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     民主制度と抗日戦争

  共産党が綱領のなかにかかげている「民主」とはどういう意味でしょうか。それは「戦時政府」と撞着《どうちゃく》しないでしょうか。
  少しも撞着しません。共産党は早くも一九三六年八月に「民主共和国」というスローガンをかかげました。このスローガンにふくまれている政治的、組織的な意味はつぎの三点です。(一)ある一つの階級の国家と政府ではなくて、民族裏切り者、売国奴を排除したすべての抗日階級の同盟による国家と政府であり、そのなかには労働者、農民、その他の小ブルジョア階級がふくまれていなければならないということです。(二)政府の組織形態は民主集中制で、それは民主的であるとともに集中的でもあり、民主と集中というこの二つの撞着しあうかのように見えるものを一定の形態に統一したものです。(三)政府は人民に必要なすべての政治的自由、とくに組織、訓練、武装自衛の自由をあたえるということです。この三つの面からみると、それはいわゆる「戦時政府」となんら撞着するものではなく、これこそ抗日戦争に有利な国家の制度、政府の制度です。
  しかし、「民主集中」はことばのうえでは矛盾したものではないでしょうか。
  ことばを見るだけでなく、実際を見なければなりません。民主と集中のあいだには、こえることのできない深いみぞはなく、中国にとっては、二つとも必要なものです。一面では、われわれの要求する政府は、真に民意を代表できる政府でなければならず、この政府はかならず全中国の広範な人民大衆から支持され擁護されなければなりませんし、人民もまたかならず自由に政府を支持することができ、政府の政策に影響をあたえる機会を十分にもたなければなりません。これが民主制の意味です。他面では、行政権力の集中化が必要です。人民の要求する政策がいったん民意機関で採択されて自分たちの選出した政府の手にわたったときには、政府がそれを執行するのですが、執行のさい、民意によって採択された方針にそむきさえしなければ、それはかならず順調に、支障なく執行できます。これが集中制の意味です。民主集中制をとらなければ、政府の力をとくに強大にすることはできず、抗日戦争中、国防的性質をもった政府は、かならずこのような民主集中制をとらなければなりません。
  それは戦時内閣の制度とは合致しないでしょう。
  それは歴史上のあるいくつかの戦時内閣制度とは合致しません。
  合致するものもあったでしょうか。
  合致するものもありました。戦時の政治制度は、だいたい二つの種類にわけることができます。一つは民主集中的なもの、もう一つは絶対集中的なもので、それは戦争の性質によってきまります。歴史上のすべての戦事は、その性質から、一つは正義の戦争、一つは不正義の戦争の二つの種類にわけることができます。たとえば二十数年まえの欧州大戦は、帝国主義的性質の不正義の戦争でした。当時、帝国主義諸国の政府は、帝国工義の利益のために戦うことを人民に強制し、人民の利益にそむきました。こうした状況のもとで必要とされるのは、イギリスのロイド・ジョージのような政府です。ロイド・ジョージは、イギリス人民に、帝国主義戦争反対というようなことばを口にすることをゆるさず、そうした民意を表明するいかなる機関や集会の存在もゆるさないといった抑圧をくわえました。たとえ国会が存続していたとしても、それはやはり命令どおり戦争予算を通過させるためのものであり、帝国主義者一味の機関であったのです。戦争のなかでの政府と人民の不一致が、民主のない集中だけの絶対集中主義の政府をうみだしたのです。しかし歴史上には、またフランスの革命戦争、ロシアの革命戦争、現在のスペインの革命戦争などのような革命的な戦争もあります。このような戦争では、人民がそうした戦争をつよくのぞんでいるので、政府は人民が戦争に賛成しないようなことを心配する必要はありません。また政府の基礎は人民の自発的意志による支持のうえにきずかれているのですから、政府は人民をおそれないばかりでなく、積極的に戦争に参加させるため、人民を立ちあがらせ、人民に意見を発表させるようみちびかなくてはなりません。中国の民族解放戦争は人民が完全に賛同しており、また戦事の遂行には人民の参加がなければ勝つこともできませんから、民主集中制が必要になるのです。中国の一九二六年から一九二七年までの北伐戦争も、民主集中制に依拠して勝利をえました。これを見てもわかるように、もし戦争の目的が直接人民の利益を代表するときには、政府が民主的であればあるほど、戦事は順調にすすめられます。こうした政府は、人民が戦争に反対しはしないかと危惧《きぐ》すべきではなくて、反対にこの政府は、人民が立ちあがらないことと、戦争に冷淡であることを心配しなければなりません。戦争の性質が政府と人民の関係を決定するということ、これは歴史の法則です。
  ではあなたがたは、どんな段どりで新しい政治制度を実現しようとしておられるのですか。
  その鍵《かぎ》は国共両党の協力にあります。
  なぜですか。
  十五年らいの中国の政局では、国共両党の関係が決定的な要因となっています。一九二四年から一九二七年までの両党の協力は、第一次革命の勝利をもたらしました。一九二七年の両党の分裂は、十年らいの不幸な局面をつくりだしました。しかし、分裂の責任はわれわれの側にあったのではなく、われわれはやむをえず国民党の抑圧に抵抗する方向に転じたのであり、われわれは中国解放の光栄ある旗じるしをまもりつづけてきたのです。いまは第三の段階にはいっており、抗日救国のために、両党は一定の綱領にもとづいて徹底的な協力をおこなわなければなりません。われわれのたえまない努力をつうじて、この協力はどうやら成立しましたが、問題は、双方が共同綱領を認め、その綱領にもとづいて行動することであります。新しい政治制度の確立がこの綱領の重要な部分です。
  両党の協力をつうじて新しい制度を確立するにはどのようにしますか。
  われわれはいま、政府機構と軍隊制度の改革を提案しています。われわれは当面の緊急事態に対処するため、臨時国民大会を招集するよう提案しています。この大会の代表は、だいたい孫中山先生の一九二四年の主張をとりいれて、各抗日政党、抗日軍隊、抗日民衆団体、抗日実業団体から一定の比率で推選されなければなりません。この大会は国家の最高権力機関としての権限をもつもので、これによって救国方針を決定し、憲法大綱を採択するとともに、政府を選出します。抗戦がすでに緊迫した転換点にたっしているので、政治を一新させ、時局の危機を救うには、権力をもち、また民意を代表できるこのような国民大会を早急に招集する以外にはないものと、われわれは考えています。この提案については、われわれは国民党と意見を交換中であり、かれらの賛同がえられることを期待しています。
  国民政府は、国民大会の招集停止を公表したではありませんか。
  その停止は正しいのです。停止したのは、国民党がまえに招集を準備していた国民大会であって、国民党の規定によると、あの大会は少しも権力をもたず、その選挙はなおさらのこと民意に全然かなっていないものです。われわれおよび各界は、あのような国民大会には賛同しません。われわれがいま提案している臨時国民大会は、さきに停止されたものとは根本的にちがったものです。臨時国民大会がひらかれれば、それによって全国はかならず面目を一新し、政府機構の改革、軍隊の改革、人民の動員にとっての必要な前提がえられます。抗戦の局面の転機は、じつにこのことにかかっているのです。


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