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参議院選挙合区について!            20160903

憲政史上初めて、選挙区が徳島・高知との合区となった今回の参議院選挙は、投票率の低下が当初から危ぶまれていましたが、徳島県が46.98%、高知県が45.52%で、いずれも戦後最低を更新しました。

選挙区の候補者が全て徳島県出身であったことも影響したのでしょう、高知県では無効票が前回よりも大幅に増え、高知市選挙管理委員会によると、「無効票の中には『合区反対』と書かれた票が一定数あった」ということです。

合区解消に向け自民党の二階俊博幹事長は8月30日、「党として真剣な取り組みをし、党員や当該選挙区の有権者に納得いただけるよう努力したい」と述べると共に、総裁直属の検討機関を設置し、年内の意見集約を目指す方針を明らかにしました。

「一票の格差」から突然出された「徳島・高知合区」ですが、歴史をさかのぼれば、両県の“統合”は初めてでなく、今から140年前の明治時代には約3年半の間、徳島県(当時は名東=みょうどう=県)が、高知県の行政区に吸収合併された時期があったとのこと。

明治新政府は、明治維新における廃藩置県後の行政区の在り方を模索する中で、全国で県の統廃合を実施し、徳島県(当時は名東県)は明治9(1876)年8月から約3年半、高知県に編入され、同時に香川県は愛媛県に合併され、四国は2県になりました。
( 下地図1→2 )
合併後徳島には、旧県庁舎に支庁が置かれていましたが、後に「支庁」は「出張所」に降格されています。

広くなった行政区運営に際し、地域の実情に通じた人材が配置されず、事務手続きに時間を要するなど、住民の不満が日に日に高まったことから、徳島の豪農層ら10人の大区長らでつくる「十郡会」は、高知県庁に度々足を運び、合併の不便解消のため県令の視察を求め、行政機構や地方自治の改革を訴えました。

地域の実情を無視して政府が進めた行政制度に、高知県でも民衆が組織をつくって反発する動きも起きており、植木枝盛ら自由民権家は、徳島の議員も入った県会(県議会の前身)の開催に反対し、高知の議員のみでつくる「土佐州会」を明治11(1878)年に結成し、独自の選挙で高知県内から議員を選出して会議を開きましたが、政府が定める県会との並立を警戒した県によって解散を命じられています。

翌1879年に県会議員選挙が徳島・高知それぞれで初めて行われ、高知27人、徳島31人の議員が選出され県会は高知市で行われましたが、高知直通の汽船はなく、徳島の議員は、大阪に出て高知行きの汽船に乗り換える不便を強いられていました。

また、第1回県会では、土木予算の配分を巡って徳島と高知の議員が対立したことから、ここでも徳島の独立も議論されるなど、両県の利害調整の難しさが顕在化してきました。

両県で県会議員や自由民権家、民衆が分県運動を展開することとなり、これらの流れを受け、北垣国道・高知県令(知事)は「阿波・土佐の合併は利害不一致のため反対」と内務卿の伊藤博文に建議をするとともに、「土佐と阿波は土地や人情が大きく違う」「海路も陸路もはなはだしく遠く不便」「香川県との合併が妥当」などと編入の解消を陳情し、太政大臣の三条実美にも、広すぎる行政区分の不便さや民衆の不満を訴え、むしろ「四国を1県にし、各国に支庁を置くべき」と請願もしています。

こうした窮状を政府に訴えた北垣国道・高知県令の建議が実り、明治13(1880)年3月、徳島県が再設置されましたが、以後、この分県運動は全国に広がり、明治21(1888)年までに、富山や宮崎など8県が復活して45府県となり、沖縄と北海道をのぞいて現在と同じ行政区が確定しています。

( 上地図3)

<史料集「皆山集」に収録されている徳島編入時の高知県内の道路を描いた地図の一部。
左下が室戸岬で、「佐喜浜」「日和佐」など両県の地名が読める(高知県立図書館蔵)>


このような全国的規模での県の統廃合の背景について、慶応大学の清水唯一朗准教授は、著書「近代日本の官僚」で、「財政適正化は表向きの理由で、旧藩の影響力と反政府の傾向が強い難治県を廃することが目的だった」のではないかと指摘しています。

「徳島県の歴史」などの共著がある徳島市立高校の生駒佳也教諭は、“合県”の歴史的経緯を今回の参院選の合区と重ねて、「両県は強い旧国・旧藩意識の中で成立した経緯があり、地域の実情を無視して人口比だけで決める合区には大きな疑問がある」と述べており、また、高知近代史研究会の公文豪会長は「歴史や地理、風俗の違う両県が一体感を得るのは難しく、利害調整も容易でない。両県の歴史に学び、今後の合区の在り方を考える必要がある」と訴えています。


また、元総務相で、鳥取県知事を2期務めた片山善博・慶応大学教授は、憲法には「多数の横暴」から少数者を守る意味があるとした上で、憲法95条について「特定の地域だけに特別のルールを強いる場合、その地域で住民投票しなければならない」とする中で、合区導入に当たっては対象4県で事前に住民投票を行わなければならなかったとし、「過半数の賛成がなければ高知と徳島はくっつけられない。それを意見も聞かずにやった。憲法違反だ」と指摘するとともに「『1票の格差』と言えば聞こえはいいが、あれは数の論理だ。多数が勝ち、少数者は不利益を被る」と述べ、「マスコミも『1票の格差』で頭が占領されて思考停止になっている」と批判しています。

最高裁が前回2013年参院選の最大格差4.77倍を「違憲状態」と判断した事に始まる合区は、「1票の格差」を是正するための措置であり、これを受けて、15年7月に「徳島・高知」「鳥取・島根」の4県・2合区を含む選挙区定数の「10増10減」を図る改正公選法が成立しましたが、格差是正が不十分なことから、2019年参院選に向けて抜本見直しを行い、「必ず結論を得る」と付則に明記されており、合区の見直しが国会においてなされることは当然の事と言えます。



全国知事会も、合区について「投票率低下や、自県を代表する議員が出せないなどの弊害が顕在化している」と指摘し、「あくまでも緊急避難措置」と強調し、早急に合区解消を求める決議を採択しました。
しかし、「1票の格差」を是正し、人口の少ない県にも配慮して合区を解消するのは容易でなく、また、参院定数の維持、削減で解決することが出来ないことも明らかであり、参議院自体のあり方も含め、抜本的改革が必要と思われます。


まるわか
.写真レポート . 

徳島梁山泊例会
超党派政策塾「徳島梁山泊」の研修を開催しました。
飯泉知事から、参議院合区に対する全国知事会の動きの講演があり、意見交換を行いました。

会派県外視察研修
会派の視察研修を実施しました。
千葉県でCCRC施設見学、鴨下元厚労相による福祉問題研修、齋藤健農林水産副大臣によるTPPへの対応政策の講義と意見交換を行いました。

丸若
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