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     当面の政治情勢の特徴

 同志諸君、当面の政治情勢には、すでに大きな変化がおきている。この変化した情勢にもとづいて、わが党はすでに自己の任務をさだめた。
 当面の情勢はどうか。
 当面の情勢の基本的特徴は、日本帝国主義が中国を植民地に変えようとしていることである。周知のように、ほぼ百年らい、中国はいくつもの帝国主義国が共同で支配する半植民地国であった。中国人民の帝国主義にたいする闘争と帝国主義国相互間の闘争によって、中国はなお半独立の地位をたもっている。第一次世界大戦は、ある期間、日本帝国主義に中国をひとりじめする機会をあたえた。だが、中国人民の日本帝国主義反対の闘争と他の帝国主義国の干渉によって、当時の売国奴のかしら袁世凱《ユァンシーカイ》〔1〕が署名した日本にたいする屈服と投降の条約二十一ヵ条〔2〕は、無効に終わらざるをえなかった。一九二二年には、アメリカの招集したワシントン九ヵ国会議で条約がむすばれて〔3〕、中国はふたたびいくつかの帝国主義国が共同で支配する状態にもどった。ところが、まもなく、こうした状況にもまた変化がおきた。一九三一年九月十八日の事変〔4〕で、中国を日本の植民地にかえる段階がはじまったのである。ただ、日本の侵略の範囲がしばらく東北四省〔5〕にかぎられていたことから、人びとは、日本帝国主義者がおそらくそれ以上前進することはあるまいとおもっていた。こんにちでは事情がちがっている。日本帝国主義者は、中国中心部に進出し、全中国を占領しようとしていることを、すでにはっきりとしめしている。いま日本帝国主義は、全中国をいくつかの帝国主義国がわけまえにあずかる半値民地の状態から、日本が独占する植民地の状態に変えようとしている。最近の冀東《チートン》事変〔6〕や外交交渉〔7〕は、この方向をはっきりとしめし、全国人民の生存をおびやかしている。こうした状況は、中国のすべての階級、すべての政党政派に「どうするか」という問題をなげかけた。抵抗か、投降か、それともこの二つのあいだをゆれ動くか。
 では、中国の各階級がこの問題にどうこたえているかを見ることにしよう。
 中国の労働者と農民は、みな抵抗を要求している。一九二四年から一九二七年までの革命、一九二七年から現在までの土地革命、一九三一年の九・一八事変いらいの反日の波は、中国の労働者階級と農民階級が中国革命のもっとも確固とした勢力であることを証明している。
 中国の小ブルジョア階級も抵抗しようとしている。青年学生と都市の小ブルジョア階級は、いますでに大きな反日運動をまきおこしているではないか〔8〕。中国の小ブルジョア階級のこれらの層は、かつて一九二四年から一九二七年までの革命に参加している。かれらは農民とおなじように、帝国主義とは両立しない小生産者の経済的地位にある。帝国主義と中国の反革命勢力は、かれらに大きな損害をあたえ、かれらのうちの多くのものを失業、破産、または半破産の状態におとしいれてきた。かれらはいまにも亡国の民になろうとしており、もはや抵抗する以外に活路はない。
 この問題をまえにして、では民族ブルジョア階級、買弁階級、地主階級、そして国民党はどうするだろうか。
 大土豪、大劣紳、大軍閥、大官僚、大買弁は、早くから腹をきめている。かれらはこれまでもそうであったが、いまもやはり、革命(どんな革命であろうと)はどうあっても帝国主義よりわるい、といっている。かれらは売国奴の陣営をつくっており、かれらにとって亡国の民になるかどうかなどは問題にならない。かれらはすでに民族のけじめをなくし、かれらの利益は帝国主義の利益と切りはなせなくなっている。かれらの大頭目が蒋介石《チァンチェシー》である〔9〕。この売国奴の陣営は、中国人民のうらみかさなる敵である。もしこの売国奴の一味がいなければ、日本帝国主義はこれほどまでのさばることはできなかったであろう。かれらは帝国主義の手先である。
 民族ブルジョア階級の問題は複雑である。この階級は、かつて一九二四年から一九二七年までの革命に参加したが、その後、この革命の炎に腰をぬかして、人民の敵、すなわち蒋介石集団の側についてしまった。問題は、こんにちの状況のもとで、民族ブルジョア階級に変化のおこる可能性があるかどうかということである。われわれはその可能性があると考える。それは、民族ブルジョア階級が地主階級、買弁階級とおなじものでなく、かれらのあいだにはちがいがあるからである。民族ブルジョア階級には、地主階級ほどつよい封建性もなければ、買弁階級ほどつよい買弁性もない。民族ブルジョア階級のなかには、外国資本や国内の土地所有制とわりあいふかい関係をもつものも一部いるが、この部分の人びとは民族ブルジョア階級の右翼であり、われわれは、しばらく、これらの人の変化の可能性については考えないことにする。問題は、そうした関係をもたないか、あるいは関係のわりあいすくない部分にある。われわれは、植民地化の脅威がせまっている新しい環境のもとでは、民族ブルジョア階級のこれらの部分の人びとの態度に変化のおこる可能性があると考える。その変化の特徴はかれらの動揺である。かれらは、一方では帝国主義をこのまないが、他方では革命の徹底性をおそれ、この両者のあいだを動揺している。このことは、一九二四年から一九二七年までの革命の時期に、かれらがなぜ革命に参加したか、またこの時期の終わりになると、なぜ蒋介石の側についてしまったかを説明している。現在の時期は、一九二七年に蒋介石が革命を裏切った時期とどうちがっているだろうか。当時の中国はまだ半植民地であったが、いまは植民地になりつつある。こと九年らい、かれらは、自分の同盟者である労働者階級をすてて、地主・買弁階級を友にしてきたが、なにか得をしただろうか。えたものといえば、民族工商業の破産、または半破産の境遇だけで、なにも得はしていない。こうした状況から、こんにちの時局のもとでは、民族ブルジョア階級の態度に変化のおこる可能性があると、われわれは考える。ではどの程度の変化であろうか。全般的な特徴は動揺である。だが、闘争のある段階では、かれらの一部(左翼)は闘争に参加する可能性がある。他の一部も、動揺から中立的な態度をとるようになる可能性がある。
 蔡廷[金+皆]《ツァイティンカイ》らが指導している十九路軍〔10〕は、どんな階級の利益を代表しているだろうか。かれらは、民族ブルジョア階級、小ブルジョア階級の上層、農村の富農と小地主を代表している。蔡廷[金+皆]らはかつて赤軍と死にものぐるいの戦争をしたのではなかったか。だが、のちには赤軍と抗日反蒋同盟をむすんだ。かれらは、江西《チァンシー》省では、赤軍を攻撃したが、上海《チャンハイ》に移ると、日本帝国主義に抵抗し、福建《フーチェン》省に移ると、こんどは赤軍と妥協し、蒋介石にたいして戦争をはじめた。蔡廷[金+皆]らが将来どういう道にすすもうと、また当時の福建人民政府がどんなにありきたりのやり方にしがみついて民衆を闘争に立ちあがらせなかったとしても、かれらがそれまで赤軍にむけていた銃口を日本帝国主義と蒋介石にむけかえたことは、革命にとって有利な行為だといわなければならない。これは国民党陣営の分裂である。九・一八事変後の環境でもこうした一部の人びとを国民党の陣営から分裂させることができたのに、こんにちの環境でどうして国民党の分裂をひきおこせないことがあろうか。地主・ブルジョア階級の全陣営は統一し、固定しており、どんな状況のもとでも変化をおこさせることはできないという見方をもつものがわが党内にいるが、それはまちがいである。かれらは、こんにちのこの重大な情勢を認識しないばかりか、歴史さえもわすれてしまっている。
 もうすこし歴史についてはなしてみよう。一九二六年と一九二七年、革命軍が武漢にむかって前進し、さらに武漢に攻めいり、河南《ホーナン》省に攻めいったとき、唐生智《タンションチー》や馮玉祥《フォンユイシァン》〔11〕が革命に参加するということがおこった。馮玉祥は、一九三三年にも察蛤爾《チャーハール》省@で共産党と協力し、抗日同盟軍をつくったことがある。
 もう一つはっきりした例をとると、かつて十九路軍といっしょに江西省の赤軍を攻撃した第二十六路軍は、一九三一年十二月、寧都《ニントウ》県で蜂起して〔12〕赤軍になったではないか。この寧都の蜂起を指導した趙博生《チャオポーション》や董振堂《トンチェンタン》らは、確固とした革命の同志となった。
 東北三省における馬占山《マーチャンシャン》の抗日の行動〔13〕も、支配者陣営内の分裂である。
 こうした例はすべて、日本の爆弾の脅威圏が全中国におよぶばあい、また闘争が普通の状態から突然はげしい勢いで進展するばあいには、敵の陣営に分裂がおこりうることをしめしている。
 同志諸君、それでは問題をもう一つの点にうつしてみよう。
 もし、中国の民族ブルジョア階級の政治的、経済的軟弱性というこの点をとらえて、われわれの論点に反対し、中国の民族ブルジョア階級は新しい環境でも態度を変える可能性はないというものがあるとしたら、そういういい方は正しいだろうか。わたしは、やはりまちがっているとおもう。もし、態度を変えられない原因が民族ブルジョア階級の軟弱性にあるとしたら、どうして、かれらは一九二四年から一九二七年にかけて、通常の態度を変え、たんに動揺しただけでなく、革命にまで参加したのだろうか。民族ブルジョア階級の軟弱性は、あとから身についた新しい欠陥であって母胎からもってでたふるい欠陥ではないのだろうか。いまは軟弱だが、あのときは軟弱ではなかったのだろうか。半値民地の政治、経済の主要な特徴の一つは、民族ブルジョア階級の軟弱性にある。だからこそ、帝国主義はあえてかれらをしいたげるのであり、それがまた、かれらの帝国主義をこのまない特徴を規定しているのである。またこの点から、帝国主義や地主・買弁階級はその場かぎりのある種の餌《えさ》をもって、かれらをたやすく釣っていけるし、それがまた、かれらの革命にたいする不徹底性を規定しているということを、もちろんわれわれは否定しないばかりか、完全に認めている。だからといって、こんにちの状況のもとで、かれらが地主階級や買弁階級となんのちがいもないとは、どうしてもいえないのである。
 したがって、われわれは、民族的危機が重大な瀬戸ぎわにたっしたとき、国民党の陣営には分裂が生ずることをとくに指摘する。このような分裂は、民族ブルジョア階級の動揺にもあらわれ、馮玉祥、蔡廷[金+皆]、馬占山ら、いちじ名をとどろかせた抗日の人物にもあらわれている。このような状況は、基本的にいって、反革命には不利であるが革命には有利である。中国の政治経済の不均等、また、それからうまれる革命の発展の不均等によって、こうした分裂の可能性は大きくなっている。
 同志諸君、これでこの問題の正面からの説明は終わった。こんどはその逆の面から説明してみよう。つまり、民族ブルジョア階級のある一部のものは、しばしば民衆をだます名人だという問題である。それはなぜか。かれらのうち、ほんとうに人民の革命事業を支持しているものは別として、多くのものは、ある一時期、革命的またはなかば革命的なふりをしてあらわれることができるため、同時に民衆をだます元手をもっており、したがって、民衆にはかれらの不徹底性やもっともらしく見せかけたにせの姿がなかなか見ぬけないのである。このため、同盟者を批判し、にせの革命家を暴露し、指導権をかちとるという共産党の責務は増大する。もし大きな変動のなかで民族ブルジョア階級が動揺し、革命に参加する可能性のあることをわれわれが否定するなら、それは指導権をかちとるわが党の任務を解消するか、すくなくともこれを軽減することになる。なぜなら、民族ブルジョア階級が地主や買弁とまったくおなじように売国奴としての凶悪なつらがまえをしているなら、指導権をかちとるという任務は大いに解消できるか、すくなくとも軽減することができるからである。
 大変動のさなかにある中国の地主・ブルジョア階級の態度を全体的に分析するばあい、もう一つ指摘しておかなければならない側面がある。それは、地主・買弁階級の陣営さえ完全には統一していないことである。これは、半植民地の環境、つまり多くの帝国主義が中国を奪いあっている環境からでてくるのである。闘争が日本帝国主義にむけるれるばあい、アメリカやイギリスの飼い犬どもは、その主人のけしかける声の強さに応じて、日本帝国主義者やその飼い犬と、かくれた闘争ひいては公然とした闘争をおこなう可能性がある。これまでにも、こうした犬どものかみあった事実はたくさんあったが、それにはふれないでおこう。ここでは、蒋介石に監禁されたことのある国民党の政治屋胡漢民《ホーハンミン》〔14〕も、さきごろ、われわれの提起した抗日救国六大綱領〔15〕の文書に署名したことだけをのべておく。胡漢民がたのみにしている広東《コヮントン》・広西《コヮンシー》派の軍閥〔16〕も、いわゆる「失地回復」とか「抗日と討匪《とうひ》〔17〕の併進」(蒋介石のばあいは「討匪をさきにし、抗日をあとにする」)といった欺瞞的なスローガンをかかげて、蒋介石と対立している。どうだろう、すこし変ではないだろうか。変ではない。それはただ、大きな犬と小さな犬、食いぶくれた犬と飢えた大の、とくにおもしろい争いであり、大きいとはいえないが小さくもない裂け目であり、痛しかゆしの矛盾である。だが、そのような争い、そのような裂け目、そのような矛盾も、革命的な人民には役にたつ。われわれは、敵の陣営内のすべての争いや裂け目や矛盾をみんなあつめてきて、当面の主要な敵とたたかうために利用しなければならない。
 こうした階級関係の問題をまとめてみると、日本帝国主義が中国中心部に攻めこんできたこの基本的な変化のもとで、中国の各階級の相互関係に変化がおこり、民族革命陣営の勢力が大きくなり、民族反革命陣営の勢力が弱まった、ということになる。
 つぎに、中国の民族革命陣営内の状態についてのべよう。
 まず、赤軍の状態である。同志諸君、ご承知のように、ほぼこの一年半のあいだに、中国の三つの赤軍主力部隊が陣地の大移動をおこなった。昨年八月、任弼時《レンピーシー》同志〔18〕らのひきいる第六軍団が賀竜《ホーロン》同志のところへ移動をはじめて〔19〕から、つづいて十月には、われわれの移動がはじまった〔20〕。ことしの三月には、四川《スーチョワン》・陝西《シャンシー》辺区の赤軍も移動をはじめた〔21〕。この三つの赤軍部隊はいずれも、もとの陣地を放棄して、新しい地区に移動したのである。この大移動で、もとの地区は遊撃区に変わった。また、移動中に、赤軍自身はひどく弱まった。もし全局面のなかのこの面だけを見れば、敵は一時的、部分的な勝利をおさめ、われわれは一時的、部分的な失敗をなめたことになる。こうしたいい方は正しいだろうか。わたしは正しいとおもう。それは事実だからである。しかし、あるもの(たとえば張国Z《チャンクォタオ》〔22〕)は、中央赤軍〔23〕は失敗したという。このことばは正しいだろうか。正しくない。それは事実ではないからである。マルクス主義者は、問題を見るばあい、部分を見るだけでなく、全体をも見なければならない。井戸のなかのかえるが「空の大きさは井戸口ほどだ」というなら、それは正しくない。空の大きさは井戸口ぐらいのものではないからである。だが、もし「空のある部分の大きさは井戸口ほどだ」というなら、これは正しい。事実に合っているからである。われわれはいう。赤軍は一つの面(もとの陣地を確保した面)からいえば失敗したが、もう一つの面(長征計画を完遂した面)からいえば勝利した。敵は一つの面(わが軍のもとの陣地を占領した面)からいえば勝利したが、もう一つの面(「包囲討伐」や「追撃討伐」の計画を実現する面)からいえば失敗した。われわれは長征をやりとげたのだから、こういってこそ適切である。
 長征についていえば、それにはどんな意義があるだろうか。われわれはいう。長征は歴史の記録にあらわれた最初のものである。長征は宣言書であり、宣伝隊であり、種まき機である、と。盤古が天地をひらいてから、三里五帝Aをへて、こんにちにいたるまで、われわれのこのような長征がかつて歴史上にあっただろうか。十二ヵ月のあいだ、空ではまいにち何十機という飛行機が偵察と爆撃をおこない、地上では何十万という大軍が包囲し、追撃し、阻止し、遮断《しゃだん》し、途上ではことばでいいつくせない困難と険害に出あったにもかかわらず、われわれはめいめいの二本の足を動かして二万余華里を踏破し、十一の省を縦横断した。われわれのこのような長征がかつて歴史上にあっただろうか。なかった、いまだかつてなかった。長征はまた宣言書である。それは、赤軍が英雄であり、帝国主義者やその手先蒋介石などのやからはまったく無能であることを全世界に宣言した。長征は、帝国主義や蒋介石の包囲、追撃、阻止、遮断が破産したことを宣言した。長征はまた宣伝隊である。それは、十一の省のおよそ二億の人民にたいして、かれらを解放する道は赤軍の道しかないことを宣布した。もしこの壮挙がなかったら、世界には赤軍というこの大きな道理があることを、広範な民衆はどうしてこんなに早く知ることができただろうか。長征はまた種まき機である。それは、十一の省にたくさんの種をまいたが、それらは芽をだし、葉をのばし、花をきかせ、美をむすび、やがては収穫されることになる。要するに、長征はわれわれの勝利、敵の失敗という結果をもって終わりをつげた。だれが長征を勝利させたのか。共産党である。共産党なしには、このような長征は想像することもできない。中国共産党、その指導機関、その幹部、その党員は、どんな困難や苦労もおそれない。革命戦争を指導するわれわれの能力を疑うものは、すべて日和見主義の泥沼におちこむだろう。長征が終わったとたんに、新しい局面があらわれた。直羅《チールオ》鎮の戦いは、中央赤軍と西北赤軍が兄弟のような団結によって、売国奴蒋介石の陝西・甘粛《カンスー》辺区にたいする「包囲討伐」を粉砕し〔24〕、全国の革命の大本営を西北地方におくという党中央の任務のための基礎がための式典となった。
 赤軍の主力部隊は以上のようであるが、南方各省の遊撃戦争はどうだろうか。南方の遊撃戦争は、ある程度の挫折をこうむったが、消滅されてはいない。多くの部分が、回復し、成長し、発展しつつある〔25〕
 国民党の支配地域では、労働者の闘争は、工場のなかから工場のそとへ、経済闘争から政治闘争へとむかっている。労働者階級の反日・反売国奴の英雄的な闘争の気運は大きくもりあがっており、爆発の時期はそう遠くはなさそうにおもわれる。
 農民の闘争はやんだことがない。外患、内憂、さらに自然災害などの圧迫のもとで、農民は遊撃戦争、一揆《いっき》、米よこせ騒動など、さまざまな形態の闘争を広範に展開している。東北地方や河北省東部の抗日遊撃戦争〔26〕は、日本帝国主義の進攻に回答をあたえているのである。
 学生運動は、すでにきわめて大きな発展をとげており、今後はいっそう大きく発展するにちがいない。だが、学生運動が持久性をもち、売国奴の戒厳令や、警察、スパイ、学校ゴロ、ファシストの破壊と虐殺の政策をつきやぶるためには、どうしても労働者、農民、兵士の闘争に呼応する以外にない。
 民族ブルジョア階級と、農村の富農、小地主らの動揺、ひいては抗日闘争への参加の可能性については、まえにのべた。
 少数民族、とくに内蒙古の民族は、日本帝国主義に直接おびやかされて、闘争に立ちあがりつつある。将来は、華北地方の人民の闘争や西北地方の赤軍の活動と合流するだろう。
 すべてこうしたことは、革命の勢力配置が、局部的なものから全国的なものに変わり、不均等状態からしだいにある種の均等状態にうつりつつあることをしめしている。いまは大変動の前夜にある。党の任務は、赤軍の活動を全国の労働者、農民、学生、小ブルジョア階級、民族ブルジョア階級のすべての活動と合流させて、統一的な民族革命戦線を結成することである。


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