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疾駆する鉄の怪物

第9回:交響的運動「パシフィック231」
*紹介しているCDは
*指揮:シャルル・デュトワ
*演奏:バイエルン放送交響楽団
*エラートWPCS-11014/5

 アルトゥール・オネゲル(仏)、1923年の作品。翌24年5月、パリ・オペラ座にて初演された。
 交響的運動の原題は Mouvement symphonique と書く。ムーブメントは通常、音楽の世界では「楽章」と表記するので、慣習に従えば「交響的楽章」となるはずだが、あえて「交響的運動」と訳すところにこの曲の神髄がある。
 この曲はアメリカ大陸横断急行列車の機関車である、パシフィック231型蒸気機関車にちなんで作曲された。パシフィック231型は、前輪2、動輪3、転輪1という編成の、当時としては大柄な蒸気機関車であった。

 曲は、まず低音弦楽器の、地鳴りのようなバックグランドの上で、高音の弦楽器と木管楽器による上記の噴出の描写から始まる。次に低音の弦楽器と金管楽器が重々しくシリンダーに排出される蒸気を演出する。この動きは徐々に加速していき、力強い機関車の始動を思わせる。
 楽譜上のテンポ指示は遅くなるのだが、体感的にはどんどん加速していき、やがて曲は加速の力強さから疾走するスピード感の追求へとその表情を変えていく。
 疾走が最高潮に達すると、一瞬の混沌の後、全力でブレーキがかかり、始動時とは逆のプロセスでシリンダーの動きが遅くなっていき、最後には耳を聾する轟音と共に車両は停止する。

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 皆さん、新年おめでとうございます。2002年の第1弾は、フランスはオネゲルの、おそらく最も有名な曲、「パシフィック231」です。

 みなさんは子供の頃、機関車や自動車にあこがれたことはありませんか?音楽の世界でも蒸気機関車に心を奪われた作曲家はいるようで、例えばボヘミアから西部開拓時代のアメリカに音楽講師として招かれたドヴォルザークなどは大陸横断鉄道にすっかり心酔したようでして、暇なときには(いや、暇を作って)ニューヨークのセントラル駅をうろつき周り、時刻表は完全に暗記し、列車の到着が遅れたときは鉄道の関係者でもないのにわざわざ遅れた理由を列車待ちの客に説明しながら謝ってまわったそうです。その「セントラル駅詣で」の合間に作曲されたのが、かの有名な交響曲第9番「新世界より」だそうで・・・(苦笑)

 さて、今回紹介します「パシフィック231」も、そんな鉄道マニアの一人、オネゲルが蒸気機関車への「愛」の表現として書いた曲です。彼がどのくらい蒸気機関車を愛していたかというと「男が女を愛するように、俺は機関車を愛する」と公言していたそうですから・・・でもフランスの伊達男のセリフだからなー、話半分に聞いとかないと(笑)。

 実際にこの曲を聴いてみますと、単に「機関車が動き出してから止まるまでの音を楽器で再現した」という程度の音楽ではなく、むしろ重々しく走り始めた蒸気機関車の疾走する快感――精神的にしろ、肉体的にしろ、視覚的にしろ・・・ようするに重たい鉄の塊が黒煙を吐きながら、人智を越えた猛スピードで走り抜けていく様――を表現した曲であることが判ります。
 素人考えでは「速さ」を追求すると軽くなりがち、逆に「重さ」を追求すると鈍くなりがちですが、オネゲルはこの「パシフィック231」で、「重たい鉄の塊がばく進する」快感を見事に表現しているのです。

 たった6分の曲ではありますが、その6分は、メカニズムのパワーとスピードに酔いしれる男のロマンが凝縮された6分なのです。