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抗日遊撃戦争の戦略問題

          (一九三八年五月)

     第一章 なぜ遊撃戦争の戦略問題を提起するのか

 抗日戦争では、正規戦争が主要なもので、遊撃戦争は補助的なものである。この点については、われわれはすでに正しく解決している。それならば、遊撃戦争には戦術問題しかないのに、どうして戦略問題を提起するのか。
 もしわが国が小国であって、遊撃戦争が正規軍の戦役的作戦で近距離の直接的な呼応の役割をいくらかはたすだけであるなら、もちろん戦術問題があるだけで戦略問題などはない。また、もし中国がソ連のように強大で、敵が侵入してきてもすぐにそれを追いだすことができるか、あるいはかなり時間がかかっても占領されている地区がひろくはなく、遊撃戦争がやはり戦役的呼応の役割しかはたさないなら、もちろん戦術問題があるだけで戦略問題などはない。
 遊撃戦争の戦略問題はつぎのような状況のもとでうまれるのである。すなわち中国は小国でもなければソ連のような国でもなく、大きくて弱い国である。この大きくて弱い国が、他の小さくて強い国から攻撃をうけているが、しかし、この大きくて弱い国の方は進歩の時代にある。ここからすべての問題がうまれるのである。このような状況のもとでは、敵の占領地域は非常にひろいという現象がうまれ、戦争の長期性がうまれる。敵はわれわれのこの大国において非常にひろい地域を占領しているが、かれらの国は小国で、兵力が不足し、占領区に多くの空白地帯を残している。したがって、抗日遊撃戦争は主として、内線で正規軍の戦役的作戦に呼応するのではなく、外線で単独作戦をするのである。そのうえ中国が進歩していること、つまり共産党の指導する強固な軍隊と広範な人民大衆とが存在することによって、抗日遊撃戦争は小規模なものではなくて、大規模なものとなる。そこで、戦略的防御、戦略的進攻などという一連のものが発生する。戦争の長期性とそれにともなう残酷性によって、遊撃戦争では普通とちがったことをたくさんしなくてはならないことが規定されている。そこで根拠地の問題、運動戦へ発展する問題などもおきてくる。そこで、中国の抗日遊撃戦争は、戦術の範囲からとびだし、戦略の門をたたいて、遊撃戦争の問題を戦略的観点から考察することを要求する。とくに注意しなければならないのは、このような大規模な、また持久的な遊撃戦争は、全人類の戦争史においても、たいへん目あたらしいことがらだということである。このことは、時代が二〇世紀の三、四十年代にまですすんできているということと切りはなせないし、共産党および赤軍の存在と切りはなせないのであって、ここに問題の焦点がある。われわれの敵は、おそらくまだ元朝が宋朝を滅ぼし、清朝が明朝を滅ぼし、イギリスが北アメリカとインドを占領し、ラテン系の諸国が中南米を占領したときのような甘い夢をみているのであろう。そんな夢は、こんにちの中国ではもはや現実的な価値はない。なぜなら、こんにちの中国には、上述のような歴史にくらべていくつかのものがふえているからであり、遊撃戦争というたいへん目あたらしいものがその一つである。もしわれわれの敵がこの点をみおとすなら、ひどい目にあうにちがいない。
 これが、抗日遊撃戦争は抗日戦争全体のなかで依然として補助的な地位にあるにもかかわらず、それを戦略的観点から考察しなければならない理由である。
 では、なぜ抗日戦争の一般的戦略問題のなかのものを遊撃戦争に適用しないのか。
 抗日遊撃戦争の戦略問題は、もともと抗日戦争全体の戦略問題と緊密につながっており、多くの点で両者は一致している。だが、遊撃戦争はまた正規戦争とはちがって、それ自身の特殊性をもっているので、遊撃戦争の戦略問題は、かなり多くの特殊なものをもっており、抗日戦争の一般的戦略問題のなかのものを、けっして特殊な状況のもとにある遊撃戦争にそのまま適用してはならない。


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