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     第九章 指揮関係

 抗日遊撃戦争の戦略問題の最後の問題は、指揮関係の問題である。この問題を正しく解決することは、遊撃戦争を順調に発展させる条件の一つである。、
 遊撃戦争の指揮方法は、遊撃部隊が低い段階の武装組織であり、分散して行動する特質をもっているというところから、正規戦争の指揮方法とおなじような高度の集中主義はゆるされない。正規戦争の指揮方法を遊撃戦争につかおうとすれば、遊撃戦争の高度の活発さをしばり、遊撃戦争を少しも生気のないものにしてしまうにちがいない。高度の集中的指揮と遊撃戦争の高度の活発さとは、まったくあい反するものである。このような高度の活発さをもった遊撃戦争には、高度の集中的な指揮制度をつかうべきでないばかりか、つかうこともできない。
 だが、遊撃戦争は、いかなる集中的指揮もせずに順調に発展できるものではない。広範な正規戦争があり、同時にまた広範な遊撃戦争があるという状況のもとでは、この両者の呼応作戦を適当におこなわせることが必要である。したがって、正規戦争と遊撃戦争との呼応作戦にたいする指揮が必要となる。これが戦略的作戦にかんする国家参謀部と戦区司令官の統一的指揮である。一つの遊撃区あるいは遊撃根拠地には、多数の遊撃隊が存在し、そのなかに、しばしば主力となっている一つないしいくつかの遊撃兵団(ときには正規の兵団もある)と、補助的な力として大小多数の遊撃部隊があり、さらに、生産をはなれない広範な人民武装組織がある。そこにいる敵もしばしば一つの局面を形づくって、統一的に遊撃戦争に対処する。したがって、このような遊撃区または根拠地内では、統一的指揮つまり集中的指揮の問題がおこる。
 したがって、遊撃戦争の指揮原則は、一方では絶対的な集中主義に反対し、他方では絶対的な分散主義に反対することで、戦略上では集中的指揮、戦役上戦闘上では分散的指揮でなければならない。
 戦略上の集中的指揮には、国家の遊撃戦争全体にたいする計画と指導、各戦区における遊撃戦争と正規戦争との呼応作戦、各遊撃区全体あるいは各根拠地全体の抗日武装組織にたいする統一的指導がふくまれる。これらの面での不協調、不統一、不集中は有害なものであり、できるかぎり協調、統一、集中をはからなければならない。一般的なことがら、つまり戦略的性質をもつことがらについては、協同行動の効果をあげるように、下級は上級に報告するとともに、上級の指導をうけなければならない。だが、集中はこの程度にとどめるべきであり、この限度をこえて下級の具体的なことがら、たとえば戦役上戦闘上の具体的な部署配置などに干渉することは、同様に有害である。なぜなら、こうした具体的なことがらは、ときによって変わり、ところによって異なるという具体的状況にもとづいておこなわなければならず、遠くはなれた上級機関では、そうした具体的状況を知るすべもないからである。これが戦役上戦闘上の分散的指揮の原則である。この原則は一般に正規戦争の作戦にも適用されるのであり、とくに通信設備の完備していない状況のもとではそうである。一口にいえば、それは、戦略的統一のもとでの独立自主の遊撃戦争である。
 遊撃根拠地が一つの軍区を構成していて、その下がいくつかの軍分区にわかれ、軍分区の下がいくつかの県にわかれ、県の下がいくつかの区にわかれる状況のもとでは、軍区司令部、軍分区司令部、県政府、区政府という系統は上下関係であって、武装部隊はその性質に応じてそれぞれに所属する。それらのあいだの指揮関係については、上述の原則にもとづいて、一般的な方針は上級に集中し、具体的行動は具体的状況に応じておこない、下級が独立自主の権限をもつ。上級が下級の一部の具体的行動について意見をもっておれば、「訓令」として出すことができるし、また出すべきであって、けっして変更することのできない「命令」として出すべきではない。地区がひろくなり、状況が複雑になり、上級と下級との距離が遠くなればなるほど、そうした具体的行動のうえでは、ますます独立自主の権限をひろげ、地方性を多くもたせ、地方の状況の要求によく合致させなければならない。そうすることによって、複雑な環境に対処し、遊撃戦争を勝利のうちに発展させることのできるというような、独立活動の能力を下級および地方要員に身につけさせるのである。もし、集中的に行動する部隊または兵団なら、状況がはっきりしているので、その内部の指揮関係には集中的指揮の原則が適用される。だが、その部隊あるいは兵団がひとたび分散的行動にはいれば、具体的な状況をはっきり知ることができないので、一般的には集中、具体的には分散という原則が適用される。
 集中すべきものを集中しなかったら、上の者は職責をはたさないということになり、下の者は勝手なふるまいをするということになる。これはどんな上級下級の関係でもゆるされないことであり、とくに軍事関係ではそうである。分散すべきものを分散しなかったら、上の者は一手代行をやるということになり、下の者は主動性がないということになる。これもまた、どんな上級下級の関係でもゆるされないことであり、とくに遊撃戦争の指揮関係ではそうである。この問題を正しく解決する方針としては、さきにのべた原則以外にない。




〔1〕 長白山は中国の東北の辺境にある山脈である。九・一八事変ののち、長白山区は中国共産党指導下の抗日遊撃根拠地となった。
〔2〕 五台山は山西、察哈爾、河北三省の省境にある山脈である。一九三七年十月、中国共産党に指導される八路軍は、五台山区を中心として山西・察哈爾・河北辺区の抗日根拠地を創設しはじめた。
〔3〕 大行山は山西、河北、平原(この首は一九五二年に撤廃され、その管轄地区はそれぞれ河北、山東、河南の三省に編入された――訳者)省の省境にある山脈である。一九三七年十一月、八路軍は太行山区を中心として山西省東南抗日根拠地を創設した。
〔4〕 泰山は山東省中部にあり、泰沂山脈の主峰の一つである。一九三七年の冬、中国共産党に指導される遊撃隊は、泰沂山区を中心として山東省中部根拠地を創設しはじめた。
〔5〕 燕山は河北省と熱河省(この省は一九五五年に撤廃され、その管轄地区はそれぞれ河北省、遼寧省および内蒙古自治区に編入された――訳者)の省境にある山脈である。一九三八年の夏、八路軍が燕山山区を中心として河北省東部抗日根拠地を創設した。
〔6〕 茅山は江蘇省南部にある。一九三八年六月、中国共産党に指導される新四軍が、茅山山区を中心として江蘇省南部抗日根拠地を創設した。
〔7〕 抗日戦争発展の経験によって、平原地帯で長期の根拠地を樹立することができ、しかもそのうちの多くは固定した根拠地になりうるということが証明された。これは、地域が広いこと、人口が多いこと、共産党の政策が正しいこと、人民の動員が普遍的におこなわれていること、敵の兵力が不足していることなどの条件によるものである。毛沢東同志は、その後、具体的な指示のなかでこの点をはっきり肯定している。
〔8〕 囲碁は、中国にひじょうに古くからある棋《き》の一種である。双方の石がたがいに包囲しあい、こちらの一石または一群の石が相手の石に囲まれると、「取られ」てしまう。だが、包囲された一群の石のなかに必要な空地(「目」)かのこされていれば、この一群の石は「取られ」ないで、なお「活き」ているのである。
〔9〕 西紀前三五三年、魏軍は趙国の首都邯鄲を包囲攻撃した。斉国の国王は田忌、孫[月+賓]に、軍をひきいて趙の救援におもむくよう命じた。孫[月+賓]は魏国の精鋭部隊が趙にあり、本国内部は手薄であるとみて、兵を率いて魏を攻めた。魏軍は自国を救うためにひきかえしてきた。斉軍は魏軍の疲れているのに乗じ、桂陵(いまの山東省[”くさかんむり”の下に”河”]沢県の東北部――訳者)で戦い、大いに魏軍をやぶったので、趙国の包囲はついに解けた。それ以後中国の軍事家は、「魏を囲んで趙を救う」ということばをつかって、これに似た戦法を説明するようになった。
訳注
@ 本題集第一巻の『党内のあやまった思想の是正について』注〔2〕、注〔3〕を参照。
A 本選集第一巻の『大衆の生活に関心をよせ、活動方法に注意せよ』注〔4〕を参照。


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