医療消費者ネットワーク MECON

メコン10周年記念・市民会議(2003年11月30日)の決議文

 本会は、苦情相談活動をボランティアで10年間続けてみて、多くの人々が悩んでいる医療被害の解決策はあってなきに等しいと痛感しています。我が国の現状では、患者は被害に遭うと、人としての尊厳さえもいとも簡単に踏みにじられがちです。実際、多くの被害者のなかで、納得のいく説明や謝罪を受けたり、示談に至ったり、裁判で勝訴する人はほんの一握りです。

 それというのも、我が国では未だに「カルテ開示」さえ法制化されていないからです。まして医療被害者を救済するための法律も支援制度も皆無です。
 医療界にも民主的ルールは必要ではないでしょうか?
 国民の誰もがいつどこでも被害に遭いかねないわが国の医療状況(能力・技術不足の医師が増えていて、医療ミス以前の医療被害も激増している)の中で、医師や医師の家族でさえ、ひと度病気になれば、いい医師が見つからず、被害に遭う場合もあって、安心できないのです。

 これからは、多くの市民が手をつないで、患者にとって厳しいこの現状をしっかり理解し、医療被害の問題にも解決の道をつける活動を続けていくことが必要です。
 このような現状に鑑み、この市民会議では、全国から4つの市民グループが集って議論し、会場からの意見も取り入れて、最後に以下のような「医療ミスの公正な解決策を求める市民の要望書」が決議されました。
 この要望書は、昨年12月中に厚生労働省へ直接手渡し、司法(最高裁判所、最高検察庁)へは郵送しました。

医療被害者はもっと確かな問題解決の公的ルールを求めている!

厚生労働省・司法(裁判所・検察庁)への
「医療ミスの公正な解決策を求める市民の要望書」

〜全国4市民グループによる市民会議 (2003.11.30) 決議文〜


医療消費者ネットワークMECON・代表世話人清水とよ子
埼玉医科大学被害者の会・代表古館文章
静岡市立清水病院から被害をなくす会・代表竹下勇子
京都医療ひろば・世話人代表奥田美智


 医療ミスが頻発し、国民のあいだに医療不信ばかりか、医療不安が高まっています。そのため、医療ミスの防止策はかなり議論されるようになりましたが、被害に遭って苦しむ人々の救済策が語られることは未だにほとんどありません。 わが国には、国民が医療ミスに遭っても、相談する公的窓口もなく、もちろん公的解決策(法的整備や支援制度)もありません。交通事故の場合には、国は法的・制度的な救済策を用意していますが、医療事故の場合には、これだけ大きな社会問題になっても、公正な解決策をつくろうとはしていません。すなわち、日本国民は、医療被害者になるや否や、憲法で保証された「生存権や幸福追究権」も認められず、「立法その他の国政の上で、最大の尊重」を受けることもできないのです。

 したがって、医療被害者は二重の苦難を背負い、厳しい現実に直面しなければなりません。否応なく、この国で医療被害に遭うことがいかに理不尽なことかを体験し尽くしていきます。ごく限られた一握りの被害者は自ら苦渋を重ねつつも全力を尽くした末に、示談や医療裁判の勝訴に辿り着くことがありますが、大半の被害者は「真相を知りたい」と願い、解決策を探し求めても、真相が隠ぺいされるため、情報不足の薄暗闇のなかで延々と悩み続けるのが常です。病院との話し合いや医療裁判にどんなに力を尽くしても、解決をバックアップする法律も公的支援制度も皆無な現状では、真相解明に限界があるためです。 医療ミスが大きな社会問題になっている現在、医療被害者の問題をこのまま社会的に放置しておいていいのでしょうか。


 実際、わが国では今や、医療被害などの問題を抱えている人々が医療機関から巷へあふれ出て、あちこちの民間の相談窓口に訴えるだけでなく、厚生労働省、区(市)役所、保健所、法務省人権擁護局、警察などの公的機関に必死に助けを求めています。これはどうみても異常事態です。他の分野なら、これだけ大きな問題になれば、役所が既に法制化や制度づくりに動いているはずです。

 ところが、こうした医療問題に関する限り、公的機関はどこも、国民の困りごとに真摯に対応しようとはしません。助けを求めてきた人々を、当然のように、市民団体の相談窓口へ回してきます。このような重大な行政的課題を、何の経済的基盤もない市民ボランティアに丸投げして済まそうとしているのです。

 これはとてもおかしなことです。生命や健康に被害を受けた国民が深刻な訴えをしてくるわけですから、公的機関が受け皿をつくって国民の声をしっかり聴取し、医療被害の発生源となった病院を管理・指導するとともに、問題解決に必要な道筋を明確に示してしかるべきです。もちろん、公的機関に多少の動きは出てきていますが、まだまだ表層的なものに止まっています。たとえば、厚生労働省の指導で、2003年4月から各都道府県に「医療安全支援センター(仮称)」が設置されることになったはずですが、国民の疑問や苦情に応える相談事業が各地で順調に始動したという情報はまだ伝わってきません。


 医療被害者が増える一方の時代に、現実的な解決策がないのは民主的国家にとって非常にゆゆしき事態です。国民の医療不安を少しずつ解消していくためにも、この八方ふさがりの現状を変えていく必要を感じます。 そこで、私たち医療被害の問題に取り組む市民グループは「被害者が連帯して声を上げることがいかに大切か」を共通認識として、第一段階として、各方面へ次のような要望の申し入れをいたします。市民の要望を真摯に受け止め、国民のための行政、司法、医療の改革に早急に役立てていただきたいと心から願っております。

厚生労働省への要望
1.カルテ開示・改ざん防止の法制化を急ぐこと

 患者が自分の身体について知る権利を有するのと同様に、不幸にして医療被害に遭った時も、被害者側は本人や家族の命や身体の異変について知る権利を有するはずである。死亡・傷害事故の被害者のほとんどが、カルテを入手したら患者側が捉えた事実経過と異なる箇所があり、改ざんされていたと訴えている。被害者が最も知りたいのは、事故の具体的な真相だが、説明回避や不実な説明に翻弄される上に、医療記録も事実に沿っていないことが多い。被害者を二重に苦しめないためにも、同様の事故を二度と起こさないためにも、医師など医療者は事実経過を尊重してカルテなど診療録に記入するべきだが、医療ミスが起こると事実経過が歪められてしまう。

 法律でカルテ開示・改ざん防止などが保証されない限り、医療現場ではこれからも、国民の命はしばしば闇に葬られ、健康被害の原因も明らかにされず、被害者の生存権、幸福追求権は踏みにじられ続けるであろう。カルテ開示・改ざん防止の法制化は国民の命と健康を守るために緊急かつ不可避なものである。

2.医療被害者を救済する公的解決策の法制化・支援制度づくりを行うこと

 現状では、医療被害の問題解決に役立つ法律や公的支援制度がないため、被害者がどんなに力を尽くして解決を模索しても、多くの障害や限界が立ちはだかって、解決には至らない場合がほとんどだ。

 最大の障害は、真相解明の社会的責任を負うはずの医療機関がカルテの開示を拒んだり引き延ばしたりできる上に、改ざんも容易にできる環境に守られていることである。それと関連があると思われるが、最近は、死亡診断書が治療の経緯を踏まえて書かれていないとその記載内容に疑問を抱く遺族が多い。現実に、異状死であっても、病死及び自然死と記載されることがあり、虚偽記載の訂正を求める被害者も少なくない。

 このまま放置していては、医療ミスや医療事件(医療犯罪)は際限なく増え続けるであろう。国民の命を預かるはずの病院で、医療事故という名目の下で国民の命が闇に葬られ、傷ついた身体が放置され続けているからである。

 国民の命と身体を医療被害から守るために、医療の情報公開(薬の医師用添付文書を患者に積極的に提供すること、等々)を進めるとともに、私たちは医療被害の問題解決を促す法律や支援制度づくりを早急に進める必要があると考える。

3.「医療安全支援センター(仮称)」は、国民の医療に関する苦情を受け止めること

 2003年4月から各都道府県に設置される「医療安全支援センター(仮称)」については厚生労働省の役人が国会議員の勉強会で「医療ミスの相談は扱わない」と発言する等、早くも相談の形骸化が懸念される。国民のために税金を投入して開設する支援センターである以上、形だけの相談事業であってはならず、国民の疑問や苦情を真摯に受け止め、今後の医療政策に役立てることを最大の責務とするべきである。

司法(裁判所・検察庁)への要望
1.立証責任を患者側に課すのは理不尽すぎるゆえ、過失がないという立証責任を医療機関に課すべきこと

 医療裁判は、患者側に徹底的に不利な、したがって病院側に徹底的に有利な、社会的に不公平きわまりない法的制度であり、医療被害者救済の公正な解決策となっていない。実際、他の民事裁判に比べて、原告側勝訴率は極めて低い。最大の問題は、何の証拠も持たない素人の患者側に著しく厳しい立証責任を課す一方、有効な証拠を持っている医療機関側に立証責任を課さないため、どんな証拠隠滅も可能にしてしまうことだ。これはあまりに理不尽に過ぎ、社会常識からもかけ離れている。証拠はすべて医療機関側が握っているのだから、過失がないという立証責任を医療機関に課すべきである。どんな証拠隠滅も可能にしてしまう現在の医療裁判の慣習的構図は、社会正義からいっても、はなはだゆゆしき問題である。

2.その他、医療裁判が公平かつ公正に行われるように裁判の有り様を見直すこと

 各地の裁判所において裁判の迅速化や医学鑑定の促進などをめざして改革が進められているというが、裁判の過程で医療機関側がどんな責任回避をしても容認されてしまうという医療裁判特有の種々の「不公平」は一向に改善されていない。たとえば、裁判所はカルテの改ざん、重要な証拠(たとえば、患者の容態の急変部分を記録した心電図やビデオ録画の一部)の隠滅、不正な証拠や虚偽の医学鑑定等を厳しく裁断することなく、きわめて甘い認識で看過する傾向が強い。これらは何よりも真相を知りたいと願う被害者の根源的欲求さえも阻む非人間的行為であり、世間の常識からみれば、医療機関側の証拠隠滅行為と判断しうるもので、交通事故の場合ならすぐに犯罪行為と判断される。
 しかし、なぜか医療ミスや医療事件は裁判において特別扱いされる。厳正な裁きが不在の医療裁判は、医療ミスや医療事件の抑止力になるどころか、それらの増加を誘発しているようにみえる。

 また、医療裁判は被害者が最終的な社会的正義の拠り所とするものであり、被害者救済の観点からも、他の民事裁判と同じように、公平・公正に行われるように裁判の有り様を見直すべきであり、加えて裁判官の意識改革を求めるものである。

3.検察庁は、起訴猶予、起訴・不起訴の判断を他の事件と同等に、厳正に行うこと

 近年は、医療ミスや医療事件に対して警察が動くようにはなったが、まだごくわずかな問題に限られている。しかも、警察がなんとか捜査し送検しても、検察は他の事件ほど厳正な判断を下すことはなく、起訴猶予や不起訴にしてしまう傾向がある。医療被害者は被害を受けた上に、悪質な証拠隠滅に苦しめられ続ける現実があり、被害者感情としては、医師に対する刑事責任(量刑)も、交通事故などにおける一般国民に対するものと同じにすべきだという強い思いがある。

 現状では、警察・検察当局の動きは、とりわけ医療責任を看過する傾向が強く、多発する医療ミスや医療事件の抑止力になっていない。今後は、医療責任が看過されることなく、医療ミスや医療事件に厳正な対応を求めるものである。

(以上)

医療消費者ネットワーク ©MECON2001 , All Rights Reserved.