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実践論

   認識と実践の関係――知と行の関係について

          (一九三七年七月)

 マルクス以前の唯物論は、人間の社会性からはなれ、人間の歴史的発展からはなれて、認識の問題を考察したので、社会的実践にたいする認識の依存関係、すなわち生産および階級闘争にたいする認識の依存関係を理解できなかった。
 まず第一に、マルクス主義者は、人類の生産活動がもっとも基本的な実践活動であり、他のすべての活動を決定するものであると考える。人間の認識は、主として物質の生産活動に依存して、しだいに自然界の現象、自然界の性質、自然界の法則性、人間と自然界との関係を理解するようになる。しかも、生産活動をつうじて、人と人との一定の相互関係をもしだいにさまざまな程度で認識するようになる。これらの知識は、生産活動をはなれてはなにひとつえられない。階級のない社会では、人類の物質生活の問題を解決するために、それぞれの人が社会の一員として、社会の他の構成員と協力し、一定の生産関係をむすんで、生産活動に従事する。また、それぞれの階級社会では、人類の物質生活の問題を解決するために、各階級の社会の構成員が、さまざまのちがった様式で一定の生産関係をむすんで、生産活動に従事する。これが人間の認識の発展の基本的な源である。
 人間の社会的実践は、生産活動という一つの形態にかぎられるものではなく、そのほかにも、階級闘争、政治生活、科学活動、芸術活動など多くの形態がある。要するに、社会の実際生活のすべての領域には社会的人間が参加しているのである。したがって、人間の認識は、物質生活のほかに、政治生活、文化生活(物質生活と密接につながっている)からも、人と人とのいろいろな関係をさまざまな程度で知るようになる。そのうちでも、とくにさまざまな形態の階級闘争は、人間の認識の発展に深い影響をあたえる。階級社会では、だれでも一定の階級的地位において生活しており、どんな思想でも階級の烙印《らくいん》のおされていないものはない。
 マルクス主義者は、人類社会の生産活動は低い段階から高い段階へと一歩一歩発展していくのであり、したがって、人間の認識もまた、自然界にたいしてであろうと、社会にたいしてであろうと、やはり低い段階から高い段階へ、すなわち浅いところから深いところへ、一面から多面へと一歩一歩発展していくものであると考える。歴史上長いあいだ、社会の歴史についての人びとの理解は、ただ一面的なものにかぎられるほかはなかった。それは、一方では搾取階級の偏見がつねに社会の歴史をゆがめていたからであり、他方では、生産規模が小さかったために、人びとの視野がかぎられていたからである。巨大な生産力――大工業にともなって、近代プロレタリア階級が出現したときになってはじめて、人びとは、社会の歴史の発展について全面的、歴史的に理解することができるようになり、社会についての認識を科学にかえた。これがマルクス主義の科学である。
 マルクス主義者は、人びとの社会的実践だけが外界にたいする人びとの認識の真理性をはかる基準であると考える。実際の状況はつぎのようである。社会的実践の過程において(物質生産の過程、階級闘争の過程、科学実験の過程において)、人びとが頭のなかで予想していた結果に到達したばあいにだけ、その認識は実証される。人びとが仕事に成功しようとおもうなら、つまり予想した結果をえようとするなら、かならず自分の思想を客観的外界の法則性に合致させなければならない。合致させなければ、実践において失敗する。失敗したあとで、失敗から教訓をくみとり、自分の思想を外界の法則性に合致するようにあらためると、失敗を成功に変えることができる。「失敗は成功のもと」とか、「いちどつまずけば、それだけ利口になる」とかいうのは、この道理をいっているのである。弁証法的唯物論の認識論は、実践を第一の地位にひきあげ、人間の認識は実践から少しでもはなれることができないと考えており、実践の重要性をみとめず認識を実践から切りはなすすべてのあやまった理論をしりぞける。レーニンはつぎのようにいっている。「実践は(理論的)認識よりも高い。なぜなら、実践はたんに普遍性という長所をもつだけでなく、直接的な現実性という長所をももっているからである。」〔1〕マルクス主義の哲学、つまり弁証法的唯物論にはもっともいちじるしい特徴が二つある。一つはその階級性で、弁証法的唯物論はプロレタリア階級に奉仕するものであることを公然と言明していること、もう一つはその実践性で、実践にたいする理論の依存関係、すなわち理論の基礎は実践であり、理論はまた転じて実践に奉仕するものであることを強調していることである。認識あるいは理論が真理であるかどうかは、主観的にどう感じるかによって判定するのではなく、客観的に社会的実践の結果がどうであるかによって判定するのである。真理の基準となりうるものは、社会的実践だけである。実践の観点は、弁証法的唯物論の認識論の第一の、そして基本的な観点である〔2〕
 だが、人間の認識は、いったいどのようにして実践からうまれ、また実践に奉仕するのか。これは認識の発展過程を見ればわかる。
 もともと人間は、実践過程において、はじめのうちは、過程のなかのそれぞれの事物の現象の面、それぞれの事物の一面、それぞれの事物のあいだの外部的なつながりしか見ることができない。たとえば、よその人たちが延安に視察にきたとする。最初の一両日は、延安の地形、街路、家屋などをながめたり、多くの人に会ったり、宴会や交歓会や大衆集会に出席したり、いろいろな話を聞いたり、さまざまな文献を読んだりする。これらは事物の現象であり、事物のそれぞれの一面であり、また、これらの事物の外部的なつながりである。これを認識の感性的段階、すなわち感覚と印象の段階という。つまり延安のこれらの個々の事物が、視察団の諸氏の感覚器官に作用して、かれらの感覚をひきおこし、かれらの頭脳に多くの印象と、それらの印象のあいだの大まかな外部的なつながりを生じさせたのである。これが認識の第一の段階である。この段階では、人びとは、まだ深い概念をつくりあげることも、論理にあった(すなわちロジカルな)結論をひきだすこともできない。
 社会的実践の継続によって、人びとに実践のなかで感覚と印象をひきおこさせるものが何回となくくりかえされると、人びとの頭脳のなかで、認識過程における質的激変(すなわち飛躍)がおこり、概念がうまれる。概念というものは、もはや事物の現象でもなく、事物のそれぞれの一面でもなく、それらの外部的なつながりでもなくて、事物の本質、事物の全体、事物の内部的なつながりをとらえたものである。概念と感覚とは、たんに量的にちがいがあるばかりでなく、質的にもちがいがある。このような順序ですすみ、判断と推理の方法をつかっていけば、論理にあった結論をうみだすことができる。『三国演義』に「ちょっと眉根をよせれば、名案がうかぶ」といわれているのも、またわれわれが日常「ちょっと考えさせてくれ」といったりするのも、つまりは、人間が頭脳のなかで、概念をつかって判断や推理をする作業のことをいっているのである。これが認識の第二の段階である。よそからきた視察団の諸氏が、いろいろの材料をあつめて、さらに「よく考える」と、「共産党の抗日民族統一戦線政策は徹底しており、誠意があり、ほんものである」という判断をくだすことができる。こうした判断をくだしたのちに、もしかれらの団結救国もほんものであるならば、かれらは一歩すすんで「抗日民族統一戦線は成功する」という結論をくだすことができるようになる。この概念、判断および推理の段階は、ある事物にたいする人びとの認識過程全体のなかでは、より重要な段階、つまり理性的認識の段階である。認識の真の任務は、感覚をつうじて思惟《しい》にたっすること、一歩一歩客観的事物の内部矛盾、その法則性、一つの過程と他の過程とのあいだの内部的なつながりを理解するようになること、つまり論理的認識にたっすることにある。くりかえしていえば、論理的認識が感性的認識と異なるのは、感性的認識が事物の一面的なもの、現象的なもの、外部的なつながりのものに属するのにたいして、論理的認識は、大きく一歩前進して、事物の全体的なもの、本質的なもの、内部的なつながりのものにまでたっし、周囲の世界の内在的矛盾をあばきだすところまでたっし、したがって、周囲の世界の発展を、周囲の世界の全体において、周囲の世界のすべての側面の内部的なつながりにおいて、把握《はあく》することができるからである。
 実践をもとにした、浅いところから深いところへすすむ認識の発展過程についての弁証法的唯物論の理論を、マルクス主義以前にはこのように解決したものが一人もいなかった。マルクス主義の唯物論が、はじめてこの問題を正しく解決し、唯物論的に、しかも弁証法的に認識の深化する運動を指摘し、社会的な人間がかれらの生産と階級闘争の複雑な、つねにくりかえされる実践のなかで、感性的認識から論理的認識へと推移していく運動を指摘した。レーニンはいっている。「物質という抽象、自然法則という抽象、価値という抽象など、一言でいえば、すべての科学的な(正しい、まじめな、でたらめでない)抽象は、自然をより深く、より正確に、より完全に反映する。」〔3〕マルクス・レーニン主義はつぎのように考える。認識過程における二つの段階の特質は、低い段階では認識が感性的なものとしてあらわれ、高い段階では認識が論理的なものとしてあらわれるが、どの段階も統一的な認識過程のなかでの段階である。感性と理性という二つのものは、性質はちがうが、たがいに切りはなされるものではなく、実践という基礎のうえで統一されているのである。われわれの実践はつぎのことを証明している。感覚されたものはすぐには理解できず、理解したものだけがより深く感覚されるということである。感覚は現象の問題を解決するだけであって、理論こそが本質の問題を解決するのである。これらの問題の解決は、少しでも実践からはなれることはできない。だれでも、ある事物を認識しようとすれば、その事物にふれること、つまりその事物の環境のなかで生活すること(実践すること)よりほかには、解決の方法がない。封建社会にいて、資本主義社会の法則をまえもって認識することはできない。なぜなら、資本主義はまだあらわれておらず、まだその実践がないからである。マルクス主義は資本主義社会の産物でしかありえない。マルクスは資本主義の自由競争時代にまえもって帝国主義時代のいくつかの特殊な法則を具体的に認識することができなかった。なぜなら、帝国主義という資本主義の最後の段階がまだきておらず、そのような実践がまだなかったからであって、レーニンとスターリンだけがこの任務をになうことができたのである。マルクス、エンゲルス、レーニン、スターリンがその理論をつくりあげることのできたのは、かれらが天才であったという条件のほかに、主としてみずから当時の階級闘争と科学実験という実践に参加したからであり、後者の条件がなければ、どんな天才でも成功できるものではない。「秀才は門を出《い》でずして、ことごとく天下のことを知る」ということばは、技術の発達していなかった昔では、たんなる空言にすぎなかった。技術の発達した現代では、このことばを実現することもできるが、ほんとうに身をもって知っているのは世の中で実践している人たちであって、こうした人がその実践のなかで「知」をえ、それが文字と技術による伝達をつうじて「秀才」につたわり、そこで秀才が間接に「天下のことを知る」ことができるのである。ある事物、もしくはあるいくつかの事物を直接に認識しようとするには、現実を変革し、ある事物もしくはあるいくつかの事物を変革する実践的闘争にみずから参加しないかぎり、その事物もしくはそれらの事物の現象にふれることができないし、また、現実を変革する実践的闘争にみずから参加しないかぎり、その事物もしくはそれらの事物の本質をあばきだし、それらを理解することができない。これはだれもが実際に歩んでいる認識の道すじであって、ただ一部の人が故意にそれをゆがめて反対のことをいっているにすぎない。世の中でいちばんこっけいなのは、「もの知り屋」たちが、ききかじりのなまはんかな知識をもって、「天下第一」だと自認していることであり、これこそ身のほどを知らないことのよいあらわれである。知識の問題は科学の問題であって、少しの虚偽も傲慢《ごうまん》さもあってはならない。決定的に必要なのは、まさにその反対のこと――誠実さと謙虚な態度である。知識をえようとすれば、現実を変革する実践に参加することである。梨の味を知りたければ、梨を変革すること、すなわち自分でそれを食べてみることである。原子の構造と性質を知りたければ、物理学や化学の実験をおこない、原子の状態を変革することである。革命の理論と方法を知りたければ、革命に参加することである。ほんとうの知識はすべて直接の経験がその源になっている。しかし、人間はなにもかも直接に経験できるものではなく、じじつ、知識の多くは間接に経験されたものであり、昔のことや外国のことについてのすべての知識がそれである。それらの知識は、昔の人や外国の人にとっては直接に経験したもので、もし昔の人や外国の人が直接に経験したさい、それがレーニンの指摘した条件、つまり「科学的な抽象」に合致しており、客観的な事物を科学的に反映していたならば、それらの知識は信頼できるが、そうでないものは信頼できない。だから、一人の人間の知識は、直接に経験したものと、間接に経験したものとの二つの部分以外にはない。しかも、自分にとっては間接に経験したものでも、ほかの人にとっては直接に経験したものである。したがって、知識全体についていうと、どのような知識も直接の経験から切りはなせるものではない。どんな知識も、客観的な外界にたいする人間の肉体的感覚器官の感覚にその源がある。この感覚をみとめず、直接の経験をみとめず、現実を変革する実践にみずから参加することをみとめないものは、唯物論者ではない。「もの知り屋」がこっけいなわけは、ここにある。中国には、「虎穴《こけつ》に入らずんば、虎児《こじ》を得ず」ということわざがある。このことばは、人びとの実践にとっても真理であるし、認識論にとっても真理である。実践をはなれた認識というものはありえない。
 現実を変革する実践にもとづいてうまれる弁証法的唯物論の認識運動――認識のしだいに深化する運動をあきちかにするために、さらにいくつかの具体的な例をあげよう。
 資本主義社会にたいするプロレタリア階級の認識は、その実践の初期――機械の破壊や自然発生的闘争の時期には、まだ感性的認識の段階にとどまっていて、資本主義のそれぞれの現象の一面およびその外部的なつながりを認識したにすぎなかった。当時、かれらは、まだいわゆる「即自的階級」であった。しかし、かれらの実践の第二の時期――意識的、組織的な経済闘争および政治闘争の時期になると、実践によって、また長期にわたる闘争の経験、これらのさまざまな経験をマルクスとエンゲルスが科学的な方法で総括し、マルクス主義の理論をつくりだして、プロレタリア階級を教育したことによって、プロレタリア階級は資本主義社会の本質を理解し、社会階級間の搾取関係を理解し、プロレタリア階級の歴史的任務を理解するようになった。この時、かれらは「対自的階級」に変わったのである。
 帝国主義にたいする中国人民の認識もまたこのとおりである。第一段階は、表面的な感性的な認識の段階であり、それは太平天国運動@や義和団運動Aなどのばく然とした排外主義的な闘争にあらわれている。第二段階で、はじめて理性的な認識の段階にすすみ、帝国主義の内部と外部のさまざまな矛盾を見ぬくとともに、帝国主義が中国の買弁階級および封建階級とむすんで、中国の人民大衆を抑圧し搾取している本質を見ぬいたのであって、このような認識は、一九一九年の五・四運動前後になってやっとうまれはじめたのである。
 つぎに戦争について見てみよう。戦争の指導者たちが、もし戦争に経験のない人びとであるならば、はじめの段階ではある具体的な戦争(たとえば、われわれの過去十年にわたる土地革命戦争)の深い指導法則がわからない。はじめの段階では、かれらは身をもって多くの戦いを経験するだけであって、しかもなんどとなく負けいくさをやる。しかし、これらの経験(勝ちいくさの経験、とくに負けいくさの経験)によって、戦争全体をつらぬいている内部的なもの、すなわちその具体的な戦争の法則性が理解でき、戦略と戦術がわかるようになり、したがって確信をもって戦争を指導できるようになる。この時に、もし経験のない別の人にかえて戦争を指導させることになると、戦争の正しい法則を会得するまでには、また何回か負けいくさにあわなければ(経験をつまなければ)ならない。
 一部の同志が活動の任務を引きうけるのにしりごみするとき、自信がないということばを口にするのをよくきく。どうして自信がないのか。これは、その人がその活動の内容と環境について法則性にかなった理解をしていないからである。つまりこれまでそういう活動に接したことがないか、あるいはあまり接することがなかったので、そういう活動の法則性については知りようもなかったからである。活動の状況と環境をくわしく分析してやると、その人はわりあい自信がついたように感じて、その活動をやろうという気になる。もしその人がその活動にある期間たずさわって、活動の経験をつんだなら、そしてまた、かれが問題を主観的、一面的、表面的にみるのでなく、状況を虚心に考察する人であるなら、その活動をどのようにすすめるべきかについての結論を自分で引きだすことができ、活動にたいする勇気も大いに高まるであろう。問題を主観的、一面的、表面的に見る人にかぎって、どこへいっても周囲の状況をかえりみず、ことがらの全体(ことがらの歴史と現状の全体)を見ようとせず、ことがらの本質(ことがらの性質およびこのことがらとほかのことがらとの内部的なつながり)にはふれようともしないで、ひとりよがりにさしずしはじめる。こういう人間はつまずかないはずはない。
 以上のことからわかるように、認識の過程は、第一歩が外界のことがらにふれはじめることで、これが感覚の段階である。第二歩が感覚された材料を総合して、それを整理し改造することで、これが概念、判断および推理の段階である。感覚された材料が十分豊富で(断片的な不完全なものでなく)、実際にあって(錯覚ではなくて)いなければ、それらの材料にもとづいて正しい概念と論理をつくりだすことはできない。
 ここでとくに指摘しておかなければならない重要な点が二つある。第一の点は、前にものべたが、ここでくりかえしていえば、つまり理性的認識は、感性的認識に依存するという問題である。もし、理性的認識が感性的認識からでなくてもえられると考えるなら、その人は観念論者である。哲学史上には「合理論」といわれる学派があって、理性の実在性だけをみとめて、経験の実在性をみとめず、理性だけが信頼できて、感覚的な経験は信頼できないと考えているが、この一派のあやまりは、事実を転倒しているところにある。理性的なものが信頼できるのは、まさにそれが感性を源にしているからであって、そうでなければ、理性的なものは源のない流れ、根のない木となり、ただ主観的にうみだされた、信頼できないものとなる。認識過程の順序からいえば、感覚的経験がさいしょのものである。われわれが認識過程における社会的実践の意義を強調するのは、社会的実践だけが、人間に認識を発生させはじめ、客観的外界から感覚的経験をえさせはじめることができるからである。目をとじ耳をふさいで、客観的外界とまったく絶縁している人には、認識などありえない。認識は経験にはじまる――これが認識論の唯物論である。
 第二の点は、認識は深化させていくべきであり、認識の感性的段階は理性的段階に発展させていくべきである――これが認識論の弁証法である〔4〕。認識は低い感性的段階にとどまっていてもよいと考え、感性的認識だけが信頼できるもので、理性的認識は信頼できないものだと考えるなら、それは歴史上の「経験論」のあやまりをくりかえすことになる。この理論のあやまりは、感覚的材料はもちろん客観的外界の一部の真実性を反映したものではあるが(わたしはここでは、経験をいわゆる内省的体験としてしか考えない観念論的経験論についてはのべない)、それらは、一面的な表面的なものにすぎず、このような反映は不完全で、事物の本質を反映したものではない、ということを知らない点にある。完全に事物の全体を反映し、事物の本質を反映し、事物の内部的法則性を反映するには、感覚された豊富な材料に、思考のはたらきをつうじて、滓《かす》をすてて粋《すい》をとり、偽をすてて員をのこし、これからあれへ、表面から内面へという改造と製作の作業をくわえて、概念および理論の体系をつくりあげなければならないし、感性的認識から理性的認識へ躍進しなければならない。改造されたこのような認識は、より空虚な、より信頼できない認識になるのではなく、反対に、もしそれが認識過程で、実践という基礎にもとづいて科学的に改造されたものでありさえすれば、まさにレーニンがいっているように、より深く、より正しく、より完全に客観的事物を反映したものである。俗流の事務主義者はそうではない。かれらは経験を尊重するが理論を軽視するので、客観的過程の全体をみわたすことができず、明確な方針をもたず、遠大な見通しがなく、ちょっとした成功やわずかばかりの見識で得意になる。このような人間が革命を指導したなら、革命は壁にうちあたるところまで引きずられていくことになる。
 理性的認識は感性的認識に依存するし、感性的認識は理性的認識にまで発展させるべきである。これが弁証法的唯物論の認識論である。哲学における「合理論」と「経験論」は、いずれも認識の歴史的性質や弁証法的性質を理解することができず、それぞれ一面の真理をもってはいるが(これは唯物的な合理論と経験論についていうのであって、観念的な合理論と経験論についていうのではない)、認識論の全体からいえば、どちらもあやまりである。感性から理性にすすむ弁証法的唯物論の認識運動は、小さな認識過程(たとえばある事物、あるいはある活動についての認識)においてもそのとおりであり、大きな認識過程(たとえばある社会、あるいはある革命についての認識)においてもそのとおりである。
 しかし、認識運動はここで終わるのではない。弁証法的唯物論の認識運動を、もし理性的認識のところでとどめるならば、まだ問題の半分にふれたにすぎない。しかも、マルクス主義の哲学からいえば、それはあまり重要だとはいえない半分にふれたにすぎない。マルクス主義の哲学が非常に重要だと考えている問題は、客観世界の法則性を理解することによって、世界を説明できるという点にあるのではなく、この客観的法則性にたいする認識をつかって、能動的に世界を改造する点にある。マルクス主義からみれば、理論は重要であり、その重要性は「革命の理論がなければ、革命の運動もありえない」〔5〕というレーニンのことばに十分あらわされている。しかし、マルクス主義が理論を重視するのは、まさにそれが行動を指導できるからであり、またその点だけからである。たとえ、正しい理論があっても、ただそれについておしゃべりするだけで、たな上げしてしまって、実行しないならば、その理論がどんなによくても、なんの意義もない。認識は実践にはじまり、実践をつうじて理論的認識にたっしてから、ふたたび実践にもどらなけれはならない。認識の能動的作用は、たんに感性的認識から理性的認識への能動的飛躍にあらわれるだけではなく、もっと重要なのは、理性的認識から革命の実践へという飛躍にもあらわれなければならないことである。世界の法則性についての認識をつかんだならば、それをふたたび世界を改造する実践にもちかえる、つまり、ふたたび生産の実践、革命的な階級闘争と民族闘争の実践、および科学実験の実践に応用しなければならない。これが理論を検証し、理論を発展させる過程であり、全認識過程の継続である。理論的なものが客観的真理性に合致するかどうかという問題は、まえにのべた感性から理性への認識運動のなかでは、まだ完全には解決されていないし、また完全に解決できるものでもない。この問題を完全に解決するには、理性的認識をふたたび社会的実践のなかにもちかえり、理論を実践に応用して、それが予想した目的を達成できるかどうかを見るほかはない。多くの自然科学の理論が真理だといわれるのは、自然科学者たちがそれらの学説をつくりだしたときだけでなく、さらにその後の科学的実践によってそれが実証されたときである。マルクス・レーニン主義が真理だといわれるのも、やはりマルクス、エンゲルス、レーニン、スターリンなどが、これらの学説を科学的につくりあげたときだけでなく、さらにその後の革命的な階級闘争と民族闘争の実践によってそれが実証されたときである。弁証法的唯物論が普遍的真理であるのは、いかなる人が実践しても、その範囲からでることができないからである。人類の認識の歴史は、つぎのことをわれわれに教えている。すなわち多くの理論は真理性において不完全なものであり、その不完全さは実践の検証をつうじてただされること、多くの理論はあやまっており、そのあやまりは実践の検証をつうじてただされることである。実践は真理の基準であるとか、「生活、実践の観点は認識論の第一の、そして基本的な観点でなければならない」〔6〕とかいわれる理由はここにある。スターリンがつぎのようにいっているのは正しい。「理論は、革命の実践と結びつかなければ対象のない理論となる。同様に実践は、革命の理論を指針としなければ、盲目的な実践となる。」〔7〕
 ここまでくると、認識運動は完成したといえるであろうか。完成もしたし、まだ完成してもいないというのがわれわれの答えである。社会の人びとが、ある発展段階におけるある客観的過程を変革する実践(それが、ある自然界の過程を変革する実践であろうと、ある社会の過程を変革する実践であろうと)に身を投じて、客観的過程の反映と主観的能動性の作用によって人びとの認識を感性的なものから理性的なものへと推移させ、その客観的過程の法則性にほぼ照応する思想、理論、計画あるいは成案をつくりあげ、さらに、この思想、理論、計画あるいは成案をそのおなじ客観的過程の実践に応用してみて、もし予想した目的を実現することができたならば、つまりあらかじめもっていた思想、理論、計画、成案を、そのおなじ過程の実践のなかで事実に変えるか、あるいはだいたいにおいて事実に変えるならば、この具体的な過程についての認識運動は完成したことになる。たとえば、自然を変革する過程では、ある工事計画が実現され、ある科学上の仮説が実証され、ある器物がつくりあげられ、ある農作物がとりいれられたこと、また社会を変革する過程では、あるストライキが勝利し、ある戦争が勝利し、ある教育計画が実現したことは、いずれも予想した目的を実現したものといえる。しかし、一般的にいって、自然を変革する実践においても、社会を変革する実践においても、人びとがあらかじめもっていた思想、理論、計画、成案が、なんの変更もなしに実現されることはきわめてすくない。これは、現実の変革にたずさわる人びとが、たえず多くの制約を受けていること、たんに科学的条件および技術的条件の制約をたえず受けているだけでなく、客観的過程の発展とそのあらわれる度合いの制約(客観的過程の側面および本質がまだ十分に露呈していない)をも受けていることによるのである。このような状況のもとでは、まえもって予想できなかった事情を実践のなかで見いだしたことによって、思想、理論、計画、成案が部分的に改められることがよくあるし、全面的に改められることもある。つまり、あらかじめもっていた思想、理論、計画、成案が部分的に、あるいは全面的に実際にあわなかったり、部分的にあるいは全面的にあやまっていたりすることは、どちらもあることである。多くのばあい、何回も失敗をくりかえしてはじめて、あやまった認識を改めることができ、客観的過程の法則性に合致させることができ、したがって主観的なものを客観的なものに変えることができる。つまり、実践のなかで予想した結果がえられるのである。しかし、いずれにしても、ここまでくると、ある発展段階におけるある客観的過程についての人びとの認識運動は、完成したといえる。
 しかし、過程の推移という点からいえば、人びとの認識運動は完成していないのである。どのような過程も、それが自然界のものであろうと、社会のものであろうと、すべて内部の矛盾と闘争によって、さきへさきへと推移し発展するものであって、人びとの認識運動も、またそれにつれて推移し発展すべきである。社会運動についていえば、革命の真の指導者は、自分の思想、理論、計画、成案にあやまりがあったばあいには、前にのべたように、それを改めることに上手でなければならないばかりでなく、ある客観的過程が一つの発展段階から他の発展段階に推移、転化したときには、自分をはじめ革命に参加しているすべての人びとを主観的認識のうえでも、それにつれて推移、転化させることに上手でなければならない。すなわち新しい状況の変化に適応するように、新しい革命の任務と新しい活動の成案を提起しなければならない。革命の時期の情勢の変化はきわめて急速である。もし革命党員の認識がそれに応じて急速に変化することができなければ、革命を勝利にみちびくことはできない。
 しかし、思想が実際より立ちおくれることはよくある。これは人間の認識が多くの社会的条件によって制約されているからである。われわれは革命陣営内の頑迷分子に反対する。かれらの思想は変化した客観的状況にしたがって前進することができず、歴史のうえでは右翼日和見主義としてあらわれる。これらの人びとには矛盾の闘争がすでに客砲的過程を前へおしすすめたことが見ぬけず、かれらの認識は、あいかわらずふるい段階に立ちどまっているのである。すべての頑迷派の思想はこのような特徴をもっている。かれらの思想は社会的実践から遊離しており、かれらは社会という車の前にたって、その導き手をつとめることができず、ただ車のうしろについて、車がはやくすすみすぎると愚痴をこぼし、車をうしろにひっぱって、逆もどりさせようとすることしか知らない。
 われわれはまた「左」翼空論主義にも反対する。かれらの思想は客観的過程の一定の発展段階をとびこえており、かれらのうちのあるものは幻想を真理だとみなし、またあるものは将来にしか実現の可能性のない理想を、いまむりやりに実現しようとし、当面の大多数の人びとの実践から遊離し、当面の現実性から遊離して、行動のうえでは冒険主義としてあらわれる。
 観念論と機械的唯物論、日和見主義と冒険主義は、いずれも主観と客観との分裂、認識と実践との分離を特徴としている。科学的な社会的実践を特徴とするマルクス・レーニン主義の認識論は、これらのあやまった思想に断固として反対しないではおれない。マルクス主義者は、宇宙の絶対的な、総体的な発展過程のなかで、それぞれの具体的な過程の発展はすべて相対的なものであるから、絶対的真理の大きな流れのなかでは、それぞれ一定の発展段階にある具体的な過程についての人びとの認識には相対的真理性しかないと考える。無数の相対的真理の総和が絶対的真理である〔8〕。客観的過程の発展は矛盾と闘争にみちた発展であり、人間の認識運動の発展もまた矛盾と闘争にみちた発展である。客観的世界のあらゆる弁証法的な運動は、おそかれはやかれみな人間の認識に反映されうるものである。社会的実践における発生、発展、消滅の過程は無限につづき、人間の認識の発生、発展、消滅の過程もまた無限につづく。一定の思想、理論、計画、成案にもとづいて、客観的現実の変革にとりくむ実践が、一回一回と前進すれば、客観的現実についての人びとの認識もそれにともなって、一回一回と深化していく。客観的現実世界の変化する運動は、永遠に完結することがなく、実践のなかでの真理にたいする人間の認識も永遠に完結することがない。マルクス・レーニン主義は、真理に終止符をうつものではなく、実践のなかでたえず真理を認識する道をきりひらいていくのである。われわれの結論は、主観と客観、理論と実践、知と行との具体的な歴史的な統一であり、具体的な歴史から遊離した、あらゆる「左」の、あるいは右のあやまった思想に反対することである。
 社会がいまのような時代にまで発展してくると、世界を正しく認識し、改造する責務は、すでに歴史的にプロレタリア階級とその政党の肩にかかっている。このような、科学的認識にもとづいて定められた世界改造の実践過程は、世界においても、中国においても、すでに一つの歴史的な時期――有史いらいかつてなかった重大な時期にきている。それは、世界と中国の暗黒面を全面的にくつがえして、これまでになかったような光明の世界にかえることである。プロレタリア階級と革命的人民の世界改造の闘争には、つぎのような任務の実現がふくまれている。すなわち、客観的世界を改造し、また自己の主観的世界をも改造する――自己の認識能力を改造し、主観的世界と客観的世界との関係を改造することである。地球上の一部では、すでにこのような改造がおこなわれている。それがソ連である。ソ連の人民は、いまもこのような改造の過程をおしすすめている。中国の人民も世界の人民も、すべてこのような改造の過程をいま経過しているか、あるいは将来経過するであろう。改造される客観的世界というもののなかには、改造に反対するあらゆる人びとがふくまれており、かれらが改造されるには、強制の段階をへなければならず、そののちにはじめて自覚的段階にすすむことができるのである。全人類がすべて自覚的に自己を改造し、世界を改造するときがくれば、それは全世界の共産主義時代である。
 実践をつうじて真理を発見し、さらに実践をつうじて真理を実証し、真理を発展させる。感性的認識から能動的に理性的認識に発展し、さらに理性的認識によって能動的に革命的実践を指導し、主観的世界と客観的世界を改造する。実践、認識、再実践、再認識というこの形態が循環往復して無限にくりかえされ、実践と認識の内容は一循環ごとに、より一段と高い段階にすすんでいく。これが弁証法的唯物論の認識論の全体であり、これが弁証法的唯物論の別と行の統一観である。




〔1〕 レーニンの『ヘーゲルの著書「論理学」の摘要』から引用。
〔2〕 マルクスの『フォイエルバッハにかんするテーゼ』とレーニンの『唯物論と経験批判論』第二章第六節を参照。
〔3〕 レーニンの『ヘーゲルの著書「論理学」の摘要』から引用。
〔4〕 レーニンが『ヘーゲルの著書「論理学」の摘要』のなかで、「理解するためには、経験の上から理解し研究しはじめ、経験から一般へとのぼっていかなければならない」といっている個所を参照。
〔5〕 レーニンの『なにをなすべきか?』第一章第四節から引用。
〔6〕 レーニンの『唯物論と経験批判論』から引用。その第二章第六節を参照。
〔7〕 スターリンの『レーニン主義の基礎』から引用。その第三の部分を参照。
〔8〕 レーニンの『唯物論と経験批判論』第二章第五節を参照。
訳注
@ 本巻の『日本帝国主義に反対する戦術について』の注〔33〕を参照。
A 本巻の『日本帝国主義に反対する戦術について』の注〔34〕を参照。


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