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LPレコード(19)

初回:2011. 3.31

 2011. 3.11(金)に東北関東大地震,悲惨な状況が続いています。音楽評論家の山崎浩太郎氏のホームページに「歌は,失ったものを取りもどしてはくれない。寒さも飢えも,防いではくれない。でも,私たちの心に,勇気と安らぎの灯をともしてくれるかもしれない。心に歌を。胸に音楽を。」と書かれていましたが,私のページも慰めの一助になればと思います。


ベートーベン:ピアノソナタ第31番
[アルトゥール・シュナーベル(pf)]
録音:1932年
(Toshiba EMI EAC-30209,A面)

 ベートーベンは全部で32曲のピアノソナタを作曲しましたが,実はこれ以外に,少年の頃に書いた「選帝公ソナタ」と言われている番号が無いピアノソナタが3曲があります。私がクラシック音楽が好きになった頃は,初期の第8番「悲愴」や,中期の第14番「月光」及び第23番「熱情」辺りが好きだったのですが,その後は最後期の曲,すなわち,第30番以降の曲しか聴かなくなりました。中でも第31番は最も好きです。この曲の第3楽章の中の旋律は「嘆きの歌」と呼ばれるほど痛切な感じで,ベートーベンの曲の中で最も美しいものだと思っています。

<mp3ファイル>
「OneDrive」中の「sound491」中の以下のファイル
 第1〜第3楽章:Beethoven_Piano_Sonata_No31_Schnabel_1932A.mp3(17.0MB)
マーラー:大地の歌
[フリッツ・ライナー指揮シカゴ交響楽団,リチャード・ルイス(T),モーリン・フォレスター(A)]
録音:1959年
(ビクター音楽産業 RGC-1067,A面・B面)

 「マーラー:大地の歌」の原題は「Mahler: Das Lied von der Erde」で,これは第1楽章の表題である「Das Trinklied vom Jammer der Erde」からきていると思います。「Lied」は「歌」ですが,「Erde」の意味はと「最新コンサイス独和辞典」(三省堂)を調べてみると,「(1) 大地,地面,陸地,土地,田畑,(2)土,土壌,(3)地球,世界,地上,現世,(4)遊星,(5)接地,アース」と書かれています。この中の(1)を使って「大地の歌」と訳されているのですが,これを使って,第1楽章の表題を「大地の哀愁に寄せる酒の歌」と言う訳は何か変な感じで,違和感を覚えます。それより,「Erde」を「現世」と訳して,「現世(を生きること)の哀愁によせる酒の歌」と訳した方が,遙かにしっくりとくると思います。しかしながら,「マーラー:現世の歌」と言うより「マーラー:大地の歌」と言う方が,遙かに格好がよく,また,受け入れられると思っています。すなわち,誤訳の方が良いと言うことですね(笑)。
 また,この曲の副題は「テノールとアルト(またはバリトン)とオーケストラのための交響曲」(Eine Symphonie fur eine Tenor und Alt (oder Bariton) Stimme und Orchester)であると言うことと,マーラーの妻であったアルマの著書中に”大地の歌は交響曲第8番に次いで完成され,本来ならば「第9番」という番号が付けられるべきものだったが,ベートーベンやブルックナーが第9交響曲を書いて世を去っていることを意識したマーラーは,この曲に番号を与えず,単に「大地の歌」とした。”旨が書かれていることから,日本国内では,この曲は交響曲に分類されています。しかしながら,欧米においては,この曲は歌曲に分類されているそうで,欧米における「マーラー:交響曲全集」には「大地の歌」が含まれていないものが大部分だそうです。その理由としては,アルマの著作にはしばしば嘘と言うか,自分が有利になるように,また,マーラーが殉教者にように書かれていることと,この曲にはマーラー自身が作成したピアノを伴奏とした歌曲集版が存在することからマーラーは歌曲集と考えていた可能性があることです。これらのことを考慮すると,私は,この曲は「交響曲」と言うより「交響的歌曲集」と言う分類が正しいのではと思っていますが,日本国内では,歌曲集より交響曲の方 が「高級な音楽」と言う認識の人が大部分でしょうから,歌曲集「大地の歌」では,コンサートはもとより,CD等もあまり売れないと思います。

<mp3ファイル>
「OneDrive」中の「sound538」中の以下のファイル
 第1楽章「大地の哀愁に寄せる酒の歌」・第2楽章「秋に寂しき者」・第3楽章「青春について」・第4楽章「美について」:Mahler_Das_Lied_von_der_Erde_Reiner_Chicago_O_1959A.mp3(26.4MB)
 第5楽章「春に酔える者」・第6楽章「告別」:Mahler_Das_Lied_von_der_Erde_Reiner_Chicago_O_1959B.mp3(31.1MB)


 なお,この曲の歌詞及び訳詞は,インターネット上の百科事典「Wikipedia」に独日対訳及び「オペラ対訳プロジェクト」にあります。
 また,この録音の1年後の1960年に行われたコンサートにて,この曲を初演したブルーノ・ワルター指揮ニューヨークフィルハーモニックにより演奏されましたが,その時の歌手はこのLPと同じでした。しかしながら,なぜか,その直後に行われた録音では,オーケストラは同じなのに,歌手が2人共,変わってしまいました。その理由は,この録音があったためか,あるいは,当時は非常に厳しかったレコード会社の専属のためではと推測されます。
シューマン:交響曲第3番
[ブルーノ・ワルター指揮ニューヨークフィルハーモニック]
録音:1941年
(CBS SONY SOCF116,A面・B面)

 1850年,シューマンはデュッセルドルフの管弦楽団・合唱団の音楽監督に招かれ, 9月より同市に住みました。彼はライン川の河岸を好んで散歩し, 9月と11月にはライン川上流に位置するケルンにも行き,壮麗なケルン大聖堂に感銘を受けたそうです。折しもこの時期に挙行されたケルン大司教ヨハネス・フォン・ガイセルの枢機卿就任式の報に接し,交響曲の霊感を得,11月に作曲に取りかかり,12月には完成しました。それが,現在の交響曲第3番ですが,実際はシューマン最後の交響曲になりました。なお,シューマンの交響曲は未完成のものを含めれば5曲あり,第1番の前に作曲された「交響曲ト短調」は全3楽章の予定が2楽章のみで終わりました。

<mp3ファイル>
「OneDrive」中の「sound469」中の以下のファイル
 第1〜第5楽章:Schuman_Symphony_No3_Walter_New_York_po_1941A_B_effect.mp3(29.2MB)


 この録音,音が乾き過ぎていたので,リバーブをかけて響きを豊かにしています。また,シューマンの交響曲のオーケストレーションは地味でよく響かないとのことで,そのオーケストレーションの変更・改訂が行われていますが,この録音は,マーラー版のオーケストレーションの一部を採用したものだそうです。
シューベルト:歌曲集「白鳥の歌」
[ハンス・ホッター(Br),ジェラルド・ムーア(pf)]
録音:1954年
(Toshiba EMI EAC-40084,A面・B面)

 シューベルトは生涯に600曲以上の歌曲を作曲したと言われていますが,その歌詩を書いた詩人は,曲の多い順にゲーテ,マイアホーファー,ミュラー,シラーで,それ以外に,重要な詩人としては,マティソン,ヘルティ,コーゼガルテン,クラウディウス,クロップシュトック,ザイドル,リュッケルト,ハイネ等が上げられるそうです。この中で,今でも名前が知られているのは,ゲーテ,シラー及びハイネ位で,ミュラーはシューベルトが歌曲集「美しき水車小屋の娘」と歌曲集「冬の旅」を作曲しなければ,とうの昔に忘れ去られていたでしょうし,クロップシュトックは「マーラー:交響曲第2番」の第5楽章で歌われなければ,あるいは,ゲーテの小説「若きウェルテルの悩み」の中で取り上げられなければ,そして,リュッケルトも「マーラー:リュッケルトによる5つの歌曲」が無ければ,いずれもとうの昔に忘れ去られていたと思います。
 シューベルトは若い時からゲーテやシラーの詩に作曲しましたが,ハイネの詩には晩年にようやく作曲しました。このハイネの詩に作曲した曲を含めた歌曲集が「白鳥の歌」で,出版社が「白鳥が死ぬ際に歌を歌うという,古くからの言い伝え」から,遺作となった14曲をまとめて”歌曲集「白鳥の歌」”と名付けて出版しました。ここら辺は,出版社は実に頭が良かったと思います。

<mp3ファイル>
「OneDrive」中の「sound486」中の以下のファイル
 愛の便り,兵士の予感,春のあこがれ,セレナーデ,わが宿,遠い国で,別れ:Schubert_Schwanengesang_Hotter_Moore_1954A.mp3(24.7MB)
 アトラス,彼女の姿,漁師の娘,まち,海辺にて,影法師,鳩の使い:Schubert_Schwanengesang_Hotter_Moore_1954B.mp3(18.9MB)


 なお,歌詞及び日本語対訳はインターネット上の「シューベルト歌曲対訳集」をご覧下さい。
 それにしても,13曲目の「影法師」はシューベルトの歌曲の最高傑作,シューベルト歌曲の到達点と言う感じがします。
シューベルト:歌曲集「冬の旅」
[ハンス・ホッター(Br),ジェラルド・ムーア(pf)]
録音:1954年
(Toshiba EMI EAC-40096,A面・B面)

 シューベルトは梅毒にかかり,外見上は治癒したのですが,当時の医学では完治はできませんでした。1823年に体調を崩し入院して以来,健康は下降しておりましたが,1827年2月にミュラーの詩集「冬の旅」を知り,それに曲を付けました。そして,友人達の前で演奏しましたが,あまりの内容の暗さに彼らも驚き,「菩提樹」のみ,評判が良かったそうです。その後,続編に曲を付け,同年10月に全24曲の歌曲集が完成したそうですが,最終的に,完成した歌曲集では詩の順番が詩集とはかなり異なっています。

<mp3ファイル>
「OneDrive」中の「sound487」中の以下のファイル
 おやすみ,風見の旗,凍った涙,かじかみ,菩提樹,あふれる涙,川の上で,かえりみ,鬼火,休息,春の夢:Schubert_Winterreise_Hotter_Moore_1954A.mp3(36.5MB)
 孤独,郵便馬車,霜おく髪,からす,最後の希望,村にて,嵐の朝,まぼろし,宿,勇気,幻の太陽,辻音楽師:Schubert_Winterreise_Hotter_Moore_1954B.mp3(32.4MB)

 ドイツ語の歌詞と日本語訳詞が「シューベルト歌曲対訳集」、神崎昭伍氏による日本語訳詞が「木川田誠氏のページ」,田辺とおる氏による日本語訳詞が「田辺とおる氏のページ」,藤井宏行氏による日本語訳が「梅丘歌曲会館」にあります。
ベルディ:レクイエム
[アルトゥーロ・トスカニーニ指揮NBC交響楽団,H.Nelli(S),F.Barbieri(Ms),G.di.Stefano(T),C.Siepi(Bs),ハンター指揮ロバート・ショウ合唱団]
録音:1951年
(RVC SRA-8031/32(M),A面・B面・C面・D面)

 「ベルディ:レクイエム」は,1873年にイタリアの文豪「アレッサンドロ・マンゾーニ」が亡くなったことにより作曲されたもので,そのちょうど1年後に,ミラノ市のサン・マルコ教会にて,ベルディ指揮,スカラ座オーケストラからの選抜を中心とした100名,合唱120名,テレーザ・ストルツ(ソプラノ),マリア・ヴァルトマン(メゾソプラノ),ジュゼッペ・カッポーニ(テノール),アルマンド・マイーニ(バス)により,初演されました。なお,ストルツはベルディの愛人で,初演費用は,ミラノ市が負担したそうです。作曲する時間が短かかったためか,「ラクリモーサ(涙の日)」は歌劇「ドン・カルロ」のパリ初演(1867年)時に演奏時間の都合でカットされた部分を転用しました。また,「リベラ・メ(我を救い給え)」に関しては,以前にイタリアの作曲家12名と合同で作ろうとしたロッシーニを記念するための「レクイエム」の自作部分を転用したのだそうです(この曲は,結局,他の人達が作曲しなかったので失敗に終わってしまったそうです)。

<mp3ファイル>
「OneDrive」中の「sound489」中の以下のファイル
 入祭文とキリエ,怒りの日:Verdi_Requiem_Toscanini_NBC_so_1951A_B_effect.mp3(39.1MB)
 奉献文,聖なるかな,神の小羊,永遠の光,我を救い給え:Verdi_Requiem_Toscanini_NBC_so_1951C_D_effect.mp3(32.8MB)

 なお,この録音は響きが少な過ぎる感じがしたので,リバーブをかけております。
 歌詞及び日本語訳詞は,インターネット上の「オペラ対訳プロジェクト」をご覧下さい。
マーラー:交響曲第2番
[ブルーノ・ワルター指揮ウィーンフィルハーモニー管弦楽団,Maria Cebotari(S), Rosette SAnday(A), Alois Forer(Org),ウィーン国立歌劇場合唱団]
録音:1948年,Live
(CBS/SONY Inc. SOCN19/20,A面・B面・C面・D面)

 西洋における音楽の中心は,歌劇場と教会であったことから,一般的に指揮者は小さな町の歌劇場の練習指揮者として入り,そして,指揮者→楽長となり,その歌劇場より大きな歌劇場の指揮者となり,次第に大きな街の歌劇場の指揮者となるのが普通でした。グスタフ・マーラーの場合も同じで,カッセル王立劇場の楽長(23歳),プラハのドイツ劇場の楽長(25歳),ライプツィヒ歌劇場で楽長(26歳),ブダペスト王立歌劇場の芸術監督(28歳),ハンブルク市立劇場の第一楽長(31歳),ウィーン宮廷歌劇場の芸術監督(37歳)と出世して行きました。この頃の夏場は,現在とは異なり,音楽祭等は行われず,夏休みとなりました。マーラーはこの夏場に作曲を行い,秋から春に清書を行ったのだそうです。
 マーラーの交響曲第2番は,1888年の夏に第1楽章に相当する部分が完成,1893年の夏に第2〜第4楽章を完成,1894年に指揮者ハンス・フォン・ビューローの葬儀で霊感を得て,第5楽章を完成させました。
 第5楽章には,フリードリヒ・クロプシュトックの詩「復活」が使われていますが,クロプシュトックと言えば,ゲーテの小説「若きウェルテルの悩み」の最後の方で,ウェルテルがこのクロプシュトックの詩を読む場面があり,この小説で最も素晴らしい場面だと思っています。クロプシュトックの詩は現代ではあまり人気が無いようで,このゲーテの小説と,マーラーの交響曲が無ければ,忘れられてしまったと思います。

<mp3ファイル>
「OneDrive」中の「sound488」中の以下のファイル
 第1楽章:Mahler_Symphony_No2_Walter_Venna_po_1948A.mp3(19.9MB)
 第2・3楽章:Mahler_Symphony_No2_Walter_Venna_po_1948B.mp3(19.4MB)
 第4・5楽章:Mahler_Symphony_No2_Walter_Venna_po_1948C_D.mp3(34.7MB)


 なお,第4・5楽章は歌手や合唱団によって歌われていますが,その歌詞及び日本語和訳はインターネット上の百科事典「Wikipedia」をご覧下さい。
シューベルト:交響曲第8番
[ブルーノ・ワルター指揮ウィーンフィルハーモニー管弦楽団]
録音:1936年
(Canyon YD-3004,B面)

 1933年に公開されたオーストリア映画「未完成交響楽」(ウィリー・フォルスト監督)の原題は「Leise flehen meine Lieder」,すなわち,「秘めやかに流れる我が調べ」と,随分,日本題と異なっています。この映画の話は,シューベルトの失恋を描いたもので,『貧しい作曲家であるシューベルトは上流階級のサロンでピアノ演奏を行ったのをきっかけに,貴族の娘の家庭教師になる。やがて2人は恋に落ちるが,親の妨害により,娘は軍人と結婚することになる。結婚式でシューベルトは,未完成の交響曲をピアノで演奏するが,第3楽章で演奏できなくなってしまう。そして,この曲の譜面に「わが恋の成らざるが如く,この曲もまた未完成なり」と書く』と言うものです。
 この曲がなぜ未完に終わったかに関しては,種々の説がありますが,第3楽章を聴く限りでは,旋律が良くなく,これ以上,発展するのは無理であり,中断しても仕方が無いと思います。すなわち,第3楽章はシューベルトとしては,失敗だと思います。しかしながら,勿論,第1・2楽章は素晴らしいと思います。

<mp3ファイル>
「OneDrive」中の「sound497」中の以下のファイル
 第1・第2楽章:Schubert_Symphony_No8_Walter_Vienna_po_1936B.mp3(20.4MB)

 なお,これは「擬似ステレオ」です。
プッチーニ:歌劇「ラ・ボエーム」
[トーマス・ビーチャム指揮RCAビクター管弦楽団,Victoria de Los Angeles(S), Lucine Amara(S), Jussi Bjoerling(T), Robert Merrili(Br), John Reardon(Br), Giorgio Yozzi(Bs)]
録音:1956年
(Seraphim IB-6000,A面・B面・C面・D面)

 寒い時期の音楽には何があるかと言うことで考えてみたら,第1幕は寒くてストーブに原稿用紙をくべて暖まる場面,第3幕は雪が積もっている城壁の門での場面がある”プッチーニ:歌劇「ラ・ボエーム」”がありました。
 私はこの曲の第4幕の終わりの方,すなわち,主役のミミが肺結核で倒れて,ベットで寝ている時に,周りにいた友人が「息をしていない」とささやき,そのただならぬ様子を見たロドルフォが「ミーミー」と絶唱する場面,何回,聴いても涙が出てきます。
 この曲は1896年にトスカニーニ指揮で初演され,まずまずの成功をおさめたそうですが,その後,ドンドン,人気が出たそうです。なお,トスカニーニはNBC交響楽団を指揮して,録音を残しています。

<mp3ファイル>
「OneDrive」中の「sound465」中の以下のファイル
 第1幕:Puccini_La_Boheme_Beecham_RCA_Victor_O_1956A_B_effect.mp3(32.8MB)
 第2幕:Puccini_La_Boheme_Beecham_RCA_Victor_O_1956B_effect.mp3(16.9MB)
 第3幕:Puccini_La_Boheme_Beecham_RCA_Victor_O_1956C_effect.mp3(23.2MB)
 第4幕:Puccini_La_Boheme_Beecham_RCA_Victor_O_1956D_effect.mp3(26.7MB)


 なお,この録音,響きが少ない感じがしたので,少し,リバーブをかけて,響きを豊かにしております。また,この歌劇の歌詞の伊和対訳は「オペラ対訳プロジェクト」をご覧下さい。
 なお,歌劇の場合,歌だけではなく演技等も観る必要がありますので,歌劇場にて実演を観るのが最適だと思いますが,次善の策として,ビデオで観るのもよいと思います。しかしながら,舞台では遠目で観るのでそれほど歌手の容姿は気になりませんが,ビデオの場合,歌手がupされることが多いので,容姿が非常に気になります。 2009年にアンナ・ネトレプコがミミを歌った映画「ラ・ボエーム」(ロバート・ドーンヘルム監督,ベルトラン・ド・ビリー指揮バイエルン放送交響楽団・バイエルン放送合唱団)を観ましたが,ネトレプコの歌は素晴らしかったのですが,彼女のやや小太りの健康的な容姿はどう考えても肺結核で亡くなるとは思えませんでした。と言うことで,想像力が必要な音だけで聴くのが,最も良いかもしれません。
ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番
[ワルター・ギーゼキング(pf),ウィルヘルム・メンゲルベルク指揮コンセルトヘボウ管弦楽団]
録音:1940年,Live
(Nippon Columbia OZ-7551-BS,A面)

 ラフマニノフは,1897年に初演された交響曲第1番が不評だったことから鬱病となりましたが,その後,催眠療法により快方に向かい,「ピアノ協奏曲第2番」を作曲しました。そして,これは 1901年に初演され,大好評だったそうです。しかしながら,この曲が世間的に有名になったのは,映画「逢びき」に使われたあたりからで,その後,「七年目の浮気」のほか,最近では「プリティ・プリンセス2/ロイヤル・ウェディング」や「スパイダーマン3」にも使われています。

<mp3ファイル>
「OneDrive」中の「sound443」中の以下のファイル
 第1〜第3楽章:Rachmaninov_Piano_Concerto_No2_Gieseking_Mengelberg_1940A.mp3(29.6MB)


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