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     組織せよ

 湖南省の農民運動は、運動がすすんでいる湖南省中部と南部の各県についていうと、だいたい二つの時期にわけられる。昨年一月から九月までが第一の時期、すなわち組織化の時期であった。この時期のうち、一月から六月までは秘密活動の時期であり、七月から九月までは革命軍が趙恒[小+易]《チャオホンティー》〔2〕を追いはらい、公然と活動した時期であった。この時期には、農会@の会員数は、総計三、四十万にすぎず、直接指導できる大衆も百万人あまりしかなく、農村にはまだなんの闘争もおきていなかったため、各界からは農会にたいしてこれといった批判もおきなかった。農会の会員は、道案内をしたり、偵察をしたり、運搬人夫になったりするので、北伐軍Aの将校のなかには、まだこれをほめたりするものもいた。十月からことしの一月までが第二の時期、すなわち革命の時期である。農会の会員は二百万に激増し、直接指導できる大衆は一千万人に増加した。農民が農会にはいるばあい、大部分は、一家で一人の名まえしか書かないので、会員が二百万なら、大衆はだいたい一千万人いることになる。湖南省の全農民のうち、ほとんど半分が組織された。たとえば、湘潭、湘郷、瀏陽《リウヤン》、長沙、醴陵、寧郷《ニンシァン》、平江《ピンチァン》、湘陰《シァンイン》、衡山、衡陽《ホンヤン》、耒陽《レイヤン》、[林+おおざと]《チェン》県、安化《アンホワ》などの各県では、ほとんど全部の農民が農会の組織に結集しており、農会の指導のもとにある。農民は、広大な組織をもっと、ただちに行動をはじめた。そこで、四ヵ月のあいだに、かつて見たこともないような農村の大革命がまきおこされたのである。


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