前へ  目次へ  次へ


抗日の時期における中国共産党の任務

          (一九三七年五月三日)

     民族的矛盾および国内的矛盾の当面の発展段階

 (一)中国と日本との矛盾が主要な矛盾になり、国内的矛盾が副次的、従属的な地位にさがったことによってうまれた国際関係と国内の階級関係の変化が、当面の情勢の新しい発展段階を形成している。
 (二)中国は、ずっとまえから、ニつのはげしい基本的な矛盾――帝国主義と中国とのあいだの矛盾、封建制度と人民大衆とのあいだの矛盾のなかにおかれてきた。一九二七年に、国民党を代表とするブルジョア階級が革命を裏切り、民族の利益を帝国主義に売りわたしたことによって、労農政権は国民党政権と鋭く対立し、また民族民主主義革命の任務は中国共産党がひとりでになわなければならない情勢がつくりだされた。
 (三)一九三一年の九・一八事変、とくに一九三五年の華北事変〔1〕いらいの情勢は、これらの矛盾につぎのような変化をおこさせた。
 (1)帝国主義一般と中国との矛盾は、日本帝国主義と中国との、とくにきわだった、とくに鋭い矛盾に変わった。日本帝国主義は、中国を完全に征服する政策を実行している。このため、他の一部の帝国主義と中国との矛盾は、副次的な地位におしやられ、そしてそれらの帝国主義と日本帝国主義とのあいだでは、矛盾の裂け目がいっそう拡大した。このため、中国共産党と中国人民のまえには、中国の抗日民族統一戦線と世界の平和戦線とをむすびつける任務が提起されている。すなわち、中国は、中国人民の終始変わらぬよき友であるソ連と連合しなければならないばかりでなく、いまのところ、新しい侵略戦争に反対し、平和を保つことをのぞんでいる一部の帝国主義国とも、その可能性に応じて、ともに日本帝国主義に反対する関係をうちたてなければならないということである。われわれの統一戦線は、すべての帝国主義に同時に反対するのではなくて、抗日を目的とすべきである。
 (2)中国と日本との矛盾は、国内の階級関係に変化をおこさせ、ブルジョア階級、さらに軍閥にさえも、存亡の問題につきあたらせており、かれらとその政党の内部には、しだいにその政治的態度を変える過程がうまれた。このことが、中国共産党と中国人民のまえに、抗日民族統一戦線をうちたてる任務を提起した。われわれの統一戦線は、ブルジョア階級および祖国の防衛に賛成するすべての人びとをふくみ、挙国一致して外にあたるものである。この任務は、やりとげねばならないだけでなく、やりとげることのできるものである。
 (3)中国と日本との矛盾は、全国の人民大衆(プロレタリア階級、農民および都市小ブルジョア階級)と共産党の状態および政策に変化をおこさせた。人民はいっそう大きな規模で、救国のたたかいに立ちあがっている。共産党は、三つの条件(革命根拠地にたいする進攻を停止すること、人民の自由の権利を保障すること、人民を武装すること)のもとで、われわれと協力して抗日することをのぞむ国民党内の一部の人びとと抗日協定をむすぶという「九・一八」以後の政策を、全民族の抗日統一戦線をうちたてる政策に発展させた。これが、わが党の一九三五年八月の宣言〔2〕、十二月の決議〔3〕、一九三六年五月の「反蒋」スローガンの放棄〔4〕、八月の国民党への書簡〔5〕、九月の民主共和国についての決議〔6〕、十二月の西安《シーアン》事変にたいする平和的解決の堅持、一九三七年二月の自民党中央執行委員会第三回全体会議への電報〔7〕などの措置をとってきた理由である。
 (4)帝国主義の勢力範囲をつくる政策と中国の半植民地的経済状態からうまれた、中国における軍閥の割拠や軍閥間の内戦にも、中国と日本との矛盾をまえにして、変化がおきている。日本帝国主義は、中国を独占するのに都合のよいように、そうした割拠と内戦を支持している。他の一部の帝国主義は、かれら自身の利益から、一時的に中国の統一と平和を支持している。中国共産党と中国人民は、内戦と分裂に反対し、平和と統一をたたかいとるのに、非常に大きな努力をはらっている。
 (5)中国と日本との民族的矛盾の発展は、政治的比重のうえで、国内各階級間の矛盾と政治集団間の矛盾の地位を引きさげ、それらを副次的な、従属的なものに変えた。しかし、国内の各階級間の矛盾と政治集団間の矛盾そのものは、べつに減少したのでも消滅したのでもなく、依然として存在している。中国と日本以外の他の帝国主義諸国とのあいだの矛盾もまたそのとおりである。したがって、中国共産党と中国人民のまえにはつぎのような任務が提起された。すなわち、いま調整することができ、また調整しなければならない国内的、国際的な矛盾を、団結して抗日するという全般的任務に適合させるよう、適切に調整することである。これが、中国共産党の平和と統一、民主的政治、生活改善、および日本に反対する外国との交渉などを要求する、さまざまな方針をとってきた理由である。
 (四)一九三五年十二月九日からはじまった中国革命の新しい時期の第一段階は、一九三七年二月の国民党中央執行委員会第三回全体会議のときをもって、一段落をつげた。この段階での重要なできごとは、学生、文化人、言論界の救国運動、赤軍の西北地方への到達、共産党の抗日民族統一戦線政策の宣伝と組織活動、上海《シャンハイ》と青島《チンタオ》の反日ストライキ〔8〕、イギリスの対日政策の比較的強硬化の傾向〔9〕、広東《コヮントン》・広西《コヮンシー》の事変〔10〕、綏遠《スイユァン》戦争と綏遠援助運動〔11〕、中日交渉における南京《ナンチン》の比較的強硬な態度〔12〕、西安事変、そして最後に、南京の国民党中央執行委員会第三回全体会議〔13〕である。これらのできごとは、すべて中国と日本の対立という基本的矛盾を中心としており、いずれも直接に抗日民族統一戦線の結成という歴史的要求を中心としている。この段階での革命の基本的任務は、一致団結して、ともに抗日するために、国内の平和をたたかいとり、国内の武装衝突を停止させることである。共産党はこの段階で、「内戦を停止し、一致して抗日せよ」というよびかけをだした。このよびかけは基本的に実現された。こうして、抗日民族統一戦線を実際に組織していくうえでの第一の必要な条件ができあがった。
 (五)国民党中央執行委員会第三回全体会議は、その内部に親日派が存在していることから、政策の明確な、徹底した転換をしめさなかったし、問題を具体的に解決しなかった。ところが、人民からの圧力と国民党内部の変動によって、国民党は過去十年間のあやまった政策を転換しはじめなければならなくなった。すなわち、内戦と独裁と対日無抵抗政策から、平和と民主と抗日の方向への転換であり、抗日民族統一戦線政策をうけいれはじめたことである。このような初歩的な転換が、国民党中央執行委員会第三回全体会議にあらわれてきたのである。今後の要求は、国民党の政策の徹底的な転換である。こうした目的をたっするには、われわれおよび全国の人民が、国民党にたいする批判、推進、督促をさらにつよめ、国民党内の平和と民主と抗日を主張する人びとと団結し、動揺しためらっている人びとを前におしすすめ、親日分子を排除し、抗日と民主主義の運動をいっそう大きく発展させることが必要である。
 (六)当面の段階は、新しい時期の第二の段階である。まえの段階もこの段階も、全国的な対日武力抗戦へとすすむ過渡的段階である。まえの段階の任務が主として平和をたたかいとることであったとすれば、この段階の任務は主として民主主義をたたかいとることである。ほんとうの強固な抗日民族統一戦線をうちたてるには、国内の平和がなければならないことはもちろんであるが、国内の民主主義もなければならないことを知るべきである。したがって、民主主義をたたかいとることは、当面の発展段階での革命の任務の中心的な環である。民主主義的任務の重要性をはっきり見てとらず、民主主義をたたかいとる努力をゆるめるならば、われわれは、ほんとうの強固な抗日民族統一戦線をうちたてることはできないであろう。


前へ  目次へ  次へ