親戚同士の挨拶やら記念撮影やら、バタバタと何やかやが終わり、ポツンと控え室に取り残された。新婦は衣裳含め何かと準備に時間がかかるものだが、新郎である私には特にすることもない。相方の準備ができれば揃って披露宴会場の入り口で出席者を出迎える、という手はずになっており、両親たちも既に現場で待機している。
  急に手持ち無沙汰になると、今までは忙しさのお陰で忘れていられたこれから先に対する不安が頭をもたげてくる。おいおい、今更、しかも男なのにマリッジ・ブルーというやつだろうか。

「なんだ、ビビッてるところを見に来たのに。随分落ち着いてるじゃないか」

「そうでもないさ」

  昔からの付き合いの友人が控え室に入ってきて、第一声がそれだ。相変わらずのからかうような口調だが、それが今はありがたくもあった。

「なあ、『結婚は人生の墓場』なんて言うじゃないか」

「ひとつのゴールには違いないかもしれないけどな」

「このままでいいのか、という気になってくるわけさ」

「一般論だね。もっと具体的に、お前自身の言葉で話せよ」

  と、こうくる。彼は懐からタバコを取り出し、口にくわえる。最後の一本だったようで、箱をクシャッと握り潰した。

「悪いな、お前にも一本やろうと思ったけど最後だった」

「いや、禁煙してるんだ。構わない」

「知ってる」

「嫌な奴だな、相変わらず」

  ニヤリと笑ってライターで火を点け、うまそうにタバコを吸う。その彼を見る私の目が、物欲しそうな視線になってないかと考え、あわてて目を逸らした。

「まだ一緒に、住んでないんだ」

「これから新居で新婚生活だろ?羨ましい限りじゃないか」

「交際はそれなりに長かったんだけどな、暮らすとなるとそうもいかないんじゃないかって」

「フム。お前は彼女に秘密にしてるようなとんでもない性癖でもあるのか?」

「いやいや!そういうわけじゃないけど!」

「ハハハ、それも知ってる」

「ともかく、いろんなことが不安だらけで。うまくやってけるか自信がないよ正直」

「別に、お前がうまくやるって自信は要らないんじゃないかな」

「え……?」

「ま、一般論が好きなお前のことだ。頭じゃわかってんだろうがな」

  彼はボリボリと頭を掻きながら、どう説明したものかと思案しているようだ。

「他人同士が一緒になるんだからな、意見が違ったり腹が立ったりは当然あるだろうさ」

「そこを円満にやってく秘訣でもあるなら教えを請いたいところだね」

「交際が長かったって言ったな。お前は、彼女が怒ってるのに笑顔だったり、なにか心配事があったりしたら、それが分かるか?」

「……それで痛い目見たり喧嘩になったこともあったからな。たぶん分かると思う」

「絶対?自信あるか?」

「なんだお前、俺の不安を煽りに来たのかよ!絶対の自信なんかあるかよ」

「まあまあ。たぶんだけど、長年連れ添った相性バッチリのカップルだって、真意の二割ぐらいしか分からないんじゃないかなって話さ」

「二割……」

「表情とは別の真意が分かるってのは、きっとそれ相手も『分かって欲しい』と思ってるときだけなんだぜ」

  あるいは男の真意は女にはダダ漏れで筒抜けかもしれんけどな、と彼は付け足した。なるほど、と思う。単純に私が嘘が下手ですぐ表情に出る性質だからというのもあるかも知れないが、なかなかに説得力のある言葉だ。

「お前が完璧な夫じゃなけりゃダメと思ってる女ってわけじゃないんだろう?」

「そりゃそうさ」

「じゃ、それでいいじゃないか」

「……ありがとう」

「どういたしまして」

  気取った一礼のついでに短くなったタバコを灰皿に押し込み、彼は出て行く。ちょうど新婦の準備が終わったらしく、迎えの会場係が呼びに来た。
  控え室を出ると、目の前の彼女はほんの少し顔をしかめ、すぐ笑顔に戻る。私がタバコを吸ってしまったことを察したようだが、気づかない振りをしてくれているのだ。

「ゴメン。今のが正真正銘最後の一本だったから!」

「あなたのそういうところ、ホント信じられないんだけど」

「許してくれよ。今更緊張してきちゃったんだ」

  私の顔をまじまじと見つめたあと、あっさり引き下がってくれた。一緒に歩いて会場の入り口に着いたときには私を責めるような雰囲気はすっかりなくなっていた。

「おめでとう」「このたびは真にご結婚……」「ご結婚おめでとうございます!」

  友人、職場の同僚、そしてよく分からない客たちに愛想を振りまいていると、ふいに背中を叩かれた気がした。

「さっきは言い忘れた。おめでとうな。じゃ、俺行くわ」

「ああ、ありがとう。じゃあな」

  振り向かずに、小さな声で答える。隣の彼女がちらりと私のほうを見た。

「どうしたの?」

「なんでもないさ」

  全ての出席者が会場に入り終わると扉はいったん閉じられる。中から司会者の声がかすかに聞こえる。やがて、入場に彼女と二人で選んだ曲が流れ始めた。

「ねえ、まだタバコくさいんだけど」

「なんというかまあ、今日のは線香みたいなもんなんだ」

「お線香?」

「うん、線香」

「――ふうん。じゃ、仕方ないか」

そして扉が開かれる。

(おわり)