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医療の実態を知る⑥

がん治療の医療被害さまざま

(『メコン・ニュース』 No.60より)

1.肺がんの手術後、何が何だかわからないまま、4日目に死亡

 母(70代)は咳が続いて近医にかかっていたが、元気で普通に暮らしていたので心配しなかった。
 ところが1年後、大学病院で肺がんと判明し、左肺を全摘する手術を受けた。危険率は1〜5%で、心配ないと言われていたが、医師は、翌々日になぜか心臓にペースメーカーを入れ、3日目に腎臓の人工透析を始めた。いずれも家族に何の説明もなかった。そして4日目、母は何が何だかわからないうちに死亡した。母の死因が何だったのか納得できないので、真相を解明したい。

2.肝臓がんの手術を受け、1か月後に肺炎で死亡

 70代の父はC型肝炎から肝がんとなり、大学病院に入院して内科的な治療を受けていた。ところが手術を勧められ、家族は不本意だったが、手術を受けた。手術は3時間のはずが、9時間もかかり、しかも術後、ICU人工呼吸器を8日間も装着された。そして約1か月後、肺炎で死亡した。
 外科医は「肺に若い頃の異常があったための肺炎」というが、術前には、「簡単な手術」と再三説明していた。そんな理由をもちだす医師に怒りがある。

3.肝臓がん手術の直後の酸欠で、植物状態に

 父(60代)はがんの専門病院で肝臓がんの手術を受けたが、別室に運ぶときに低酸素状態・心停止に陥った。蘇生されたが意識不明のまま、半年後に死亡した。麻酔科医は「慣れによるミス」と言って謝罪した。家族は病院側と何度も話し合い、補償も求めている。

4. 転移した肝臓がんの手術で大量出血、1か月後に死亡

 50代の夫が大腸がんの手術を受けた。1年後に肝臓への転移がわかり、肝臓がんの手術も受けた。2時間の予定が6時間かかり、血圧もさがり意識不明となった。腹腔内に5リットルも出血があったという。再手術、再々手術を経て、1か月後に死亡した。

5.胃がんの手術後、肺梗塞のため1日半で死亡

 父(50代)は胃がん初期との説明で手術を受けたが、胃の全摘、食道の一部も切除という12時間もかかる大手術だった。その後、意識が戻らないまま、1日半後に死亡した。
 手術後の容態が悪いのに説明してもらえず、しかも医師の対応が悪かった。解剖の結果、血液の固まりが肺に飛んで、肺梗塞を起こしたことが判明した。

6.前立腺がんの手術後2日目に急変、植物状態に

 義父(60代)が前立腺がんの手術をした。翌日は経過良好で口をきいていた。ところが手術から2日目の早朝に急変し、心停止した。蘇生措置で生命はとり止めたが、意識は戻らず、何の反応も示さない植物人間になってしまった。何か病院のミスによるものではないか。術前に持病の不整脈も調べて手術に耐え得ると言ったのに、こんなことになってどうしてくれるのかと言いたい。

7.治る可能性のないがんなのに、手術へ誘導した教授が許せない

 母に胆のうがんが見つかった。最初のがん専門病院ではA医師に「もう手術はできない」と言われ、2週間だけ入院した。しかしあきらめきれない。次に大学病院を受診すると、B教授に「手術ができる。5分5分だ。だけど時間がない」と言われた。即答できずに帰ってきたら、教授自身が電話してきて「まだ若い、助かるじゃないか」と急かした。
 迷った末に、B教授にA医師の意見を伝えると、B教授はA医師に電話し喧嘩を始めた。A医師の主張は「1%も助かる可能性はない。とってどうするんですか?患者を苦しめるだけじゃないですか?」とのこと。別の大学病院にも聞きに行ったら、C教授は「無理だよ。これをとろうとする医者はろくでもない医者だ」と言った。
 それでも、結局、母はB教授の勧めに従って拡大手術を受けた。多少歩けるようになったものの、ほとんど病院のベッドで寝ていた。そして6か月後に死亡した。
 手術後に、地元の病院のD医師にも意見を聞きに行ったが、「B教授の手術は非常識だよ」と言われた。いま思えば騙されたとわかるが、あの頃は藁をもつかむ思いだった。医者がウソをつくとは思わなかった。治る可能性がゼロなのに、手術へ誘導したB教授が許せない。

8.末期がんなのに手術に飛びついて、無惨な医原病の犠牲に

 夫の胆管がんがわかった時点で、内科医は「手術は無理で、余命は3か月」と言った。一方、外科医は「手術すれば5年は生きられる」と言ったので、私たちはそれに飛びついた。その手術は肝臓を切りとって胆管がんをとるという10時間の大手術だった。
 夫は5日後に感染症になり、水道水が流れ出るようにお腹からうみが流れ出て、パジャマを濡らした。2度目の手術では、身体の中から黄緑色のうみが出てきて、食べた物も身体に挿した管に沿って出てくる始末だった。医師は傷口を3か所あけたまま、抗菌ガーゼを詰めていた。
 転院を申し出た翌日、夫はひもで縛られた状態で血小板の点滴をされた。夫はうなったり、ガバッと起き上がったりして苦しがっていた。看護婦に「これが終わったら静かになりますよ」と言われたが、確かに、夫は静かになり意識がなくなった。そして翌日の朝に死亡した。
 夫の苦しみざまが目に残り、病院の最後の仕打ちが忘れられず、立ち直れない。

9.抗がん剤の初日に死亡した夫のカルテがほしい

 夫(40代)は1か月くらい前から具合が悪く、食道がん肝臓へ転移している状態で入院した。そして、1週間後、抗がん剤が始まると急に具合が悪くなり、その日のうちに亡くなった。
 病状の説明は本人が受けていて、家族に説明はなかった。しかも、死の直後の説明は誠意のないものだった。抗がん剤、肝不全、消化管出血の3つが同時に起きて死に至ったという。
 カルテをコピーしたいので貸してほしい、と院長に3回ほど申し入れたが、コピーは出せないと言う。

10.抗がん剤を原液のまま注入され、白血球が激減

 足の腫れものが悪性の滑膜肉腫とのことで、大学病院を紹介された。そこで動脈の造影検査などをしてから、切断手術を受けた。しかし胸部にも転移したのか、肺も4か所、切除された。2か月後、そのうちの1か所に悪性の細胞があったという説明で、抗がん剤を5クール受けた。
 4か月後、骨盤や脊髄への転移があるとのことで、別の組み合わせの抗がん剤療法を受けた。しかし、この際、薄める液を入れないまま原液で注入されるというミスに遭った。数日後の血液検査で白血球が1200に下がり、数日がかりで白血球を2000、3000と注入する措置を受けたが、全身が筋肉痛のように痛む。(50代男性)

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