仕込み、オリジナルのMellotronサウンドを作っていた人もいた。 つまりサンプラーとしても仕えたということだ。 後にテープも使わずディスクを使うというNOVATRONなるものも出現したが、これはほとんど売れなかったようだ。

2003年9月10日
サウンド&レコーディング・マガジン(2000年1月号)
 新春恒例の特集、PRIVATE STUDIO 2000で、blurのDamon AlbarnとSteve Hackettのスタジオが紹介されており、Damon AlbarnのスタジオではOPTIGANの紹介、Steve HackettはMellotronについてコメントしています。
 (Damon Albarnの)スタジオ13の機材の中でも、スタジオ自慢の逸品としてひときわ大切そうに飾られている機材がある。 見慣れないボタンが並ぶ、やや野暮ったい見かけの茶色のプラスチック製オルガン、OPTIGANがそれで、これはまるで壊れたおもちゃのオルガンのようなサウンドを出す。(Damon Albarnのコラボレーターであり、スタジオの共同設立者である)ジェイソン・コックスは、オルガンの内部からLPサイズの見慣れない透明プラスチック・ディスクを取り出して見せた。 「これは光レコードなんだ。この透明ディスクに波形が組み込まれていて、読み取り装置がそれを読み取ってサウンドを出す仕組になっている。ほら、こうやって天井の照明にかざしてみると波形が見えるだろ。サウンドを目で確認することができる」
 (Steve Hackettのアルバム)「DARKTOWN」のタイトル曲は、粗いMellotronサウンドが幾つもフィーチャーされている。 SteveとMellotronは長年の恋愛関係にある。 もともとGENESISがこのサンプラーの草分け的な楽器を購入した理由は、Steveの意見によるところが大きかった。 そしてこれが後に、バンド特有のサウンド作りに大きく貢献することになる。 しかし最近では、Mellotronよりも確実なサンプラーが使われるようになったという。 「実はMellotronのサンプルで、初期にレコーディングされたものを手にいれたんだ。 1952年に3人の年配のご婦人が寝室で演奏したものだ! サウンドを分析して見ると、3人のうち2人はストレートに演奏していて、3人目がどうもビブラートをかけているみたいなんだ。まったくユニークなサウンドだ。ぼくが昔持っていたMellotronは、今はPaul Wellerのものだよ」

(画像左/OPTIGANとそれに使う光レコード、この光レコードの各トラックには、同じサウンドの異なった音程のループとバッキング・トラックが刻まれている。また、パーカッション・ループも何種類か用意されていて、好みに応じてオン/オフが可能だ。「これだけ多くの光レコードがそろったOPTIGANを持っている人はそういないだろう」とコックスは自慢する)
(画像右/プライベートスタジオで撮影に応じるSteve Hackett)

2003年8月11日
サウンド&レコーディング・マガジン(1999年1月号)
 KING CRIMSON「I Talk To The Wind」のカバーヒットでおなじみのOPUS IIIを脱退した、Kirsty Hawkshawと、パートナーのMark Prichardのプライベートスタジオが紹介されています。
 Markは、いつか自分のMellotronを手に入れたいと考えているようで、「この間参加したオークションでプロトタイプ・モデルをもう少しで手にいれることができそうだったんだけど、競争にうんざりして、すんでのところで手に入れ損なってしまった。 テープ・セットが数巻付いて1400ポンドで落札されたようなんだが、惜しいことをした・・・・・」とため息をつきながら語った。

(画像右/珍しいLOGAN Strings Melodyを設置する、彼等のスタジオ)

2003年8月8日
Fool's Mate(1981年7月号)
 Captain Beefheartが、Mellotronについてコメントしています。
 Beefheartの近作「Doc At The Radar Station」(邦題「美は乱調にあり」)についての彼の言述を記してみよう。 「私はMellotronを適切に、経済的に使用すべきだと思う。大概のミュージシャンはMellotronを小さい珍しいもののようにバックグラウンドに使用するが、私の考えではMellotronは主要なインストルメンツの一つでありそれは少し使用すれば十分ことたりる。 砂糖を多量に使用してはならない。 コンパクトをもち歩いているテキサス人のようにそれは頭に良くない。 これは本当だ。 Mellotronの為にもこの楽器が多量に使用されると良い結果はうまれない。 ちょうど毎日のラジオと同じように。」

2003年8月8日
レコード・コレクターズ(1996年11月号)
 BEATLESホワイトアルバム特集。 制作にかかわった、Chris Thomasのインタビューが掲載されています。
 諸説はありますが、「ホワイトアルバム」で実際にあなたがプレイしているのは、どの曲のどの部分なんでしょう? 「PIGGIES」のハープシコードとかは有名ですが・・・。 「うん。あれは僕が弾いた。あとは「BUNGALOW BILL」のMellotron。 マンドリン・サウンドとトロンボーンのパートね。 その時はBEATLESと僕がスタジオの中にいて、(George)Martinがコントロール・ルームで録ってたんだ。 21歳の僕がBEATLESと一緒にプレイしたんだよ! 夢みたいだって思った。 あの曲ではコーラスもやったな。 あとは・・・「SAVOY TRUFFLE」でHAMMONDオルガンかエレピを弾いた記憶がある。」

2003年8月6日
ストレンジ・デイズ(2001年10月号)
 映画「Buffalo'66」のヒットに続いて、初のソロアルバム「When」を発表し、時の人となったVincent Galloのインタビューが掲載されています。
 今回のアルバムにはMellotronがたくさん使われていますが、Mellotronのどういったところが好きなのですか? 「テープのサウンドが好きなんだ。マグネティック・テープの音がね。 俺にとってMellotronといのは理想のテープ・ループ・マシーンといった感じかな。 テープと、テープ・ループが大好きなんだ。 ライヴ・サウンドよりもテープのサウンドの方が好きだったりするんだ。」 現時点で自分のバンドを組んでいるのですか? 「Chris Squireがベースを弾いてくれることに同意してくれているし、PJ Harveyがドラムを叩いてくれると言ってくれている。 それにRed Hot Chili PeppersのJohn Fruscianteもギターを弾いてくれると言ってくれている。 あとはMellotronを弾いてくれる人を探してみようかな、と思っているんだ。 Ian McDnaldとも、仲がいいから、彼に聞いてみる価値はあると思うんだ。Ianなら間違いないからね。」

(画像右/インタビューを受ける、Vincent Gallo)

2003年8月6日
Synthe Club(1983年10月発行)
 サウンドール特別編集、YMOファミリー全盛期のシンセサイザー読本。 アーティストのインタビューや、楽器カタログ等、充実した内容で、Emulatorと共にMellotronも紹介されています。
 EmulatorもMellotronも元をただせば基本は同じという話。 「Mellotronというのも全くおもしろい楽器でした。 他のキーボード類は一生懸命になって電子的に音色を合成して生楽器に近づこうとしていたんですよね。 ところが、Mellotronっていうのは、ちゃっかりと本物の楽器音なんかを録音したテープを再生する機構で、こいつをクリアーしてしまったんですよ。 ちょっとズルいのですが、これだったらまるで本物の音が出るにきまってますからね。 ようするに、きっとテープレコーダーが開発された時点でMellotronの発想っていうものはあったはずですので、結構古い楽器と言えますね。 とにかく、テープに録音すること自体はいろんな面から言っても古いんですね。 そして、Mellotronのテープに代わるものが現在のデジタル技術。 こいつはテープレコーダーと同じような理屈で録音も可能だし、もっともっと便利に、音っていうのを扱えてしまうわけです。 で、このデジタル技術で作ったMellotronと言えるのがEmulatorなんですね。 音をデジタル符号に直した上でメモリーしちゃう。 しかも、Mellotronのように一本一本のテープにきっちりとした高低の音を録音する必要なんてなし。 サンプリングと言って基本となる音色を少しばかり聴かせてやれば、その音色の音が各鍵盤の音階に振り分けられて、バァーとメモリーされちゃうんです。 ホントに便利でしょ? Mellotronなんか、テープを駆動する大きなフライホイールなんかが付いちゃって、ヘッドはいっぱい並んでいるわで、機械のカタマリみたいだったんだけど、Emulatorはスッキリとまとまってます。 でも、ノスタルジックなMellotronも少しばかりは人気があるんですよ。 ホラ、この通りNOVATRONという同じようなものがあった。」

(画像右/Emulator、Mellotron400系の内部写真と、NOVATRON T550の写真が掲載されています)

2003年8月5日
コーネリアスの惑星見学(1998年12月発行)
 コーネリアス小山田圭吾さんが、著名人のお宅を訪問したり、日頃の疑問を解決したりと、個人的知識欲を満たしたユニークな視点の本。 その中に、サービス精神旺盛な谷啓さんのお宅に「おもてなし」をテーマに訪問した記事が掲載されており、所有するMellotron M400Sの事に触れています。
 小山田「多重録音をやったんですか!全部トロンボーンで?」 谷「いや、まずリズムを作って。それに楽器を乗せて。好きなテナーとか。4チャンだから1曲できあがるまで大変。でも、プレイバックするとおもしろい。もう1曲作りたくなる(笑)。」 小山田「リリースは?」 谷「いや、1人だけの楽しみ。」 小山田「そういうの聴きたいよね(と、谷さんの方ではなくスタッフの方を見て、言う)。」 谷「う〜ん、どれもひどいもんでね。言い訳がましく解説をつけてるんですよ、自分で(と、「ワンマン・オーケストラ」と書かれたテープをデッキへ)。」 スピーカー「(谷さんの局アナっぽいナレーションで)アメリカの有名なブラス・ロック・バンド、チェイスの「黒い炎」。 でも、これは普通の演奏ではありません。 バンドがラス・ヴェガスへ営業へ行きヘロヘロになった時のもの。 珍しくリズムも少々狂っているという貴重な録音であります。 では、どうぞ。 パーパッパラパッ パーパパパラッパッ・・・」 小山田「カッコいい! 凄いですね! こりゃラウンジだ。」 谷「このラッパは半分のテンポで吹いてるの。倍にすると高くなるでしょ。 だから待ってる間が凄い長いんですよ。 ラッパは3回ぐらい重ねているから1曲に時間がかかるの(ジョン・)コルトレーンのフリー・ジャズの真似も録音したことがある。 友達にコルトレーンのレコードを聴かせて、こっそり俺の演奏に切り替えたけど、あいつ気が付かなかったなあ(笑)。」 小山田「(次の曲を聴いて)あっ、これMellotronですか?」 谷「雑誌に広告が出ててね。当時、中古で16万円だったかな。」 小山田「宝の山っスね。」

(画像中/谷啓宅の庭でくつろぐ、谷さんと小山田さん)
(画像右/Mellotronでおもてなし。Mellotron(かなりレア)の構造を説明してくれる谷さん。初めて本物を見て驚くコーネリアス。Mellotronとは、テープに弦の音などを録音し、鍵盤を押すとその音が7秒半だけ鳴るという可愛いアナログ電気楽器で、'60年代末のアート・ロックの人々(例:KING CRIMSON)がよく使った)

2003年8月5日
ArchAngel(1995年9月発行)
 ディスクユニオン発行のプログレ専門誌創刊号。 ディスクユニオン竹川真氏がANEKDOTENへ行ったロングインタビューが、貴重な写真と共に掲載されています。
日本盤リリースにあたり、ボーナス・トラックとして新たに録音した「SAD RAIN」(邦題「嘆きの雫」)を聴いたけど、これが驚いたことにPete Sinfield、Ian McDonaldが理想としたKING CRIMSONの世界に通じる哀愁溢れる名曲で、Mellotronも大胆にフィーチャーされていて感動してしまったんですが、そう解釈していいのかな。 Nicklas Berg「この曲は僕が91年に書いた曲なんだ。歌詞は1月16日から17日の間の夜に書いたんだ。はっきりと覚えているよ。 というのは連合軍がイラクに対して戦争を始めた夜だったからね。 サダム・フセインが環境テロで脅かしたその事を歌っているんだ。 もちろんMellotron叙事詩として書いたものだよ。 初期KING CRIMSONやMOODY BLUES的なとてもクラシックなサウンドを持っていると思う。 だからそう解釈してもいいと思う。」 Nicklas Berg「(以前録音してオクラ入りだった「嘆きの雫」をボーナストラック用に再録音する事について)スウェーデン人のグラミー賞受賞ソングライター兼ミュージシャンのTommy Andersonに電話して、彼がこの曲をレコーディングしたいかどうか聞いてみたんだ。 彼は承諾してくれて、レコーディング機材を持って僕らのリハーサル・スタジオにやってきた。 ベーシック・トラックでドラムとベース、アコースティック・ギターが録音されたが、僕たちが望んだほど良くなかった。 でもある日、Tommyが古い12弦リッケンバッカーを持ってきた。 曲のパートにあうだろうと思って持ってきてくれたんだ。 そしてギターでクラシックなBYRDS的サウンドの感触を曲に加えた。 それからMellotronのパートをアレンジしレコーディングを始めた。 MARK IIのようなサウンドを作るために古いVOXアンプを通してMellotronを録音した。 多くの異なったMellotronサウンドはバイオリン、ビオラ、チェロ、ブラス、ウッドウインズの音を使っている。 次にJan Erikがヴォーカルをオーバーダブした。オリジナルのメロディからヴォーカル・ラインを少し手直ししている。 Peterと僕は少しパーカッションを加え、AnnaはさらにMellotronをプレイした。 中間部分を残して全てが終了した。 そこは即興オーボエ・ソロを入れる予定だったんだけど、ふさわしいオーボエ奏者が見つからなくて代わりにMellotronのクラリネットを使うというアイディアを思いついたんだ。 僕たち自身はその音を持っていなかったんだけど、Marcus Resch、彼はエレクトリック・デザイナーで、多くのエレクトリック・モディフィケーションと特注の機材を僕達に提供してくれるんだ。 その彼が、寛大にもMellotron ArchivesのDavid Keanからのテープを援助してくれたんだ。 ストックホルムからBORLANGEまで送られてきた、クラリネット、バスーン、オーボエをまとめたテープだ。 僕達はソロ・セクションをレコーディングし、新しいサウンドと一緒に、更にオーバーダブを行った。 それは完璧にうまくいき、数日後トラックをミックスした。 今、この曲を聴いてみると「SAD RAIN」は遂に僕たちが望んだ通りになったと感じられる。 ようやくオフィシャル・リリースとしての日の目を見ることになってとてもハッピーだよ。」 (アルバム「VEMOD」について)録音はどういう方法で? Jan Erik Liljestrom「ライヴを演る時と同じ様にレコーディングした。 オーバーダブはしたけれど、抜本的な変更はない。 もちろんライヴで再現できないものもあったけど、これらの曲をライヴでやる分には何の問題もないよ。 全くのスタジオ曲である「LONGING」を除いてね。 僕達はライヴではまだMellotronを使っているんだけれど、ファースト・アルバムで使ったMARK Vは、Par Lindhに売ってしまったんだ。 だからライヴでは400 MellotronとENSONICサンプラーを使っている。」 Mellotronの話しが出てきたから聞くけれど、僕はこのアルバムにはやはりCRIMSONの影響を強く感じるんだけれど、君たち自身はどう思っているの? Jan Erik Liljstrom「僕達はMellotronが生み出すサウンドが好きなんだ。 サウンドをよくするためにキーボードの魔法使いでいる必要はない。 事実僕達の好きなMellotronist達はキーボーディストではない。 CRIMSONについては、僕たちはKING CRIMSONの音楽をプレイすることによって作られたし、このことは僕たちの上に痕跡を残してきた。 得に初期の曲はCRIMSONの影響を強く受けている。」 (発表前のNEW ALBUMのデモテープを聴いて)Mellotronの響きも「VEMOD」以上に導入されていると思ったけど。 Jan Erik Liljestrom「もっと多くのキーボードを使っているよ。 Fender RhodesやClavinetとか。 だからMellotronを多用しているとは同意できないな。」

(画像中/初期のステージで黒いMellotron MARK Vを演奏する、Anna Sofi Dahlberg)
(画像右/Nicklas Bergの後方に配されるMellotron M400S)

資料提供 カワカタ氏

2003年8月2日
ROCK MAGAZINE(1978年12月発行)
 デビュー間もないテクノポップ御三家「ヒカシュー」の記事が掲載されています。 Mellotron担当の井上誠さんのクレジットが「メトロン&エレクトロニクス」になっていたりと御愛嬌。

(画像中/並べたMellotron M400Sの前で撮影に応じるヒカシューメンバー)
(画像右/ヴォーカル&ベースの巻上公一さんとMellotron、鍵盤左のパネルが外されています)

資料提供 カワカタ氏

2003年8月1日
イタリアン・ロック集成(1993年12月発行)
 イタリアン・プログレッシヴロックの基本盤、貴重盤の多くを網羅した資料本。 英米ポップスのカバーやビートポップから発展したイタリアン・プログレッシヴロックの栄枯盛衰を俯瞰する事が出来ます。
P.F.M.のスタジオフォトにMellotron MARK IIがあります。

(画像中/Mellotron、HAMMONDオルガン、グランドピアノ等で、すし詰めのスタジオ風景)
(画像右/フルートを担いだMauro Paganiが左手をかけるMellotron MARK II、左右分割の鍵盤、サイドのスピーカースリットが確認出来ます。)

資料提供 カワカタ氏

2003年8月1日
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