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    政権の問題

 県、区、郷の各級の民衆政権はどこにも組織されているが、名実あいともなっていない。多くの地方には労農兵代表者会議といわれるものもない。郷、区ないし県の政府の執行委員会は、いずれも大衆集会の形式で選出されたものである。にわか集めの大衆集会では、問題を討議することもできず、大衆に政治的訓練をほどこすこともできず、そのうえ知識分子や投機分子にもっともあやつられやすい。一部の地方には代表者会議がつくられたが、それもまたたんに執行委員会を選出する臨時の機関としか考えられていず、選挙が終われば、実権は委員会ににぎられてしまい、代表者会議はそれ以上口にもされなくなっている。名実ともにそなわった労農兵代表者会議の組織がないわけではないが、ただ非常にすくない。このようになっているのは、代表者会議という新しい政治制度についての宣伝と教育が欠けているからである。封建時代の独断専制の悪い習慣が、大衆から一般党員まで頭のなかにしみこんでいて、すぐにはとりのぞくことができず、ことごとに安易な道をとり、わずらわしい民主主義制度をこのまないのである。民主集中主義の制度は、それがもっとも大衆の力を動員することができ、もっとも闘争に有利なものであることを大衆に理解させるように、革命闘争のなかでその効力を発揮しなければ、普遍的に、実際に、大衆組織に適用されることにはならない。われわれは以前のあやまりをしだいにただしていくように、いま各級代表者会議の詳細な組織法(中央委員会の大綱にもとづいて)をつくっている。赤軍内でも、兵士委員会だけあって兵士代表者会議のなかった従来のあやまりをただしていくように、いま各級兵士代表者会議を恒常的なものとして確立しつつある。
 現在民衆にひろく知られている「労農兵政府」とは、委員会のことである。というのは、かれらはまだ代表者会議の権力について知らず、ほんとうの権力機関は委員会だとおもっているからである。代表者会議をよりどころとしない執行委員会がことがらを処理すると、とかく大衆の意見から遊離しがちで、土地の没収や分配をためらったり、妥協したり、経費を乱用したり、汚職をしたり、また白色勢力をおそれたり、あるいはそれと断固たたかおうとしなかったりすることが、いたるところにあらわれる。委員会もまた、全体会議を開くことはまれで、問題があれば常任委員会で処理する。区や郷の政府になると、常任委員会もあまり開かず、問題があれば、委員会に常勤している議長、秘書、財務委員、または赤衛隊長(暴動隊長)の四人が、それぞれ自分で処理し決定する。だから、民主集中主義は、政府の活動のなかでもまだ板についていない。
 初期の政府委員会では、とくに郷の政府では、小地手、富農がきそって役職につこうとする。かれらは赤い腕章をつけ、さも熱心なふうをよそおい、ごまかしの手をつかって政府委員会にもぐりこみ、すべてを一手ににぎり、貧農の委員をたんなるわき役にしてしまう。闘争のなかでかれらの仮面がはぎとられ、貧農階級が立ちあがったのちでなければ、かれらを追いだすことはできない。このような現象がどこにでもあるわけではないが、かなり多くの地方でみられた。
 党は大衆のあいだできわめて大きな権威をもっているが、政府の権威はそれよりもずっとひくい。これは手間をはぶくために、党が多くのことがらを直接に処理し、政権機関をそっちのけにしておくからである。このような状況はかなり多い。政権機関内の党グループは、地方によってはないところもあり、あっても、うまく運用されていない。今後、党は政府を指導する任務を遂行しなければならす、党の主張と措置は、宣伝を別として、実施のさいは政府の組織を通さなければならない。国民党のように、直接政府に命令するまちがったやり方は避けなければならない。


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