ロビーで ●  ●   ●   ●   ●   ●

 翌日からフーさんの案内で市内観光。
私が小学校6年の夏にフーさんは来日しているので初対面ではないのだが、変わってないだろうか? 多分向こうから声をかけてくれるでしょう。とホテルのロビーのソファーに腰掛けて待っていると、母は忘れ物をしたと部屋に戻った。
向かい側には日本人男性一人の周りに女性数人。その男性が私に気付き「アンタはいいのかい?」と話し掛けてきた。 なんのこっちゃ?無視してると、アタッシュケースの中から好きなものを選べと言う。ますますワケわかんない。 すると、とり巻きの女性たちが「アノ人ハ違ウヨ」
私、何に間違えられたんだろう…?
羽振りのいい日本人観光客に群がる現地女性の図であった。あのアタッシュケースには女性なら大好きな「何か」があったのだ。 普通の女性なら惹かれるのだろうが、私には何の価値も見出せないシロモノ・・・だと思う。


父が住んでいた旧日本人街のある駅で>

 ラーメン ●  ●   ●   ●   ●   ●

フーさんと  ガイドを生業としてない現地の人なので、庶民の行く美味しい店に連れてってくれる。
お昼ご飯は大皿にテンコ盛りのカニ。本当は母も私もあまり好きではないのだが、場所が違うと味も違うのかガツガツ食べた。 というより、母も私も味云々の前にむく行為が面倒臭いだけだから食べられないわけじゃないのだ。
母の一番の関心はラーメンだったが、フーさんに「ラーメン」と言ってもイマイチ理解してもらえなかった。 それでも、最後のランチに連れてってもらった店で、どうにかそれらしきモノを食べる事ができたのだが 「ラーメン」と言い続ける母に「しるそば」と言い続けていたフーさん。お互いが相手の料理を理解するのは至難の技らしい。 台湾では「ラーメン」という言葉はないのだろうか?

 北京から台北へ ●  ●   ●   ●   ●   ●   ●   ●

 午後はバスにて故宮博物院(クーコンポーウーユエン)へ。ルーブル美術館、大英博物館と並ぶくらいの収蔵数らしい。 とても一日では見れないので、サクサクっと回る。陶磁器や掛け軸、書物・・・中でも一番印象に残ったのは象牙を彫刻したもの。 虫眼鏡でやっと見えるほどの細かい細工には、もう溜め息しか出ない。 運ぶのにも相当な注意を払い、北京から海を越えてきた文物たちの数は70万点といわれている。残念ながら館内は撮影禁止。

故宮博物院 故宮博物院








 屋台 ●  ●   ●   ●   ●   ●

 夜は、どこだったか忘れたが夜市(イエシー)の巨大屋台で晩ご飯。
お祭りで見る日本の屋台しか知らない私は、初めて見る光景に圧倒されまくり。だって、鳥取の夜市なんて夏の間の土曜日だけなのに、 ここは毎日がお祭り騒ぎ。右も左も衣類雑貨等、なんでもありの露店だらけ。 そしてその一角に美味しそうな匂い漂う食べ物屋台街があった。
ほとんど見たことのない食べものに多少の不安を感じながら歩く。 フーさんのあとに続いて屋台の一つに座るが、なんか落ち着かない。
今の私からは想像できないだろうが、この頃は見た目にグロなもの(これは今でもチョット…)ニンニクがダメ、豚の脂身も苦手・・・ と好き嫌いが多く、果ては食器にさえ文句をつける始末。おツユの中に指が浸かってた日には悲鳴モノ。 現在のようにイタリアで生水を飲む姿なんて誰が想像しただろうか?

ガチャガチャしてるわ、すぐ後ろを原付が埃を立てて走るわで味なんかわかりゃしない。一体何を食べたんだろう?
有名処の士林(シーリン)か饒河街(ラオフーチエ)、または寧夏路(ニンシアルー)あたりの夜市だったような・・・。
そんな私が手放しで喜んだのがフルーツ。大好きなスイカは甘くて文句なく美味しかった。それと大根餅。 日本のお餅は好きじゃないけど、上新粉で作る大根餅は伸びないのにもちもち感が味わえる。 その中に大根の歯ざわりも微かに残しつつ…ちょっとしたおやつ、点心。料理のページにもUPしたほどだもの。 でも作るのがちょっと面倒なので、できれば中華街あたりで食べたい一品。

あれから月日は流れ、東京一人暮らしサバイバルでかなり逞しさは培われた。もともと内臓は丈夫だったみたいで、 今の私は肉体的にも精神的にも「鬼に金棒」なのだ。あくまでも食に関してだけど。
今度行った時は精力的に食べ歩くだろうな、きっと。いや、食べ歩くために行くのだ。

 賑やかな車 ●  ●   ●   ●   ●   ● 霊柩車

 夜市を歩いていたら、派手な車を見つけた。この場合「派手」というのは飾り付けのことで、 車自体は何のゴージャスさもない普通の軽自動車を花で覆いつくしてある風に見えた。聞くと霊柩車だそうだ。
日本の黒塗りの重厚なそれと対照的な賑やかさ。死者についての考え方が国民(民族)的に違うんだろうな。 大切な人を失う悲しみは変わらないけど、ああいう車なら重々しさも少しは晴れるかもしれないな。

 台北の町並み ●  ●   ●   ●   ●   ●

二二八紀念公園  二二八紀念公園(アルアルパーチーニエンコンユエン)は台北で最も古い公園(1696年)で、昔は新公園と言われていた。 太極拳をやっている人たちをテレビで見かけるが、多分ここだと思われる。 健康の道とかいう、石を敷き詰めた道を裸足で歩くのもテレビで見るが、それもここ。

 ボローニャでポルティコ(柱廊)を見た時、台北で泊まったホテル周辺の歩道を思い出した。 ヨーロッパのそれとアジアのそれは、違う土地でそれぞれマッチしてるものなんだなぁ。 それなら鳥取にも“もどき”みたいなのがあるけど、ボローニャや台北は石造り、材質が全然違う。 ま、雨や日差し避けになれば機能的には問題ないんだけど。
カラオケ
アジアンポルティコの店先で信じられない光景にあった。
ブティックと言うより洋品店という感じの雰囲気の店内で、一家団欒で食事中の図。 売り物を汚しやしないかと心配してしまう。余計なお世話だろうけど。
本屋には日本の雑誌が並んでいたり、薬局(漢方)やカラオケ(左写真)も。 それは日本と変わらないのだが、衝撃的映像大スクープ!何かの店頭販売だったんだけど、 店先に置いてある大きなまな板の上で爪を切っている女性従業員。内臓的に強くても、精神的にダメですッ!これは!!

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