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3月15日(火曜日)
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| Thank you 三小牛 |
ついにこの時がきてしまいました。
うれしいような寂しいような複雑な心境です。
1999年4月7日。
その日はあいにくの雨でしたが、新しい制服に新しい傘をさして学校に向かう私の足取りはとても軽やかで、これから始まる楽しい小学校生活への期待で胸をふくらませていました。
歌の歌詞にあるように「友達を百人作る!」という意気込みでワクワクしながら教室に入ったのです。
それから6年。その目標は見事に達成されました。
今日いっしょに卒業するのは私を含めて27人ですが、転校して行った友達も含めて35人が私の大切なクラスメートです。
そして、小さい時に遊んでくれた上級生。いつも笑顔で駆け寄ってきてくれる小さい子達。
この6年間に出会った友達は軽く百人をこえます。
学校は思ったとおり楽しいところでした。
薮田先生を先頭にみんなで初めて向かった食堂には、お赤飯とおいしそうなゼリーが並び、私たちの入学をお祝いしてくれているようでとてもうれしかったことを覚えています。
また、礼拝で先生たちが読んでくれた絵本は、今でも私の中でしっかりと生きています。
2年生の時、赤ズックをバスケット変わりにどんぐり集めに熱中し、その輪がクラス中に広がり、教室にどんぐりがあふれ薮田先生を困らせたこともありました。
「ゾウムシがわくよ。」と先生が困っていたのですが、処分するのがいやだった私たちは、袋にギュウギュウ詰めにしたズッシリと重いどんぐりを まるで宝物のように抱え、家に交代で持ち帰ることになったのです。
それはとても責任のある仕事で、当番を決める時何度もけんかをしました。
こんなおかしい思い出がたくさんあります。
低学年の私たちは三小牛を元気に駆け回り、楽しい2年間をすごしました。
そして3年生。
釜土先生の机の上には、いろいろなものが載っていて、それはまるでドラえもんのポケットのようでした。
私はいつも興味津々でそれをながめ、「あれは何につかうんだろう。」とわくわくしていました。
先生の授業はとにかく面白かったです。
算数の「円と球」ではスーパーボールやすいかを切ってその断面図から円と球の性質を勉強しました。
先生が朝一番に苦労して買ってきてくれたすいかはとてもおいしかったです。
国語の「ちいちゃんの影送り」では体育館裏で実際に影送りをしましたね。
空に浮かんだぼんやりとした白い影は、美しいだけではなく、魂の抜けた自分が浮かんでいくかのようで少し怖かったのを覚えています。
3年生から勉強する一番初めの理科の授業がとても楽しかったので、私は今でも理科が大好きです。
また、自分の身長ほどある大きな筍を、みんなで力を合わせて掘り起こし、がんばって作った筍ご飯の味は格別でした。
そして憧れの2階教室へ。
私は地下室側の階段の踊り場を見るたびに川口先生を思い出します。
先生はクラスで何か事件がおこると、そこに私たちを一人づつ呼び、向かい合って座り
「何か悩みはある?」と聞くのです。
いきなりそう言われてもなかなか思いつかず
「ない。」と答えれば、 「何でも言っていいんだぞ。」と私の目を優しくのぞきこみます。
たまに何か言わなくてはと思い、たいして気にもしていないことをそれらしく言ってしまったこともありました。
でも先生はいつも真剣に考えてくれました。
先生は怒る時も真剣で、寒さ以外で震える体験を初めてしました。
5年生になり私たちは柿沼先生のもと、少しずづ高学年らしくなってきました。
自分達だけでやることも増え、3月には他の先生がたの助けを借りず、みんなで協力して柿沼先生のお別れ会を開くことができました。
先生はとても喜んでくれ、それを見て、気持ちが通じたことを私たちは満足しました。
そして6年生。
この三小牛で過ごす最後の一年を悔いのないようにすごしたいと私は決めていました。
だから勉強はもちろんですが、ひとつひとつの行事を大切に迎えたいと考えていたのです。
それを知っているかのように、井川先生は各行事の前は授業を中断させてまでもそれぞれの行事の楽しみ、エピソードを面白おかしく話してくれました。
私はそれを聞くたび期待が膨らみ、準備万端でそれぞれの行事を迎えることができました。
修学旅行や運動会、学習発表会など様々な行事が、忘れられない最高の思い出になったのは先生のおかげです。
先生は教科書にのっていない面白い話もたくさんしてくれました。
政治や世界の事、歴史の話もたくさん聞き、中学でそれらを勉強するのがとても楽しみになりました。
でも保健の授業で井川先生が話す心臓病や糖尿病、動脈硬化などの病気の具体的な症状はとても恐ろしく、今でも思い出すと指先の力が抜け、身体の中で何かが起こったような感覚になります。
井川先生はとっても物知りです。また、先生は、不思議なことに私たちのことを何でも知っているのです。
生返事をしていてもちゃんときいているし、見ていないようでしっかりと見ています。
そのことは私をかなり安心させてくれました。
この間の国語の授業で、『誇り』という言葉について勉強しました。
先生は、「それはとても大切だと思う。先生はこの言葉が好きだ。」と言いました。
そして誰かの質問に答えて「先生の誇りは生徒達だな・・」と言い、ガッハハハと笑い、みんなもつられて笑いました。
でも先生が少しの間まじめな顔をしてぼんやりと遠くを見ているのを私は見逃しませんでした。
私はとてもうれしかったです。
最後の大切な一年を井川先生と過ごすことが出来て私たちは幸せでした。
この三子牛には私たちの大切な 『思い』 がいっぱいつまっています。
あらゆる場所にたくさんの 『思い出』 があります。
その思い出のなかで、私たちを優しい眼差しで見つめているのは先生方、教職員の方々です。
私たち27人の27の心をいつも大切にして暖かく見守ってくださいました。
それは、私たちを安心させ、自信を与え、それぞれの進みたい道へ迷わず進む勇気を与えてくれたのです。
みんなは、2年生の時薮田先生に読んでもらった「たいせつなきみ」という絵本を覚えていますか。
私は、お話に出てくるエリの家がある 『村を見下ろせる丘』 がこの三小牛にあるように感じます。
創り主であるエリは、自分を見失い失敗したり傷ついたりしたパンチネロをいつもその丘で優しく迎え、こう言います。
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私は、何もかもわかったうえで、お前をこしらえたのだよ。
おまえは 本当にかけがえがないのだよ。
おまえは ありのままでいい!
おまえは 私が望んだとおりのおまえなのだから。
私は、おまえのことをとても大切だと思っている。
忘れちゃいけないよ。
この手でつくったからおまえは大切だっていうことを。
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私たちは三小牛を忘れません。
本当にありがとうございました。 |
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