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     三 矛盾の特殊性

 矛盾はあらゆる事物の発展の過程に存在しており、矛盾は一つ一つの事物の発展過程を始めから終わりまでつらぬいている。これが矛盾の普遍性と絶対性で、これについては、すでに前にのべた。これから矛盾の特殊性と相対性についてのべよう。
 この問題は、いくつかの状況をつうじて研究しなければならない。
 まず、物質のさまざまな運動形態のなかの矛盾は、いずれも特殊性をもっている。人間が物質を認識するというのは、物質の運動形態を認識するのである。なぜなら、世界には運動する物質のほかになにものもなく、物質の運動はかならず一定の形態をとるからである。物質の一つ一つの運動形態については、それとその他のさまざまな運動形態との共通点に注意しなければならない。しかし、とくに重要なことで、われわれが事物を認識する基礎となるものは、その特殊点に注意しなければならないということ、つまり、それとその他の運動形態との質的なちがいに注意しなければならないということである。この点に注意してはじめて、事物を区別することができるようになる。いかなる運動形態にも、その内部にそれ自身の特殊な矛盾がふくまれている。この特殊な矛盾が、ある事物を他の事物から区別する特殊な本質を構成している。これが、世界のさまざまな事物が千差万別であることの内在的な原因であり、根拠といわれるものでもある。自然界には、たくさんの運動形態が存在しており、機械的運動、音、光、熱、電流、分解、化合など、みなそれである。これらの物質の運動形態は、みなたがいに依存しあい、また本質的にたがいに区別しあっている。物質のそれぞれの運動形態がもっている特殊な本質は、その運動形態自身の特殊な矛盾によって規定される。このような状況は、自然界のなかに存在しているばかりでなく、社会現象および思想現象のなかにも、おなじように存在している。一つ一つの社会形態と思想形態は、みなその特殊な矛盾と特殊な本質をもっている。
 科学研究の区分は、科学の対象がもっている特殊な矛盾性にもとづいている。したがって、ある現象の領域に特有なある矛盾についての研究が、その部門の科学の対象を構成する。たとえば、数学における正数と負数、力学における作用と反作用、物理学における陰電気と陽電気、化学における分解と化合、社会科学における生産力と生産関係、階級と階級との相互闘争、軍事学における攻撃と防御、哲学における観念論と唯物論、形而上学と弁証法など、みな特殊な矛盾と特殊な本質をもっているからこそ、異なった科学研究の対象を構成しているのである。もちろん、矛盾の普遍性を認識しなければ、事物が運動し発展する普遍的な原因、つまり普遍的な根拠を発見するすべもなくなる。しかし、矛盾の特殊性を研究しなければ、ある事物が他の事物と異なる特殊な本質を確定するすべもなく、事物が運動し発展する特殊な原因、つまり特殊な根拠を発見するすべもなく、また、事物を識別し、科学研究の領域を区分するすべもない。
 人類の認識運動の順序についていうと、それはつねに、個々の、また特殊の事物の認識から、しだいに一般的な事物の認識へと拡大していくものである。人びとは、つねに、まず多くの異なった事物の特殊な本質を認識し、そののちはじめてさらに一歩すすんで概括作業をおこない、さまざまな事物の共通の本質を認識することができるのである。すでにこの共通の本質を認識したならば、この共通の認識を手びきとして、ひきつづき、まだ研究されたことのない、あるいはまだふかく研究されたことのない、さまざまな具体的な事物にたいする研究をすすめ、その特殊な本質をさがしだす。そうしてはじめて、この共通の本質の認識がひからびた、硬直したものにならないように、この共通の本質の認識を補足し、豊富にし、発展させることができるのである。これは、一つは特殊から一般へ、一つは一般から特殊へという、認識の二つの過程である。人類の認識は、つねにこのように循環し、往復しながらすすむのであって、その一循環ごとに(厳格に科学的方法にしたがうかぎり)人類の認識を一歩高め、たえずふかめていくことができる。われわれの教条主義者たちの、この問題についてのあやまりは、すなわち、一方では、矛盾の普遍性を十分認識し、さまざまな事物の共通の本質を十分に認識するには、矛盾の特殊性を研究し、それぞれの事物の特殊な本質を認識しなければならないということがわかっていないこと、他方では、われわれが事物の共通の本質を認識したあとでも、まだふかく研究されていないか、あるいは新しくあらわれてきた具体的な事物について、ひきつづき研究しなければならないということがわかっていないことにある。われわれの教条主義者たちはなまけものである。かれらは具体的な事物について、骨のおれるどんな研究活動もこばみ、真理一般がなんのよりどころもなくあらわれてくるものとみなし、それをとらえることのできない純抽象的な公式にしてしまい、人類が真理を認識するというこの正常な順序を完全に否定し、しかもそれを転倒するのである。かれらはまた、特殊から一般へそして一般から特殊へという、人類の認識の二つの過程の相互の結びつきがわからず、マルクス主義の認識論がまったくわからないのである。
 物質の一つ一つの大きな体系としての運動形態がもつ特殊な矛盾性と、それによって規定される本質を研究しなければならないばかりでなく、物質の一つ一つの運動形態の、長い発展の途上での一つ一つの過程の特殊な矛盾とその本質をも研究しなければならない。あらゆる運動形態の、憶測でなくて実在する一つ一つの発展過程は、すべて質を異にしている。われわれの研究活動はこの点に力をいれ、またこの点からはじめなければならない。
 質の異なる矛盾は、質の異なる方法でしか解決できない。たとえば、プロレタリア階級とブルジョア階級との矛盾は社会主義革命の方法によって解決され、人民大衆と封建制度との矛盾は民主主義革命の方法によって解決され、植民地と帝国主義との矛盾は民族革命戦争の方法によって解決され、社会主義社会における労働者階級と農民階級との矛盾は農業の集団化と農業の機械化の方法によって解決され、共産党内の矛盾は批判と自己批判の方法によって解決され、社会と自然との矛盾は生産力を発展させる方法によって解決される。過程が変化し、ふるい過程とふるい矛盾がなくなり、新しい過程と新しい矛盾がうまれ、それによって、矛盾を解決する方法もまたちがってくる。ロシアの二月革命と十月革命とでは、解決された矛盾およびその矛盾の解決にもちいられた方法が根本的に異なっていた。異なる方法によって異なる矛盾を解決すること、これはマルクス・レーニン主義者の厳格にまもらなければならない原則である。教条主義者はこの原則をまもらない。かれらは、さまざまな革命の状況のちがいを理解せず、したがって、異なる方法によって異なる矛盾を解決しなければならないということも理解しないで、動かすことのできないものとおもいこんでいるある公式を千篇《せんぺん》一律に、どこにでもむりやりあてはめるだけである。これでは、革命を失敗させるか、もともとうまくいくことをめちゃくちゃにするばかりである。
 事物の発展過程における矛盾がその全体のうえで、相互の結びつきのうえでもっている特殊性をあばきだすには、つまり、事物の発展過程の本質をあばきだすには、過程における矛盾の、それぞれの側面の特殊性をあばきださなければならない。そうしなければ、過程の本質はあばきだせない。この点もまた、われわれが研究活動をするにあたって十分注意しなければならないことである。
 大きな事物には、その発展過程に多くの矛盾がふくまれている。たとえば,中国のブルジョア民主主義革命の過程には、中国社会の被抑圧諸階級と帝国主義との矛盾があり、人民大衆と封建制度との矛盾があり、プロレタリア階級とブルジョア階級との矛盾があり、農民および都市小ブルジョア階級とブルジョア階級との矛盾があり、それぞれの反動的支配者集団のあいだの矛盾があるなど、その状況は非常に複雑である。これらの矛盾にはそれぞれ特殊性があって、これを一律にみてはならないばかりでなく、一つ一つの矛盾の二つの側面にもそれぞれ特徴があるので、これも一律にみてはならない。われわれ中国革命にたずさわるものは、それぞれの矛盾の全体のうえで、すなわち矛盾の相互の結びつきのうえでその特殊性を理解しなければならないばかりでなく、矛盾のそれぞれの側面から研究していくことによってはじめて、その全体を理解することができる。矛盾のそれぞれの側面を理解するということは、その一つ一つの側面がどんな特定の地位をしめているか、それぞれどんな具体的なかたちで相手かたとたがいに依存しあいながらたがいに矛盾しあう関係をもつか、また、たがいに依存しあいながらたがいに矛盾しあうなかで、そして依存がやぶれたのちに、それぞれどんな具体的な方法で相手かたと闘争するかを理解することである。これらの問題の研究はきわめて重要なことである。レーニンが、マルクス主義のもっとも本質的なもの、マルクス主義の生きた魂は、具体的状況にたいする具体的分析にある〔10〕、といっているのはつまりこういう意味である。われわれの教条主義者たちは、レーニンの指示にそむいて、どんな事物についてもこれまで頭をつかって具体的に分析したことはなく、文章を書いたり演説をしたりすると、いつも中味のない紋切り型のものになってしまい、わが党内に非常にわるい作風をつくりだした。
 問題を研究するには、主観性、一面性および表面性をおびることは禁物である。主観性とは、問題を客観的に見ることを知らないこと、つまり唯物論的観点から問題を見ることを知らないことである。この点については、わたしはすでに『実践論』のなかでのべた。一面性とは、問題を全面的に見ることを知らないことである。たとえば、中国の方について知っているだけで日本の方を知らない、共産党の方について知っているだけで国民党の方を知らない、プロレタリア階級の方について知っているだけでブルジョア階級の方を知らない、農民の方について知っているだけで地主の方を知らない、順調な状況の方について知っているだけで困難な状況の方を知らない、過去の方について知っているだけで将来の方を知らない、個体の方について知っているだけで全体の方を知らない、欠点の方について知っているだけで成果の方を知らない、原告の方について知っているだけで被告の方を知らない、革命の秘密活動の方について知っているだけで革命の公然活動の方を知らない、といったことなどである。一口にいえば、矛盾の各側面の特徴を知らないのである。こういうのを、問題を一面的に見るというのである。あるいは、局部だけを見て全体を見ない、木だけを見て森を見ないともいう。これでは、矛盾を解決する方法を見いだすことはできず、革命の任務を達成することはできず、うけもった仕事をりっぱにやりとげることはできず、党内の思想闘争を正しく発展させることはできない。孫子は軍事を論じて、「かれを知り、おのれを知れば、百戦あやうからず」〔11〕といっている。かれは戦争をする双方についていっているのである。唐代の人、魏徴は「兼《あわ》せ聴けば明るく、偏《かたよ》り信ずれば暗し」〔12〕といっているが、やはり一面性はまちがいであることがわかっていたのである。ところが、われわれの同志は、問題をみるばあい、とかく一面性をおびがちであるが、こういう人はしばしば痛い目にあう。『水滸《すいこ》伝』では、宋江が三回祝家荘《チュチャチョワン》を攻撃する〔13〕が、はじめの2回は状況がわからず、やり方もまちがっていたので敗北した。そののち、やり方をかえて、状況の調査からはじめた。そこで迷路に明るくなり、李家荘《リーチャチョワン》、扈家荘《ホーチャチョワン》と祝家荘との同盟をきりくずし、また敵の陣営内に伏兵をはいりこませ、外国の物語にでてくる木馬の計に似た方法をとって、三回目の戦いに勝利した。『水滸伝』には、唯物弁証法の事例がたくさんあるが、この3回の祝家荘攻撃は、そのなかで、もっともよい例だといえる。レーニンはいっている。「対象をほんとうに知るためには、そのすべての側面、すべての連関と『媒介』を把握《はあく》し、研究しなければならない。われわれは、けっして完全にそこまでたっすることはないだろうが、全面性を要求することは、われわれをあやまりや硬直に陥らないよう用心させてくれる。」〔14〕われわれは、このことばを銘記しなければならない。表面性とは、矛盾の全体も矛盾のそれぞれの側面の特徴もみず、事物に深くはいって矛盾の特徴をこまかく研究する必要を否定し、ただ遠くからながめて、矛盾のちょっとした姿を大ざっぱにみただけで、すぐ矛盾の解決(問題の解答、紛争の解決、仕事の処理、戦争の指揮にとりかかろうとすることである。こんなやり方では、まちがいをしでかさないはずがない。中国の教条主義者や経験主義者があやまりをおかしたのは、事物を見る方法が主観的であり、一面的であり、表面的だったからである。一面性も表面性も主観性である。なぜなら、すべての客観的事物はもともとたがいに連係しあったもの、内部法則をもったものであるのに、人びとがこの状況をありのままに反映しないで、ただ一面的に、あるいは表面的にそれらを見る、つまり事物の相互連係を認識せず、事物の内部法則を認識していないからである。したがって、このような方法は主観主義的である。
 われわれは、事物の発展の全過程における矛盾の運動にたいして、その相互の結びつきとそれぞれの側面の状況において、その特徴に注意しなければならないばかりでなく、過程の発展のそれぞれの段階にもやはりその特徴があり、それにも注意しなければならない。
 事物の発展過程における根本的矛盾と、この根本的矛盾によって規定される過程の本質は、その過程が完了するときでなければ消滅しない。しかし、事物の発展する長い過程のなかのそれぞれの発展段階は、その状況がたがいにちがうことがよくある。これは事物の発展過程における根本的矛盾の性質と過程の本質には変化がなくても、長い過程でのそれぞれの発展段階で、根本的矛盾がしだいに激化する形式をとるからである。しかも、根本的矛盾によって規定されるか、あるいは影響される大小さまざまな多くの矛盾のうち、一部のものは激化し、一部のものは一時的にあるいは局部的に解決されたり緩和したりし、さらに一部のものは発生するので、過程に段階性があらわれるのである。もし、人びとが事物の発展過程のなかの段階性に注意しないとしたら、事物の矛盾を適切に処理することはできない。
 たとえば、自由競争時代の資本主義は発展して帝国主義となるが、このときにも、プロレタリア階級とブルジョア階級という根本的に矛盾する二つの階級の性質およびこの社会の資本主義的本質は変化していない。だが、二つの階級の矛盾が激化し、独占資本と非独占資本とのあいだの矛盾が発生し、宗主国と植民地との矛盾が激化し、資本主義諸国間の矛盾、すなわち各国の発展の不均等状態によってひきおこされた矛盾がとくにするどくなってきたので、資本主義の特殊な段階、すなわち帝国主義の段階が形成されたのである。レーニン主義が帝国主義とプロレタリア革命の時代のマルクス主義となったのは、レーニンとスターリンが、これらの矛盾を正しく解明するとともに、これらの矛盾を解決するためのプロレタリア革命の理論と戦術を正しくつくりだしたからである。
 辛亥《シンハイ》革命@からはじまった中国のブルジョア民主主義革命の過程の状況について見ても、いくつかの特殊な段階がある。とくに、ブルジョア階級が指導した時期の革命とプロレタリア階級が指導する時期の革命とは、大きなちがいのある二つの歴史的段階として区別される。すなわち、プロレタリア階級の指導によって、革命の様相が根本的に変わり、階級関係の新しい配置、農民革命の大きなもりあがり、反帝国主義、反封建主義革命の徹底性、民主主義革命から社会主義革命への転化の可能性などがでてきた。これらすべては、ブルジョア階級が革命を指導していた時期には、あらわれることのできなかったものである。過程全体をつらぬく根本的矛盾の性質、すなわち、過程の反帝・反封建の民主主義革命という性質(その反面は半植民地的、半封建的な性質)には、変化がないにもかかわらず、この長い時間のあいだには、辛亥革命の失敗と北洋軍閥Aの支配、第1次民族統一戦線の樹立と一九二四年から一九二七年までの革命、統一戦線の分裂とブルジョア階級の反革命への転移、新しい軍閥の戦争、土地革命戦争、第二次民族統一戦線の樹立と抗日戦争などの大きなできごとを経過し、この二〇余年のあいだにいくつかの発展段階を経過した。それらの段階には、一部の矛盾の激化(たとえば土地革命戦争と日本帝国主義の東北四省への侵略)、一部の矛盾の部分的あるいは一時的な解決(たとえば、北洋軍閥が消滅されたこととか、われわれが地主の土地を没収したこととか)、一部の矛盾のあらたな発生(たとえば、新しい軍閥のあいだのあらそいとか、南方の各地の革命根拠地がうしなわれたのち、地主がふたたび土地をとりかえしたこととか)などの特殊な状況がふくまれている。
 事物の発展過程の、それぞれの発展段階における矛盾の特殊性を研究するには、その結びつきのうえで、その全体のうえでそれを見なければならないばかりでなく、それぞれの段階における矛盾のそれぞれの側面からも見なければならない。
 国民党と共産党の両党に例をとろう。国民党の側についていうと、第一次統一戦線の時期には、連ソ、連共、労農援助という孫中山《スンチョンシャン》の三大政策を実行したので、それは革命的で生気にあふれ、諸階級の民主主義革命の同盟体であった。一九二七年以後、国民党はこれと正反対の側に変わり、地主と大ブルジョア階級の反動的集団になった。一九三六年一二月の西安《シーアン》事変以後は、また、内戦を停止し共産党と連合してともに日本帝国主義に反対するという側に転じはじめた。これが三つの段階における国民党の特徴である。これらの特徴が形成されたのには、もちろんさまざまな原因がある。中国共産党の側についていえば、第一次統一戦線の時期には幼年の党であったが、一九二四年から一九二七年までの革命を勇敢に指導した。しかし、革命の性質、任務、方法についての認識の面では、その幼稚さがあらわれ、そのため、この革命の後期に発生した陳独秀《チェントウシウ》主義Bが作用をおこし、この革命を失敗させてしまった。一九二七年以後、中国共産党はまた、土地革命戦争を勇敢に指導し、革命の軍隊と革命の根拠地をつくりあげた。しかし、また冒険主義のあやまりをおかして、軍隊と根拠地に大きな損失をこうむらせた。一九三五年以後は、ふたたび、冒険主義のあやまりを是正して、新しい、抗日の統一戦線を指導するようになり、この偉大な闘争はいま発展しつつある。この段階では、共産党は二回の革命の試練をへた、豊富な経験をもった党となっている。これらが三つの段階における中国共産党の特徴である。これらの特徴が形成されたのには、やはりさまざまな原因がある。両党のこれらの特徴を研究しなければ、それぞれの発展段階での国共両党の特殊な相互関係、すなわち統一戦線の樹立、統一戦線の分裂および統一戦線の再樹立を理解することはできない。そして、両党のさまざまな特徴を研究するためにより根本的なことは、この両党の階級的基礎と、それによってそれぞれの時期に形成された、両党と他の方面とのあいだの矛盾の対立とを研究しなければならないということである。たとえば、国民党が共産党と一回目に連合した時期には、国民党は、一方では外国帝国主義とのあいだに矛盾があったので、帝国主義には反対したが、他方では国内の人民大衆とのあいだに矛盾があったので、口先では勤労人民に多くの利益をあたえると約束しながら、実際には、ごくわずかの利益しかあたえなかったか、ぜんぜんなにもあたえなかった。そして、反共戦争をすすめた時期には、帝国主義、封建主義と協力して人民大衆に反対し、人民大衆が革命のなかでたたかいとったすべての利益をいっさいがっさい奪いとり、人民大衆とのあいだの矛盾を激化させた。現在の抗日の時期には、国民党は、日本帝国主義とのあいだに矛盾があるので、一方では共産党と連合する必要にせまられているが、同時に共産党や国内の人民大衆にたいしては闘争と圧迫をゆるめていない。ところが共産党は、どんな時期にも、つねに人民大衆といっしょになって、帝国主義と封建主義に反対してきた。だが、現在の抗日の時期には、国民党が抗日を表明しているので、共産党は、国民党および国内の封建勢力にたいする政策を緩和した。これらの状況から、両党の連合あるいは両党の闘争が形成されたのであるが、たとえ両党が連合している時期でも、連合もし闘争もするという複雑な状況が存在するのである。もしわれわれが矛盾のこれらの側面の特徴を研究しないならば、われわれは、この両党がそれぞれその他の方面とのあいだにもっている関係を理解できないばかりか、両党のあいだの相互の関係も理解できない。
 こうした点からみて、どんな矛盾の特性を研究するにも、つまり物質のそれぞれの運動形態がもつ矛盾、それぞれの運動形態がそれぞれの発展過程でもつ矛盾、それぞれの発展過程でもつ矛盾のそれぞれの側面、それぞれの発展過程がそれぞれの発展段階でもつ矛盾、およびそれぞれの発展段階の矛盾のそれぞれの側面など、これらすべての矛盾の特性を研究するには、主観的任意性をおびてはならず、それらにたいして、具体的な分析をしなければならない。具体的な分析をはなれては、どんな矛盾の特性も認識できない。われわれはつねに、具体的な事物について具体的な分析をせよというレーニンのことばを銘記しておかなければならない。
 このような具体的な分析については、マルクス、エンゲルスが最初にわれわれにりっぱな手本をしめしてくれた。
 マルクス、エンゲルスは、事物の矛盾の法則を社会の歴史的過程の研究に応用したとき、生産力と生産関係とのあいだの矛盾を見いだし、搾取階級と被搾取階級とのあいだの矛盾、およびこれらの矛盾によってうまれる経済的土台と政治、思想などの上部構造とのあいだの矛盾を見いだし、そしてこれらの矛盾が、それぞれ異なった階級社会で、どのように不可避的に、それぞれ異なった社会革命をひきおこすかを見いだした。
 マルクスは、この法則を資本主義社会の経済構造の研究に応用したとき、この社会の基本的矛盾が生産の社会性と占有の個人性のあいだの矛盾であることを見いだした。この矛盾はそれぞれの企業における生産の組織性と、社会全体における生産の無組織性とのあいだの矛盾としてあらわれる。この矛盾の階級的なあらわれがブルジョア階級とプロレタリア階級のあいだの矛盾である。
 事物の範囲はきわめて広く、その発展は無限であるから、あるばあいには普遍性であったものが、他のばあいには特殊性に変わる。それとは逆に、あるばあいには特殊性であったものが、他のばあいには普遍性に変わる。資本主義制度にふくまれる生産の社会化と生産手段の私的所有制との矛盾は、資本主義が存在しまたは発展しているすべての国に共通するものであって、これは資本主義にとっては、矛盾の普遍性である。しかし、資本主義のこの矛盾は、階級社会一般が一定の歴史的段階に発展したときのものであって、階級社会一般での生産力と生産関係との矛盾からいえば、これは矛盾の特殊性である。しかし、マルクスが資本主義社会のこれらすべての矛盾の特殊性を解剖した結果、階級社会一般における生産力と生産関係との矛盾の普遍性は、よりいっそう、より十分に、より完全に、あきらかにされた。
 特殊な事物は普遍的な事物と結びついているので、また、一つ一つの事物の内部には矛盾の特殊性ばかりか、矛盾の普遍性もふくまれており、普遍性は特殊性のなかにこそ存在しているので、われわれが一定の事物を研究するばあいには、この二つの側面、およびその相互の結びつきを発見し、ある事物の内部にある特殊性と普遍性という二つの側面、およびその相互の結びつきを発見し、ある事物とそれ以外の多くの事物との相互の結びつきを発見しなければならない。スターリンはその名著『レーニン主義の基礎について』のなかで、レーニン主義の歴史的根源を説明するにあたって、レーニン主義のうまれた国際的環境を分析し、帝国主義という条件のもとですでに極点にまで発展した資本主義の諸矛盾と、これらの諸矛盾によってプロレタリア革命が直接的実践の課題になり、資本主義に直接突撃をくわえるよい条件がつくりだされたこととを分析している。そればかりでなく、かれはさらに、どうしてロシアがレーニン主義の発祥地になったかを分析し、帝政ロシアがその当時帝国主義のあらゆる矛盾の集中点となり、またロシアのプロレタリア階級が世界の革命的プロレタリア階級の前衛となることができた原因を分析した。このように、スターリンは帝国主義の矛盾の普遍性を分析して、レーニン主義が帝国主義とプロレタリア革命の時代のマルクス主義であることを解明し、また帝政ロシアの帝国主義がこの一般的な矛盾のなかでもっていた特殊性を分析して、ロシアがプロレタリア革命の理論と戦術の誕生地となったこと、そして、この特殊性のなかに矛盾の普遍性がふくまれていることを解明している。スターリンのこの分析は、われわれに、矛盾の特殊性と普遍性、およびその相互の結びつきを認識する手本をしめしている。
 マルクスとエンゲルス、おなじくレーニンとスターリンは、弁証法を客観的現象の研究に応用するばあい、主観的任意性をいささかもおびてはならず、かならず客観的な実際の運動にふくまれている具体的な条件から、これらの現象のなかの具体的な矛盾、矛盾のそれぞれの側面の具体的な地位および矛盾の具体的な相互関係を見いださなければならないことを、いつも教えている。われわれの教条主義者たちは、このような研究態度がないので、正しいことは何一つやれなかった。われわれは教条主義の失敗をいましめとして、このような研究態度を身につけなければならない。これ以外にはどんな研究方法もないのである。
 矛盾の普遍性と矛盾の特殊性との関係は、矛盾の通性と個性との関係である。通性とは、矛盾があらゆる過程に存在するとともに、あらゆる過程を始めから終わりまでつらぬいているということであり、矛盾とは、運動であり、事物であり、過程であり、また思想でもある。事物の矛盾を否定することは、すべてを否定することである。これは共通の道理であって、古今東西をつうじて例外はない。したがって、それは通性であり、絶対性である。しかしながら、この通性はあらゆる個性のなかにふくまれており、個性がなければ通性はない。あらゆる個性をとりさったら、通性などあるだろうか。矛盾はそれぞれ特殊であるから、個性がうまれるのである。すべての個性は条件的、一時的に存在するものであり、したがって相対的である。
 この通性と個性、絶対と相対との道理は、事物の矛盾の問題の真髄であって、これを理解しなかったら、弁証法を捨てたにひとしい。


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