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     四 主要な矛盾と矛盾の主要な側面

 矛盾の特殊性という問題のなかには、とくにとりあげて分析する必要のある状況がまだ二つある。それは主要な矛盾と矛盾の主要な側面である。
 複雑な事物の発展過程には、多くの矛盾が存在しているが、そのなかではかならず一つが主要な矛盾であり、その存在と発展によって、その他の矛盾の存在と発展が規定され、あるいは影響される。
 たとえば、資本主義社会では、プロレタリア階級とブルジョア階級という二つの矛盾する力が主要な矛盾をなしており、それ以外の矛盾する力、たとえば、残存する封建階級とブルジョア階級との矛盾、小ブルジョア階級、農民とブルジョア階級との矛盾、プロレタリア階級と小ブルジョア階級、農民との矛盾、非独占ブルジョア階級と独占ブルジョア階級との矛盾、ブルジョア民主主義とブルジョア・ファシズムとの矛盾、資本主義国相互間の矛盾、帝国主義と植民地との矛盾、およびその他の矛盾はいずれも、この主要な矛盾する力によって規定され、影響される。
 半植民地国では、たとえば中国のように、その主要な矛盾と主要でない矛盾との関係が、複雑な状況を呈している。
 帝国主義がこのような国にたいして侵略戦争をおこなっているときには、このような国の内部の各階級は、一部の売国分子をのぞいて、帝国主義に反対するために、一時的に団結して民族戦争をすすめることができる。そのときには、帝国主義とこのような国とのあいだの矛盾が主要な矛盾となり、このような国の内部の各階級のあいだのあらゆる矛盾(封建制度と人民大衆とのあいだの矛盾というこの主要な矛盾をもふくめて)は、いずれも一時的には副次的な、また従属的な地位にさがる。中国では、一八四〇年のアヘン戦争、一八九四年の中日戦争、一九〇〇年の義和団戦争および現在の中日戦争に、いずれもこのような状況がみられる。
 しかし、別の状況のもとでは、矛盾の地位に変化がおこる。帝国主義が戦争によって圧迫するのではなくて、政治、経済、文化など比較的温和な形式をとって圧迫するばあいには、半植民地国の支配階級は帝国主義に投降するようになり、両者は同盟をむすんで、いっしょになって人民大衆を圧迫する。こうしたばあい、人民大衆はしばしば国内戦争の形式をとって帝国主義と封建階級の同盟に反対するが、帝国主義はしばしば、直接行動をとらずに間接的な方式で半植民地国の反動派の人民大衆への圧迫を援助する。そのため内部矛盾がとくにするどくあらわれてくる。中国の辛亥革命戦争、一九二四年から一九二七年までの革命戦争、一九二七年以後一〇年にわたる土地革命戦争には、いずれもこのような状況がみられる。また、たとえば中国の軍閥戦争のような、半植民地国のそれぞれの反動支配者集団のあいだの内戦も、こうした部類にぞくする。
 国内革命戦争が発展して、帝国主義とその手先である国内反動派の存在を根本からおびやかすようになると、帝国主義はしばしば上述の方法以外の方法をとって、その支配を維持しようとする。つまり、革命陣営の内部を分裂させたり、直接軍隊を派遣して国内反動派を援助したりする。こうしたとき、外国帝国主義と国内反動派とはまったく公然と一方の極にたち、人民大衆は他方の極にたって、主要な矛盾を形成し、これがその他の矛盾の発展状態を規定するか、あるいはそれに影響をあたえる。十月革命後、資本主義諸国がロシアの反動派をたすけたのは、武力干渉の例である。一九二七年の蒋介石《シァンチェシー》の裏切りは、革命陣営を分裂させた例である。
 しかし、いずれにしても、過程の発展のそれぞれの段階で指導的な作用をおこすのは、主要な矛盾だけである。これはまったく疑いのないところである。
 こうしたことからわかるように、どんな過程にも、もし多くの矛盾が存在しているとすれば、そのなかの一つはかならず主要なものであって、指導的な、決定的な作用をおこし、その他は副次的、従属的地位におかれる。したがって、どんな過程を研究するにも、それが二つ以上の矛盾の存在する複雑な過程であるならば、全力をあげてその主要な矛盾を見いださなければならない。この主要な矛盾をつかめば、すべての問題はたやすく解決できる。これは、マルクスが資本主義社会を研究するさいわれわれに教えている方法である。また、レーニンとスターリンが帝国主義と資本主義の全般的危機を研究するさいにも、ソ連の経済を研究するさいにも、こういう方法を教えている。ところが、何千何万という学者や実行家は、こういう方法がわからないために、五里霧中におちいり、核心がみつからず、したがって矛盾を解決する方法もみつからない。
 うえにのべたとおり、過程のなかのすべての矛盾を同等にあつかってはならず、それらを主要なものと副次的なものとの二つの種類にわけ、主要な矛盾をつかむことに重点をおかなければならない。だが、さまざまな矛盾のなかで、主要なものであろうと、あるいは副次的なものであろうと、矛盾する二つの側面は、また同等にあつかってよいだろうか。やはりいけない。どんな矛盾であろうと、矛盾の諸側面は、その発展が不平衡である。あるばあいには、力が伯仲しているかのようにみえるが、それは一時的な相対的なものにすぎず、基本的な状態は不平衡である。矛盾する二つの側面のうち、かならずその一方が主要な側面で、他方が副次的な側面である。その主要な側面とは、矛盾のなかで主導的な作用をおこす側面のことである。事物の性質は、主として支配的地位をしめる矛盾の主要な側面によって規定される。
 しかし、このような状況は固定したものではなく、矛盾の主要な側面と主要でない側面とはたがいに転化しあい、事物の性質もそれにつれて変化する。矛盾の発展する一定の過程あるいは一定の段階では、主要な側面がAの側にあり、主要でない側面がBの側にあるが、別の発展段階あるいは別の発展過程にうつると、その位置はいれかわる。これは、事物の発展のなかで矛盾する両側面の闘争している力の増減の度合いによって決定される。
 われわれは「新陳代謝」ということばをよく口にする。新陳代謝は宇宙における普遍的な、永遠にさからうことのできない法則である。事物自身の性質と条件によって、異なった飛躍の形式をつうじて、ある事物が他の事物に転化するのが新陳代謝の過程である。どんな事物の内部にも新旧両側面の矛盾があって、一連の曲折した闘争が形づくられている。闘争の結果、新しい側面は小から大に変わって支配的なものに上昇し、ふるい側面は大から小に変わってしだいに滅亡していくものになってしまう。新しい側面がふるい側面にたいして支配的地位をうると、すぐ、ふるい事物の性質は新しい事物の性質に変わる。このことからわかるように、事物の性質は主として支配的地位をしめている矛盾の主要な側面によって規定される。支配的地位をしめている矛盾の主要な側面が変化すれば、事物の性質もそれにつれて変化する。
 資本主義社会では、資本主義がふるい、封建主義社会の時代におかれていた従属的地位から、すでに支配的地位をしめる勢力に転化しており、社会の性質もまた、封建主義的なものから資本主義的なものに変わっている。新しい、資本主義社会の時代には、封建的勢力はそれまで支配的地位におかれていた勢力から従属的勢力に転化し、そしてしだいに消滅していく。たとえば、イギリス、フランスなどの諸国ではそうであった。生産力の発展にともなって、ブルジョア階級は新しい、進歩的な役割をはたした階級から、ふるい、反動的な役割をはたす階級に転化し、最後にはプロレタリア階級にうちたおされて、私有の生産手段を収奪され、権力をうしなった階級に転化する。こうして、この階級もまた、しだいに消滅していくのである。人数のうえではブルジョア階級よりはるかに多く、しかも、ブルジョア階級と同時に生長しながら、ブルジョア階級に支配されているプロレタリア階級は、一つの新しい勢力であって、ブルジョア階級に従属していた初期の地位から、しだいに強大になって、独立した、歴史上主導的な役割をはたす階級となり、最後には権力をうばいとって支配階級になる。このとき、社会の性質は、ふるい、資本主義の社会から、新しい、社会主義の社会に転化する。これはソ連がすでにとおってきた道であり、他のすべての国もかならずとおる道である。
 中国の状況についていえば、帝国主義は、半植民地を形成しているという矛盾の主要な地位にたって、中国人民を抑圧しており、中国は独立国から半植民地に変わっている。だが、ものごとはかならず変化する。双方がたたかっている情勢のなかで、プロレタリア階級の指導のもとに生長してきた中国人民の力は、かならず中国を半植民地から独立国に変え、帝国主義はうちたおされ、ふるい中国はかならず新しい中国に変わる。
 ふるい中国が新しい中国に変わるということのなかには、さらに国内のふるい封建勢力と新しい人民勢力とのあいだの状況の変化ということがふくまれている。ふるい封建的地主階級は、うちたおされ、支配者から被支配者に変わり、この階級もまたしだいに消滅していく。そして人民はプロレタリア階級の指導のもとで、被支配者から支配者に変わる。このとき、中国の社会の性質には変化がおこり、ふるい、半植民地的半封建的な社会から、新しい、民主的な社会に変わる。
 このような相互転化は、過去にも経験がある。中国を三〇〇年近く支配してきた清朝帝国は、辛亥革命の時期にうちたおされ、一方、孫中山の指導していた革命同盟会Cが一度は勝利をおさめた。一九二四年から一九二七年までの革命戦争では、共産党と国民党との連合による南方革命勢力が弱小なものから強大なものに変わって、北伐の勝利をおさめ、一方、一時権勢をほこった北洋軍閥はうちたおされた。一九二七年には、共産党の指導する人民の力は、国民党反動勢力の打撃をうけて小さくなったが、自己の内部の日和見主義を一掃することによって、またしだいに強大になってきた。共産党の指導する革命根拠地のなかでは、農民は被支配者から支配者に転化し、地主はそれとは逆の転化をとげた。世界では、いつもこのように、新陳代謝がおこなわれ、古い制度が廃されて新しい制度がうちたてられ、古い文化が淘汰されて新しいものをうみだすというように、新しいものが古いものにとって代わるのである。
 革命闘争においては、困難な条件の方が順調な条件より大きいときがあり、そのようなときには、困難の方が矛盾の主要な側面で、順調の方が副次的な側面である。しかし、革命党員の努力によって、困難がしだいに克服され、順調な新しい局面がきりひらかれるので、困難な局面は順調な局面におきかえられる。一九二七年の中国革命失敗後の状況や、長征中の中国赤軍の状況などはみなそうである。現在の中日戦争でも、中国はまた困難な地位におかれているが、われわれはこのような状況をあらため、中日双方の状況に根本的な変化をおこさせることができる。逆の状況のもとでは、もし革命党員があやまりをおかせば、順調も困難に転化する。一九二四年から一九二七年までの革命の勝利は失敗に変わってしまった。一九二七年以後南方各省につくられてきた革命の根拠地も、一九三四年になると、みな失敗してしまった。
 学問を研究するばあい、無知から知への矛盾もまたそうである。われわれがマルクス主義を研究しはじめたときは、マルクス主義にたいして無知であるか、あるいはあまり知らないという状況と、マルクス主義の知識とは、たがいに矛盾しあっている。しかし、学習にはげむことによって、無知は有知に転化し、あまり知らないという状態は非常によく知っているという状態に転化し、マルクス主義にたいする盲目的状態はマルクス主義を自由に運用できる状態に変わる。
 ある人は、一部の矛盾はそうではないと考えている。たとえば、生産力と生産関係との矛盾では生産力が主要なものであり、理論と実践との矛盾では実践が主要なものであり、経済的土台と上部構造との矛盾では経済的土台が主要なものであって、それらの地位は、たがいに転化しあうものではないと考えている。これは弁証法的唯物論の見解ではなくて、機械的唯物論の見解である。たしかに、生産力、実践、経済的土台は、一般的には主要な決定的な作用をするものとしてあらわれるのであって、この点をみとめないものは唯物論者ではない。しかし、生産関係、理論、上部構造といったこれらの側面も、一定の条件のもとでは、逆に、主要な決定的な作用をするものとしてあらわれるのであって、この点もまたみとめなければならない。生産関係を変えなければ、生産力が発展できないというばあい、生産関係を変えることが、主要な決定的な作用をおこす。レーニンがいったように「革命の理論がなければ、革命の運動もありえない」〔15〕というばあいには、革命の理論の創造と提唱とが主要な決定的な作用をおこすのである。ある事(どんな事でもおなじであるが)をするにあたって、まだ方針、方法、計画あるいは政策をもたないばあいには、方針、方法、計画あるいは政策を確定することが主要な決定的なものとなる。政治や文化などの上部構造が経済的土台の発展をさまたげているばあいには、政治や文化の革新が主要な決定的なものとなる。われわれがこのようにいうのは唯物論にそむくだろうか。そむかない。なぜなら、われわれは、歴史の発展ぜんたいのなかでは、物質的なものが精神的なものを決定し、社会的存在が社会的意識を決定することをみとめるが、同時に、精神的なものの反作用、社会的意識の社会的存在にたいする反作用、上部構造の経済的土台にたいする反作用もみとめるし、またみとめなければならないからである。このことは唯物論にそむくことではなく、これこそ機械的唯物論におちいらず、弁証法的唯物論を堅持するものである。
 矛盾の特殊性の問題を研究するにあたって、もし、過程における主要な矛盾と主要でない矛盾、および矛盾の主要な側面と主要でない側面という、二つの状況を研究しないならば、つまり、矛盾のこの二つの状況の差異性を研究しないならば、抽象的な研究におちいり、矛盾の状況を具体的に理解することはできず、したがって、矛盾を解決する正しい方法を見いだすこともできない。矛盾のこの二つの状況の差異性あるいは特殊性というのは、矛盾する力の不平衡性である。世界には絶対的に平衡に発展するものはなく、われわれは平衡論あるいは均衡論に反対しなければならない。同時に、矛盾のこうした具体的な状態、および発展過程における矛盾の主要な側面と主要でない側面との変化こそ、新しい事物がふるい事物にとってかわる力をあらわしている。矛盾のさまざまな不平衝な状況についての研究、主要な矛盾と主要でない矛盾、矛盾の主要な側面と主要でない側面についての研究は、革命政党が政治上軍事上の戦略戦術方針を正しく決定する重要な方法の一つであって、すべての共産党員が気をくばらなければならないところである。


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