臨時ローマ字調査会議事録(第1回)

 

昭和5年12月15日 午後3時30分

文部大臣官邸において開会

出席者 

      田中 隆三君

  員   鈴木富士禰君  川崎 卓吉君  杉山  元君  石井 英橘君

          小林  臍造君  植村 茂夫君  野村 嘉六君  中川 健蔵君

          大麻 唯男君  篠原英太郎君  藤岡 勝二君  長屋 順耳君

          岡田 武松君  松村真一郎君  田島勝太郎君  久保田敬一君

          小村 欣一君  桜井 錠二君  鎌田 栄吉君  阪谷 芳郎君

          田中館愛橘君  嘉納治五郎君  上田 万年君  田丸 卓郎君

          林 博太郎君  中目   覚君  福永 恭助君

幹事長   芝田 徹心君

幹 事   森田 鋭一君  菊沢 季麿君  山崎 犀二君  保科 孝一君 

 

 

 

●委員に配布した参考書類

 調査会官制,議事規則,羅馬字〔ローマ字〕書き方調査報告,山崎直方氏の世界地図委員会決議意見書,ローマ字運動の経過大要,委員名簿,常任地名委員のなせる陸地測量部発行国際地図の地名綴り方報告,標準式および日本式ローマ字綴表

 

●文部大臣(田中隆三君)の挨拶

 今回臨時ローマ字調査会ができたが,国家的に重大な問題であるから,各位のご尽力により,所期の成果を収めたい。

  官省の中でも陸地測量部・水路部・中央気象台では日本式を用い,鉄道省・商工省地質調査所では標準式を用いて居る。また銀行・会社・商店には,右の二式が並び行われるのみならず,他の方式も存在するのである。

  かように政府の公文書に二種の方式が並び行われ,一定の標準のないことは,いろいろ不便があるばかりでなく,国の威信にも関することである。近来官庁においても,用語の統一を行い,内閣資源局では用語統一委員会を設けて,産業上の用語統一を図りつつある折柄,官庁学校等におけるローマ字用法統一には絶好の機会であるから,従来の行きがかりや感情に囚わるることなく,大所高所よりご考慮の上,円満なる解決を見るよう希望する。

 なお文部省としては,いずれとも定まれる考えはなく,全く白紙の状態である。

 

●幹事(保科孝一君)

 議事規則を朗読。

 

●会長(田中隆三君)

 人数に制限あるため,各方面を網羅することを得なかったが,必要により臨時委員を設け得る途〔みち〕がある。

 

●幹事長(芝田徹心君)

 参考書類につき簡単なる説明を加えた。

   我が国におけるローマ字運動の経過大要(朗読)

  山崎直方氏の世界地図委員会決議意見書(説明)

  常任地名委員の万国地理学会における陸地測量部発行国際地図地名綴り方報告(説明)

 12月3日放送局において,帝国通信社のニュースとして,日本式ローマ字採用に決したるごとく放送されたが,これは誤りであるから,先週土曜日にそのことを訂正させるはずにしたところ,当日その部分を略して放送されたので,明日改めて訂正放送をやらせるはずである。

 ついでに申し上げたいが,右のニュースは日本式の方々から出た通信ではないということを,皆様に伝えてくれとの申し出が日本式の方々からあった。

 

●委員(阪谷芳郎君)

 従来長く使用せられたローマ字が,いつの間にか陸軍省・海軍省・中央気象台等で異なった書式を用い出したので問題が起こった。ついては異なった方式を用いられた根本理由を関係当局より承りたい。

 

●委員(田中館愛橘君)

 幹事長の報告に関連して一言したい。

 自分も欧州にいたとき,石井少将も地名委員会におられたから,常時のことは同少将より聞かれたい。

 

●委員(石井英橘君)

 常任地名委員会で,山崎博士はヘボン式に統一せよというのは穏常でないが,日本のローマ字を統一してくれということなら差し支えないと言われた。それで単に日本のローマ字を統一することを希望するという議題を総会に出しましたところ,そのとき仏国〔フランス〕委員・アフガニスタン・埃及〔エジプト〕委員は,日本の国語のローマ字書きを地理学会で云々するはよろしくないと反対したが,多数決でその決議は通過した。但しレイノルドの書いたパンフレットは公式のものではなく,参考程度に配布したのに止〔とど〕まるのである。

 

●委員(田中館愛橘君)

 今年地理学会の幹部から,ストックホルムの地球物理学会で,英国地理学会幹部の人々に会った機会において,地名をいかに書くかは小問題だが,国字を統一するのは大問題だから,早くは決められない旨を述べて了解を得た。

 

●幹事長(芝田徹心君)

 文部省の高等小学の英語教科書の終わりにあるローマ字は標準式,中等学校は二様になって居る。

 

●委員(岡田武松君)

 気象台は前台長の時代のことで,中央気象台の天気図・年報・月報等にローマ字を用いて居るが,はじめは,エー・クリピングというドイツ人が居て,そのローマ字にはドイツ式が交じっていたが,同人退去後フランス的のものが交わり,気象台の中でも一定せず,中村所長はこれを統一するため,全国測候所長を召集せられたが,その際日本式は英語を知らぬ者にも学びやすく,いろいろ都合がよいので,満場一致これを採用することにした。但し従来ヘボン式で署名をした者は,その人の希望ある場合は,そのまま用いて差し支えがない。

 

●委員(松村真一郎君)

 英語を知らぬ者とは,書く場合の意か読む場合の意か。

 

●委員(岡田武松君)

 読む人にも書く人にも,便利なりとの意。

 

●委員(小林躋造君)

 大正11年7月海軍水路誌に日本式を採用した当時の考えは,日本式がへボン式に比して簡単で,日本本来の音を表すには,却って適当であろうというのであった。大正10年メートル法が行われ,従来水路部所有の海図・水路誌等は大正12年の震災で失われたので,新しく海図を作るのに,メートル法と日本式とを用いた。

  日本領土に関するもの421種中,すでにできたもの60パーセント,目下着手中のもの20パーセント,残り20パーセントは昭和8年に完成のはず。また電信を打つのに,ヘボン式では字数が多くなるから,日本式の方がよい。

 

●委員(松村真一郎君)

 水路部の地図には,英文に交ぜて使用してあるが,それは英文の中に,日本語を書いてあるのではなく,日本の地名を書いてあるのである。英文の中にローマ字を書くのと,日本語をローマ字で報告するのとはちがう。

 

●委員(植村茂夫君)

 昔の英米版には英文が入って居るが,今日本で印刷して居るものは,日本語で書いてある。

 

●会長(田中隆三君)

 地図等は後に参考資料として見せてもらいたい。

 

●委員(石井英橘君)

 陸軍の地図は国際的に定められたのによる日本の地名をローマ字になおすだけで,大正6年に国際地図を作る際,日本式は仮名をローマ字になおすに便利であり,読む者にも便利であるので採用せられた。昭和4年以来陸軍では日本式を用うることにした。

 

●委員(松村真一郎君)

 国語をローマ字に直すのか,または仮名をローマ字に直すのが便利なのか。

 

●委員(石井英橘君)

 読むのに便利。

 

●委員(松村真一郎君)

 明治33年のローマ字調査会の目的と,当時官報に掲載の告示の法律上の効果とはいかに。

 

●幹事(保科孝一君)

 調査会は官制で設けたのではなく,学術的に統一したいという上局の意見で調査することになったので,約10ヶ月間委員の手で調査し,これを官報の学事欄に掲載したのみであって,所管の官庁がこれがために拘束を受ける性質のものではなかった。

 

●委員(松村真一郎君)

 中央気象台では,右の告示のあるのを参考せられたか。

 

●委員(岡田武松君)

 自分は当時議席に参列しなかったから不明。

 

●委員(松村真一郎君)

 水路部および陸地測量部はどうであるか。

 

石井,小林両委員 不明。

 

●委員(阪谷芳郎君)

 特種〔特殊〕のローマ字を用いて居るのは,陸海軍と中央気象台のみであるか,また他にもあれば意見を承りたい。

 

●委員(植村茂夫君)

 昭和3年8月万国船舶信号会議がワシントンで開かれたときの訓令に,大体海軍の方式を採用のことに内閣・外務・逓信・海軍の各官庁が会議して決定した。

 

●委員(松村真一郎君)

 右の訓令に関与せられた官庁では,いかなる考えからそう決定せられたか,法制局ではどうか。

 

●幹事(森山鋭一君)

 はっきりわからぬが,恐らく法制局では審議されなかったろう。

 

●委員(小林躋造君)

 昭和3年海軍で決める時は,官庁等のは参考した。

 

●委員(松村真一郎君)

 各式を調査せられた官庁の態度を聞きたい。

 

●委員(久保田敬一君)

 昭和3年鉄道大臣の命で掲載例を定め,標準式に決定した。これを決めるには,相当大議論もあったようであるが,結局国定教科書等の例に倣〔なら〕って決めたらしい。

 

●委員(松村真一郎君)

 日常痛切に感ぜられる所は,外務省であろう。外務省は研究の結果いずれを適当と考えられるか。

 

(外務省側委員欠席)

 

●委員(田丸卓郎君)

  陸地測量部・水路部の地図の地名は,英文の中にあるではないかという質問に対し,研究をご参考までに述べてみたい。

 英文の中に英語風の綴り方を用うることは自然である。しかしドイツ文の中にドイツ語風,仏文の中に仏語風に書くことは,同一のものを各様に書くこととなり,不都合となる。それゆえ外国語には関係なく,日本語を表すのに一定したものを設け,これを外国語の中にも用うることが至当と考えた。英語の中へドイツの地名を入れるのに,英語風に綴ったるものを入れないから,日本語の場合も外国語のふうに倣わず,日本のままを入れる。

 

●委員(松村真一郎君)

 私は質問をしているので,ご意見を承っているのではない。いまだその域には達しないのである。

 

●委員(阪谷芳郎君)

 会長に伺いたい。勅令には調査するとあるが,これが調査を了〔おわ〕っても採用せられないことになれば,無駄の努力になりはしないか。

 

●会長(田中隆三君)

 閣議では私は希望したが,各省では必ず使用するとは決まらない。しかし教科書にはこの調査会で決めたものを使用したい。これは私の職権でできることである。そして国民がこれに従うようにしたい。成案を得て後,また閣議に図りたい。

 

●委員(阪谷芳郎君)

 会の今後の方針はどうなるか,年内はこれだけであるか,今日決めていただきたい。

 

●会長(田中隆三君)

 今日はじめたばかりだから今後のことはご相談したい。

 

(結局年内はこれをもって終わることとなった)

午後5時半閉会

以上幹事筆記