戻る ルイジ・スタイルの踊り  Luigi on Stage Francis  お問合せ
 ルイジ・スタイルの間口は広い。
年齢、経験、健康状態を問わず誰どもどうぞというのが建前。
ルイジ・ジャズ・ダンスを学ぶ人は、バレエのポル・ド・ブラ(腕の運び)を使った
オーソドックス版をまず習う。
それだけやるともうルイジ・スタイルはわかったと勘違いしてしまい、
ルイジは卒業したから、次のことをやろうとしてしまう人が半分。
我慢してそこから上の段階へ進むと、
ル・リトミック(「ユーリズミックスまたはリトミック」にルイジの頭文字Lを
最初に入れて使ったルイジの造語)
・ルイジ・エクササイズになる。
たいていの場合、そこまで行かないうちに脱落してしまう。
むろん、ルイジ振付の踊りに至らない。
ル・リトミックを使ったルイジ・エクササイズができるようになり、ル・リトミックを用いたルイジの振付曲を踊りながら、
伊藤道郎の業績に心を馳せられるようになるのはほんのすこしの人。
 
 ルイジの作品

ルイジ・エクササイズからできている
ルイジ振付の作品についての一考察


気に入った動きは、別の作品にも使うから
同じ動きが複数の作品に登場することもある。
例えば
"If they could see me now"
フレーズなどである。
「エポールマン」や「愛でブラジル」の中で
使用されている。


上演
記録
    サテン・ドール
ハークネス・バレエ団のバレリーナの
ために振付されたから、ポイントを履いて
踊ることを想定して創られている。
ジャズ・スタンダードで踊られるこの曲は
ホクター・レコード版により短くなっている。
現在それは手に入らないから、私はこれを
上演するときは、以前は別の曲、今は、
本来のジャズ・スタンダードでやり、うしろの方は、
苦肉の策だが、レビュー風にルイジの言うところの
エンプティー・カウントの振りを入れて、
尺を合わせている。
ルイジは
なぜ
偉大か
 ミッション・インパッシブル:
これは、サテン・ドール(8ビート)と同じ導入だが、
5拍子で、最初の2つのフレーズ以降は
サテン・ドールとは違う劇的な展開を見せる。
なにしろ5拍子のため、非常に難しく、8カウントの
ルイジの他の踊りをやっていない人には踊れない。
ルイジの踊りの中で、もしかしたら、最後にやる
ナンバーかもしれない。
長い全曲やるのは、ルイジ・ダンサー数名を
必要とする。
だから今は、ショート版でやっている。
これならソロでできる。
  ルイジの師
伊藤道郎
の息子
    エポールマン
ハービー・ハンコックのナンバーにのせて
ルイジ・スタイル・ジャズ・バレエがこれでもか、これでもかと、めくるめく展開する大作。
あまりに振りの数が多く、かつ難易度が高く、
長いナンバーのため、日本ではここ20年以上
お蔵入りになっているから、誰か我こそと思う人は、是非
上演してほしい。
ペアで5分以上踊るのは大変過ぎるので、群舞で踊り、
真ん中のペアだけを疲れさせないようにする
演出をすればよい。
エポールマンを一緒に踊る相手を育てようと
思ったけれど、結局そのような人は育てられなかった。
ルイジの
映画に
ついては
この頁の
一番下


 
 シング・シング・シング
ジャズ・スタンダード・ナンバーだが、ルイジの振付を
そのまましようとすると、断然ホクター・レコード版でないと、
合わせにくいが、尺がまったく違っているわけではないので、
とりあえず指定された振りはすべて入る。
これは日本でもよく上演されたから、踊ったことのある人が
多くいる。
一人でもできるが、私は最高20名で(メキシコにて)やった。
数が多いとスペクタル風になるから展開がおもしろい。

この踊りは、サテン・ドールをやった人が習うべき踊りで
あるけれど、多くの人が、サテン・ドールをやっただけで、
もう、ルイジは踊れる、ルイジは卒業したと勘違い
してしまって、この踊りにまで行きつかない例が多い。
   ルイジ

言葉
愛でブラジル
これをルイジのダンス・ナンバーと数えていいものだろうかと
いう意見もあるかもしれない。
しかし、日本ビクターから発売されたディスクに収録された
ダンス・ナンバーなのだから、ひとつの作品と
数えるべきだろう。
これは、「マジック・バード」、「If they could see me now」、
「シング・シング・シング」、「炎のランナー」が垣間見え、
最後に「ルイジ・ウォーク」で終わる。
ルイジの弟子なら、ああ、この部分は何々の踊りの
どこどこねと、一発でわかる。

初演は日本のTBSスタジオで、フランシス・ローチ、
アンドレア・ハンドラー、ルイジ(ウォーク部分)による。

その後私が知る限りこれまでに上演されたのは、メキシコ、
グアダラハラの国立劇場で1回のみ。上演記録。
  ここに使用した写真:
撮影:ミルトン・オレアガ
1981年にルイジ・ジャズ・ダンス・センターから紙焼きで
預かり、それを当時、「ルイジOn Stage」の制作を
担当していた広告代理店が、スライド上映のために
すべてスライドに直したものを当方が持っていた。
それから20年以上の月日が流れ、ある日突然、
紛失したと思っていたルイジの203枚の写真が
衣装倉庫の中で私の頭の上に落ちてきた時は、
本当に驚きと感謝の一言

ニュヨークではすべてなくしてしまっていたようなので、
全部添付にして1日10枚づつ送った。
まさに、神様からの贈り物。

「ルイジ・ブック」では破損を免れたルイジの往年の
写真の数々が公開される。乞うご期待!
 ルイジの
ビデオ

 マジック・バード・オブ・ファイアー:
ルイジのオリジナルをそのまま踊ろうとすると
ホクター版の音楽が必要で、大切なオープン・
リールのテープや、カセット、MD等を
紛失してしまってからはもう上演していない。
惜しいことをした。
でもいつの日か、倉庫の片隅から出てくるような
気がしてならない。
これはジャズ・バレエ・スペクタクルだから
それなりの広さと人数、そして、なによりも
メイン・ロールを踊れる技量のある人が必要。
エンプティーカウントがひとつもないから、ちゃんと
ルイジ・スタイルを学んでないとできない。
フランシス・ダンス・コンサート以降はまだ3回しか
上演していない。
 炎のランナー:
フェアウェオ・フォー・ラブ

「炎のランナー」は、ルイジが東京で1982年に振付て
初演した。
その時は短いフレーズだったものを、翌年劇場上演用に
群舞部分を足して尺を満たした。
TBSスタジオでの撮影の際に、後者の曲でフランシスと
アンドレアにより踊られたのが「フェアウェオ・マイ・ラブ」
である。振りは「炎のランナー」と重複している部分が多い。
見事なシンクロナイズを見せる
本質的には酷似しているけれど、前者の曲の方が、
より芸術的でドラマチック、後者の曲は
さほど大げさではないけれど、振付の展開のテンポが
早いから、ルイジのプロしか踊れない。

通常上演するなら断然こちらだ。
 メール
 サマー42:
ルイジの十八番。見た人は必ず泣く。そういう私も見るたびに泣いた。
セカンド・ポルドブラから始まり、フロアーに膝をついて終了するのだが、これを見ると、
振付は問題なのではなくて、誰が踊るかだけが大切なのだという踊りの本質を垣間見ることができる。
踊りをつきつめていくと、何を踊るかではなくて、誰が踊るかなのだ。
その証拠にこの踊りを他の人が踊ると、あれえ、これなんでこんなに違うのだろうというようになる。
つまり、この踊りは、振付の順番を覚えても踊れない。シング、シングなら、どうにか踊れるのに、
サマー42は踊れない。
フランシスが1983年に踊った時はルイジが乗り移っていたように上手だった。さすがだと思った。
実は私も20代の後半に挑戦してみた。順番がわかっても踊れない。
そして理解したことは、私はまだこの踊りを踊る段階に達していなかったのだということ。
いつの日かこれを再び踊ろうという気持ちになった時が、踊る時だろうと。
その日がくるのを楽しみにしながら、人は日々邁進しないといけない。
踊るルイジ
   
 日付 2011年1月28日13:57
やっぱりいいですね!!ルイジのページ。
ルイジを知らないヤングダンサーが
たくさんいます。
これが踊れたら、何でも踊れるという
秘密を知らないで・・・(M.N.)

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これ以外のご意見はこちらのページの下

ルイジ流
日本舞踊
 印がついているものは、不定期に上演するために、お稽古しています。
ご一緒にルイジを踊りましょう。かつてのルイジ・ダンサーの方も歓迎します。
ニューヨークでは、もう、ルイジの作品を上演しなくなってしまって久しいようで、本当に
寂しいというか、どうして、という感じがします。
クラシック・ジャズは、守っていきたいジャンル。明日になってもなくならないものが古典。
 
その他の踊り:
ローラ、GEt Happy,
Don't get around much any more,
10 minutes, その他


 お願い: ルイジ・ジャズの指導者の方で、
上記以外の曲目について解説して下さる先生が
おいででしたら、是非、ご一報下さい。お願いいたします。
サイト管理者。
ヴォーグ:
ル・リトミックのアームズ・ワークを極限にまで
つかいこなした踊り。これまでのルイジのアームズは、
伊藤道郎のリトミックの型を重視しているが、「ヴォーグ」
では、型にとどまらず、その型を動かしているから、
従来の型をもっと発展させていると言える。
マドンナがヴォーグを流行らせたわけではなく、マドンナ
自身もルイジの弟子なのだから、ルーツはルイジであり
伊藤道郎ということが言える。
ルイジ

言葉
 
 ひとこと:ルイジの踊りを踊ったことのある人が読まないと、何が書いてあるのかわからない  
 ★ ルイジの振付、特に「サテン・ドール」を知っている人は理論的には多いはず。
私が教えただけでも、ゆうに数百人には教えている。
それらのうちの半分が指導者としてさらに自分の生徒に教えたとしたら、単純計算でも
「サテン・ドール」を知っている人は日本に数千人か数万人いることになる。
ところが、実際にはそれほどいないのだろう。
なぜかと言えば、ルイジ・スタイルの踊りを教えるには、それなりの相手でないと教えられない。
たとえば基礎的なジャズのフットワークやバレエの基礎をしている人でないと覚えられない。
だからストリート・ジャズなんかしている人が相手だと、最初から行き詰まる。
それに、
ルイジがすごい人だということを知らないでジャズを踊っているくらいの人に教えても、
価値がわからないから、無駄
なだけで、結局、これを習った人も自分の生徒には教えていないかもしれない。
だから数万人ではなく、多く見積もっても現在数十人しかいないのではないかと思う。
これを1曲習っただけで、「ルイジの踊りを知っている」、もう「ルイジを卒業した」と豪語する人がいるけれど、
これを1曲知っていてもなんの役にも立たない。
これはいわば、前菜みたいなものだから、これを終えてはじめて本当のルイジ・ダンスを学ぶスタート・ラインに立つ。
 
「シング・シング・シング」となると、知っている人の数がさらに少なくなるだろう。
「サテン・ドール」と比べて振りの数が多いし、早いし、最後まで覚えるのに根気がいるし、
要求されるテクニックももっと高度になる。
それになによりも、ルイジが踊っていたあのバージョンの曲がないから、もうこの踊りはいいやなんて、
簡単にあきらめてしまう人がいるかもしれない。
途中のグリッサードを4回繰り返して進み、8カウント目のロンデジャンブから始まるあれをまた4回しながら
戻るところだけれど、4回にしないで、2回にする、つまり、1回ロンデ、再度2回グリッサードで1回ロンデにすると
曲がピタリ合って、次のコントラクションへスムーズに入れるから、あの古いバージョンの曲がなくても
全然心配する必要はない。
以前フランシスが1983年にテレビ東京の「レッツ・ジャズダンス」でこの曲を踊った時にフランシスは
完璧に
タップダンサーとして中央で踊り、ルイジの「シング・シング・シング」の振付を踊るダンサーは、
バック・ダンサーとして登場した。
そういう使い方もあると思う。
★そういえば、思い出した。昔、青いタイツのみちひさ君というのがいたけれど、この人は、「シング・シング・シング」を
完璧に覚えただけではなく、この踊りをすべて反対側から踊れた。
ここまでやるとマニアックだが、この人は「サテン・ドール」なんかも反対側から踊っていたけれど、
さすがに「マジック・バード」は反対側からやったりしなかった。
ひとつの踊りをとことん踊りこんだら、反対側に踊ってみるのもいいと思う。
完全に身体に入っている踊りはいきなり曲がかかっても反対側に踊れるものである。

この踊りは、ジャズ・ダンサーだけで変化に富んだフォーメーションをつけて上演することももちろん可能なのだが、
真ん中にタップ・ダンサーのソリストを置いて、その人のタップを中心にまわりのダンサーたちがバック・ダンサー的に
踊るという演出も可能で、フランシスをタップ・ダンサーのソロにして上演されたのが1983年の「フランシス・ダンス・
コンサート」と東京12チャンネルの番組「レッツ郷ジャズ・ダンス」。
 
 ★2010年まで私はただの一度も「愛でブラジル」をやろうなどと大胆なことは考えたこともなかった。
あれは、いわば「幻の踊り」で、ルイジが選んだのではない曲で振りをはめて構成したから
ちゃんとした踊りではないと思っていた。
ところが、この踊りはルイジ作品の特にお気に入りの振りを集めて構成しただけあり、ぼうっとしている暇が一切ない
よく練られたダンス・ナンバーであり、それも、フランシスやアンドレアといった、ルイジの秘蔵っ子中の秘蔵っ子が
踊った踊りだから、ルイジ・ジャズを中途半端にしか学んでいないダンサーには踊れないレベルの振付だ。
しかも、最後の部分はルイジが登場してルイジ・ウォークで締めるわけで、フィナーレとして十分に使える。
2010年にメキシコ文化庁の夏季舞踊学校の上級クラスにいたレヒナというすごいダンサーに出会う幸運を得て、
この踊りをレヒナがソロで踊り、最期の部分はレヒナを中心に20名くらいのメキシコ人たちがやった。
こういう踊りは、スローが入っているから下手な人がやると完全にボロが出るから、完璧に上手い人が
ソロでやって正解だと思った。
一人で最後まで踊り切ると、非常に体力を消耗してしまう踊りで、できれば途中で人が代わった方が
やりやすいのだけれど、ここ数カ月この踊りをほどんど毎日のように踊っていたら、ぜんぜん疲れなくなった。
以前なら途中で息が続かなくなってしまっていたくらいだったのに。
この踊りはいわば有酸素運動のような働きもするのだろう。
このような大作は日本では一体どのような時に上演できるのだろうと思ってしまう。
 
 ★これまで日本人が踊った「サマー42」を2度見たことがある。
一度目は1985年に東北の高橋直人。これはすごかった。
まるでルイジが乗り移って、狐憑きというか、ルイジ憑きのように踊った。
思わず涙が出てきた。
これほどルイジみたいに踊る日本人がいる。
この人のことは、「ルイジ・ブック」の「ルイジ・エッセイ編」に少し書いたのでここでは詳細は省略するが、
「ルイジのジャズ・ダンス・テクニック」の本を読んで辞表を出して、ボストンバックひとつで上京し
、歌舞伎町のサウナに寝泊まりしながら、マリカのところへやって来て、ルイジ・ジャズ・ダンスを学び、
みるみるうちに和製ルイジのように踊れるようになり、やがて1985年の歌舞伎町オールジャパン・コンテストで
優勝するまでになる。
筑波大学の体育学科で体操をやっていたのだから、頭もいいし、体育もできたわけで、
ルイジをするには理想のタイプだ。
現在平塚市でルイジ・ジャズの普及に務めている祐子さん(東京教育大最後の卒業生)の二つ後輩に当たり、
当時は祐子さん、一つ下の筑波大学第一期卒業生の柳さん、そして、そのひとつ下の直人と、
教育大筑波の系統3名が揃っていた。
さて、二度目に見た「サマー42」だが、これは直人の米沢市の男の生徒だった。
上手かった。
直人に習った人は概して上手く、空間をどんどん伸びて行き、現実の壁を越えて禁断の領域に入って行く感じで、
直人の若い生徒、本田君もすごかった。
踊りは麻薬と同じだから、どんどん突き詰めていくと、本当に禁断の壁を越えてしまう。
だからそうならないように、身体で踊る傍ら、頭も使って踊りを学ぶという指導をしている。

だいたいからして、踊りを習いに行って、筆記試験を受けたなんていう経験はそうはないだろう。
しかし、私は踊りの専門書を書いている著者だから、踊りを趣味や楽しみとしてだけではなく、
学問としても捉えてもらいたいと思っている。

サマー42」はお稽古の時にたまにやるけれど、それは、この踊りを教えるためというよりは自分が踊るためだ。
この踊りは教えるタイプの踊りではない。
教えるタイプの踊りは、ルイジのこの踊り以外の踊りで、「パ」がはっきりしていて、振付がコンスタント・カウントで
数えられるものだから、「サマー42」はカウントを数えて習う踊りではないから、
踊ることで自分が感じて身につけるものなのだと思う。
 
 日付: 2011年5月15日

わたしは門です。だれでも、わたしを通ってはいるなら、救われます。また安らかに出入りし、牧草を見つけます
(ヨハネ福音書10章9節)という一節を読んで、ああ、これは、踊りを習う人に対して、ルイジから入っていきなさい
ということを言っているのだなと感じた。
 学問や芸事は正しいところから入っていかないとものにならない
私はジャズ・ダンスを学ぶにあたり、正統派から入ったことを本当に幸福に思う。

ルイジから入ったから、ロシア、アフリカン・アメリカン、ラテンそして日本人伊藤道郎を通してのドイツが見えた。
自分はこれを継承してそれらを総合させて自分のスタイルをつくったといると宣言している
ルーツがはっきりしているものを学ぶと、霧がすっきり晴れて、歴史の縦軸と地理の横軸が見えて、
自分のやっている踊りが歴史上のどの点にあるのかが理解できるから、自分を客観的に見られる。
ルイジをやっていなかったら、自分がなにをやっているのかわからず、いまだに闇の中にいただろう。
 
 日付: 2011年4302:06

マリカ先生、
タップおじさんです。
地震以来、不思議といろいろな方々と出会うことが多くなり、刺激的な毎日です。
ところで、ちょっとフレッド・アステア主演の『バンド・ワゴン』を見直しましたが。
最後の方のいわゆる「ガール・ハント・バレエ」の場面に、
紫の衣装を身に着けたバーテンダーの役で
ルイジがチョコッと出ていますね。(Hxxx Oxxxx)
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おめでとう!私は2回見たのに見つからなかった。
「ホワイトクリスマス」の劇中劇上演の場面や「パリのアメリカ人」の劇中バレエのストライプの背広で
列になってタップをしながら歩く群舞の中にルイジっぽい人がいるのですが、顔がよく確認できません。
100インチくらいの画面でコマ送りをしないと、この人だと特定できないかもしれません。
ともかく、タップおじさんの「バンドワゴン」は快挙です。
みなさんも、ルイジ確認情報ありましたら、教えて下さい。マリカ

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後日談:
見つけた、見つけた!
ルイジはシド・チェリスのななめうしろのバー・カウンターにいて、紫の衣装を着ているから
ルイジの顔を知っていればすぐにわかる。
でも、通常は、シド・チェリスの姿に釘付けになってしまうから、それ以外の人が目に入らないかも。
「バンド・ワゴン」は興行的には「巴里のアメリカ人」や「雨に歌えば」より落ちるかもしれなくても、
ダンスの歴史を考えるうえでとても大切な作品。
ここで、クラシック・バレエとスフと・シュー・ダンサーの対立があり、融合がある。
しかも、ここに登場するソフト・シュー・ダンサーは白人のアステアだ。
ソフト・シューを白人が踊るようになる前はこのジャンルの踊りは黒人の十八番だった。
西アフリカの民族舞踊だから、彼らがアメリカにもたらした。
ここらへんのことについては、詳しく書いてあるから、「今、明かされるジャズ・ダンス」をお読み下さい。

マリカ
 文責
:マリカ
ルイジやっている人たちの声               連絡先:メール