医療消費者ネットワーク MECON

医学鑑定と判決の研究

はじめに

はじめに

 この平穏な日本で医療被害に遭うということはなんと「理不尽な不幸」でしょう。
 被害者は病院で悪夢のような衝撃体験を余儀なくされた上に、自分や家族の医療被害の真相を知ろうとして「納得のいく説明」や「カルテ開示」を必死に求めても、多くの場合、医師や病院によってすげなく突っぱねられ、ショックや不審のどん底に突き落とされてしまいます。
 医療被害者は、不運な被害体験によってだけでなく、病院がわの証拠隠しや証拠隠滅によっても、心の傷と闇を深くしていきます。 したがって、医療被害者は、犯罪被害者や交通事故被害者と同じように、心に傷を深く負ったまま真相を探し求め、長いこと苦しみつづけるのが常です。
 国や行政は、交通事故の問題では一時代前に、欠陥住宅や犯罪被害の問題では近年それなりに制度づくりや法制化に動きましたが、こと医療被害に関する限り、これだけ大きな社会問題になっていても、被害者を見捨てたまま、解決の道筋を明示しようとしません。

 これはなぜでしょうか。
 それでも、これまでは社会的に看過され泣き寝入りせざるを得なかった医療被害者も最近は逆境に抗して、めざましい動きをみせています。
 さまざまな困難に打ち勝って、病院と根気よく交渉し謝罪をとりつけたり示談を成立させたりしているほか、「氷山の一角」といわれる一部の医療被害者ではありますが、社会的正義を求め、医療裁判にたどり着く人が少しづつ増えています。
 しかし、医療裁判にもあまたの問題が待ちうけていて、被害者の心は癒されるどころか、期待と不安の間で大きく揺れ動き、正義が行われないことを知って大きな失望に囚われることもあります。
 原告がかかえる問題はいろいろあります。

 たとえば、裁判前に証拠保全を法律的手続きで行わなければならないこと、弁護士との意思疎通がむずかしいこと、裁判ではほとんど敵性証人(法律用語=事故を起こしたと思われる病院当事者)やそのカルテに頼らなければならないのに立証責任が不当にも患者がわに課されること、鑑定に持ちこまれると原告は鑑定人探しに苦労すること(しばしば不可能なこと)、鑑定が公正になされない場合が多いこと、鑑定では原告がわが勝訴するはずでも判決では敗訴となるケースがあること、証拠保全・提訴・鑑定などに何かとお金がかかること、等々。

 このホームページでは、とりわけ医学鑑定と判決の問題に絞って、医療裁判の問題を明らかにしていきたいと思います。

医療裁判の特徴

 医療訴訟には、2つの特徴があるといわれています。1つは他の民事訴訟(貸し金請求など)と比べ、提訴から判決までに時間がかかることで、鑑定をしてくれる専門家を探すのに時間を費やすのが原因の一つといわれています。
 第2の特徴は、原告側の敗訴率が高いことで、このことにも鑑定が関係しています。鑑定をするのは大学教授など学会の権威とされている人たちですが、長い間の慣習として、事実の認定や医学的判断をねじまげた不公正な鑑定がなされることがあり、それを信じた裁判官によって敗訴判決が下されるのです。毎日新聞(2002.4.16)によると、最高裁で1995年以後に破棄差し戻しとなった11件中5件が、鑑定を非難し、病院勝訴の2審のやり直しを命じているといいます。医療過誤訴訟において、「専門家の判断も絶対ではない」という認識がようやくなされるようになったのです。

 最高裁は現在、各専門学会と連携し、鑑定人の選定を迅速にする体制をととのえつつあります。それは一面結構なことですが、鑑定人選びを機械的に行うと、原告がわの不利益はかえって拡大するおそれがあります。たとえば、今までならば、鑑定人候補としてあげられた者を好ましくないと考えた場合、原告はその人が鑑定人に選ばれるのを忌避することができました。ところが最近、その候補者はいやだと原告が忌避しているのに、学会が推薦した候補者だから問題がないはずだと、裁判所が強引に鑑定人を選んだケースがあらわれました。医療裁判では学会が推薦したという一事でもって鑑定人を信頼することはできないはずなのに、と本当に残念に思います。
 これまでも、学会の指導的立場にある重鎮が事実関係や医学的判断を歪曲した不公正な鑑定を行ったことは私たち市民も各方面(弁護士、医師、医療被害者ほか)からしばしば聞き及んでいますので、国民の眼に触れなかったこのような社会的不正義を今後は明らかにしていかなければ、と痛感しています。

 多くの市民は、裁判における鑑定人選定の動きを見守りながら、「医師が学問的に公正な姿勢を貫き、自分の仕事場である医療界で起きた医療問題の解決にかかわることも国民が望む大切な社会的責務である」と認識しています。これからはこのことを心ある医師にくり返し訴えていきたいと思います。

鑑定と判決を公開する必要性

 どの裁判でも公正な鑑定がなされるためにはどうしたらよいか。

 不公正な鑑定がなされる理由はおそらく、鑑定書が裁判所や原告・被告のところにとどまり、その内容が他の専門家たちや一般人の目に触れることがなかったことにありそうです。学問的にどんな不合理で不誠実な意見を書いても、批判にさらされることがないので、鑑定人は枕を高くして眠ることができたのでしょう。
 一方、そうした不公正な医学鑑定に頼りきって出される不当な判決に、どれほど多くの原告がわ(医療被害者)は「この日本には医療に関する限り正義などどこにもないのだ」と絶望させられ、傷ついた心をさらに傷つけられ、泣かされてきたことでしょう。それだけではなく、医療裁判への国民の不信感は深まるばかりですが、それでもなお、深刻な医療被害者に残された解決の道はほとんどこの一本道しかないという理不尽さです。
 それゆえメコンは、鑑定書を市民に公開し、検討・批判を加えることが必要だと考えます。自分の鑑定書が実名入りで公開され、専門家集団や社会の批判にさらされる可能性があると知れば、不公正な鑑定は減るのではないでしょうか。
 そしてなによりも、医療裁判は「根拠とする法律があまりにも不公平、そしてそれを司る人間がしばしば杓子定規」という問題を内包していて、国民の医療裁判に対する不信感は高まるばかりです。そこで、医療裁判の不信感の根源を明らかにし、今後の被害者を支援する新たな道を模索するきっかけにしたいと考えています。

 私たち市民サイドにこのような切なる問題意識があったところ、日頃メコン生涯学習講座やほかの種々な市民団体の会合などで市民と対話を続けておられる慶応義塾大学医学部の近藤誠講師も同じようなお考えであることを知りました。近藤ドクターは乳がんに対する乳房温存療法のパイオニアであり、『患者よ、がんと闘うな』(文藝春秋刊)を書かれたことで有名ですが、じつは医療訴訟にも積極的にかかわり、鑑定人となるなどして、これまで数十通の意見書を裁判所に提出されています。また、学問的に客観的で公正な鑑定をするための専門家集団である「医療事故調査会」の発足に尽力したお一人で、現在、世話人を務めておられます。そこで、近藤ドクターにメコンの会員ほかの裁判の鑑定書や判決の検討をお願いし、メコンのホームページに載せていくことにしました。まだ検討の対象となった鑑定書や判決は少ないですが、今後数を増やしていく予定です。

 2002年8月、鈴木満ドクター(聖霊病院内科部長・医療事故調査会世話人)による糖尿病性昏睡の誤診療で若者が死亡したケースについての鑑定書や判決の検討を追加しました。
 鈴木ドクターは名古屋大学におられた当時から、医療事故調査会のシンポジウムで毎年発表されていて、その穏やか論調のなかの明快な論理の展開に市民も大いに関心をもっていました。
 今回、鈴木ドクターのご協力により、内科の貴重なケースについて追加することができましたので、内科関連の医療被害に遭われた方に少しでも参考になればと思います。
 また、ここでは、医療裁判ではなぜ患者原告側が圧倒的に負けることが多いのか、そのからくりがわかりやすく提示されています。裁判中の人に限らず、一般市民にも役立つのではないでしょうか。

 全国各地の市民グループが確かな目でウオッチングしている限り、医療訴訟に積極的にかかわり、学問的にも正当で、社会的にも公正な意見書や鑑定書を書こうとしている医師たちは、今まで社会的に放置された医療被害の問題に真正面から取り組むことを医業のプロとしての社会的責務だと認識し、これまでの多くの歪んだ医学鑑定に学問的誠実さ、科学的厳格さ、臨床的的確さを回復し、医療裁判を正常化しようとしているといえます。医療裁判の勝訴率が低いとはいえ、3割から4割へとわずかながらも上昇したのは、医療被害者の近年のめざましい努力に加えて、こういう医師たちの尽力もあるのではないでしょうか。
 各地の裁判所はしばしば真実を歪めがちな旧来の医学的権威に大きく依拠して、正義がどこにあるかを見失いがちでしたが、鑑定書の問題性を指摘して差し戻す最高裁判決もぼつぼつ出てきています。これからは裁判官一人ひとりの人間らしい判断で公正な裁判が行われることを願い、市民は手をとり合って法廷ウオッチング運動を続けていきたいものです。
 なお、市民が情報を共有して読んだり考えたりする機会となる鑑定書の公開が名誉毀損や著作権侵害にあたらないことは、藤田康幸弁護士がつい最近の「鑑定書の『公開』の問題について」という論文で解説しています(「患者のための医療」134頁、創刊号、2002年、篠原出版新社)。

各ケースの概略

 最初に分析するケースは、脳外科手術に関するもので、1992年に京大教授が執刀した手術のあと、女子高生が死亡しました。医師である両親が原告となって提訴し、現在福岡地裁小倉支部で審理中です。ここでは、埼玉医大脳神経外科教授の鑑定書を取り上げます。裁判資料は原告であり、『心なき医療』『心なき医療…その後』(ぴいぷる社刊)の著者でもある久能恒子さんから提供していただきました。鑑定事項が多岐にわたり、A4用紙31枚にわたる長文の鑑定書なので、重要な鑑定事項に絞って近藤ドクターに検討していただきます。

 2番目は、乳がんの診断で、東大病院第2外科で乳房切除をうけたら、術後の検査でがん細胞を発見できなかったケースです。手術当時第2外科に在籍した外科医(複数)を含め、専門家たちは例外なく医療ミスだと指摘していますが、一審敗訴でした。専門家たちが一致して医療過誤とするケースで、なぜ敗訴判決が下るのか、この国の裁判制度の病根は深いようです。そのあたりを近藤ドクターに分析・考察していただきます。参考資料として判決の全文、鑑定意見書の全文も掲載します。裁判資料は、原告でありメコン会員の石田智子さんから提供していただきました。本件は現在高等裁判所で審理中で、鑑定人が選ばれたところですが、この2審で出される鑑定書もいずれ掲載する予定です。

 第3のケースは、1993年、いびきがひどい働き盛りの男性が、SAS(睡眠時無呼吸症候群)の診断で福島労災病院で手術を受けたところ、真夜中に呼吸が停止し、蘇生措置をうけましたが、10時間ほど後に「術死」したというもの。文書で申し入れても病院は責任を認めず、遺族が1994年に提訴。1審勝訴、2審の仙台高裁の判決も1992年4月11日に出て、適切な術後管理が行われていれば死亡を回避できた可能性が高いと認めました。その後、病院がわが最高裁への上告を断念したため、原告がわ勝訴が確定しました。(詳細は、「会員の裁判情報」のコーナーに掲載されています。)
 なお、ここでは、1審と2審に出されたそれぞれ2つの鑑定に触れます。

 4番目は、最高裁が鑑定に疑問があるとして、原判決を破棄して、高等裁判所に差し戻したケースです。その鑑定書は、B51枚の分量しかなく、判決が一時話題を呼んだこともあり、ずさんな鑑定書の代名詞のようになっています。しかし公開されてこなかったこともあり、鑑定書の内容を知ることは困難でした。今回、鑑定書に関する最高裁の判示部分とともに鑑定書を示し、多くの市民と一緒に考えたいと思います。

 5番目は、ある朝転がって苦しんでいる23歳の京都大学生が救急病院に運び込まれますが、医師が糖尿病による緊急事態だと診断できず、間違った治療をしたり、すっかり治療が遅れて、入院6日後に死亡するというケースです。鈴木ドクターがわかりやすく鑑定や判決の経緯を説いてくださいましたので、医療裁判において大学教授がいかに素人だましの不正な鑑定をするかが手に取るようにわかります。患者不在の日本の医療の根っこには、医療界に君臨するトップの「倫理観のなさ」、「医師の良心の不在」、「医学という学問への冒涜」といった根深い問題が潜んでいるのだと気づかされるケースです。

(文責・メコン)

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