七味唐辛子のお・は・な・し

                                                                 

1.初めに

 「赤唐辛子(あかとうがらし)」、「陳皮(ちんぴ)」、「山椒(さんしょう)」、「胡麻(ごま)」、「芥子(けし)の実」、「麻(あさ)の実」、「青紫蘇(あおじそ)」、「生姜(しょうが)」、「青海苔(あおのり)」と聞いて、すぐにこれらが日本が世界に誇る七味唐辛子の中身だと言い当てることのできる人が何人いるでしょうか? 七味唐辛子は日本の食文化史上稀に見るドライスパイス(香辛料)を用いた混合スパイスです。ところで、「ひとつ、ふたつ、みっつ・・・・・・・、アレッ? 七味唐辛子は七種類の薬味のはずなのに、九種類もあるぞ・・・」と思われた方もいらっしゃるでしょう。

 日本人の食生活に欠かかすことのできない七味唐辛子、私たちはそのことについて知っているようで実はあまり分かっていないような気がします。そこで今回は、七味唐辛子のルーツ、七つの薬味のブレンドの仕方、効能や食材との関わりなどについてお話をしていきたいと思います。

 

2.七味唐辛子のルーツ

2−1.トウガラシの歴史

 先ず、七味唐辛子を語る前に中に入っている七種類の薬味のうち辛味成分であり、かつ七味唐辛子の主役であるトウガラシのお話から始めましょう。

 トウガラシは中央アメリカ、南アメリカおよび西インド諸島が原産地であり、すでにおよそ9000年前に栽培され常食されていたとされており、中南米のインデイオ達がトウガラシを薬用に使用していて、「アヒ」と呼んで痙攣や下痢を治療するのに服用していました。今では世界の三大スパイスといわれている「ペパー(胡椒)」、「シナモン(桂皮)」、「クローブ(丁子)」と肩をならべるほど、いや、ある意味ではそれ以上に世界中で広く使われているトウガラシですが、このスパイスが中南米以外の地で認知された時期はペパーなどに比べると驚くほど最近なのです。

 トウガラシ(チリ)を世界中に広めた人物は、かの有名なクリストファー・コロンブスです。コロンブスは新大陸を発見した1493年にコーカサスのペパー(胡椒)よりももっと辛く、種類も色彩も豊富なトウガラシ(チリ)を偶然発見し、それをスペイン(ユーラシア大陸)に持ち帰ったとされています。さらに50年後の16世紀中頃には南米を出たトウガラシが日本へ渡来することになります。

 

2−2.七味唐辛子の誕生

 日本での七味唐辛子のルーツは1625年(寛永2年)、初代からしや徳右衛門という人が江戸、薬研堀(やげんぼり)で売り出したことから始まります。薬研堀は現在の東京は両国橋のあたりで、「薬研(やげん)」とは当時の薬(漢方薬)をすり潰す道具の事であり、その名の示すように周囲は医者や薬問屋が集まっていた所だそうです。当時、漢方薬を食に利用できないかと考案されたのが七味唐辛子です。この最も古い歴史を持つ『やげん堀唐辛子本舗』(以下『やげん堀』と略します)の七味唐辛子は「生の赤唐辛子」、「煎った赤唐辛子」、「粉山椒(こなさんしょう)」、「黒胡麻」、「芥子の実」、「麻の実」、「陳皮」の七種類の薬味が入っています。当時、江戸庶民のポピュラーな食べ物であった蕎麦(そば)にピッタリと合う薬味であったので人気が高まりました。後の項で詳しくお話しますが、これら七つの薬味の多くは風邪にとても良く効く漢方薬であり、江戸庶民が七味唐辛子をかけた熱い蕎麦を食べて風邪を予防していたのではないかと考えることができます。

蕎麦と七味唐辛子の中の辛味であるトウガラシだけに焦点を当ててみてもおもしろい事実が分かります。蕎麦を作る原料のそば殻にはルチン (1) (ポリフェノールの一種)という水溶性ビタミン(ビタミンPと呼ばれる)に似た働きをする物質が大量に含まれており、このルチンが毛細血管を強化する働きで高血圧や心臓病、脳血管障害を予防するなど高い薬効性を示す他、体のほてりを抑える働きがあります。一方、トウガラシに含まれている辛味成分はカプサイシン (2) という化学物質です。このカプサイシンは今注目されている化合物の一つで、人体に対して非常に良い働きがあることが分かっています。中でもカプサイシンにはアドレナリン分泌促進作用があるため、油分(脂肪)を身体の中で燃焼させ脂肪組織重量、血清トリグリセリド(血液中の中性脂肪)を低下させることが科学的にも実証されています。このような理由から近年、若い女性を中心にトウガラシが「ダイエットに良い」ということで騒がれていることは皆さんご承知の通りです。もちろん、寛永年間の江戸時代に唐辛子ダイエットが流行ったわけがないでしょうが・・・

風邪でほてった体を蕎麦で冷まし、発熱による悪寒を新陳代謝促進作用のあるトウガラシで発汗させて解消する。科学的根拠の無い江戸時代に、江戸の人々は理にかなったすばらしい風邪撃退法を実践していたわけです。このことからも七味唐辛子のルーツは医食同源そのものであると言い切っても良いでしょう。

 『やげん堀唐辛子本舗』の七味唐辛子が、当然のこととはいえ、古くは江戸時代の寛永年間から350年余りを経た今でも伝統を守り続けていることに感動を覚えるのは筆者だけでしょうか。

 2−3.その他の七味唐辛子屋さん

 さて皆さん、これで日本で最も古い七味唐辛子屋さんは、東京にある『やげん堀』の七味唐辛子であることがお分かりいただけたことでしょう。ところで、日本には『やげん堀』の他に江戸時代から続いている2軒の七味唐辛子屋さんがあることを、そしてその2軒の七味唐辛子屋さんが使っている七種類の素材も『やげん堀』のそれとは少しずつ違っていることを知っていますか。ここでは2軒の唐辛子屋さんの紹介とブレンドされている素材の種類が違っている理由について考えてみます。

 江戸庶民の間で人気になった『やげん堀』の七味唐辛子はしだいに東京(江戸)から関西(京都、大阪)へと広がり、やがて長野の善光寺と京都の清水寺の参道に、その土地の食文化に適した独自の七味唐辛子を売る店が現れました。それが『八幡屋礒五郎(やはたやいそごろう)』(長野)と『七味家(しちみや)本舗』(京都)の2軒の七味唐辛子屋さんです。

 『八幡屋礒五郎』の七味唐辛子に使われている七種類の薬味は「赤唐辛子」、「生姜」、「陳皮」、「山椒」、「黒胡麻」、「青紫蘇」、「麻の実」です。また、『七味家』が使っている薬味は「赤唐辛子」、「山椒」、「白胡麻」、「黒胡麻」、「青紫蘇」、「青海苔」、「麻の実」の七種類です。

 『やげん堀』、『八幡屋礒五郎』、『七味家』で使われている七味の薬味の違いを一目で分かるように表にまとめてみました(表1)。『八幡屋礒五郎』、『七味家』とも、最も古い歴史がある『やげん堀』の七味の素材とちょっとだけ違うことが分かります。その違いとはいったい何でしょう?。江戸、長野そして京都へと西に向かうにしたがって、辛味よりも香りを重視したブレンドになっているように思われます。東の江戸と西の京都で比べてみましょう。『やげん堀』のブレンドでは七種類の薬味のうち二つが「赤唐辛子」で、実際に使われている素材は七種類ではなく六種類です。また、ウンシュウミカンの皮を乾燥した「陳皮」には苦味もあります。一方、『七味屋』の七味唐辛子には香りの良い「白胡麻」、「黒胡麻」、「青紫蘇」、「青海苔」の四種類の薬味がブレンドされています。また苦味のある「陳皮」は使われていません。ちなみに、京都『七味家』の七味唐辛子もブレンドされている七種類の薬味のうち二つが「胡麻」(白と黒)ですから、実際には、江戸『やげん堀』と同じように六種類の薬味で作られていることになります。これまでのお話から、"七味唐辛子" と一口に言っても 日本には300年以上の時を刻んだ3種類の七味唐辛子があるという事がお分かりいただけたのではないかと思います。

 さて、それでは次に何故、日本三大七味と言われる『やげん堀』、『八幡屋礒五郎』、『七味家』でブレンドされている素材に違いがあるのかを考えてみましょう。

 その答えはそう簡単ではなさそうですが、関東と関西の食文化の違いに一番の理由がありそうです。それは「蕎麦(そば)」と「うどん」の文化と置き換えることができます。豊かになった現代でこそ、私たちは七味唐辛子を使って色々な料理を味わうことができます。しかしながら、江戸時代当時、関東では「蕎麦(そば)」、関西では「うどん」が最も庶民的な食べ物でした。そして、蕎麦つゆが濃い口の醤油味であるのに対して、うどんのそれは昆布やかつおの風味を大切にした薄口の醤油味であることが両食文化の違いを如実に表しています。『やげん堀』の七味唐辛子は濃い口の醤油味に合うように辛味を強調したブレンドに対して、『七味家』の七味唐辛子は風味を大切にした薄口の醤油味に合うように香りの良い薬味が多く使われているのです。

 このように、 関東の【"濃い味" 文化】と関西の【"薄味" 文化】が七味唐辛子に使われる薬味のアレンジを変えたと結論することができます。

 

3.薬としての七味唐辛子

 これまでは七味唐辛子を「蕎麦」や「うどん」を例にとり、食文化との関わりから見てきました。しかしながら七味唐辛子に配合されている九種類の薬味の中には実際に漢方薬として使われていたり、食品として重要な栄養特性を持っていたり、健康を維持する上で大切な機能性成分を含んでいるものもあります。この項では七味唐辛子、九種類の薬味を薬や栄養学的な側面から一つ一つ説明していきます。

 

 『赤唐辛子』

 ナス科のトウガラシCapsicum annuum L.は南米原産で、熱帯では多年性低木となりますが、温帯では一年生草本で、使用部分は果実です。

 トウガラシは胃痛、消化不良、水腫、歯痛、痛風、リウマチなどさまざまな病気の治療に用いられてきました。風邪や扁桃腺炎にも良いといわれ、うがい薬にも含まれていました。ビタミンA前駆体であるカロチノイド類やビタミンC を多く含有しているので栄養学的にも重要です。辛味成分はカプサイシンであり、アドレナリン分泌促進作用があるため新陳代謝を上げ、血液中の中性脂肪値を低下させます。近年、カプサイシンが発がん性物質に対し科学的予防効果があることが分かってきているため注目されています。

 

『山椒』

 ミカン科のサンショウZanthoxylum piperitum DC. は落葉低木で、実は辛味、葉は香り、風味豊かな香辛料です。秋になると山椒の実が熟してはじけ、黒い実(実は硬くて食べることができない)をのぞかせますが、この実を包んでいる外皮が最も香り高く、この外皮を細かくしたのが粉山椒で、蒲焼きにふりかけて使います。また、山椒の木はとても硬いのですりこぎや杖として利用されます。

中国最古の薬物書、『神農本草経(しんのうほんぞうきょう)』に蜀椒の名で下品(げぼん)の一つとして収録されているほど大昔から薬として重宝されてきました。

山椒の辛味成分はサンショールといい、唐辛子や胡椒の辛味成分と同じ種類です。青山椒の実を噛むとただ辛いだけではなく舌がピリピリと痺れますが、これはサンショールに麻痺(局所麻酔)作用があるためです。中国漢方では、この成分が胃腸を刺激し、機能を亢進させるため様々な処方薬に使われてきました。すがすがしい香りの成分はシトラネロールです。中国の混合スパイス花椒塩に利用されている花椒は別種のZ. bungeanum です。漢方処方薬でもあり、よく鎮痛鎮痙薬、駆虫薬とみなされる処方に配合されています。

 

『胡麻』

ゴマ科のゴマ Sesamum indicum L. は60~120cm の高さに直立する一年草です。原産地はインドネシアと熱帯アフリカです。ゴマの使用部位は種子であり、その種子の色により黒ゴマ、白ゴマ、黄ゴマ、金ゴマの4つに大別されます。日本では黒ゴマは胡麻和え、おはぎ、焼き菓子などに、白ゴマは胡麻油の材料や炒って種々の料理の香りづけに利用されます。

ゴマには酸化を抑制し、老化を防ぐビタミン E や、動脈硬化を防ぐリノール酸、オレイン酸などの不飽和脂肪酸が多く含まれ、血中脂質を調整する効果が高いことが知られています。さらに、ゴマ特有の抗酸化物質でゴマリグナンの1つ、セサミノールが人体にとって極めて毒性の高い過酸化脂質を除去して、不飽和脂肪酸の働きをサポートすると共に細胞の老化や癌化を防いでくれます。また、ゴマにはカルシウム、マグネシウム、鉄などが含まれており、骨粗しょう症の予防にも良いとされています。薬用に用いられるのは黒ゴマで、滋養強壮、解毒薬として用いられます。中国最古の医薬書『神農本草経』にも黒ゴマを不老長寿の "君薬" として「生命の源である」と賞賛しています。

 

『芥子(けし)の実』

 B.C. 2000年から1000年の間にわたりエジプト人は薬用植物としてだけでなく、この種子を砕き、食用油を採るためにもケシを栽培していました。また、A.D. 1世紀にプリニーは、その時代にポピュラーなものであった炒ったポピー・シードと蜂蜜を混ぜ合わせた香ばしい食物について記述しています。また、ギリシャの医師ガーレンは、香り高いパンを焼くのに小麦粉にこのポピー・シードを混ぜ込むことを推奨していたそうです。中世には、パンの薬味としてポピー・シードを使うことがヨーロッパにも広がりました。植物油の含量が高い(50%)のでオイル・シードとも呼んでいたそうです。この種子を煎ったり、焼いたりすると、快いナッツのような香味とポリポリした歯ざわりをもつようになります。タンパク質の他、カルシウム(100 g 中 1700 mg)などのミネラルも豊富です。シードに香味づけ以外の効能はほとんどありませんが、古く漢方で、止瀉薬の効能が伝えられています。

 

『麻の実』

 クワ科の大麻の種子を用います。ヨーロッパや中国では古くは食用とされており、特に中国では五穀のひとつとして主食にされていた時代もありました。煎ると芳香を生じ、スパイスとして食欲増進の他、古代中国では強壮など薬用としても利用されていました。たんぱく質が多く100g 中30g 弱と、ごまの約 1.5 倍に上ります。脂質も100g 中28g 弱と多めです。亜鉛が含まれ、成長障害や皮膚炎予防に効果的です。

 

『陳皮』

 ミカン科のウンシュウミカンCitrus unshiu Markovichの成熟した果実の皮のことで、古い皮ほど効能が高く、10〜15年ものの陳皮は朝鮮人参より高価とされています。「陳皮」の「陳」は「老いた」とか「古い」と言う意味です。原名 "橘柚(きつゆう)" で『神農本草経』の上品(じょうぼん)に収録されたものが現在の陳皮の基と考えられますが、その後、橘皮、黄橘柚、陳橘柚、陳皮、橘紅、紅皮などの多くの関連名称が見られ、ちょっと複雑です。主成分は精油(リモネンを主成分とする)、フラボノイド配糖体、ペクチンなどです。主として漢方処方薬で、健胃消化薬、鎮咳去痰薬とみなされている処方、及びその他の処方に比較的高頻度で配合されます。

 

『生姜』

 ショウガ科のショウガZingiber officinale Roscoeは熱帯アジア原産の多年草でその根茎を薬用、食用に使います。『神農本草経』に中品(ちゅうぼん)として収録されおり、古くから薬として重用されてきました。干した生姜は鎮痛、鎮咳、解熱作用が強く、その効果は生のそれより数倍も高いため、現在も漢方では風邪薬に生姜がよく配合されています。また風邪の民間療法として、熱湯に生姜と砂糖を加えた生姜湯や生姜酒などがよく利用されています。一方、体を温める働きのある生姜は色々な薬膳料理に利用され、体力の弱った体にとてもよさそうです。いずれにしても生姜は夏には食欲増進に、冬には解熱、鎮痛に、美味しくて体に良い辛味として、日本人の食卓に欠かせない香辛料の一つです。

 乾生姜及び生姜の名称で漢方処方薬とされ、かぜ薬、健胃消化薬、鎮吐薬、鎮痙薬とみなされる処方及びその他の処方に高頻度で配合されています。

 

『青紫蘇』

 シソ科のアオジソPerilla frutescens Brittonは中国原産の一年草でその葉を薬用、食用として利用します。精油成分はシソ油で、シソアルデヒド(ペリルアルデヒド)55%のほか、リモネン、ピネンなどが含まれています。シソには殺菌、防腐作用があり、昔から着色や香り付けもかねて梅干しに利用されています。その他咳や痰止め、発汗、健胃、整腸、食欲増進など、幅広い効果を有しているため、葉(蘇葉)、種子(紫蘇子)、茎など全体が漢方でさまざまに利用されています。漢方処方用薬としては、鎮咳去痰薬、かぜ薬とみなされる処方、その他の処方に少数例配合されます。配合剤(胃腸薬)に芳香健胃薬として配合することがあります。

 

『青海苔』

 のりは海草類の中でもきわだってカロチンが多く(2 g 中に 440 mg)、干しのり1枚(2 g)でピーマン2個にほぼ匹敵する量のカロチンが含まれています。その他にもビタミンB1、B2、C、ナイアシンも含まれ、食物繊維に富みます。カルシウム、マグネシウム、亜鉛、銅なども生体に重要な金属も含まれるため、食品として重要な栄養特性を持っています。毎日食べると、細胞の老化が抑制されて免疫力も強化されて老化予防に大きな効果を発揮します。薬として使われることはほとんどありません。

 


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