〜ウルビーノ〜 2005,9,7

山の中の中世

 ウルビーノは標高485mにある、城壁に囲まれた街。
考えてみたら、イタリアは城壁の中に都市が成り立っている。ヨーロッパ各国でも同じだと思うが、あいにく私がこの目で見たのはロンドンの朽ち果てた城壁しかない。日本国内だって戦はあったのに、なんでないんだろう?残ってないだけか?
しかし、ここイタリアの山の中の小さな都市は「はい、ここまでが私たちの街ですヨ!」的に、しっかりと形を残している城壁。
舗装された比較的緩やかな坂道を走ってこの高さまで来たのだが、入り口のアーチをくぐり城壁内に入ると、急な石畳の坂道。多少息を切らしながら、歩いて頂上?のドゥカーレ宮殿に着いた。が、ここは後にしてランチが先だ。





                  城壁内に入る私:Kさん撮影

 パラパラと降り出した雨に押し込められるように宮殿に入る。
その中にマルケ国立美術館があり、フェデリコ公の肖像画やラファエロの描いた絵などを鑑賞。
珍しかったのは「理想都市の眺め」という透視図法を用いた絵だった。建築中の敷地の隅や新聞の折り込み広告に見る「完成予想図」の基である。それに書斎の寄木細工も見事。職人芸アッパレ!
窓ガラス越しに外の景色を見ると、所々歪んで見えることから均一な厚さでないのがわかる。今のように精巧な造りではないガラスは、却ってそれが深い味わいとなっているようだった。このガラスの感じ、実は鳥取市にもあるのだ。
重要文化財である仁風閣の窓ガラスは、所々景色が歪んで見える。そこだけ当時のままのガラスが残っているのだ。もちろん宮殿のほうが400年以上も古いのは言うまでもないが、同時に、観賞用としてではなく建築材料として使用されるのも400年以上もの遅れがあったということだ。

地理的場所は地味だけど、存在は他の美術館に全然負けてない。
しかし日本ではマルケ州自体があまり知られてないためか、ここを訪れようとする人も少ないのだろう。

宮殿の向かいのツーリストインフォメーションで、次の行き先の場所を確認。だって、日本のガイドブックには絶対載ってないなのだから。


〜パリーノ〜 2005,9,7〜9

 

 

 

 

さらに山へ

 ウルビーノから北上し、パリーノという村へ。
舗装された道を外れ、土がむき出しになっている下りの一本道を進む。生い茂った木々の間にぽつーん、ぽつーんと隠れ家のように建っているのを「こんな感じじゃない」「ここも違う」と、道の続く限り車を走らせる。そしてついに宿を発見!

カントリーハウス・Ca'Vernacciaは、一見アグリツリズモ風の建物。「農業収入が何%以上」などの基準があり、それらをクリアしないとアグリツリズモとは言えないらしい。一度は経験してみたいアグリだけど、今回はここで充分。ていうかアグリと匹敵するぐらいの建物だ。
Kさん、こんな素敵な宿を探してくれて有難う!それに車じゃなきゃ絶対来れない場所、運転有難う!!もうすっかりこの宿の雰囲気にヤラレちゃった私。
オーナーの案内で下の部屋に通された。
日当たり悪そうだけど「まあいいでしょ」と頷いたら、「こっちもあるけど」と見せてくれた上の部屋はバルコニー付だったが、それだけじゃない。キッチンまで付いてて広く眺めもいい。ここがさっきと同じ料金(30Euro/1人)なんて信じられない!出し惜しみしないでよッ!その上、すぐ向かいの建物が宿のレストランという好条件を一体誰が断るだろうか。美味しいものの近くにいたい!
荷解きもそこそこに、早速外観や裏のほうまで舐めるように見て回った。
バルコニーからは遠くにマルケの山々が、目の前の畑では老夫婦が作業をしているのが見える。優しい時間。“チッチッチッ”と時を刻む機械音が騒音に思えるほど、ゆったりとした空気を感じた。時間を知る術は、天空だけのような気さえしてくる。


この宿はある食材を売りにしていたが、この景色の全ても私にとっては目玉だった。しかし曇り空のまま夜を迎えたので、残念ながら大好きな夕陽は眺めることができなかった。ところが・・・だ。
食事を終え、部屋に戻る前に見上げた星空の何と美しいこと!都会では邪魔されて届かない光も、ここではしっかり受け止められる。本当の夜空。幾千万の宇宙の輝きに、思わず両手を広げて眺めていた。自然とは、なんて美しく大きいのだろう。
夕陽と同じく大好きな星空。素敵なプレゼントに、私が今ここにいられることに・・・全てのことに感謝。


テラスの事件簿

 何もない。あるのは空と大地と緑という自然。
もちろん近くにレストランやスーパーもないので、景色を眺めてボーっとする。ということは、だ・・・。お湯は沸かせても、コーヒー豆がないので飲めない。キッチンが付いてても意味がないのだ。
だがミラノのホテルみたいに、ベッドの脇で引き出しをテーブル代わりにしてワインを飲むより全然落ち着ける。これまでに行ったカフェの戦利品?であるオツマミを広げ、ラヴェンナで買ったワインで乾杯。
しかし、初期のものは既にアウトなのはお分かりだろう。例えば、ヴェネツィアであんなに執着して持ち帰った肉のグリルもパリーノまでは持たなかった。

こんな長閑な村で事件は起きた!
翌日、日帰りサン・マリノのあともボーッとした緩やかな時間の中、テラスでエアメールを書いていた。何だか優雅な気分。
やがて、低く垂れ込めていた雲間からポツリポツリと落ちてきて、テーブルを濡らし始めた。続きは部屋で・・・と、中に入ろうとしたけどドアが開かない!
ノブが動かないのだ。
えっ、どういうこと?まさか鍵がかかっているんじゃ・・・締め出しかヨッ!
いや、ここはオートロックなんかじゃない。何故?と聞きたいKさんの姿も見えない。何度もノブを下ろそうとするが、やはり動かない。もしかしてKさん、散歩に出かけちゃった?雨は相変わらずテーブルを濡らし続けている。
自力で脱出というのはよくある話だが、その逆の自力で侵入って何だか惨めだわ・・・。
途方に暮れたついでに冷静になってよく見たら、ドアの部屋内に付いてる木の扉の仕業だった。これはカーテン代わりというか内付け雨戸のようなもので、そこにノブの形に合わせ、横長に切り欠いてある。なので、この扉が全開か全閉の状態じゃないと開かない。中途半端な位置だと、ノブが切り欠きに引っかかってしまう。今、正にその状態。はは〜ん、これなのねー。
なんて感心してる場合じゃない!
とにかくこの扉をどっちかに動かさなければ。と、ノブをガタガタ動かしていたら・・・
ガタッ・・・。
あっ・・・扉が傾いた
もうどうにもならない状況になり、とっ散らかった私は最後の手段を強行決意。テラスの腰壁をまたいで外に出ようと手をかけた時、物音に気付いたKさんが戻ってきた。キッチンで充電中だったという彼女が目にしたものは・・・バコッと外れた扉越しに私の濡れ姿・・・という状況が一瞬把握できなくて目が点になったかもしれない。マジックでもテレパスでもありませぬ。
こうして無事に他力で部屋に入れ、扉も損壊ではなく外れただけだったのでホッ。
優雅な気分のテラスも、とんだ顛末となってしまった。そんなことも今は笑い話だが。



残念、断念!

 一般道には怖気づいたが「どこかの駐車場でちょっと運転でもしたいな」とは考えていた。
その練習場所はここ、パリーノだったけど一瞬にして断念。Kさんからも「練習してみたら?」と勧められたが、ぶるんぶるんと首を横に振る私。こっちはマニュアル車が一般的。しかし私のすご〜く浅い運転歴のなかでオートマ運転は一度だけなので、それは問題ではない。上の写真でも分かるように、傾斜面にある狭い駐車場ではエンストばっかで前進しないだろう。
初めての国際免許もただの記念になってしまったが、いつかは自分の運転でイタリアを周りたいものだ。って・・・先ず国内から練習を始めなきゃ、と思いながらも車のない生活ではいつまでたってもペーパーのままだ。



田舎町では英語を話す人はほとんどいない。ここのオーナーも「元気?」と気さくにイタリア語で話しかけてくる。挨拶程度しかコミュニケーションが取れなかったけど、ちゃんと喋れたら一人旅の殿方とも気軽に話ができただろうに。ちょっと気難しそうな感じもしたが、それは話してみないとわからないもの。

◆ ウルビーノ・パリーノの食事メニューへ→ ウルビーノでランチ・トリュフ三昧


※ 1Euro=140円前後
ミラノ&ヴェネツィア-1ヴェネツィア-2ヴェネツィア-3キオッジア・ポンポーザ・コマッキオラヴェンナ
→ウルビーノ・パリーノ&サン・マリノアンコーナモロダー&フラサッシシローロミラノ

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