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    第二節 遊撃区と根拠地

 敵の後方で作戦する遊撃戦争にとって、遊撃区と根拠地にはちがいがある。周囲はすでに敵に占領され、なかはまだ占領されていないかあるいは占領されたがまた奪回したという地区――五台山地区(山西・察哈爾《チャーハール》・河北辺区)のいくつかの県がそれであり、大行山地区と泰山地区にもそのような状況がある――こうした地区はいずれも既成の根拠地であって、遊撃隊がそこをよりどころにして遊撃戦争をくりひろげるのにたいへん都合がよい。だが、これらの地区のその他のところ、たとえば五台山地区の東部と北部すなわち河北省西部と察哈爾省南部のある部分、および保定《パオティン》以東・滄州《ツァンチョウ》以西一帯の多くの地方は、そうではない。そこでは、遊撃戦争のはじめの時期には、まだその地方を完全には占領することができず、たびたび遊撃しにいくだけで、遊撃隊がいくと遊撃隊のものになるが、遊撃隊が去ってしまうとまたかいらい政権のものになる。このような地区はまだ遊撃戦争の根拠地ではなくて、いわゆる遊撃区である。このような遊撃区は、多数の敵の消滅または撃破、かいらい政権の粉砕、民衆の積極性の発揚、民衆の抗日団体の結成、民衆の武装組織の拡大、抗日政権の樹立などといった遊撃戦争の必要な過程をへて、根拠地に転化するのである。これらの根拠地をまえからある根拠地にくわえることを、根拠地を発展させるというのである。
 あるところの遊撃戦争は、その活動地区全体が、はじめのうち遊撃区であった。たとえば河北省東部の遊撃戦争がそうである。そこには、すでに長期にわたってかいらい政権が存在しており、その地方で蜂起した民衆武装組織と五台山から派遣された遊撃支隊は、その活動地区全体が、はじめのうち遊撃区であった。かれらが活動をはじめたときには、この地区内によい地点をえらんで臨時の後方とするほかなかった。これが臨時の根拠地ともよばれるものである。敵を消滅し、民衆を立ちあがらせる活動を展開したのちでなければ、遊撃区の状態をなくして、比較的安定した根拠地にすることはできない。
 このことからもわかるように、遊撃区から根拠地になるのは、困難な創造の過程であり、遊撃区がすでに根拠地の段階にうつったかどうかは、敵を消滅し、民衆を立ちあがらせた程度いかんによってきまる。
 多くの地区は、長期にわたって遊撃区の状態がつづくだろう。そこでは、敵は懸命にその支配につとめてはいるが、安定したかいらい政権を樹立することができず、われわれも懸命に遊撃戦争の発展につとめてはいるが、抗日政権樹立の目的をたっすることができない。たとえば、敵の占領している鉄道沿線、大都市の近郊地区、一部の平原地区がそうである。
 敵が強大な力でおさえている大都市、鉄道駅および一部の平原地帯になると、遊撃戦争は、その付近にまで近づくことができるだけで、そのなかに侵入することはできず、そこには比較的安定したかいらい政権がつくられている。これがもう一つの状況である。
 われわれの指導のあやまりかあるいは敵の強大な圧力によって、さきにのべたような状況に反対の変化がおこる、つまり根拠地が遊撃区となり、遊撃区が敵の比較的安定した占領地になることがある。このような状況のうまれる可能性があるから、遊撃戦争の指導者たちはとくに警戒する必要がある。
 したがって、敵の占領している全地区は、遊撃戦争および敵味方双方の闘争の結果、つぎの三種類の地区に変わる。第一はわが方の遊撃部隊とわが方の政権に掌握されている抗日根拠地、第二は日本帝国主義とかいらい政権に掌握されている被占領地、第三は双方で争奪しあう中間地帯、すなわち遊撃区といわれるもの。遊撃戦争の指導者の責務は、第一と第三の地区を極力拡大し、第二の地区を極力縮小することである。これが遊撃戦争の戦略的任務である。


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