タイトル 1984,5, 4〜7

 ある日突然「お金出すから台湾行こう!」と母が言い出した。
祖父の仕事の関係で、父を始め兄弟全員台湾生まれである。そのせいか、小さい頃の我が家の食卓にはビーフンがしばしば登場していた。 スイカの種もよく食べた。親戚が集まると、いつのまにか台湾語(北京語)モードに切り替わることも…。

父が生まれ育った土地を母も見てみたかったのだろう。 そして私は、父の口からは聞けなかった当時の話をその場所から聞いてみたかった。
父の同級生だった台湾人の坐(フー)さんに案内してもらい、父の歴史探訪というわけだ。

とはいえ、二人ともこれが初めての海外旅行。何も起こらないワケがない。
はるか昔のことなので、断片的な思い出のかき集めでしかないのだが…。




成田空港



 出発まで ●  ●   ●   ●   ●   ●

 ツアーの申込みは私が東京で手続きを済ませ、前日に母が上京し成田へ。
阿佐ヶ谷〜上野〜成田空港というルートだったが、上野でモタモタしてしまい、これを逃したらヤバい! という電車に見事に乗り遅れてしまった。でも、こーゆう時スポンサーが一緒だと非常に心強い。 成田までタクシーでブッ飛ばし、無事搭乗の運びとなった。
参加したツアーは最小催行人数2名、どうやら私たちだけのようだった。 オマケに現地ガイドなので、空港間は飛行機が運んでくれるがそこまでの移動は自力でやるしかないのだ。
そして観光案内は到着した日のみで、あとは自由行動というツアー。現地に知り合いがいなかったら、明らかに無謀な初海外旅行である。

 写真のポーズ ●  ●   ●   ●   ●   ●

 もちろん機内食も初めて。
慣れない格好での食事だからか、それとも舞い上がっていたのか、茶そばのツユをこぼしてしまい白のセーターに染みを作ってしまった。 ホテルに着くまでの辛抱、と応急処置。
約3時間の飛行を終え、台北は中正国際空港に着くと現地ガイドが迎えに来ていた。もちろん日本語は喋れる。 彼の運転する普通車に乗ると「では観光しましょう」的に、有無も言わさずブォォォンと走り出した。
オイ、最初にホテルに行かないのか?行ってくれなきゃ困るわ、私。そばツユの染みをつけたまま観光したくないのよ〜。
このガイドさん、よく喋る人で…それが仕事か…テキパキと案内。カメラは最初に預けた… というか半ば取り上げられた形でガイドさんの指示どおりに有名なホテルの前でパチリ、衛兵交代の前でパチリ。 「この花の前に座って」と、また一枚。私たちの撮影権利は完全に剥奪されてる。
レンズを向けられるたびにカバンか両手で一点の染みを隠し、毎回同じポーズしかとれない辛さはアンタにゃわかるまいッ!
早くホテルに連れてけー!着替えさせてくれー!

圓山大飯店(グランドホテル) 忠烈祠(チョンリエツー)の衛兵交代
龍山寺
中正記念堂・蒋介石像の前で 龍山寺と書いてロンシャンスーと読む


 ホテルの食事 ●  ●   ●   ●   ●   ●

 朝食はパンかお粥を選べる。パンは1日食べてみたが、やはりお粥のほうが美味しかった。 海外慣れしてない私たちにはお米の朝食のほうがしっくりするし、本場だもんね。
夜、上階のレストランで焼きそばを食べた。一角には団体客が陣取っていたが、しばらくして、従業員がつい立で仕切る。 何が始まるんだ?すると、BGMもアップテンポの曲にガラリと変わり、団体客が騒ぎ出した。というか踊りだした。 つい立といっても「ちょっと区切りましょう」程度のものなので、自然と目に入ってくる。決して覗き見したわけではないぞ。
楽しそうに踊っているのだが、しかし・・・曲が古すぎて、聞いてる方が恥ずかしかったな。


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