漫歩計の山行記録: 京都北山・廃村八丁
−時間が止まったような静かな廃村−

2004年7月19日

コース:
 菅原集落 --- ダンノ峠 --- 刑部滝 --- 四郎五郎峠分岐 --- 廃村八丁 --- 八幡宮 --- 分教場跡 --- 847mピーク --- 衣懸坂 --- オリ谷 --- 菅原集落


 京都北山の奥に位置する廃村八丁。周囲を800m前後の険しい山に囲まれたこの八丁は、現地にある説明板によれば、1878年(明治11年)6月に上弓削村と佐々里村との境界が決定するまでの600年もの長い間、権益争いを続けた土地なのだそうです。

 1682年 公儀の御留山として立ち入り禁止となる
 1701年 周山吉太夫の請負山となる
       上弓削村から3名・広河原村から2名が炭焼きを職として新畑を開いて居住
 1743年 上弓削村の請負山となり上記5戸も上弓削村の山番として定住
 明治維新になって佐々里村から八丁山払い下げ願いが出される
 これを聞いた上弓削村も直ちに払い下げを嘆願
 その結果、居住していた山番5戸を味方につけた上弓削村の領地と決定
今も残る八幡宮への参道
今も残る廃村八丁・八幡宮への参道

 1900年(明治33年)には分教場も設けられ、児童8人に先生1人が住み込んで教鞭を取ったのだそうですが、1933年(昭和8年)から翌年にかけての冬、3mを越すような大雪に見舞われて陸の孤島となり、食料が欠乏し、病人が出ても医者を呼ぶすべも無く、葬式さえあげられないなど、悲惨きわまる被害が出たのだそうです。住民は仕方なく村をあげて山をあとにすることになり、遂に1936年(昭和11年)、廃村と化したのです。
 なお今も登山口の菅原集落には、八丁に住んでいた方がおられるのだそうです。

 京都バスの菅原バス停から小さな橋を渡り、のどかな集落を抜けて、すぐに分岐があります。これを右に取り、ダンノ峠を目指します。2人の先行ハイカーがいましたがそれ以外は歩く人もなくひっそりしています。
 静かな林の中を緩やかに登り、やがて沢道と尾根道の分岐に出ます。どちらを取ってもあとで合流します。今回は明るい方の尾根道を選択。
 尾根道はのっけから休みなく登りが続き、ぐんぐん高度を稼ぎます。好天で風もなく汗が吹き出ますが、長くは続かず、やがて右下から沢道が合し、さらにひと登りすると、小広いダンノ峠に到着。ここは不明瞭ながら4差路になっており、右は品谷山へ、左は尾根道経由で卒塔婆峠への道です。

 休憩して呼吸を整え、直進して下り始めます。登りと違って緩やかな下りです。静かな、本当に静かな、物音一つしない美しい雑木林です。熊よけの鈴の音だけが響きます。やがてさらさらという小さな沢音が聞こえるようになり、刑部谷と四郎五郎峠への分岐に出ます。後者の方が道は良いらしいですが、滝が見たくて刑部谷経由を選び、左の小尾根を乗り越えます。
 尾根から下りにかかると急に道は険しくなり、ロープや岩をつかんでの急下降の踏み跡を慎重にたどります。小さなナメ滝を経て右奥に刑部滝が見えます。さらに悪路は続き、幾度も渡渉を繰り返しながら、壊れた橋や桟道を注意しながら下ります。緊張させられる道です。滑ると川にはまって濡れるだけでなく思わぬ負傷を招く危険があります。
 ようやく右から四郎五郎峠からの道が合流し、さらに沢を慎重に下ると、廃村八丁に到着です。

刑部谷の桟道廃村八丁の石垣と道路跡
刑部谷の桟道
廃村八丁の石垣と道路跡

 八丁に残るのは立派な石垣と、低い石垣で区切られた道路、崩れた土蔵跡、そして鳥居と八幡宮のみです。大学の山小屋や森林パトロール員の建物がありますがもちろん当時のものではありません。何も無い、本当に何も無い、風が吹き抜けるだけの静かな廃村です。
 白壁に銀座の風景や水着美人が描かれていたと言われる土蔵も、今は倒壊し一部材木が残るのみ。かつては子供たちの歓声が響き、楽しい暮らしがあった村。厳しい冬に耐えかねての離村は、どんなにつらかったことでしょうか。
 丸木橋を越えると右に小さな手作りの鳥居があり、苔むす石段を登ると八幡宮のお社が今も残っています。思わず手を合わせました。かつての住民やその子供たちでしょうか、今なおこの小さな神社にお参りする人は絶えないようです。
 さらにババ谷方面へ進むと森林パトロール員の建物があります。その前の平地はかつて分教場だった所です。卒塔婆峠への道の途中には村民の墓も残っています。
 なお、森林パトの建物には、半住み込み状態の「村長」と称する男性がいました。風呂も作り、生活用具を持ち込んで、食料調達に外部へ出る以外は(暖かい季節だけでしょうが)ここで暮らしているようです。もう一人、村長の友人なのか、地元の人らしき男性もいて、こちらもちょくちょく逗留している様子。これでいいのでしょうか? おおらかに考えるべきなのかも知れませんね。でも勝手に「八丁神社」と称するお社を作ったりするのは如何なものか・・・。親切に道を教えてはくれましたが。

八幡宮
八幡宮

 お二人のお薦めに従い、建物の前から、斜面を直登して、847mピークを目指します。一度卒塔婆峠へ出てから尾根道を行くよりこの方が近いのです。かなりキツイ道ですが迷わない程度に踏み跡があり、幾つかコブを乗り越えて、40分ほどで稜線に出ます。ここを左に折れてさらに尾根を忠実に進むと、847mピークに着きます。展望はありませんが、風が吹き抜けて休憩にいい所です。

 ピークからは尾根をはずれ、右へ下り、オリ谷に向かいます。すぐに急に展望の開ける場所に出ます。ここをさらに右に急坂を下ります。誤ってまっすぐ行ってしまいやすい場所ですが、木に巻かれたテープをよく確認すれば大丈夫です。
 杉の若木の植林を5分も下ると衣懸坂。小塩からの道が右に見えます。ここからは砂礫の歩きにくい坂道を左に下って行き、30分ほど辛抱して下れば沢に出ます。少し道が不明瞭になりますが、幾度も沢を渡渉しながら、注意深くルートを確認して下れば、最後に林道状の広い道に出て、あとはのんびり菅原へ戻るのみです。

 出発は9時10分、帰着は15時10分。6時間の山里散歩は、休日なのに、最初に見かけた二人と、半住民の二人以外は誰にも会わない、静かな山歩きでした。どこか心に残る、ふるさとの面影を感じることのできる、いいコースです。


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