医療消費者ネットワーク MECON

本の紹介 : 『医療ミス 被害者から学ぶ解決策』

近藤誠・清水とよ子著(講談社 2003年/1600円+税)

※本書はすでに絶版です。図書館か古書をご利用ください。
※ただし、本会に残部僅少。お求めの方は、上記「購入方法」をご覧ください。
なお、売り切れの節はご容赦ください。

著者のひと言

 本書の特徴は、これまでの医療事故に関する本とは違って、徹底的に患者・被害者の視点から問題をとらえ、患者・被害者に役立つように医療事故の問題を幅広く扱っていることです。・・・そういう意味では、本書は市民サイドから初めてだされる医療事故についての総合的な問題提起の書だといえましょう。(清水とよ子・医療消費者ネットワークMECON代表世話人/「はじめに」から)

 読者のなかで、医療行為や医療機関と一生無縁で過ごせる人は皆無に近いはずです。つまりすべての人が、医療事故の被害にあう“予備兵”であるわけで、本書の別の目的はこれら予備兵に有益な情報を提供することにあります。また不幸にして事故にあわれた方やご遺族に、事態打開の道筋を提示することも意図しています。(近藤誠・慶応義塾大学医学部放射線科講師/「おわりに」から)

目次

第1章 人はある日突然、被害者になる(清水とよ子)
家族の幸せな生活時計が止まった日―‐手術ミス
ある朝起きたら、足が立たない――過剰投薬
病院に行く前は元気だった父親が、なぜ?――術後管理ミス
3000件以上の苦情で明らかになった危険な医療行為
死亡事故はどういうときに起るか/生活基盤を奪うような傷害事故が少なくない

第2章 あなたや家族が事故にあうのはなぜか(近藤誠)
パート1 相談事例から事故のパターンや原因を分析する
検査で起る合併症/普段の処方で生じる薬害/手術の危険度/妊娠・出産時の被害
パート2 医療事故は三つのタイプにわけられる
医者が起こす「うっかり型」は重大結果に
ミスが発覚しにくい「能力欠落型」
医療行為そのもので生じる「必然型」

第3章 被害者の心情と病院の思惑(清水とよ子)
被害者側は病院になにを求めているか
刑事訴追にまで医者を追い込んだ両親の想い
なぜ病院はミスを認めないのか
被害者の切なる願い

第4章 日本の医療事故はなくならない(近藤誠)
医療事故の四つの根本原因
うっかり型の事故にみる制度上の欠陥
医者を養成するシステムの構造的な欠陥
臨床能力を低下させる医局講座制と専門医制度
国民皆保険で不必要な薬が使われている
不要な検査や治療がはびこるわけ
日本医師会はなぜ制度改革に反対するのか
今の医療制度で利益を得るのはだれか
隠ぺい工作の構図/医者たちへの罰がない
将来も医療事故は増え続ける

第5章 医療被害にあったときの解決の手だて(清水とよ子)
被害者のための12の戦略
示談や和解を弁護士とともに勝ちとるまで
自力交渉で示談や和解に導くための条件
箱崎裁判にみる勝訴への道のり
医療裁判のなにが問題か

第6章 医療事故から身を守るために <対談>
事故にあったと思ったらどうしたらいいか
事故かどうかを見分ける方法/被害の拡大を食い止められるか
医者に隠ぺいさせないための手段
事故を未然に防ぐにはどうしたらいいか
手術件数や生存率は病院を選ぶ目安になるか
麻酔科医や病理医が常勤しているか
被害にあった人の共通項
医者の良し悪しはこうして判断する
高齢者が治療をうけるときの注意点
どんな検査が危険か
薬に対するこころがまえ
手術を勧められたときにすべきこと
機械的に治療されないために
セカンド・オピニオンをとったほうがいい手術
医療への見方を変える

内容紹介① 「医療事故は三つのタイプにわけられる」より

医者が起こす「うっかり型」は重大結果に
 メコンへの電話相談の多くは、ことに手術や検査がらみのものは、@重大な事故が生じたことは間違いないが、本人や家族の話だけではミスがあったかどうかはっきりしない、Aミスが存在することは確かだが、具体的にどのような内容のミスかはっきりしない、という特徴があります。

 これに対し、報道されているケースのほとんどは、患者を取り違えて手術した、薬を間違えた、という類のものです。ここではこれらを「うっかり型」の事故と呼びます。うっかり型がよく報道されるのは、報道機関が病院から名誉毀損で訴えられないよう、過失行為とその内容、および障害や死亡との因果関係が明白なものを選ぶからです。結果、一般の人たちは、事故の多くはうっかり型であるかのような印象をうけています。
 しかし、それは誤解です。重大な医療事故の多くは、明白なミスなくして起るのです。

 そして、医療事故は、いくつかのタイプ(類型)にわけることができます。医療事故が多発する原因の分析は第4章で行ないますが、ここでは医療事故を@うっかり型、A能力欠落型、B必然型の三つのタイプに分類し、その特徴を見てみましょう。まずはうっかり型の事故からです。

 マスコミ報道をみているかぎり、ナースが起こすうっかり型の事故が多いという印象をうけるでしょう。この点ナースが起こす事故が多いことは確かですが、ナース業務の危険性は一般に、医者のそれよりはるかに低い。それゆえナースのうっかり型事故が、患者が死亡するなど重大結果につながるのは、加湿器に消毒用アルコールを注入する、内服薬を点滴するなど、まさかと思うようなことをしでかした場合が圧倒的多数です。

 これに対し医者の業務は、手術やカテーテル検査など、もともと危険性が高い。したがって医者が起こすうっかり型事故は、たとえば開頭手術時にうっかり神経にさわって麻痺させた、内視鏡検査で手元がくるって腸に孔をあけたなど、ありがちなミスであるのに重大結果につながりやすいという特徴があります。

ミスが発覚しにくい「能力欠落型」
 医療事故の第二のタイプは「能力欠落型」です。これは、内視鏡検査に慣れていないのに強引な操作をして腸を破った、手術した経験が少ないのに手術して傷つけた、というような事故です。定義すると、そのポストにある医療者なら当然達していなければならない診療レベルに達していないために生じた事故です。

 能力欠落型の事故は、うっかり型の事故と区別がむずかしい場合があります。たとえば、……週一回であるべきはずの抗ガン剤を埼玉医大の担当医が毎日投与したケースは、一見うっかり型のようにもみえます。しかし真の原因は、担当医が「per week(週あたり)」という抗ガン剤治療実施計画書の記載を「per day(1日あたり)」と読み間違えたからです。医者であるのに簡単な英語も読めないので、能力欠落型の事故にあたります。……

 手術や検査中に生じる事故にも、一見うっかり型にみえて、じつは能力欠落型のものがあります。たとえば血管や神経をメスで傷つけた場合、あるいは内視鏡で腸を突き破った場合、術者は「あっ、やってしまった」「ミスした」と思うはずです。その点からいえば、不注意を原因とするうっかり型に分類できそうにもみえます。が、未熟な者が事故を発生させた場合には、その結論は不当です。かりに初心者がプラモデルをつくって失敗した場合、誰もうっかり型のミスとは思いません。たんに下手なだけだと評価します。医療行為の場合も同じで、一定の診療レベルに達している医療者が事故を起こした場合だけ、うっかり型と評価すべきです。

 そして能力欠落型の事故はたいへん多い。パート1で分析した多くのケースが、おそらく能力欠落型です。ただ、手術や検査中の事故は、能力欠落型であってもうっかり型であっても、ふつうは、どういうミスがあったか明らかになりません。けれども、事故を起こした術者は、どこにミスがあったか認識しているものです。ただカルテには、「これこれのミスをおかしました」とは書かないので、他人にはミスした事実がわからないわけです。……(以下略)

医療行為そのもので生じる「必然型」
 医療事故の第三の類型は、その医療行為を行えば(たとえ名手でも)その結果生じることがある「必然型」の事故です。たとえば脳手術では、開頭しただけで脳動脈が攣縮(ぎゅっと縮むこと)して後遺症が生じることがあるといいますから、その場合は必然型です。また薬による重大な副作用も、だれが処方しようと一定の確率で生じるので、その薬を使う必要があったなら、必然型の事故といえます。

 必然型の例として、薬剤耐性菌の院内感染をあげることができます。どんな手術も、術後に一定の確率で感染症を発症しますし、抗生物質に耐性を獲得した細菌も院内にうようよしています。したがって病院で手術したら、一定の確率で耐性菌に感染することは必然なのです。

 この点、感染症を発症した患者から分離される黄色ブドウ球菌のうち、耐性菌であるMRSAの院内感染が占める率は、ほとんどの病院で7〜8割にもなります。MRSAの院内感染は、以前はよく報道されましたが、現在ではほとんど報道されません。しかしそれは減ったからではなく、あまりにありふれた感染症になったためであり、以前より事態は悪化しています。

 不可抗力という言葉があります。医療事故が生じた場合、ことに訴訟になったときなど、担当医や病院はよく「不可抗力だった」といいます。しかし必然型の事故は、かならずしも不可抗力ではありません。不可抗力というのは天変地異など人力ではどうしようもないような出来事を指すのに対し、必然型の多くは人災だからです。たとえばMRSAの出現は、これまで抗生物質を濫用してきたことが原因であり、減らすには濫用をやめればよいことがわかっています。したがってMRSAは人災であり、不可抗力ではありません。……(以下略)

(近藤誠記 68〜80頁)

内容紹介A 「医療被害にあったときの解決の手だて」より

……まず知っておきたいのは、わが国はほかの先進国とは違って、医療被害の問題を解決するために必要な法律も制度もつくっていないために、医療事故被害者は、交通事故被害者以上に、厳しい現実に直面しなければならないということです。……

 したがって、日本で医療被害にあうと、公的な支援や救済を期待できないため、被害者はだれしも(被害者が医者であっても)、自力で根気よく試行錯誤して解決につながる道をみつけていくか、どのように動いても混乱から抜けだせずに八方ふさがりになるか、そんなきびしい現実にぶつかることになります。やがて弁護士に依頼することになっても、それなりの解決にいたるかどうかは最後までわかりません。

 それでも、近年では、多くの被害者たちが悪条件に屈せず、みずから積極的に動いて必死に真相解明や問題解決をめざし行動しています。

 本章では、そうした医療被害者の積極的な行動に学びながら、現状でおよそどんな解決の可能性があるのかを考えてみたいと思います。

 解決方法として、なかには説明と謝罪だけを求める人もいますが、現状では多くの人が補償も含んだ法的解決を求めています。前者には「和解的決着」、後者には「示談」「医療裁判における和解や勝訴」といった可能性があります。ただし、これらはあくまで解決の可能性であって、残念ながら、被害者すべてが必ず手にできる解決策といえるものではありません。

 「和解的決着」とは、いわば非法律的解決策で、患者側が病院側と話し合って説明と謝罪をうけ、病院側の真摯な姿勢を感じて納得するケースです。和解に際して、患者側が説明や謝罪の文書を求めたり、病院側が見舞金を払う場合があります。たとえば、高齢者の不審死といったケースで、こういうかたちで決着をつける遺族がいます。遺族は自分たちの考えで筋を通して病院側と話しあい、病院側も不手際を認め、両者の接点ができるのでしょう。示談との違いは、補償交渉が主眼ではなく、両者が率直に話しあう場をもって、遺族があくまで誠意ある説明と謝罪を求め、病院側もその求めに誠実に応じるところにあります。

 「示談」や「医療裁判における和解や勝訴」はいずれも基本的には、患者側の身体的・精神的損害を補償金で賠償するという法律的解決を病院側に対して求めるものです。したがって、代理人(弁護士)を立てる場合が多いのですが、被害者側が自力で行なう場合もあります。なお、医療裁判は徹底的に患者側に不利にできており、原告側勝訴率が、ほかの裁判では7,8割といわれるのに対して、医療裁判では3,4割といわれています。したがって、弁護士なら誰でもいいというわけにはいかず、もし医療問題にくわしい弁護士に頼めたとしても、いい結果がでるかどうかは最後までわかりません。

 では、そうした困難な状況で真相解明や問題解決をめざそうとする場合、被害者はどんな行動をとったらいいのでしょうか。次に、被害者のおもな行動様式を考えてみたいと思います。

病状や治療についての「経過メモ」をつくる
医者や病院に「説明」を求める
自分たちで調べて情報を集め、検討を重ねる
市民団体などの相談窓口に相談する
弁護士に相談する
病院に「カルテのコピー」を請求する
保険者に「レセプト開示」を求める
病院と交渉して「示談」にする
弁護士に依頼し、カルテなどの「証拠保全」をする
10専門医に客観的な「意見・鑑定」を求める
11警察に「司法解剖」を頼んで「刑事告訴」する
12民事で「医療過誤訴訟」を起こす

(清水とよ子記 160〜163頁)

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