滋賀県野洲町における
研究会レヴュー

銅鐸に象徴される日本古来の農耕文化の重要地であると同時に、情報をはじめとする現代の最先端技術が共存する野洲町(現・野洲市)では、1995(平成七)年度、町制40周年を機に、新しい時代に向けた地域づくりの方向性を示すべく、町のCIとして「ほほえみ やすちょう」を提唱。1996(平成八)年を“ほほえみ元年”と位置づけ、1997(平成九)年は「人・自然・歴史・科学技術が共生する生活優先都市」への飛翔の年として研究に取り組んできた。

こうした動きは、1993年4月、ゴルバチョフ、アル・ゴア、カール・セイガンらをコアとする国連「グローバルフォーラム1993 in 京都」(福田赳夫・竹下登・海部俊樹の3人の元首相が特別顧問)の分科会として、「世界科学技術会議 in 滋賀1993」が野洲町で開催されたことを機に、会議の成果を次の世代に残そうという意図によるものであった。

1994年、川口伸明は、建築家・菊竹清訓(沖縄海洋博アクアポリス制作)を座長に、西澤潤一、石井威望、中村桂子、吉村作治、菊竹清文(長野オリンピック聖火台制作)など錚々たるメンバーで研究会を組成、1995年夏〜97年春の約2年に亘り、野洲町に残る葦ぶきの民家の囲炉裏端などで会合(囲炉裏端カフェ)を度々開き、また、地元の自然や文化と触れ合いながら、「歴史・環境・情報の協奏」という都市コンセプトをまとめ、野洲町長に報告した。


主要研究テーマ

1)環境と文明の調和的共存  −生態学・歴史学・情報科学の視座から−
2)有機的都市の可塑性と展開性  −集住の遺伝子と人間空間−
3)環境の視覚化と美的情報  −自然・人間・人工物の新たな関係性−
4)新しいコミュニティ概念と文化  −文化的空洞化を超えて−
5)情報のランドスケープと文化的多様性の創出
           −サイバースペースの環境開発の政策的意義−
6)グローバルウェブにおける政策編集
           −独創性・地方主権・Millennium Designing−

 


研究会主要参加者(役職等は参加当時のもの)

 

平成8年 

石井威望 慶応義塾大学教授,東京大学名誉教授,
工学博士(システム工学)
宇野博之 建設省大臣官房政策企画官
岡本光正 地球環境映像祭事務局
川口伸明 国際会議プロデューサ,薬学博士(分子発生生物学)
菊竹清訓 建築家,工学博士(建築学,マクロエンジニアリング)
菊竹清文 情報彫刻家
1989年フランス芸術文化功労勲章シュヴァリエ章受章
東京国立近代美術館賞・京都国立近代美術館賞受賞
吉良竜夫 滋賀県顧問、大阪市立大学名誉教授(生態学)
西澤潤一 東北大学総長,半導体研究所長,工学博士(分子電子工学)

 

平成9年

梅野捷一郎 住宅都市整備公団理事・前建設省住宅局長
奥貫 隆 滋賀県立大学教授,ランドスケープ・アーキテクト
川口伸明 国際会議プロデューサ,薬学博士(分子発生生物学)
菊竹清訓 建築家,工学博士(建築学,マクロエンジニアリング)
菊竹清文 情報彫刻家
1989年フランス芸術文化功労勲章シュヴァリエ章受章
冬季オリンピック長野大会(1998)聖火台制作
吉良竜夫 賀県顧問、大阪市立大学名誉教授(生態学)
中村桂子 生命誌研究館副館長,大阪大学連携大学院教授,
理学博士(生命誌)
西澤潤一 宮城県顧問,半導体研究所長,前東北大学総長,
工学博士(分子電子工学)
八幡和郎 通産省大臣官房情報管理課長
吉村作治 早稲田大学教授,古代エジプト調査室主任
(エジプト考古学・宇宙考古学)



参加者の提言から

 

石井威望(慶應義塾大学教授)

 現代の情報化社会においては、土地の価値観とは、そこにどんな仕掛けがあるか、どんなソフト、条件をもっているかが重要である。文化的独自性としてのソフトの付加価値を出す。ネットワークに巧く乗せていく。そして、マルチメディアによる映像化を行う。この三点を積極的に進めていくと、その土地におけるプロジェクトが有効に展開するであろう。

 

宇野博之(前建設省大臣官房政策企画官)

 文化とは、独自性に対する自覚、認識であると考える。一方、文明とは、人間が獲得した、或いは修得したものを概在化させたものである。メディアによって、世界の様々な情報が得られるようになれば、独自性である文化をますます育てていく環境になるはずである。

 

菊竹清文(情報彫刻家)

 人間社会における本来のアーティストの Raison d'Etre は、未来の新しい価値を発見し、芸術表現によって具現化することにある。これからはモノではなく、文化で新しい歴史を創造していかねばならない。人間社会が生み出す様々なデータが情報であるように、文化も自然環境もまた情報である。我々を取巻く環境情報の創造的表現が非常に大切な時代に入った。現代技術をいかに取込み、新しいパラダイムを創出していくのかが問われる。私は「人間は機械の奴隷ではない」と考え、情報彫刻を始めたが、最近の情報化を見ると、改めて「人間は仮想空間の奴隷ではない」と考えさせられる。バーチャル・リアリティとナチュラル・リアリティとは全く違う特性を持ち、活躍する領域も違う。両方を峻別し、しかも共存させていかねばならない。今はそれが混同されている。ランドスケープもまた、模型のように、ただ建物を作ったり、樹を植えるのではなく、自然環境の中に人工物を美的情報として取り込み、環境の価値を高める行為だと思う。従って、都市空間も、人が住むから環境が破壊されるというのでなく、人が住むことで益々美しく良い環境になるのが本当ではないか。そういうナチュラル・リアリティに根ざしたシステムを創らなければならない時代なのだ。

 

菊竹清訓(建築家)

 日本人は古来、自然観を庭の中に配置するなど、居住環境を一つのコスモスとして表現する術を持っていた。しかし、我々の居住環境はもはや、人工環境のみとなりつつある。植物に学ぶならば、たくさん集まれば花園のように、益々美しくなるのが自然の姿であり、都市や住宅など人工環境もまた、創れば創るほど、楽しく良いものになるべきだろう。日本人は、集まると一つの風景となるような環境を創出する集住の遺伝子を持っていたのではないか。今、それを再発見し、アジアが壊滅的な環境破壊を経験する前に、世界に向け、新たな都市と文明のあり方を提示すべき時である。

 

吉良竜夫(滋賀県顧問、大阪市立大学名誉教授)

 生態系の多面的な機能は、微弱だけれども、工学的システムでは置き換えられない。この二つの全く違うシステムを巧く組み合わせなければ、今の環境問題の危機的状況を脱することは不可能だと思う。人と自然の共生という曖昧な概念でなく、真に重要なことは、自然環境の安定性を保持するためには、一定量以上の自然が地球上に存在しなければならないこと、そして、生物学的多様性を護ることである。

 

中村桂子(生命誌研究館副館長)

 私というものは、40億年の中で一回きりの存在であり、二度と再び現れることはない。科学は、再現性を求めるものだが、生物は実は歴史的な存在であり、一過性の存在なのだ。勿論、生物も物質でできているのだから、生物を物理的化学的に調べることはできる。でも、本当に私というものを知りたければ、私を歴史的産物として捉えなければならない。

 

西澤潤一(前東北大学総長)

 天の理を活かして、地の上の人と社会に幸福をもたらす。それが工学の役割である。現在地球上に存在する様々な問題を、科学技術でなるべく吸収していきたい。文明の危機における様々な人間的ストレスを、世界中の人々にかけたくない。それでも科学技術だけでは追いつかないかもしれない。その時には、様々な分野の英知を結集して、対処していきたい。そして科学技術者は、その能力、可能性を極限まで出し尽くさなくてはならない。

 

吉村作治(早稲田大学教授)

 中世から近代に掛けて、人間は、自然圏と人間圏を遊離させることによってずっと生きて来た。これが文明的な発展と呼ばれるもので、近世では特にこうしたトレンドを喜び、奨励した。その典型的な事件が産業革命と言える。これを敢えて、もう一度古代のように、人間圏を自然圏に戻して行くという努力が今、必要だと思う。