1999年7月12日・13日 東京国際フォーラム
|
ブライアン・ウイルソン初のワールド・ツアーには以下の性格があったと思う。 (1)ビーチボーイズのヒット曲を満載したエンターテイメント・ショー (2)音楽の一線から退き、沈黙せざるを得なかった天才が復活した姿を見届ける為の儀式 (3)ブライアン自身が自分の音楽の歴史を総括する為のプロセス 完璧なコーラスワークを聴かせてくれたバックミュージシャン(ジェフリー・フォスケット、ワンダーミンツ等)の熱演によって、(1)の目的は達成された。オリジナルに忠実なアレンジなのに、MIDIへの依存が低かったことに感心。プレイヤーは楽器を持ち替えて、お馴染みのフレーズを再現していく。『少しの間』ではマリンバが、『神のみぞ知る』ではホルンが、『グッドバイブレーション』ではハーモニカとテレミンが。(パーカッションのみ、MIDIドラムを介してサンプルを鳴らしていた。『素敵じゃないか』のティンパニーや『キャロライン・ノー』の印象的なタムの音色など) そして、完璧なコーラス・ワーク。今回のツアーで大抜擢だったワンダーミンツのコーラス&演奏力には唸った。ただ1人、足を引っ張っていたのはボーカルの安定しないブライアン本人だった、と言える。『サーフィンUSA』『FunFunFun』等のジャンプ・ナンバーが淡々とした印象だったのも、ブライアンの表現が爆発していなかった原因が大だろう。 このツアーを機にブライアンが偉大な復活を遂げるのか否か。(3)の目的はブライアン当人が次の活動で証明してくれることだろう。 世界に蔓延する“ブライアンの子供達”にとって、最も関心があったのは(2)だったはずだ。仮に歌がヨレヨレでも、身体が動かなくとも、その姿を見届けたい。『神のみぞ知る』『キャロライン・ノー』の2曲がブライアンのボーカルで聴けるだけでも、充分じゃないか。 ブライアンやビーチボーイズに全く思い入れの無い人間にとっては、レベルの低いステージだったのかも知れない。僕だって、冷静に欠点をほじくろうとしたら際限無く挙げられる。でも、僕の目的は、そんなんじゃない。だって、ブライアン・ウイルソンはポップ史上で「完璧」が証明された唯一のアルバム『ペット・サウンズ』を制作した男なんだ。レコーディングスタジオで奇蹟を起こし、サウンドに対する音楽家の姿勢を後続に指導した偉大な天才なんだ。独特のコード進行とハーモニーアレンジでポップスの在り方を向上させた張本人なんだ。 だから、僕は挨拶がしたかった。お礼を言いたかった。ブライアンが、そこにいるだけで満足だった。 デレデレとブライアンを見つめる僕であったが、1日目(1階席)に ある疑惑を持ってしまった。ブライアンはキーボードの前に座り、演奏しながら歌っているのだけれど、全く鍵盤に目を落とさないし、鍵盤を弾く肩と腕の位置が変化しない。これはボイシングが変化していないわけで、彼のキーボードはダミーだろう、と。 2日目(2階席)に真相が判明。彼は最初から最後まで同じコードだけを弾いていた。拍の頭に鍵盤を押しているだけ。リズムを取っているだけだ。僕の位置からは黒鍵が確認できなかったのだけれど、ソを起点としたCmaj7に見えた。出力されない鍵盤に手を置いて、同じボイシングを続けるブライアン。僕は見てはいけないものを見たような、見たくなかったものを見たような気持ちになった。『サーファーガール』のマイナーコード時に、メジャーコードのボイシングをしながら声を絞り出すブライアン。僕は涙を抑えることが出来なかった。天才のリハビリに立ち合っていることは自覚しているつもりだったけど、淋しかった。痛々しかった。 もしかしたら、ブライアンは、世界に蔓延する「ブライアン・ウイルソンの息子達」が持っていた過剰な幻想を終結させる為に姿を現わしたのかも知れない。「乗り越えるんだ!」というのが彼のメッセージだったのかも知れない。 ブライアン・ウイルソン。彼はアメリカが誇る天才ポップ音楽家。ポップミュージック史の暗黒部を体現した悲劇の音楽家。録音芸術における最高峰のクリエイター。 60年代ビーチボーイズのリーダーであり、ポップ史上で「完璧」が証明された唯一のアルバム『ペット・サウンズ』を制作した男だ。何度も繰り返し言うけれども、「完璧」が証明された唯一のアルバムだ。 ブライアン、僕はあなたの音楽に何度も勇気づけられています。 ありがとう。 |