矢野仁志のカタテマノオト

2009年5月25日
MINTIAを食べるとスースー過ぎて全力のくしゃみが出てしまい、
これがなかなか勢いがあってくせになってしまいそうな矢野です。こんにちわ。
なんかアンガールズが出てきてしまいそうな冒頭ですが皆さんいかがお過ごしでしょうか。
別にこれという面白話もないのですが、あ、そうそう
talk to meのライブが今週の金曜にあります。
5/29金曜、代々木ザーザズーです。
宜しければ是非みんなお越し下さい。宣伝です。はい。
宣伝だけで終わるのもなんなので最近見たひどい夢話をひとつ。
ホワンホワンホワン…(夢の中ね)
自分はなぜかダウンタウンの松っちゃんになっていて(?)、浜ちゃんを引き連れて夜の暗闇をひた走る。そう全力でひた走る。
なぜひた走っているかというとそれはゾンビ。
そう。ゾンビから必死で逃げているのだ。
舞台はバイオハザード。
あのゲームで有名なバイオハザードの世界になぜか自分は自分じゃなく、松っちゃんとして逃げ回っているのです。
ハッハッハッ
うわあ、またゾンビ。
ゾンビは頭をちゃんと打たなくては駄目だな。
え〜…と、ってうわ!ゾンビって意外と早い!こわっ。
なんてゲームみたいにうまくいかない。イヤにリアル。
浜田はよせい!なんて浜ちゃんがどんくさくて困るのだ。
そしてお約束のように存在する訳の分からん怪しげな建物に逃げ込む。
そこもゾンビの巣窟。
自分が必死こいてゾンビのいない事務所のようなところを確保し、ゾンビの手を押しのけドアの鍵をしめようと全力で頑張っているのに、なぜか浜ちゃんはもうその事務所の奥であろうことか麻雀を始めようとしているではないか。
この…アホ!自分も協力せい!
これ鍵ってどれやねん。はよ閉めな!うわゾンビの手って青い。
なんて言ってて朝5時ごろ目が覚める。
なんだこれ。



2009年5月22日

クラブQueに片山ブレイカーズ&ほにゃららを見に行く。

片山ブレイカーズは、自分の携帯のアドレス帳にバンドメンバー全員の連絡先が入っている数少ないバンドの一つだ。3人バンドぐらいならあり得る話だが、ここは5人バンド。なかなかないことだろう。

しかしアドレス帳のカ行のところに5個「片山ブレイカーズ…」」と連続で続いていて、んでまたバンド名が長いもんだから名前のところが見切れてしまっていて、いちいちアドレス詳細を見ないと誰の連絡先だか分らないという、連絡をとる際に非常にめんどうなバンドだ。

7月にはtalkの企画イベントに出てもらう。非常に楽しみです。

その日共演していたストライカーズとも会い、片山車を見送った後「猫魔音」で一杯ひっかけて帰った。

写真左は近々誕生日を迎えた片山ブレイカーズBASS担当トム、と自分。

二人ともボーダーで目がチカチカする。

 

 

 

2009年5月19日
先日の日記にも書いたが、引越しをしてからの自分の自宅の庭に野良猫がやってくる。
やってきては窓から外の50cmほど離れたところで座っている。
外からこっちを見てきちんと足を揃えてじっとしている。だけ。
この猫にとってのこの「50cm」という距離は彼の中で「絶対」であるらしく、決してその距離から家には近付いて来ない。それにこっちが「ほれほれ」なんて近付こうものなら、「ギャー」とむちゃくちゃな表情で激怒されてしまう。うわっ。
その姿はさも食い詰め浪人のようであって大変に危ない。
それでも彼は頑張ってなんで日々やってくるのかと言うと、やはり食べ物を欲しがっているのであって、今日も庭先で「はよ食いモンよこせや。」なんて感じの態度でじっとこちらを見つめている。
それでこっちが食べ物を置いてほっておくと、ズバババと食べにきて、なんか寝転がったりした後にススッとどこかしらに消えていく。どこへ行くのだろうか。気になる。
そしてまた次の日にやって来ては「よこせや。」なんてジッとまた見つめている。
そしてまた食べ物を置いておく。食べてススッと消えていく。
こんな日々が続く。
人間社会に置き換えるとこれは立派な恐喝である。
猫は基本的に無言なので言質をとることは出来ないが、家の前でジッと無言の催促を受けている自分はプレッシャーに日々負け、食べ物をあげては許しをもらい帰っていってもらう。
終わりがない催促。残金0になることがない催促。ひどいものである。
しかし最近、やられっ放しでは具合が悪いので何かないかと考え、思いついたある作戦を実行している。
それはというと、いつも食べ物を差し出す時には高級菓子の入れ物だった空き缶なんかに市販の猫餌を入れて、彼に差し出している。
この缶の置き場所は今まで家の窓先50cmほどのところに配置していたのだが、これを少しずつ、少しずつ家に近づけていってみるとどうなるか、という実験企画だ。
自分のイメージでは缶を30cm、20cm、10cm…と近づけていくと、そんな微妙な変化に気づかない猫としては偉そうに食うだけで、知らず知らずのうちにどんどん家に近付くようになってしまう。
そして終いには0cm。窓だ。
そしてもっと、-10cm。つまりは家の中。
気づいたら家の中で食っていた、なんて彼にとっては恥ずべき失態をさせてやろうという計画である。ふふふ。
計画実行。プアーー
缶の配置場所を少しずつ…少しずつ…家に引き寄せる日々が続く。
あまりにも引き寄せすぎた日は、気付かれてシャーなんて怒られた日もあった。
大変にデリケートな作業だが、めげずに地道に続けること数日。
缶の位置、窓先10cmほどの距離の頃。
食べ物をむさぼる彼とはもう目と鼻の先であると言える。
いつものように食べ物を食い尽くした猫は帰るでもなく、そのままこっちをジーっと見ていた。いや、こっちというよりは家の中だ。この家はなんだ、何があんのじゃ、と覗き込むような態度である。興味を示している。
外から家の中を見渡すようにキョロキョロしていたかと思うと、ガシ。
なんと窓によじ登るではないか!
おお
そして家の中に…
は、は、は入ってきた!
<写真参照>











おおおおお、と自分も興奮したのがいけなかったのか。
その感情の揺れを察知されたかのように、ビクッ、ズバッと外に逃げられてしまった。
…うわー。また怒らせてもうたか。せっかく頑張ったのに。
計画がばれてしまっただろうか、明日ど叱られるんじゃないだろうか、なんて不安に思いながらもまた計画を練り直す必要があるな…、ふふふ、とまだまだこの緊張関係は続きそうです。




2009年5月13日

自宅にいる際、テレビはいつも音が出ないような状態でONにしている。
これは一人暮らしを始めたぐらいからの自分の癖だ。
意味もなくON。
なんだろう。自分でもよくわからないのだが。寂しさを紛らわすためだろうか。
しかしあまり番組自体には興味がないものだからミュート。
音なしのテレビ。
何かがワチャワチャしている状態がいいのだろう。なんかこう書くととても寂しい人みたいだな。
しかしながら最近のテレビは日本語で話をしているのにも関わらず字幕を出す、所謂「テロップ」が異常氾濫。どんな会話でもご丁寧に字幕をつけてくれている。
こんなんではミュートの状態にしておいても会話がまる分かりである。音無し状態でも番組内容がほぼ把握出来てしまう。ただ点けておきたいだけなのに、…チラ、…チラと見てしまい、終いには「プッ」なんてテロップだけで笑ってしまったりしまい、畜生。ミュートなのに…うるせー!なんて思っていながらも悲しい癖。テレビをワヤクチャさせておきたい自分は、最近NHKの動物やら自然がえんえんと流れているような番組が好きだ。
あーいいねえNHK。
そんなこんなですっかりNHKのファンである自分。
いつものようにNHKをフワァとなんとなく点けていたら、なんだかとても気になる映像が。
この番組はなんだ、と思わずミュート解除。
なになに?と興味深く見ているとどうやらそれは報道番組の様子。
しかし普通の報道番組ではなく、日本の江戸、戦国、またはそれ以外の昔の時代に現代の記者がタイムトラベル。気になる歴史の問題を取材をするという手法の番組。
ふふん、なるほど。いいじゃないですか。
面白い手法ながらもこのようなアイデアだったら今までも民法の番組がいくつか行っていた。
しかしこの番組はなんだか違う。何が違うというと
・基本ワンカメラ。
 記者の手持ちビデオですべて撮影しているという設定。
 カメラもぶれぶれでブレアウィッチプロジェクトのような手法。生々しく最高。
・昔の人を演じている人は有名な役者じゃなく(多分)素晴らしい普通の演技をしてくれる。
 しかもみんな昔顔でなんともいい。
・歴史の装飾部分、綺麗に語られている夢をぶち壊すかのような取材。
 昔の人でも現代の人とあまり変わらない、なんでもない一日やねんで、という感じのオチ。
スバラシイ。サイコウ。
しかも取材している事柄のセンスもとてもいい。詳しくはリンク先を参照して。
そしてその記者である主人公役は「ピューと吹くジャガー」劇場版でも珍キャラクターを演じていた要潤という人。タイトルは「タイムスクープハンター」という番組だった。
去年に特番でやってて、サイコウ、と思っていたら最近レギュラー化したそうです。
おめでとうございます。



2009年5月11日
首の裏が痛い。
こんなに痛いものだったっけ?
触るとジンとする。
あーこりゃ絶対にきびみたいになってるよ。
この歳になって蜂にさされるとは思わなかった。



2009年5月6日
更新また遅れました。
GWも終わりましたね。
今回実家の豊橋に帰ってきて色々また写真を撮ってきたので適当に紹介します。
どこぞのお爺のような日記になりますが宜しくお付き合い下さい。


今回は新幹線で帰ったが指定席が満席でとれず、自由席。
でも自由席って結構ガラガラで。みんな不安で指定席をとりまくっちゃうんだろうね。助かった。
東京駅で変なものを見つけたのでまずパシャリ。

神は東京駅にいた!
とてもこのBOXを空けたくなる衝動にかられるが我慢。伊藤ハムと同列なのが悲しい。


そして豊橋に着き、空いた時間をみつけ今までずっと気になっていた場所に行ってみた。
豊橋市は二川町。
東海道の宿場がそのまま復元されている「二川本陣」というところだ。
二川本陣東海道33番目の宿場、二川宿は東海道を江戸から京都へと上って行くと、三河国(愛知県)最初の宿場町だった。宿場規模は小さく、近年には製糸が盛んとなったが、大きな産業もない。現在では豊橋のような大開発を免れ貴重な本陣や家屋が残されている。近くに有る岩屋観音は有名だ。
(全部パクリです)
外観をパシャリ。

おー。イカス。

江戸から静岡。そして愛知に入って一息。歩き疲れて沢山の人がここを訪れたのだろう。
そんなことをポワ〜と思い馳せていると萌えてきてしょうがない。
入場料400円。
自分も東海道を歩いてきた体で「ふー疲れたー。酒だ酒だー。」なんて言いながら暖簾をくぐる。ウヒ。
そこには当時の宿の風景がそのまま残っていた。すごいものだ。
殿様などが泊まる高級な宿と、普通の人が泊まる旅籠屋の二つが残っている。
そこでまた色んなものを節操も無くパシャパシャしてきたのでどうぞ。



これは醤油を作っていたという大釜らしい。



宿から庭園を望む。綺麗だ。



殿が使う部屋。指令室というところでしょうか。煌びやかな座布団はさすが。
上段の間と書かれているね。



これがなんとトイレ!らしい。どうやってすんだ?位の高い人が使うみたいね。
雪隠と書いて「せっちん」または「せついん」と読む。



風呂。位の高い人用。水戸黄門などで見るものとはちょっと違うね。



こっちは位が低い人用の風呂。狭い。



その当時の食事の模型が置いてあった。へーへーへー。結構きちんとした食事でした。
あまりにもリアルに作られているので食べたくなってしまった。


そして庶民の旅籠屋へ。

うわっ!と思ったら精巧な模型。
「旦さん、あんよをお洗いしましょか。」と言ったところだろうか。びっくりしたー。



東海道の風景なんでしょうか。


そして衣裳部屋なんてものもあり、勝手に着ていいですよ、と書いてあったので自分も調子こいて着物を着てみました。んでパシャリ。

なんだかアホの子みたいになってしまっているが大丈夫でしょうか。


あと観光者のためのなんでも落書き帳みたいのがあったので見てみる。定番ですな。
これってみんな変なこと書いてあって結構好きなんだよね。
その中でもとびきり変なやつを見つけました。

・・・。何か分からない。不思議な魅力を放っている絵だ。



はいはい。尾張の何々さんね…、じゃ250文頂きますね。有難う御座いました。またご贔屓に〜
なんて真似。


いやぁ。最高。
なんで今まで来てなかったんだろうか、と悔やまれるぐらいの鼻血スポットでした。
豊橋に寄ることがある人、または近い人で興味ある人は是非どうぞ。
二川本陣資料館ホームページ
今日は疲れたのでこの辺で。




2009年5月1日
世の中は既にゴールデンウィークというものに入っているのだろうか。
社会の埒外に存在する自分としては実感がまったくない。
ゴールデンウィークという週間になると世の中の常人はゲルマン民族大移動かの如き、実家への大移動を始める。
自宅万歳、ましてや休日に人の込み合うところに出かけるという発想自体が狂人の発想としか思えない自分としては、いつもこの文化の理解に苦しむ。
ましてや今年なんて最近の政策では最高の傑作品、我々もツアーで有難く利用させてもらっている「休日ETC割引」なんて制度があるもんだから今年の大移動はそら恐ろしい地獄の阿鼻狂乱を巻き起こすに違いない。高速のアホ事故による渋滞、パーキングエリアの場所取り合い、飯の奪い合い。想像するだけでも発狂してしまいそうだ。
ひえー、こえー、なんて怖がりながら、今年も当然自宅で音楽と共に生活をしていようと思っていたのだ。が。なんの因果か、今年のこのゴールデンウィークにあってはなぜか自分も実家に帰省するタイミングがバチコーンとはまってしまった。なぜだ。ホワイ。
しかしこんなものはタイミング。ブラックビスケッツがいうところの「ずれた間の悪さもそれも君のタイミング」ということらしいのでそれはそれで仕方ないのだろう。やむないのであろう。
おっ、でもまともな常人の行動、みんなと同じ行動じゃん、なんてちょっと変な嬉しがり方をしている自分もいたりして、しかし地獄の阿鼻狂乱がまたフッと心に浮かんだりして。
どないしょ…こえー…、あーでも日本人、自分も社会人みたいになれたウハハ、なんて訳が分からん自分の心。