「朋美、無事だったかい!」

「ひっ、くっ、お、お婆ちゃん!」

 泣きながら全力で走って、息切れしながら家にたどり着いたあたしを、お婆ちゃんが玄関で迎えてくれた。いつになく、険しい表情をしている。お父さんが言ってた。あたしには、使命があるって。お婆ちゃんはきっと何かを知っているんだ。

 袖で涙をぐいぐいぬぐって、息をととのえる。背すじをしゃんと伸ばして、あたしはお婆ちゃんに向きなおった。

「教えて。お婆ちゃん。あの黒いヤツのこと。そして、あたしの使命のこと」

「ふむ、まずはこっちにおいで」

 玄関をくぐり、一階のお婆ちゃんの和室に入る。

「黒いヤツ、というのは、仙堂家の言い伝えにある『オーガ』に間違いないの」

「オーガ?」

「人食い鬼、といったところかの。日本では数百年に一度、これがあちこちに発生して人々を食らう、といわれておる」

「じゃ、じゃあ学校だけじゃなくて……」

「うむ、テレビでも報道されておるな。それで雄二さんの携帯に電話したのだわ」

「そうだ、お父さん、あたしを逃がすために、そのオーガに……」

「朋美、安心をし。オーガは人間の『魔力』だけを食らう」

 お婆ちゃんは、押入れから古びた本を引っ張りだしてきた。黄ばんだ和紙に、筆で手書きされたものみたい。あたしにはさっぱり読めないけど、お婆ちゃんはホコリを払いながらあるページを開いて指さし、スラスラと読みあげる。

「魔力を抜かれた人間は『水晶化』して動けなくなってしまうそうじゃが、魔力を与えれば元に戻る、とあるの」

「お父さんも、みんな助けることができるって言ってた。じゃあ、その、魔力はどうやって戻せばいいの?」

「まあ、話を急くんじゃないよ。ちょっとお待ち」

 そう言って、また押入れをゴソゴソと探して、しばらくして奥から布につつまれた、何か長いものを取り出してきた。布をほどくと、中からは一メートルぐらいの白くて太い棒が二本、それから三日月の形をしたキレイな彫刻……これも三十センチぐらいあって、かなり大きい。

「お婆ちゃん、これは……?」

「ええと、どこだったかの。あ、ここじゃ。魔力の流れを制御するための杖、とあるの」
「杖……あ、もしかして」

 二本の棒の先はネジのようになっていて、三日月の形の部品にも同じような場所があった。手にとって組み立ててみると、二メートルを超える、かなりの長さになったけど、たしかにこれは『杖』と呼べるものになった。持ち上げてみると、重さはそれほどじゃなくて、あたしでも楽に持てそう。

「それじゃあ朋美、それを持って来るんじゃ」

 お婆ちゃんについて部屋を、そして家を出る。垣根の向こうからかすかに人の叫び声やサイレンが聞こえてきていた。

「仙堂家の血筋には、代々、類稀なる魔力が宿るそうじゃ」

「だからあたしだけ、食べられなかったってこと?」

「うむ。しかしその魔力はそのままでは他人に与えたりはできん。そこでじゃ」

 そうしてやってきたのは庭の片隅にある小さな池。子どもの頃からあったけど、何かを飼っているわけじゃなく、なんであるのか不思議には思っていたんだけど。

「朋美、資料では仙堂家の女子は妖精と『契約』して魔法を振るう、とある」

「よ、妖精?」

「この池が、どうやらその妖精がいる異界との接点なのだそうな」

 もうどんな展開になってもあまり驚かないとおもってたけど、妖精とか異世界とかどんどん話がアニメみたいになってきた気がする。でも昔買ってもらったオモチャの魔法の杖とはぜんぜんちがう存在感が、今手にしている杖からは伝わってくる。本当にウチに大昔から伝わって来たモノなんだ、って理屈抜きで思える。

「杖を、池に向かってかざしてみなさい」

「こ、こうかな」

 あたしがお婆ちゃんに言われた通りに水の上に杖の先をかざすと、急に水面が青白く輝きはじめた。

「わわわっ」

「なるほど、これが『門』じゃな」

 そのとき。

 バキバキバキバキー

 ものすごい音とともに、垣根が一気になぎ倒された。その向こうから現れたのは。

「オーガかッ」

「あ……お、大きい……」

 学校に現れたヤツとは別なのか、それともアイツが大きくなったのか、とにかく目の前にいるのは五メートルはゆうにありそうな大きさだった。お婆ちゃんのおかげで少し落ち着いていたのに、また足がガクガクふるえはじめた。

《小賢シイ人間メ。異界ナンゾニ逃ゲサセルカ》

「オーガにも事情を知ってるようなのがいるんだね。朋美、さあお行き!」

 お婆ちゃんに背中を押され、あたしは池に向かって身を乗り出すような体制になった。そのとたん、青く光った水面に強く引きよせられ、そのまま吸い込まれてしまう。

「お、お婆ちゃん――!!」

「協力者の妖精を必ず見つけるんだよ、朋美ッ!」

 次の瞬間、目の前は真っ暗になって何も見えなくなって。すっ意識が遠のいていった。

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「――こ、ここは――」

 どのぐらい時間が経ったんだろう。気が付くと大きな木に囲まれた森の中であたしは倒れていた。池に落ちたはずなのにどこも濡れてはいない。辺りを見回すと握っていたはずの杖が少し離れた場所に落ちていたので、慌てて拾い上げる。

「ここが、『妖精』の世界なのかな……?」

 妖精って言葉から勝手に明るいファンシーな世界を想像していたのが裏切られた。

――ゲーッ ゲーッ――

 遠くからえたいの知れない動物の鳴き声みたいなのが聞こえてくる。あたしは思わず身震いをした。だんだん不安が大きくなってくる。でも、こんなところで座り込んでもいられない。あたしは、杖によりかかって立ち上がり、歩き出そうとした。

――ズズーン――

 そのあたしの背後で、突然なにか大きなものが着地するような音がして、地面がビリビリ揺れた。ものすごく嫌な予感がしたけど、やっぱり振り返らずにはいられなかった。

《門ガ狭クテ通ルノニ苦労シタゾ。余計ナコトヲセズ大人シク餌ニナレ》

 ここまでアイツが追って来たってことは、お婆ちゃんは、もう。

「いやああああああああああああっ」

 全力で走るのは、今日何度めだろう。でも、ここでくじけたらもうお終い。アイツは余裕で手を抜いているのか、とりあえず少し距離をあけることができた。そして、走り続ける目の前が少しずつ明るくなって、急に広い道のような開けた場所に出てきた。マズい、これじゃ目立って簡単に見つかっちゃう。

「――フッー、フー」

 でも、走り疲れた状態では急に立ち止まることができず、あたしはフラフラと森の外に出てしまう。そしてあまりのまぶしさに目を細めて見た目の前には。

 後ろから迫っているアイツと同じぐらいの、巨大な黒い影がたたずんでいた。

「そんなっ、もう一体いたなんて……」

 あたしはがっくりとその場に膝をついた。

――ズシーン ズシーン――

 背後からは、少しずつ足音が大きくなってきている。

(つづく)