*******************************プロローグ***********************************************************************************






まずは、私の魚に目覚めたころからお話します。そうあれは、7歳の時の7月ぐらいに父親と一緒に海に行った時でした。釣り目的で魚を釣っていた時です。目の前に蟹が浮きながら泳いでいました。たぶんワタリガニだったと、思います。そのときは、サビキで鯵を釣っていたので面白半分にワタリガニを引っ掛けて釣りあげようと頑張っていました。あの時は楽しかった、、、、、。そして頑張ったあげく釣り上げた蟹を父親と相談して育てることにしました。今思えば、7歳で海の生物を飼おうなんて、無謀な挑戦でした。そしてやはり無謀な挑戦だけあって餌も何を食べるのかわからない。潮も海で汲んできたものではなく、家で調理する食塩を使っていました。当然長生きするはずが無く、一週間で死にました。それからです。なぜ死んだのか、どうすれば元気な姿を維持できるか、考えました。はい、長い間考えました。そして悩んでいるうちに親がメダカからやな!と言ってメダカを飼い始めました。そのころ親はディスカスを飼っていたのでエアーポンプなどはありました。それで買い始めたのですが1週間ぐらいで死亡。、、、、餌のやりすぎです。そういう事を繰り返して3年生くらいでメダカのことは理解して、長生きさせることができました。そのころハムスターも飼っていました。それはさておき、運命の4年生ここからですかね。今の状態に行き着くまでのきっかけを作ったのは、、、、、、。金魚です金魚。夜店から連れてこられた金魚を飼い始めました。案の定、夜店の金魚は弱っているので死にやすく、2日ぐらいで死にました。その後ペットショップに通い金魚を買いました。その後、金魚もメダカ同様餌のやりすぎで死にました。そのころは体のサイズに合わせて餌の量も変えなければならないのですが、把握しきれていませんでした。そこからメダカから金魚に変わったのは、、、、5年生から6年生にかけて金魚をずっと飼っていました。当時60cmの水槽です。大きな水槽に入れると金魚でも大きくなって鯉ぐらいの大きさになりました。たぶん金魚と書いて鯉も混じって売っていたので鯉だったのでしょう。そのとき金魚の名前は150種類ぐらい言えたと思います。金魚にかける情熱はすごかったです。そして中学に進学。そのときぐらいから水草に興味を持ち始めました。これが当時の水槽写真。












頑張りました。たぶん一番頑張って物の名前を覚えた時だと思います。水草300種は言えましたね。冗談ではありません。本当です。CO2の添加や照明の強化流木を買い漁る、、、いろんなことをしました。そのほとんどの情報がネットでした。そのとき大きな水槽が欲しかったです。今もですが、、、、、、そんなことをしているうちに中三、、、、、、、受験です。しかしそんなことは私には関係ありません。そしてそのころからサンゴに目覚めました。酸化、還元、無機窒素、ケイ素、リン、などの物質の循環をネットで勉強しました。そして今も、海の知識は不十分ですが頑張ってアクアリウム生活を送っています。そして現在の水槽