漫棚通信

海外のマンガの棚その1


ジェラール・ブランシャール「劇画の歴史」

 ジェラール・ブランシャール「劇画の歴史」。1974年河出書房新社から発行されています。原題は「la bande dessinee」バンド・デシネとそのものずばりのタイトルで原著発行は1969年。これを「劇画」と訳したのは時代というものでしょう。図版が豊富な大著で定価3200円ですが、当時ゾッキ本として古書店に大量に出回っていた記憶があります。

 日本のマンガの歴史なら鳥獣戯画から始まるところですが、この本は「旧石器時代の記号」「エジプトの死者の書」から始まり、中世、石版画、写真の発明と続き、コミックストリップの元祖といわれる「イエローキッド」に言及されるのは、ちょうど半分のところで、いやあ、実にアカデミックな本です。バンド・デシネの定義は、一般的には「19世紀末にアメリカの新聞紙上に現われ、映画の影響や極めて秀れた才能を持ったデッサン画家達によって完成したアメリカ式の絵物語」だそうですが、この本ではもっと広くとらえるとして、こういう「イエローキッド前時代」に多く筆をさいているわけですね。 

 またこの本の特徴として、マンガと映画の関係に多く言及され、マンガは初期の映画に影響を与え、後には映画がマンガに影響を与えたと主張されています。日本では、手塚マンガへの映画の影響がよく言われますが、西洋でも同じ様なことが考えられていたわけです。

 アメリカの本なら、新聞マンガであるコミックストリップと、いわゆる「アメコミ」を別々に論じたものがほとんどですし、日本のものには西洋に対する視点はありません。その点、このフランス人の書いた本は、大西洋の両側、タンタン・スヌーピー・バットマンまでとりあげられ、通史として良くできています。もちろん、東洋・日本に対する言及は全くなし。まあこちら側としましても、西洋マンガに対する通史的な本はないわけですから、あいこと言えばその通り。「世界のマンガの歴史」という本が書かれる日は来るのでしょうか。

 この本の欠点は、固有名詞の訳が通常と異なること。たとえば、マッケイの「恐竜ガーティ」が「恐竜ジャーティ」。マーヴェルの「スタン・リー」は「サタン・リー」。そして当時すでに日本語訳があった「THE WIZARD OF ID(イドの魔法使い)」はなぜか「無意識(イド)のニーザー」となっています。ニーザーって何?(2003/8/23/土)


9.11に「9-11」を読む

 今年も9.11がきました。あれから2年。アフガニスタン、イラク、さらに戦争がおこるかもしれない時代になってしまいました。

 9.11にアメリカのマンガ家はどう考えたか。「9-11」は全2巻。第1巻は「9-11: Artists Respond」、第2巻「9-11: The World's Finest Comic Book Writers and Artists Tell Stories to Remember」と題され、共に2002年の早い時期に発売されました。第1巻はダークホース、カオス、イメージコミックスの作家たち、第2巻はDCコミックスの作家たちの作品を集めたものです。1ページから数ページまでの短いものばかり。第1巻の有名どころはフランク・ミラー、アラン・ムーアら。スーパーヒーローが出てくるのは第2巻で、表紙はアレックス・ロス。いろんな人種・民族の消防士・警官・市民たち(犠牲者でもあり救助者でもあるのでしょう)がすっくと立ってこちらを眺めているポスターを、スーパーマンとスーパードッグが見ている。過去のアメコミ雑誌表紙をまねた構図です。参加作家は、ジム・リー、ニール・ゲイマンとクリス・バチャロなど。なつかしやリチャード・コーベン、ニール・アダムス、ジョー・キューバートも。

 読んでいると暗い気持ちになってしまい、とても面白いとは言えない本です。事件から比較的早い時期に描かれたこともあり、作家たちの反応はまず驚きと悲しみ。事件を越えて前進しようとはいうものの、どの方向への向かうのかこの時点ではだれも解っていません。争いはやめて全地球的に手を握ろうというフラワーチルドレン的な絵もあります。

 一方、マーヴェル。先日新潮社から発売された「アメコミ&ムービー・スーパーガイド」の付録として「スパイダーマン 9.11」が日本語で読めます。こちらはスーパーヒーローを前面に押し出した構成で、スパイダーマン・Xメンたちがツインタワーで救助活動に参加。変なのは、マグニートーやドクタードゥームらの悪役も爆心地で涙しています。言葉では「理性と良識を持ち、仕返しをしてはいけない」と語られています。とはいうものの最後のページではいろんな人種・民族の消防士・警官・市民たち(とスーパーヒーローたち)がこちらを眺めている。「9-11」第2巻の表紙と同じです。しかもこちらは星条旗がバックにはためいています。

 この構図はアメコミ作家たちのお気に入りで、同じものが「9-11」第2巻の中で3回は出てきます。しかもすべてバックに星条旗を背負っている。彼らはなんらかの未来を見つめています。その後のアメリカの行動を見ていると、彼らの視線の先には戦争があるとしか思えませんが。(2003/9/10/水〜9/11/木)


主婦の友社版「タンタン」を知ってるかい

 エルジェの「タンタン」シリーズ。現在はもちろん福音館書店から出版されてます。先日、やっと4年ぶりに「金のはさみのカニ」が発売されるとアナウンスされたばかりですね。

 日本で最初にタンタンを訳したのは主婦の友社。1968年に「ぼうけんタンタン」というシリーズ名で「ブラック島探検」「ふしぎな大隕石」「ユニコン号の秘密」の3冊が出ています。原語版とは違うこの出版順序は福音館書店版でも踏襲されました。

 変形版で、福音館の本を上下2つに切った版型と考えて下さい。横長の本になります。エルジェは定型的に1ページを縦4段に割って描きますから、この版では縦2段。この時代オールカラーのマンガなぞ日本にはありませんでしたから、カラーページはほんの少しですが、中間色の印刷はなかなかきれいです。単色ページは、いやあこれも時代ですねえ、黒インクじゃなくて、青・茶・緑インクで印刷。1冊250円は同時期の新書版マンガが220円ぐらいですからやや高めか。スノーウィはフランス語版どおり「ミロ」です。

 「新進の放送作家、阪田寛夫先生(のちの芥川賞作家です。直木賞の候補になったことも。)」の訳ですが、「ウキャキャのウキャキャのワッホッホ! こりゃまびっくりぐうぜんのイッチッチ!」「チョイまちぐさ!」「ラカンのタカラをまわそじゃないか!」「ナムアミタンタンゆるしてちょうだいホウレンソウ」いくらフランス語エスプリの訳が難しいといっても脱力。(2003/9/14/日)


桑田次郎の「バットマン」

 アメリカで実写版「バットマン」がABCで放映開始されたのが1966年。爆発的な大ヒットとなりました。近年のティム・バートン版の暗いイメージとは正反対、真っ昼間原色の怪人たちが殴り合う作品です。日本でも1966年4月からフジテレビで放映されましたが、まだカラーテレビがあまり普及していなかったことと、ポップなつくりが日本人の感性に合わず、あまり人気が出なかったそうです。

 これに呼応して、1966年7月に少年画報社から雑誌「バットマン」が創刊されました。わたし現物を持ってませんが、当時の広告によりますとオールカラーで定価70円。1967年2月までに7冊刊行。(実は少年画報社は1959年から1961年までに「スーパーマン」も14冊刊行しています。)

 このころ「少年画報」本誌の方では「マグマ大使」「怪物くん」が看板作品でしたが、ここに桑田次郎(現在は二郎)の「バットマン」が連載されました。1966年7月号から1967年4月号まで。この年少年画報社はかなりバットマンをプッシュしていて、1966年6月号と7月号の表紙は日本人の子供モデルがロビンに扮した写真です。「快速バットマン・カー」や「バットマンヘリコプター」などの付録もありました。「少年画報」だけでなく、同時期に「週刊少年キング」でも「バットマン」は連載されました。

 桑田次郎の「バットマン」は、あのシャープな線で描かれあくまでクール。アメコミのイメージよりも、8マンに近い感じでしょうか。このころのアメリカのバットマンは、当初の夜の怪人であることを捨てキッチュさを表面に出していた時期ですから、むしろ桑田版の方がバットマン本来の夜のイメージを出していたかもしれません。版権を考えると再版はまず無理?(2003/9/21/日)


ロード・トゥ・パーディションと子連れ狼

 トム・ハンクス主演の映画「ロード・トゥ・パーディション」。原作は1998年に発表された同名のマンガで、ストーリーはマックス・アラン・コリンズ、絵はリチャード・ピアース・レイナーです。コリンズは「ディック・トレーシー」などのストーリーを書いていたヒト。

 エピグラフ(巻頭に書く引用句のことですね)に

You must choose a road for yourself. -Kazuo Koike

とありまして、もちろんこれは小池一夫です。

 マンガ「子連れ狼」19話「刺客街道」で、妻と一族を柳生に殺された拝一刀が、赤ん坊の大五郎(まだ言葉わかってません)に手鞠と刀のどちらかを選ばせる。手鞠を選べば大五郎を殺し、刀を選べば父と一緒に刺客道を歩ませるつもり(ムチャしてると思いますが)。「大五郎! 己の道は己でえらぶがよい!」これがこのエピグラフです。

 映画化された後で出版された新版の序文で、コリンズは次のように書いています。1994年、ジャパニーズマンガマニアの編集者に「子連れ狼」を読まされてストーリーを思いついた。マンガと若山富三郎主演の6本の映画を見て研究したと。日本人としては萬屋錦之介のTV版を押したいところですが、これについては言及ありませんね。

 Perditionパーディションとは、この作品ではカンサスの田舎の地名ですが、もともと地獄のこと。タイトルからしてまるきり「冥府魔道」ですね。この言葉からして小池一夫の造語のようですが。

 時代は1930年。主人公のマイケル・オサリヴァン(映画版ではサリヴァン)は「死の大天使」と呼ばれる殺し屋。アイルランド系ギャングのオールドマン・ルーニーに仕えています。ルーニーの息子クレージーサン・コナーと仕事に出かけたマイケルは、殺人の現場を長男のマイケル・ジュニアに目撃される。このため、マイケルはオールドマン・ルーニーに裏切られ殺されそうになり、コナーはマイケルの留守を襲いマイケルの妻と次男を殺してしまいます。マイケルはマイケル・ジュニアを連れて復讐の道へ。「子連れ狼」そのままであります。マイケルは地元の同僚ギャングたちのところへ殴り込みますが、なぜかガンを使わず剃刀でざっくざっくと。その後シカゴへ向かいます。

 マイケル・オサリヴァンはシカゴでアル・カポネの片腕フランク・ニティに会い助力を求めますが、断られ、壮絶な銃撃戦となります。まあ強いこと強いこと。まさに拝一刀なみです。

 このあたりから映画版とは展開が異なり、この後マンガ版ではアル・カポネやエリオット・ネス(アンタッチャブルのヒトです)が登場します。オールドマン・ルーニーは、映画版でポール・ニューマンが演じた重厚な人物とは違い、マンガ版では情けない老人でネスに逮捕され刑務所行き。マイケルは白髪の老ギャンブラーに変装し、賭博船から売り上げを強奪したりします。総じてマンガの方が映画より派手なシーンやアクションが多いですね。マンガ版ではマイケル・ジュニアも人を撃ちます。映画の主要登場人物であるジュード・ロウの演じた殺し屋は、マンガでは5コマ登場するだけです。

 アメコミは日本のマンガとは文法が違い、ましてグラフィック・ノベルと呼ばれるこれらの大人向けの作品は、さらに映画や絵物語に近いようです。絵は白黒のペン画。影にこだわったコントラストの強い写実的な絵ですがけっしてうまくなく、一番困るのは主人公の顔が角度によって同じ人物に見えないということ。写真を絵の参考にして描いているようですが、正面下から主人公をあおる顔のアップなどはなんども同じ絵が出てきて興ざめ。もちろんアクションシーンは小島剛夕が100倍うまい。

 この作品は映画化もされ大成功をおさめたマンガですが、まるきり「子連れ狼」であるというところが、日本マンガファンとして自慢であるようなくやしいような。(2003/9/27/土〜9/28/日)


ツル・コミック社の海外マンガ

 スヌーピーやチャーリー・ブラウンでおなじみ、チャールズ・シュルツの「ピーナツ・ブックス」のシリーズを日本で初めて刊行したのは鶴書房。第1巻の「アッカンベー!!チャーリー・ブラウン」が1969年に発行されています。そして、社名をツル・コミック社に変え、雑誌「スヌーピー」を1971年に創刊。1972年には「海外コミック専門誌」の「WOO」を創刊しました。表紙はロバート・クラムの「フリッツ・ザ・キャット」。昨年、河出書房新社から作品集が発売されましたね。

 ツル・コミック社は、雑誌とピーナツ以外にも単体の海外マンガを多く刊行しました。まず、ピーナツ・ブックスと同じ版形で、「和英対訳まんがツル・コミック」と題して「アンディ・キャップ」(イギリスのマンガ、大橋巨泉訳です)、「ビートル・ベイリー」(軍隊コメディ)、「ブロンディ」、「リトル・キング」(ふたつとも漫画讀本の昔からおなじみ)、「B. C.」(原始人マンガ)、「イドの魔法使い」(中世王国ギャグ)。

 そしてB5版「ワールドコミックス」として1冊100円のシリーズも刊行。「ビートル・ベイリー」、「ブロンディ」、「ポパイ」、「わんぱくデニス」(映画にもなりましたね)、「ミス・ピーチ」(学園モノ)、「キャロリーナ・イエス」(なんとスェーデンのスパイマンガ)、「セイント」(怪盗モノ)、「ケリー・ドレイク」(探偵モノ)、「ラブ」(恋愛モノ)、「フラッシュ・ゴードン」(伝説のアレックス・レイモンドの作品ではなく、後年に他の画家が描きついだもの)の10冊。

 さらに「ツル・ターザン・ブックス」と題して「帰ってきたターザン」「王者ターザン」を刊行しました。これも残念ながらハル・フォスター、バーン・ホガースの古典でなく、当時現役でターザンを描いていたラス・マニングの作品。

 海外マンガは、発売されては消え、を繰り返しています。ツル・コミック社の作品群も長続きしませんでしたが、ピーナツだけは他社に移り発売が続いていきます。(2003/10/3/金)


ニール・アダムス「スーパーマン対モハメド・アリ」

 いやあ、アリも猪木と戦ったり、スーパーマンと戦ったり大変だ。1978年マーベリック出版から「月刊スーパーマン」が創刊されました。その年の9月号増刊号として発売されたのが「スーパーマン対モハメド・アリ日本語版」。A4版をさらに横にちょっと引き延ばしたような大判の本。オールカラー80ページで当時ナンバーワン・アメコミ・アーチストだったニール・アダムスのアートが楽しめます。

 ニール・アダムスがコミックブックで最も活躍したのが1960年代後半から1970代前半。この本を描いた頃はコミックブックから離れ、レコード・ジャケット、映画ポスター、雑誌イラストなどの仕事をしていた時期。アメコミにはホントに絵の下手な作家が多いのですが(まあ日本でも同じか)、ニール・アダムスはともかくうまい。アクション場面よりも、見栄を切る場面の構図・ポーズの付け方は斬新で多くの亜流を生み、日本でもこのころから池上遼一がニール・アダムスの影響を受けていると指摘されていました。そして、顔の描き方のうまさ。この本でも最も魅力的なのはアリの顔のアップです。

 ストーリーは、宇宙人から地球のチャンピオンと戦いたいと申し込みがあり、地球一のタイトルをかけてスーパーマンとアリがボクシングの試合をする。試合はアリが勝つが実は…というどうでもいいようなモノ。絵だけを見て下さい。(2003/10/4/土)


「週刊プレイボーイ」のスパイダーマン

 1976年はアメリカ建国200年。パレードとか能天気にやってましたが、日本では集英社「週刊プレイボーイ」が創刊10周年。でもって建国200年兼10周年特別企画として「スパイダーマン」を10週にわたって連載しました。1回8ページの2色。スクリプトはスタン・リー、ペンシラーは主にラリー・リバー、訳は滝沢解。

 第1回はスパイダーマン誕生の巻(叔父さんを殺した強盗を捕まえるまで)をダイジェスト。第2回から6回までは、スパイダーマンとファンタスティック・フォーのヒューマントーチとの共闘。悪役はミステリオ。第7回から10回までは新バルチャー(ハゲタカみたいな奴。空飛びます)登場の巻。すべてのページのハシラに文章が書かれておりまして、「早くも日本中の若者のハートをうばってしまったスパイダーマンの活躍は?」「次々とアクションの連続!!ドラマチックな場面展開!!日本の漫画では味わえない迫力でサービス満点だ!!」「悪には強いが寒さには弱いスパイダーマン。スーパーヒーローにも泣き所があるわけさ。しかし事が起れば…」あーうるさい。

 本家スパイダーマン誕生が1962年。池上遼一の「スパイダーマン」が1969年。1972年にツル・コミック社の「WOO」創刊。1976年に週刊プレイボーイでスパイダーマン連載。1978年にマーベリック出版の「月刊スーパーマン」が創刊され、同じ年に光文社からスパイダーマンやファンタスティック・フォーの単行本が発売されました。アメコミは日本で定期的に出版が試みられるのですが、なかなか成功しない。そして、今。小学館プロダクションやメディアワークスもほとんどアメコミから撤退してるしなあ。アメコミ新潮はいつまでふんばってくれるか。(2003/10/5/日)


アレックス・ロスの大型本

 ペイント系アメコミの第一人者アレックス・ロス。代表作の「マーヴルズ」と「キングダム・カム」は日本語訳でも読めます。そしてワーナー・ブラザースのアニメ版「バットマン」「スーパーマン」のライターでありプロデューサーでもあったポール・ディニ。この二人が組んだDCの大型本シリーズ。B4版に近い大きさ、週刊誌2冊分でこれはでかい。

 「SUPERMAN: PEACE ON EARTH」「BATMAN: WAR ON CRIME」の2作は日本語訳がありますが、その他に「SAZAM ! POWER OF HOPE」「WONDER WOMAN: SPIRIT OF TRUTH」「JLA: SECRET ORIGINS」の計5作が発売されています。「スーパーマン」は世界の飢餓を救おうとするスーパーマンの話(とうてい無理なのですが)。「バットマン」では、犯罪被害者の少年が犯罪者となる話です。

 「シャザム!」はキャプテン・マーベルのかけ声。キャプテン・マーベルは「キングダム・カム」でアホアホ敵役ヒーローを演じて一方の主役でした。「シャザム!」ではこの能天気ヒーロー(作者たちは意識してそう描いています)は難病の子供たちと出会い自分の無能を知ります。「ワンダーウーマン」はわたしの世代にはTV版のリンダ・カーターですが、アレックス・ロス版ではもっと神々しい存在。世界政治と地域紛争に翻弄されます。シリーズすべての作品でポール・ディニはスーパーヒーローたちでは解決しない問題を提起します。

 「JLA」とはJUSTICE LEAGUE OF AMERICA。スーパーヒーローグループです。しかもプラスチックマンなどが含まれているように、かなり古い初代たち。ロスが描いていたポスターを中心に再構成したもので、残念ながらストーリーという様なものはありません。2ページずつヒーローを紹介したもので前4作のオープニングも流用。本編のページも短く、ロスやディニのインタビューが長く掲載されていますが、内容としてはもうひとつの作りです。(2003/10/11/土)


リーダーズダイジェスト社の「ディズニーの国」

 雑誌「ディズニーランド」どいえば、現在は講談社から刊行されていますが、以前には「ディズニーの国」という雑誌がありました。「リーダーズダイジェスト」という雑誌をご存じでしょうか。1922年創刊のアメリカの月刊誌で他の雑誌記事などの抜粋要約が主。海外版を含めると世界最大部数で、雑誌はこれ一冊でOKというのが宣伝文句でした。日本語版は1946年から1986年まで日本リーダーズダイジェスト社が発行していました。

 この日本リーダーズダイジェスト社から1960年に創刊されたのが「ディズニーの国」。わたしの手許にあるのは1963年8月号。B5版、総102ページの平綴じ、表紙はチップとデールで定価120円。この号の巻頭は「ピーターパン」(内容はアニメと同じ)32ページです。その他に「スキャンプ」(わんわん物語の犬のカップルの息子)5ページ。「チップとデール」1ページ。「ドナルドダック」1ページ。「巨人ポール・バニヤン」8ページ。「ドレイクおじさん」(ドナルドの甥、ヒューイ、デューイ、 ルーイの3人組を引き連れている発明家のアヒル。スクルージ叔父さんとはまた違います。)4ページ。

 マンガはすべて4色カラーで、どれもデッサンがバシバシにとれている。「ピーターパン」などアニメよりうまいんじゃないかと思えるほどの絵ですし、「スキャンプ」の犬その他の動物の動き・アングル自由自在。河出書房新社から発売されたディズニーのマンガ集の絵はあくまで「マンガ」でしたが、この雑誌の絵はまるでアニメーションの絵解きを見るようです。

 その他は主に童話で、連載が福永武彦と飯沢匡ら。別冊付録の「怪傑ゾロ」はなくしてしまいましたが、ディズニー制作の連続TV「怪傑ゾロ」が1961年から日本でも放映されていましたから、それに沿った内容だったはずです。次号予告を見ると巻頭は「ドナルドダック ハリウッドへゆく」。

 この後、日本リーダーズダイジェスト社はディズニーから撤退、1964年には講談社から「ディズニーランド」が創刊され、現在まで続くことになります。(2003/10/13/月)