日本式ローマ字をつくった
日本物理学の草分け


 Tanakadate-Aikitu(田中舘愛橘)
(1856-1952

岩手県二戸市福岡町の生まれ.物理学者.理学博士.貴族院議員.文化勲章受賞.

5歳から,和漢の学習を始め,8歳で実用流武芸と書道を学ぶ.13歳から経書と漢学を学ぶ.
1872年,慶應義塾,1876年,東京開成学校に入った.
1882年(明治
15)東京大学理学部物理学科卒業.1883年,東京大学準助教授,

1891年同教授.地球物理学,航空物理学を始め,日本の物理学の草分けである.

貴族院議員.葬儀は,日本でただ一人の学士院葬として東京大学安田講堂で行なわれた.

  1885年(明治18年),理学協会雑誌第16巻に発表した「本会雑誌ヲ羅馬字ニテ発兌スルノ発議及ビ羅馬字用法意見」が日本式ローマ字の基となった.

翌月,同雑誌に発表した「発音考」がその理論的裏付けとなった.

  財団法人日本のローマ字社,社団法人日本ローマ字会をつくり,理事,会長を務めた.

1886年の「ローマ字新誌」の発行を始め,貴族院では議会のたびに「ローマ字論」を展開するなど,終身,ローマ字運動の先頭に立った.
ローマ字運動の父と呼ばれる.

メートル法の普及につとめたこと,世界連盟の知的協力委員として世界の平和につとめたこと,などでも有名.

おもな著書「葛の根」 「時は移る」

中村清二著「田中舘愛橘先生」という伝記がある.

「田中館愛橘博士のホームページ」があります.

Bunturigaku o benkyô suru to iu no de, hito kara
"
Nan de mesi o kuu no ka?"
to kikareta sô desu.
Kore ni kotaete,
"Mesi wa tyawan to hasi de kuu!"
to itta no wa yûmei na hanasi desu.