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80年代の遺産

1.小説等の紙媒体や映像作品のような受け手が受動的な作品群に対し、2.インタラクティヴ性を導入することで受け手が能動的に触れあえる地点を指揮してみせたのがコンピューターゲームという作品群だ。3.インターネットはそこにさらにマルチプレーヤー性を導入しソーシャルネットワークが代表するように現実社会と結びつけれていくが、このページでは 2 の段階を眺めていきたい。

プレイするたびに構造が変わるローグライクも含め、制作者たちによる箱庭世界に受け手(プレイヤー)が潜り込んでいくこの 2 のタイプは、現実に対する避暑地のなかでも深い部分に位置していて、2 と 3 の間にあるMMORPGに至っては廃人(いわゆるヘヴィーな中毒者の呼称)を生むほど危険でもある。まぁ酒文化で存分に遊びながらもアルコール中毒にはならない人が大多数であるように、きちんとしていたら別に危険じゃないが、危険度は作品によってまちまちでもあり、それが中毒度として表記されるレビューもあるだろう。

当管理者は高校時代までMSX機を中心にむちゃくちゃゲームをしていてBASICでプログラムを組もうと努力していた時期もあったが卒業と同時にパッタリやめて、2007年までゲームに関してはブランクが空いているし、今でも次世代機以降の市販ゲームはあまり知らない。ただ、インターネット上に無料で落ちているフラッシュゲームやダウンロード系のゲームを支えている趣味性の高さ、つまり市販するには難しいこだわりの数々を見て80年代を思いだし、尚かつ、00年代ならではの空気感にも魅力を見いだし、たまにプレイしたりごくたまにハマったりしている。

しかしこのページで重要なのは、先の 2 の表現様式特有の技法とは何かという探究心だ。




Contents-目次-


ハード系改造マリオ
コラムX ■ 256W――イマジネーションの開拓
80年代の遺産 ゲームブック/MSX/ボードゲーム
コラム1 ■ LA-MULANA――プレーヤーが行動することが結果シナリオに組み込まれているというギミックの面白さ
コラム2 ■ ハイドライドII――インタラクティブ性考察
FREE-GAME LINK -2ch系,ドラえもん系 含む- 

ディアボロの大冒険(縛りプレイ) 









ハード系改造マリオ

このページはハードマリオを動画で鑑賞する管理者によって作られています。これから改造マリオをプレイしたい方/作りたい方はSMB アーカイブの"How to"にある七休氏のビギナーズガイドをよく読んでください。それだけを推奨します。このページに制作側/プレイヤー側の視点はありません。極北制作に関心のある動画鑑賞側の視点です。

2006年以降については、きっといつかもっと現場に近い誰かが語るだろうと期待する姿勢です。

このページは2009年のはじめに公開されましたが、2007年にだいたいまとめられました。ページ制作からページ公開までにブランクが2年近くありますが、それはこういうネット以前のメディア的動きが趣味圏内の自由を奪うのではないかと不安だったからです。が、結局公開したのは、なんだかこのまま消えていくのではないかと逆の不安が湧いたからです。

ハードマリオへの覚書(2007.4.5)

ハード系-改造マリオとの最初の出会いは、256Wを検索したときにマリオProの存在を見たときだが、それから時を経て、ニコ動にアップされたマリオProのプレイ動画に感動(必死で1面ずつクリアしていく長期連載動画で、孔明!!という単語が飛び交っていた。→はのちに死屍累々の人がやった方のプレイ動画)。で、時間を割いては他のも探して観まくっていたのだけれど、なにが面白いのか。まず、スーパーマリオブラザーズ同世代で実際にプレイしていたというのもあるけど(省略)、−1ワールドや365ワールドというバグ面があり(それがどうして起こるのかというユーザーの関心もあり、なによりT-1という素晴らしい偶然の産物があり)、制作者サイドはそんなバグ面関係をスーマリ2に一部導入(ポール越えなど)したどころか、スーマリ2自体が、マリオを完全攻略したプレイヤーへの(スキル的な)挑戦状というプロフェッショナルな市販ゲームだったのだから、そのソウルを受けた人たちによる改造マリオの登場は必然としか思えない。

ハード系の尋常ではない難しさと、見た目のバグっぽさ。オリジナルの制作者が想定していなかった壁抜け(悪魔の技)などの裏技も駆使しまくらなければならず、だからバグのような画面とプレイした際の難しさとはかなりのレベルで関係的に繋がっている。いうなればプレイ技術の過酷さ(内容)が視覚的に表現(形式化)されている。これはとてもモダニズムだ。そして、それを楽しむためには、バグ技の数々を知ることが必要だ(下記、Mana.氏や、ユウワン氏の項、参照)。

そうすると、ああここでこれが起こってるんだなと理解できる。そもそも、僕のような第三者がハードマリオを楽しむためには、プレイ動画があってこそであり(なぜなら、難しすぎて僕なんかにはダウンロードしたとしてもそれを技術的に楽しめない;だいたい理屈としてクリアできるだけで作者がクリアできないやつも多い)ゆえに、ここでスーパープレイヤーが重要視されざるを得なくなる。オリンピック級の長距離選手が落ちたら真っ逆さまになるような飛び石コースを芸術的に駆け抜けていくどころか壁を抜けたりあり得ない行動をする映像を見るようなものだ。つまり、過剰クオリティのマリオを作れる人がいて、過剰クオリティのプレイ能力を持った人がいて、それを同時に観賞することになる。プレイするというのはつまり楽しめているということだから、これは過剰な実験テキストを読書するためのシミュレーションでもある。

では、過剰はどこからくるのか?・・表現かもしれないが、モデルの開拓かもしれない。

ところで「無理ヲ」のワープルート・クリア者が現れた。検索してみるとoso氏で、2007.2.11にその動画を公開している。oso氏制作の代表作は「MMM (TRIPLE-M)」で2007.2.10にアップ。《無理ヲとハードリレーマリオを超える》というコンセプトで完全に継承者。こういうの好き。

link

 SMB Laboratory(SMB Utility)
 Je pense, donc je suis. プレイ動画〈死屍累々シリーズ〉mastermind/sistermind/桝田舞人
 IPS Re-Distribution
 わいわいの巣
 ○だ真理教 by ○だぐし/けい1 マリオの歴史


1985年 ファミコンカセット版スーパーマリオブラザーズ(任天堂)
オリジナル開発スタッフ
宮本 茂(1952年生まれ) スーパーマリオブラザーズの生みの親。
近藤 浩治(1961年生まれ ラテン系なマリオ音楽を担当。地上の曲は、あのジャズ界の巨匠・渡辺貞夫氏の影響を受けて作られたという。サウンドプログラム、効果音、音楽を全部一人で担当。
手塚 卓志(1960年生まれ) キャラクターデザインなどを手がける。蔦の木に登るアイデアは、この方によるものらしい。
森田 和明(1965年生まれ) プログラマー
大槻 由日喜 プログラマー

1987 トンカチマリオ(電脳 ウルフ アイ・ツー社)
19?? けい1氏「スーパー真理ブラザーズ」(アイ・ツー社製トンカチエディター使用)

 → エミュレータ
 → 改造マリオ

19?? 海外の_Demo_氏によるマップ改造ツール"Mario Improvement"

1998.11.29、当初Mario Improvementでオリジナルマップを作成していたM.K.S(マリオ工作員S)とM.K.H(マリオ工作員H)とが「スーパーマリオ改造計画」を発足。敵の詳細データを持つ けい1氏の協力を得てSMB Badguys Editor完成(未発表)。ルーム属性変更プログラムsmbAttrを経て1999年の中頃、完全に自由なオリジナルマップの作成が可能なSMB Utilityをリリース。※「マリオマニア」「マリオファン」「ボンバーマリオ」はM.K.H+M.K.S(もしくはどちらかの)作。

† らりっぱ氏「マリオプロ」もこの時期?

1999.12.13 七休氏「神風 Mario Bros.」

2001.11.29 誰でも簡単に作成できる正式版SMB Utilityリリース(フリーウェア)
2004.8.4 著作権者M.K.SがSMB Utilityのヴァージョンアップ作業を再開








マリ堕ち / 無理ヲ
falling mario 1 & 2

ニコ動→ マリ堕ち 無理ヲ

わ氏による「マリ堕ち」は、2001.2/9-3/30公開、続編の「無理ヲ」にしても2001.3/26-4/6公開だから、不条理系マリオの最発端に当たるようだ。初見時はマイナーアレンジされたBGMに幸福感を覚えたものだけれど、そしてスタート直後バグ技を知らなければ即死ぬ、その後次から次へと落ち着くことのできない状況の圧縮ぶりにも感銘を受けたのだけど、これ以前のハードマリオと大きく違うのはやはりバグと見まがうばかりの過剰にカオスな地形にあるように思う。わ氏のハックマリオはほとんど原型を留めていない(そしてそれが美しい)。ちなみに「無理ヲ」が尻つぼみに終わるのは、わ氏が途中で制作に飽きたからかも。しかし下記にあるように「マリ堕ち」「無理ヲ」のマリオは、堕落マリオであり、わ氏が象徴的にピーチの魔に敗れたのだと勝手に思いたい。
なぜピーチ姫と戦うのか
「マリ堕ち」にはわりと長いストーリーがある。(……)を用いて大部分省略しながら引用する。

マリオが斧を手にとり、橋を支えるロープを切断すると、クッパはまっさかさまに溶岩の中へと落ちていった。その様子を振り返ることもなく、先へ進むマリオの脳裏に一抹の黒い疑問がよぎった。「なぜ斧をあの場所に?」。8−4のループで苦しまされたマリオは、懐疑的になっていた。今までは受け流していたはずの、強力な魔力を持つはずのクッパがハンマーを投げつけてくることにさえ、強い疑念を抱くようになっていた。(……)
「ありがとうマリオ!あなたの冒険はいま終わりました。勇気あるあなたのために、私たちは新しい冒険を用意しましょう。――マリオは思わずビックリ! このうえまだ冒険を続けろと言うなんて……。そう思ったとたんに目の前はグルグルと……。気がつけば、そこにはまた別世界。やっぱりこの世界でも、クッパに捕えられたピーチ姫が、キミの助けを待っているのだ。やれやれと腰をあげるキミに天からピーチ姫の声――新しい冒険をがんばって。ここではBボタンでワールドを選べますよ――。」
 徳間書店「スーパーマリオブラザーズ攻略本」より
マリオはここにきて、キノコ王国一連の事件は、狂言であることを確信した。(……)上記の説明で十分に分かるとは思いますが、要するにピーチ姫にだまされていると気づいた堕落マリオが、彼女の監視下から逃れようとする本格アクション系恋愛ゲームです。マリオは堕落しながらも各階層でブロークン・ハートをゲットしていきます。8個目のブロークン・ハートをゲットしたとき、私は彼女の手から自由になれる…。彼は(なぜだか分からないし、そういう根拠もないのだけれど)そう信じているのです。ですが、ブロークン・ハートゲットの途には、ピーチから差し向けられた様々なの刺客が…。果たしてマリオはピーチの元から逃げ出すことができるのでしょうか?(ルイージも)

〈本格アクション系恋愛ゲーム〉という表記に感動する。そして、この堕落マリオとまさに姫であるピーチ姫との戦いは、ハードマリオのためのクリエイターMana.氏にも引き継がれていくだろう(引き継ぐだとかいう言い方はまぁ偽史的表現だ、etc.)。





HARD RELAY MARIO

youtube story

2003.4.3、「ハードリレーマリオ」の企画が表立って立ち上げられる。仕掛人はMana.氏で、いわく《ハードマリオ系のリレーとかやろうとしています。今のところ私とレイ氏。》そして集まった6人によって2003.7.24、ついに公開された。仕掛人Mana.氏によるこれまでの改造マリオにも見られたことだが、この「ハードリレーマリオ」には完結編的なストーリーがある。

Mana.氏、レイ氏、スノウアロウ氏、quark氏、ユウワン氏、七休氏によって作られた。

《ピーチは激怒した。/ 一国の王女たる自分に対し「ひとりピーチ」を行った、あのヒゲオヤジに。/ 何が「決死の救出」だ。クッパはいいから斧を取れ、斧を。/ 8−4最初の穴で幾度となく堕ちていく彼を見て、嫌な予感はしていた。/ 弱Bダッシュジャンプはおろか6*9ジャンプをもほぼ安定させていた彼が、そんなミスを犯すとは思えなかったからだ。/ それだけではなかった。/ 1−1「だけ」を淡々と繰り返す彼の姿にも、彼女は憤慨していた。/ どうしてポールを掴まった直後にリセットする。続きはやらないのか。/ キノコジャンプってなんだ。クリボーを赤ノコに変えてなんになる。/ やっと越したと思ったら、今度は1−2を延々とプレイし始める。いい加減にしろ。/ コインは壁を抜けるものではないし、その土管は−1面へ行くためのものではない。/ 奇抜なプレイはいいから、『普通にプレイしろ』。

 …ふと、思い浮かぶ妙案。/ 彼がそうするなら、自分もそうしてやればいい。/ 彼が二段ジャンプをしたいなら、させてやればいい。/ 壁抜け? 望むところだ。デフォルトで配置してやろう。/ しかし、それだけでは気がすまない。/ チビマリオはもとより、デカマリオ、果てはスター状態でさえも即死する『トゲ』。/ しかも当たり判定が改善された後期型ではなく、つま先が触れただけでも殺す、廃人仕様の前期型。/ これを四方に配置してやろう。

 ピーチの書く設計図は、キノピオたちを震撼させた。/ 本当にこれでいいのか、クリアできるのかという問いが殺到した。/ しかし、ピーチはそれらを黙殺する。/ 彼女は既に、クリアさせることを前提としてはいなかった。

 建築には三ヶ月と少しを要した。/ その間に彼は無理ヲを越したらしい。なんて奴だ。/ …まあいい。これで彼もおとなしくなる。いや、沈黙させる。

 数日後、ピーチは再びクッパを呼び寄せ、囚われの姫を演じる。/ マリオはため息をつきながらも、内心新しいステージへの期待感を高め、スタート地点へと足を運ぶ。

 彼は絶句した。/ ふたつの壁に閉ざされた部屋。/ 遥か上空に一マスの空間。あそこから抜けろと言うことか?/ …ああ、そう言うことか。/ それは自棄の笑みではなく、姫への嘲笑。/ こんなことで自分を止められると思ったのか、彼女は。/ 彼は一旦助走をつけ、跳躍する。/ 縦に並べられたブロック、その隙間へ足を掛け、更に高みへ。/ なんのことはない。彼は一気にその壁を登りつめる。/ さあ、彼女はどこに――。

 ぽたり。

 冷や汗が地面に落ちる。/ そこから広がる光景は、さすがの彼も閉口せざるをえなかった。

 ……。/ …ああ、どうやら、お姫様は本気らしい。》



>Mana.氏(モスクワ氏) official-site
上記のハードリレーマリオはゲーム内容自体が象徴的で最高に素晴らしいのだけど、僕はMana.氏のテキストにも興味を持ったのだ。2002年頃から改造マリオを発表しているようだけれど、例えば「athletic」シリーズ。02/06/29のpart1では《遊びに行こう? そういったのは彼女だった。/ その後、僕は後悔する》。02/09/15のpart2では《今度は大丈夫だから、ね? たしか、彼女はそんなことを言っていた。/ ああ、僕はまた、騙されたのか》。04/05/30のpart5では《お姫様のお気に召すままに。》――クッパなど、そこでは関係ない。ハードリレーマリオに至っては駒の1つでしかない。壮絶なピーチとマリオによる恋愛劇がそこでは繰り広げられている。僕はMana.氏に興味を抱いた(小説も少しある)。Mana.氏は〈マリオプロに惹かれて改造始めた人間〉だという。2004.4.11には現状の改造マリオの簡単さに不満を抱き、同年7.18にはジャンル〈ハードマリオ〉の後続者がいないことを嘆いている。2005.7.10には改造マリオの更新を止めていることについて語っている。ただし、過去のプレイ動画を現在も再公開している。

ところでMana.氏は「M-1」というマリオのバグ技をまとめたコピー本を2003.1.26にインテックス大阪で配布し、翌年、翌々年と2005.1.30までに関連動画入り「エムワンアットマナ」の1と2を制作している。上記リンク先にはハード型改造マリオを観るに欠かせないバグ技が丁寧にリストされ公開されているので、絶対に見てほしい(リンク先にある"Technique_List")。←あとニコ動のココ

>レイ氏
2001年に公開されたと思しきハゲオ(SUPER HAGEO BROS.)の制作者(MARIO→IPSとリンクをたどろう)。このハゲオにもストーリーがある。マップは壁に埋め尽くされてたりと面白い。
>スノウアロウ氏
ハードリレーマリオは1-3と1-8を担当。2000年頃から「ワトソンの冒険(スーパーワトソンブラザーズ)」を作ったりしつつもスノウアロウ氏作のハックマリオには短編が多い。
>quark(q_ark)氏 official-blog
ハードリレーマリオは1-4と1-7と、1-Aの最初の3画面を担当。出回っているハードリレーマリオ-プレイ動画のプレイヤーでもある。
>ユウワン氏 official-site
2001.6.7「AIR」以降、2001年の「入門マリオ」シリーズ(死屍累々の人が使われるバグ技を分かりやすく解説しながらプレイしたニコ動のはかなり必見)、2002.6.5「マリオプラス (2-1ワープ手順)」を経て2004年まで、当人いわくの〈むしろトラウマになって(改造マリオから)離れていってしまうくらいの殺伐とした雰囲気〉をもった改造マリオを発表している(2007年から姿勢を変えて再び制作開始)。裏技系マリオの初体験は七休氏の神風2らしい。ハードリレーマリオは1-3と1-6と、1-Aのあっさりした個所を担当。2005.5.4にハードリレーマリオクルーの一部とオフした際、〈改造マリオは○○があまりにも○○だったのでそれを○○ったらもう○○、思い残すことは無いって感じだった〉と記している。2005年というのはユーザーの増加に伴ってか改造の流れがライトマリオしていった件もあり、ハードマリオ周りの転換期に当たるようだ。ただし〈「もう改造マリオのネタでつくしたんじゃね?」ってのは間違いであり、〉と述べるようにユウワン氏は発表を続ける。彼もストーリーを与えるタイプだけれど、ココにある動画なら《始まりはいつもの好奇心だった。僕は今それを、死ぬほど後悔していた。壊れかけた空調の音。壊れてゆく僕の精神。一体どれくらいの時間が経ったのだろう。手足の感覚に続いて、時間の感覚も失われた。最初はやられるわけもないだろうと思っていた、蠢く愚鈍な蟲。今の僕にとってはそれは脅威であった。ここを出たい。ここを出たい出たい出たい出たい出たい出たい出たい出たい出たい出たい出た出出たいたい出たい出タ出たいデ出たい出出たいいた》とある「密室」とか、2002年の珍しく海を舞台にした「古池蛙水音」や、音楽改造マリオシリーズ、さらに2007年ロイツマな「ハツネギ」などハードマリオの休日的にアイデア豊富だ。

ちなみに早い時期に見たこともあって「AIR」は思い入れ深い改造マリオだ。空中ジャンプが実装されていてそこから生まれる(他からも生まれる)圧倒的な自由度を削るためにパイプ状に面が組まれ、とにかく自由度とセットで発生するバランス作りが面倒という理由でディシプリンの匂いが非常にするのだけれどパズルマリオっぽくは見えない。制作スタイルがぎりぎりのフリーダムさで初期クルー陣のなかでは興味深いポジションに位置している。全自動マリオも「AIR」が最初の鑑賞だったのでとにかく思い入れ深い。

>七休氏
初代マリラー。すでに激ムズマリオとして名を馳せていたマリオProがあった時期に発表し、多くのフォロワーを生んだ1999.12.13にpart1がある「神風 Mario Bros.」シリーズの制作者。開始直後いきなりリフトすり抜けを強要され、パックン以外敵が全てキラーで超高速キラーは恐怖。逆ワープだらけで同じ面の中に斧やゴールの旗が何本もある複雑な構成による全25面。そんなpart1に始まるこのシリーズは結構バラエティに富んでいて、part2や「神風 Luigi.」を経た2003.3.31にはバグ技よりも内容面を重視した「神風 Mario Bros. DX」を発表(左画像。いきなりピーチ姫との戦いから始まったり、あるアイテムを取ると音楽が変わり飛べるようになるのは素敵すぎ。まいかみ氏のHPも参考に)そして同年4/12に神風1,2の配布を終了しているが、それはバグ技の否定ではなく後発の改造マリオをプレイしてほしいからだと述べ、ドーコカラキ氏の「!mario」や、わ氏の「マリ堕ち」を推薦している。また、ディスク版マリオ1の改造作品トンカチマリオ(作者不詳'1987)からの影響を口にしている。あと、七休氏は、スター状態でも死ぬ極悪なトゲを初導入した他、様々なパッチを開発している。最初期から各マリオリレーにも係わり現在にまで至る重要人物の1人。




当ページ制作過程から発生した年表

 主に2005年までとします
 同じ制作者のマリオは、代表作ないし早い時期であるかで選択しています
 マリオ漏れ、日時ミス等あれば仮設BBSにお願いします / この色は上記参照

M.K.H+M.K.S(もしくはどちらか)の「ボンバーマリオ」「マリオマニア」そして「マリオファン」シリーズ、また、それぞれ制作者が別と思われる2種類のマリオプロ(すべての敵がハンマーを投げてくるタイプと、地形がハードに変えられた上やたら隠しブロック罠があるタイプ)は、以下の年表以前のもの(だと思う)。

1999.12.13 神風 Mario Bros. 七休氏(2は2000.7.30)
2000.7.31 うねうねマリオ sy0氏リレーマリオ参照
2000.8.5-8.11 水晶マリオ3 rbr(InterRbbr!!/crystal)氏
EVは2001.4.3〈最初に「スーパーマリオブラザーズ1 のステージが改造できる」というのを知ったのは sy0さん のサイトを見てからでした。それまではグラフィックが改造できる程度だと思っていたのです。〉
2000.8.31 りばーしマリオ ぎゃらん氏(城マリオ、negative-marioはこれより前)
2000.9.19 !mario ドーコカラキ氏
〈汚い地形が多いですが、それは作者の美的センスの悪さを露呈して……いるだけでなく、ハードプレーヤーの反則技をことごとく防ごうという工夫の表れでもあります。〉
2000.8.2?-10.10 手鞠-Te-Mario- Asu氏
2000.11.7-2001.2.21 手塁-Te-Luigi- Asu氏
2000.11 リレーマリオ sy0/Asu氏企画
1W:かーねる(dao) 2W:crystal 3W:dice-j 4W:ぎゃらん 5W:七休 6W:Asu 7W+8-1:わんだー 8-2〜8-4 sy0(ふはつだん)■リレーマリオの幕開けは2000.6月下旬にsy0氏が(リレーマリオが改造マリオ界に活気をもたらせば良いなという気持ちから)話をAsu氏に持ちかけたところから始まる。翌年はAsu氏企画でリレーマリオ2が登場(1W:Asu 2W:d-6u 3W:Nemu^~` 4W:sy0)、さらにsy0氏企画のリレーマリオワールド(2003年頃)もある。
2001.2.9-4.6 まり堕ち/無理ヲ わ氏
2001.6.7 air ユウワン氏
2001 SUPER HAGEO BROS レイ氏
2002.06.29 athletic Mana.氏
2002頃 人畜マリオ 人畜生氏
2002夏(ver0.98)-2006末(ver1.00) Super Mario Pen ウヒ氏(PenDaYou) HP ようつべ ニコ動
プレイ動画が楽しかった。癒し系で多数のギミックが面白い。
2003.3.31 神風 Mario Bros. DX 七休氏
2003.7.24 HARD RELAY MARIO Mana./レイ氏企画
2004.1 TIME ATTACK MARIO 雪氏
2004.8.20 すぱマリ まいかみ氏(すぱマリ2は2004.10.11) HP リレーマリオ共同体
2004.8.27 PM(Promotion Mario) ガルナ氏企画 HP Romia
七休氏によるランダムワープパッチ使用、総勢18名による、土管に入るごとに飛ぶ面が変わるアンソロジー的宣伝マリオ。1:ガルナ 2:雪 3:Phantmile 4:ゆーだいデュン 5:ユウワン 6:Sirius 7:霧風 8:daiki 9:MarioCatEye 10:ふぁい 11:まっしー 12:みかちゅう 13:ゆーだいデュン 14:EXCEL 15:スノウアロウ 16:ジェームズ 17:眠 18:まっしー 19:pikamu 20:みうらかずよし 21:特別面 22:ガルナ ■ガルナ氏はのちにRETURNS!として復活させる「極道マリオ」などを作ったりメールマガジン〈天使の翼〉を発行していたり、さらに〈Super Mario Ring 2〉の管理もしていた。
2004.9 βマリオ β氏(シリーズ10作目のEXは2007.9)HP
2005.2 ┃━┏┃(罫線)マリオ / orzマリオ 天津fan氏
2005.3 EXTRA MARIO BROS. ATA氏 ニコ動
スーパーマリオにメトロイドの要素を加えたうえに横(スーマリの面白さ)でも縦(スーマリ飽和状態をより遊ぶ)でもない斜め方向へぐっと引っぱるように作り込み、二次創作という域を出かねない外の光を見せかけた問題作。王道マリオファンからもハードマリオファンからも歓迎され、ユウワン氏に至ってはウェブ公開用の攻略マップまで作成。

スーパーマリオワールドとか でっていう とか知らないんで、その辺は裏組曲とかに飛んでください-。あとスーパーマリオワールドとかで一番特筆すべきなのはやっぱり全自動マリオだと思う。



上記年表より以前

1987 トンカチマリオ
1991 スーパー真理ブラザーズ(スーパーマリブラザーズ)ver.7 by K1氏

冒頭の年表にあるように初の改造作品とされる「トンカチマリオ」が付属されていたトンカチエディター期というのが1987年以降にあって、それに関してはケイ1(K1)氏の 伝説の改造・開発ツールを参照。この数ページに渡る非常に読み応えのある内容のなかから少しだけ引用させて頂くと〈この「トンカチマリオ」は、様々な壁抜けを中心とした裏技を使わないとクリアできない作品でした。(……)このマップ構成は、スーパープレイヤーに対する挑戦であると同時に、「スーパーマリオの裏技は、原作のマップ構成で実現できる範囲にとどまらず、無限の可能性を秘めている」という暗示を与えるものでした。(……)そして、その裏技を誰でも簡単に再現できるようなマップを作るのが、「スーパー真理ブラザーズ」のひとつのテーマになっています〉――この個所は核心的だ。


 

256W


LINK

スーパーマリオブラザーズ 256W全部やる by かつを節(蟲)
T-1の全貌 / 非完全攻略マップ by かんちゃそ / qzna
256Wの原理など by ケイ1
分離派会館 ごいんきょのページ参照
スーパーマリオブラザーズ(Wikipedia) アンダーカバーの項目参照

youtube 256W T-1(1/3) / youtube 256W T-1(2/3) / youtube 256W T-1(3/3)

ニコニコ動画 スーパーマリオ(FC) バグ技で出る魅惑の256ワールドの動画

256Wへの覚書(2009.2.7)

個人的に、256Worldというのは、気持ちの悪い存在だった。マリオを立ち上げてからカセットを抜いてテニスを差し込みしばらくプレイしたあと抜いてマリオを差し込んだ先にあるその世界はバグに満ちている。なんだか、機械の無意識を垣間見たような気持ち悪さがあって、これを平然とプレイする人たち凄えと思っていた。まぁ僕はMSXユーザーなのでマリオにあまり思い入れがない(スーマリ3はやり込む環境ができたので結構ハマったけど)。それでも噂は入ってくるもので、当時すでにファミコン系雑誌の誌面を賑わせていた256Wの存在は知っていたが、WORLD -1と256Wの関係というか何がどうというか、そういうのまではさすがに分からなかった。そしてT-1(上記画像)を知ったのはインターネットをしてからだと思う。短いと思われていたT-1の先に広大なマップがあり、意図されていたかのように制限タイムぎりぎりで崖にたどり着くという情報を読んだとき、そして、その先に進めば...というのを知ったときの僕の気持ちは複雑だ。すげえ!と、そして、ええっ!?と。

最初に機械の無意識と述べたけれど、256Wの全貌を知るということは、サイバネティクスな自動筆記(シュルレアリスムの)というヴィジョンを僕にもたらす。思うにファミコンの場合でいえばロムカセットには、ゲームプログラム(Wikipediaいわくゲームを実現する電子回路)というテキストがあり、プレイヤーはそのテキストから呼び起こされた(可視化された)イマジネーションのなかへ仮想的に入り込むのだ。そして、トンカチエディターやのちのMario Improvement、SMB Utilityなどのエディターによって作られた多くの改造マリオは、スーパーマリオブラザーズと名づけられたイマジネーションのスタンダードな変奏であり、さらに、やり込んだ人のために難易度を上げる発想もまたそのスタンダードの内部で捉えていいように思う。ここに変化が生じるのは、「トンカチマリオ」(右画像)やそのフォロワーたち(上記年表より以前 参照)のように、バグ技(意図的に搭載されていなかったプレイ技法)に目をつけてそこから現れるだろう世界でスタンダードなイマジネーションから離脱したときだ。バグ技が整理されだし、バグ技の高度な連続多用にプレイヤーが追いついたとき、当ページでいうところのHard-Hackmarioといういわばポスト・スーパーマリオブラザーズが現れたのであり、その沸点の象徴として僕は「HARD RELAY MARIO」を置いている。

この「トンカチマリオ」から「HARD RELAY MARIO」までの1987-2003年の間に、ポスト・スーパーマリオブラザーズが模索されていたわけだが、これらはすべて起源としてある「トンカチマリオ」が垣間見せたバグ技スーパーマリオブラザーズというイマジネーション内にあると見ていい。しかし、それは大抵、アクションゲームもしくはパズルゲーム、いわばエンターテイメントという領域内で展開されていただろう(実際のところゲームがゲームを越えるのは難しい。なんで70年代までの創造技法を越えたところにあるはずのコンピュータ・ゲームというものであえて逆行をイメージさせるようなものを作ってんの?ってなりがちだと思うからだ)。オリジナルマリオから脱線した新手のイマジネーションを尽くす過程にある限り、いずれは行き着くところまで行ったすえに飽和する。そして、これを乗り越えることが試されていたように思う。ただし、わ氏の「マリ堕ち」は、制作者の詩情性を含ませることに成功させたという意味で象徴的な進化形のように見える。

一方で、七休氏の「神風 Mario Bros.」シリーズが見せたもの、また、「HARD RELAY MARIO」が可能性を尽くさんとした果てに見せた対クッパ戦という光景が垣間見せていたものにも注目したい。そして、誰でもプレイできるほどのエンターテイメント性に回帰し、別ゲーム要素を加えた2005年ATA氏による「EXTRA MARIO BROS.」(右画像)は、2種以上のイマジネーションを融合させたハイブリットマリオの可視化に到達しただろう。ハイブリットマリオの可能性は広い。だが、そこには別の問題が含まれていて、それは、例えば、往年のMSXゲームが持つ複合イマジネーションをベースにしながらも現在的面白さを追及した姿勢で制作されたGR3 PROJECTによるフリーネットゲーム「LA-MULANA」のクリエーターたちが(MSXの懐かしさだけを表現しているわけではないというように)内に秘めていた考えに通じていくもののように思われる。簡潔にいえば、二次創作との距離をどうクリエーターが見るか、という問題だ。そして一番厄介な商業問題を棚にあげた上で、僕は、最後までやっちゃわないなら、どうしてやりはじめるんだい?という、ジョー・ネイマスの言葉を頭によぎらせてしまう。

当ページ上部の覚書と共鳴する考えだが――そして至極常識的な発想だが――改造マリオはなによりもプレイヤーが楽しめるかどうかこそが最も大事な点であり、Hard-Hackmarioの場合、スーパーマリオをバグ技込みでやりこんだにもかかわらずそのゲームに食いついて飽きない者たちが見せた世界であるうえに、例えばプレイヤーが縛りを導入するなどの受け身の姿勢に留まらず、プレイヤー自らで想像力を発揮してフィールドを開拓していく世界だからこそ魅力的に映ったのだ。それをさらに突っ込んで考えたときに、スーパーマリオブラザーズという既成のイマジネーションにはまだ開拓の余地があるとして広げていった運動そのものに人間という存在の美しさを僕は感じる。楽しければいいじゃんとはいうが、気がつけばこのレベルまでこなければ楽しめなくなっていた者たちを僕は愛おしく思う。

ここで、話を戻そう。256Wに。

256Wがどうして起こるのか?というその原理はすでに上記リンク先で明らかにされているが、その明らかにしていく真面目な作業を費やした対象がスーパーマリオであることはもっと評価すべきだ。作品は発表されたときに作者の手から離れるというが、スーパーマリオブラザーズはその域に達したゲームなのだということをこそ。それはイマジネーション上で操作されるマリオの動作の柔軟性に追っているように思う。Hard-Hackmarioのような絶望的に見える地形ですら移動できてしまったマリオ。そして例えば、本来空を泳ぐはずではなかったゲッソーが踏んで倒せるということ、それがスーマリ2では導入されてしまったというオリジナルの制作者の遊び心は、WORLD 9にもきっと当て嵌まる。機械の無意識を扱うこと。誤って呼びだされてしまった256Wというのは、マリオの操作過剰性ゆえに、ローグ系のようですらある。2000年の頃からすでに、様々な作成支援パッチが作られているが、そこにはイマジネーションを広げるための可能性がまだまだ満ち溢れているだろうと思う。イマジネーションという言葉を僕は、19世紀のフランス詩の重要なイマージュという言葉を意識しながら使っている。ゲームと人間が結びつく可能性の1つがそこにあるからだ。  

80年代の遺産


↑迷宮都市フェズ

ここは2006年初頭に某日記にアップした文章を同年5.11に再編集したページ




■ゲームブック



中学生くらいまで僕はゲームブックのライターになりたいと思っていて、およそそれくらいの時期(スーパーファミコンがでてきたくらいの頃)にゲームブックは衰退した(参照)――大学時代にインターネットのできる環境になり、すぐに「マーリンの呼び声」という〈ドラゴン・ファンタジー・シリーズ〉を扱ったサイトを発見し、それ以来ちょくちょく覗いている。この「マーリンの呼び声」の管理人は、去年の秋に「凶兆の九星座」というゲームブックを発表し評価も高い。おまけに表紙絵にはあのフーゴ・ハル(日本人)を起用。この管理者とフーゴ・ハルの交流は現在もクリエイティブに続いているのが見ていて感じられる。素敵な話だ。ところでこの〈ドラゴン・ファンタジー・シリーズ〉――正式名称〈グレイルクエスト〉邦訳1985-1987(二見書房)だが、暗黒城の魔術師/ドラゴンの洞窟/魔界の地下迷宮/七つの奇怪群島/魔獣王国の秘剣/宇宙幻獣の呪い/幻し城の怪迷路/ゾンビ塔の秘宝の全8巻のこれに僕は小学校の図書館で出会ったのだった。当時「魔獣王国の秘剣」辺りまででていたんじゃないだろうか(記憶が曖昧)。そして図書館にあったのは3巻目の「魔界の地下迷宮」だった。読み進めていくと少しずつゲームブック特有のルールを教えられ、気がついたときには作品世界のまっただ中に僕はいた(これは他のゲームブックからは味わえないことだと思う。というのも他のはどれもいきなりプレイ方法が述べられるので距離が生じるのだ)。「魔界の地下迷宮」の奇妙な世界。フーゴ・ハルによる独特の絵(左「宇宙幻獣の呪い」参照)。際立ったキャラクターたち。言葉を喋る愛剣E・J。後半の迷宮は、通路のモンスターがだるかったけれどまあ当時から迷路好きだったので問題なし。完全にはまって僕はどんどん既刊分を揃えていったのだった。全部プレイし終えると次巻予告にドキドキしたものだった。似たようなゲームブックを作って友達にさせたりもしていた。そして最終巻のピップ最後の冒険ならぬ「ゾンビ塔の秘宝」で大いに感動し、もう新しい作品に出会えないことを悲しんだのだった。まさに名作シリーズだった。作者J・H・ブレナンの「悪魔族の叛乱」と「ドラキュラ城の血闘」もプレイしたい。

インターネットを始めたばかりの頃は、あのゲームブック界の巨匠・鈴木直人はどこに??という内容を扱ったサイトがあった。あるときから鈴木直人の現状報告が混じるようになり、ついにはまさかの新作、鈴木直人『チョコレートナイト』が発表された。時期を同じくして、
『パンタクル1.01』 鈴木直人 
『展覧会の絵』 森山安雄 
『送り雛は瑠璃色の』 思緒雄二
『竜の血を継ぐ者』 中河竜都 
と、日本ゲームブック界の名著が復刊されていく。僕は驚きのあまり声を失った!衰退したものは蘇らないとでも思っていたのだろうか。振り返ってみれば、必ずしもそう思っていたわけではなかったはずだが、複雑だ。この現象を目の当たりにしたとき、僕はなにか"大切な気持ち"というものを忘れたまま生きてしまったような気持ちになった。

さいろす民芸資料館 ゲームブック界の大御所サイト
ゲームブック復刊同盟 “ここで立ち上がらねば!!!”――とかいってる内に再販ラッシュ!!
ゲーマニ ゲームブックメルマガと作品データベースを構築!!



ちなみにTRPGには僕はハマらなかった。大学時代に一度プレイする機会がありそれなりに面白かったがそれ止まりだ。下で紹介している「マイコンBASICマガジン」ではTRPGのプレイ風景が連載されていたが、それは毎号楽しみにしていた。けど……、当時、ゲームブックは衰退し、TRPGが生き残った。それがなんかちょっと悔しい。まあTRPGの方が先なのだが。世界初のTRPGはいわずもがなのD&D(ダンジョンズ&ドラゴンズ:Dungeons & Dragons)で、アメリカのTSR社が1974年に制作販売した(邦版は85年が最初で新和→メディアワークス→ホビージャパンと翻訳出版権が移った)。コンピュータRPGはその影響を受けて「ウルティマ(Ultima)」1980年から始まった。1981年には二大巨頭「ウィザードリィ (Wizardry)」と「ROGUE」が発売される(ウルティマ/ウィザードリィの日本移植はともにD&Dと同じ85年。ちなみにこの二作が83年に生まれたファミリーコンピュターの「ドラゴンクエスト」(1987)の原型なのは言うまでもない)。さて、ゲームブックはというとバンタム・ブックス“Choose Your Own Adventure”シリーズ(邦題「きみならどうする?」1979-1998)という初期代表作も挙げられるが、本格的な内容のものとしてはやはりD&Dから影響を受けた「火吹山の魔法使い」(The Warlock of Firetop Mountain;スティーブ・ジャクソン+イアン・リビングストン;1982;ペンギン・ブックス;英)で、当初これはTRPGの入門書として考案されたようだ(のちの〈ファイティング・ファンタジー〉シリーズである(84年に邦訳)。ちなみにスティーブ・ジャクソンの最高傑作といわれる「ソーサリー」4部作は83年;英)。このように見ていくとゲームブックがとても複雑な位置づけの代物であったことを思い知らされる。orz

D&D日本語版公式ホームページ


■MSX



僕の使用機種はMSXだった(ファミコンetc.はツレんち)。3Dダンジョンのマップ図を見るのが大好きで、それはもう見ただけでゾクゾクくる。マップを考えるのも好きでマッピングするのも好き。モロッコの迷宮都市フェズを高度情報社会都市にヴァージョンアップさせて住みたい。このマップ化が僕の原動力の深い部分にあるような気がする。

ところで「謎のゲーム魔境3」(KTC)を通販購入。特集MSX!!!奇作マンガ「横綱大社長」の著者=ゾルゲ市蔵(東洋バフォメット評議会)の単行本(トピックス 書籍 と 漫画 を参照)。「謎のゲーム魔境3」は、MSXユーザーだったなら絶対に購入すべし。ハードレビューと、シューティングに重きを置いたゲームレビュー満載。ガンダムに乗るために、鉄骨をよけまくるアムロをゲーム化した「機動戦士ガンダム」というゲームに衝撃。「カオスエンジェルズ」少しプレイした記憶があるが、ちゃんとクリアしたかった。ジャレコ「ナイトロアー」がしたくなった。懐かしい。斜めから見た3Dなクォータービューが売りのゲームだが単色がいい感じ。どこでプレイしたのかまったく覚えてないが深刻に難しかった。今、再チャレンジしたい。ちゃんとマッピングして。――話題を戻すが、この「謎のゲーム魔境3」には「MSX FAN」投稿ゲームコーナーで「まものクエスト」「GREY COLLEAGUE」と発表し、メディアに現れたTPM.COのインタビューが掲載されている!――てゆーか「まものクエスト」懐かしい…。あれは面白かった……。で、TPM.COのオフィシャルを見ていると、かつて雑誌にプログラムリストとして掲載されていた作品などがダウンロードできるじゃないか。ところで投稿ゲーマーでは、米屋のチャチャチャが「MONKEY CIRCUS」というサイトを持っていて、かつての自作ゲームを公開している。これも懐かしい。要チェックだ。

MSX研究所のBLOGを読んでて興味深い文章を見つけた。MSXを消してしまうのは惜しいと考える理由は3つある。というもので、これは下記のLA-MULANAにも繋がる話だけれど、《1.システムの規模が小さくてゲームなどの作品が作りやすい 2.市販/個人を問わず、ソフトウェアが大量に存在している(特に個人製作のゲームソフトが多い) 3.個人製作のソフトウェアを評価する風潮がユーザー間に存在する》――なかなか鋭いというか想像力の掻き立てられるポイントの立て方だと思う。MSXらしさって何?というページも重要。僕はというとLA-MULANAにハマるようにまさに抽象要素〈らしさ〉が好きなのだろう――とはいえ、ただそれらしいだけのものには、僕はハマらないのだけれど)。






コラム1■ MSXにおいて、この〈懐かしさ〉の金字塔は、間違いなくGR3 PROJECTによるFREE GAME「LA-MULANA」'06だろう(Wikipedia Wii もちろん、こんなゲーム昔したなぁという気分に留まらない新しさが重要なのだけど)。あの「ガリウスの迷宮」をベースに、色数、操作性、曲、難易度、など、こだわりにこだわりを重ねて脱再現。プレイユーザーを選ぶ、去る者を追わずの姿勢は「ディアボロの大冒険」に似ている(あと初期の改造マリオにも)。どれも間違いなく僕世代かもしくはやや年上による制作だと思うけど、話を戻すと、知らない人には呪文のように聞こえるかもしれないがw 僕は「ハイドライド1-2-3」「魔城伝説1-2-3」辺りは自力でクリアできたレベルで、しかし「沙羅曼陀」「ロマンシア」となると攻略記事なくしてクリアできない、そして下記も参照だが山下章の「ザナドゥ・シナリオ2」攻略記事に感銘を受けて僕は一般レベルだよなぁと身の程を慎んだ、そこそこに濃いMSXユーザーだ。この「LA-MULANA」はまさにそういうプレイヤーとそれよりずっとランク上の方々のためにある、本気で取り組み、自らのプレイ技術もその操作性に合わせて磨かなければクリア不可能という、素敵ゲームだ(もちろん新世代のユーザーがついたことは特筆すべきことです)。熱くなるじゃねーかこのやろうって感じ。僕はニコ動にアップされたプレイ動画でようやくその存在を知り、動画02を見る前にダウンロード、そしてすぐ進めなくなりやり直しw 〈巨人霊廟〉の石碑をメモしながら進むが、ナイフの場所に気づけず詰まって(だがこのトリックは気づけたよなとガックリしながら)それ以降は詰まればプレイ動画で少し先を見るというヌルゲー状態、とはいえガーディアン:パレンケなんかサブウェポン数種を駆使するファンクションキー押しまくり熾烈バトルで見事に倒したとき快い汗すら流れた気がしたものの、終盤、ボス:ティアマトが倒せない!!強すぎ、無理、とウェブ検索をかけてみたら英語版プレイがyoutubeにあって感心したり噂の〈地獄〉をちょっと見てみたり、だが結局指のスキルじゃないかと挫折しかける。と、LA-MULANA攻略メモ憤死確定をぼんやり見ているうちにムチのパワーアップに気づき、撃破。ということで今はラスボス戦で停滞中なのだった(ティアマトより弱いけど)。正直、動画を見ながらのプレイというのは(詰まるまで必死で探索するとはいえ)いくらなんでもヌルゲーすぎたと反省し、同時進行で記憶を頼りに1からプレイし直す。今度は詰まったときはいったいなにが足りないのかを考えて先の攻略メモをチェックするに留める。方眼紙5×4という懐かしいダンジョン仕立てマップなのでフロアに落ちてる各種地図を手に入れたらマッピング。ダンジョン間の繋がりの把握に努め、隠し部屋の位置を推測しやすくする。やっぱ80年代の楽しさってメモにあるよなと思うのだった。このメモはともかく、制作者の一人ならむら氏による〈GR3 PROJECT終了に関して〉という文章は素晴らしい。ダウンロードしたなかにウェブサイトが入っていてそれを読むのはMacでもできるから(グラディウス系シューティングゲームもできるけど)このためにも入手しておくべきだと思う。

追記 2008.6.8
しかしほんとにハマった…。クリアは一回しかしてないし地獄は三色のとこで行き詰まってるんだけど、終盤までに何体までガーディアンを放っておけるのだろうかとか色々繰り返し最初からプレイし直して遊んだ。ガーディアンすべて放置で裏に行くのは非情に楽しい。「そんだけ。きゃはー」

追記 2008.12.18
本気で風邪ひいたみたいで安静にしてたら思いだしてプレイ再開。なんとか地獄クリアした。2008年はゲームの年でもあったなぁ僕って。3色で行き詰まってたわけだけど、YoutubeでDeceasedCrabがupしてるあのプレイ動画084 THE ENDを見直してみたら盾じゃないと確信できて、実はあの動画と自分の状態を見比べてみたら打開できてたわけで非常に悔しい(前は着地順?とか、赤白黄だから緑でおかしいけど念のために赤い盾所持して地獄32丁目まで行ったりしたんだよなー。今日はROMか?でも黄色ないし…とか思ったりw)。憤死確定は更新してないし、で、外人の方が攻略サイト濃いいんじゃないかと思って、この海外の攻略サイトを発見。はっきりいってこれ見つけてなかったらクリアはまず無理だった。120000のとこは僕の自力じゃホラ貝鳴らせない(3色打破も無理)。地獄ボス倒したのに梯子かけられないとかで一生懸命34丁目で左の石碑読む手段ばっか考えてしまっただろう。orz.....と、うろうろしてて気づいたんだけど、体重計……そうかぁ。これノーヒントで結びつけてたら感動してただろうなぁ。ゲームと実生活とのクロスされた握手の関係、今の僕の入り組んだ謎だ。

コラム2■
上で少し触れている〈GR3 PROJECT終了に関して〉で興味深かったのは、インタラクティブ性と手を組んだストーリー性、つまり〈プレーヤーが行動することが結果シナリオに組み込まれているというギミックの面白さ〉にこそ、ゲームのストーリー性の良さがあると述べるくだりだ。いまやプレイヤーを排除しシナリオを提示することがゲームのストーリー性だと誤認識されている、そのときのインタラクティブ性の低さを警告するくだりだが、ゆえにそれらを含んで〈だからLA-MULANAは長々としたデモはなく、すぐさまゲーム画面に放り出される形にしています〉と述べられているのだ。僕は今年ようやくエミュレーターでMSX1/2のゲームをできるようにしたんだけど、T&E SOFTのハイドライド・シリーズは手元にROMもパッケージもまだあるのでOKってことで、1-2-3と久しぶりに触ってみた。で、今最も興味深いのが「ハイドライドII」'85だ。まさにインタラクティブ性の高さとストーリー性、そのバランスにおいて象徴的RPGだと思う。左画面のような雰囲気を醸し出すタイトル画面に期待値を上げさせるBGMが重なり、導入のための最低限のストーリーが英文だがテキスト形式で提示され、コントロール方法まで表示される(MSX版のハイドライド1ではいきなりゲームが始まるしプレイ中のプレイヤーの判断はすべて推測に尽きるので、そこが弱い)。そして説明書に様々なことが載ってはいるけれど、ひとまず具体的なアクションとしては何が何やら分からないままさまよい、フェアリーランドの住人から最低限の情報を得る(危機を知らない住人たちの平和さもこのとき語られることなくプレイヤーは知ることになるだろう。ちなみに、ハイドライド1ではその会話がないことに加えてさまよえる範囲が狭いためにアクションアドベンチャーゲームのような趣きがする)。様々な困難を経てプレイヤーはこのIIをクリアするだろうけど、それはほとんどワンエピソードのようなシンプルさだ(ハイドライド3では色々会話から厚みが加えられていて、しかし、それも当時僕はドラクエに比べれば薄いなぁと思っていた――それでもハイドライドシリーズの方が好きだったんだけど。だが、今僕はそうは思わない。DQに感じた厚さは、ここで考えられているゲームの魅力とは違う要素であり、それは1つは様々なシステムの導入として重要である一方、もう1つは、システムサコムのノヴェルウェア「ドーム」'88 や チュンソフトのサウンドノベル「弟切草」'92 などへも究極化しえる、同じRPGでいえばFFがDQより先に成果を見せていたシナリオの現前化としての厚さだった。加えていえば、T&E SOFTののちのARPG「ルーンワース」はインタラクティブ性を維持したままシナリオを導入しえた力強い作品だっただろう)。「ハイドライドII」にある(プレイヤーの手の動きをほとんど止めさせることのない最低限のRPG要素という)骨格的なシンプルな魅力をさらに浮き彫りにさせるのは、ハイドライドシリーズ全編に共通した機能、スピード調節と、(IIが1の高難易度版として開発されたという経緯もあるようだけど)IIが1の縛り版(善悪の導入など)であるかのように深度を深めたところの快さがあることだ(3は重量、食料、時間などでさらに縛られるが、一方で百貨店的に要素が広がっている部分もある)。縛りがなぜインタラクティブ性を下げないか。それはプレイの速度自体には影響を与えないところにある。

「ハイドライドII」の心地良さの例をあげよう。例えばフェアリーランドの住民と話すとき、0キーでトークモードにしておけば、あとは正面からぶつかるだけで話が聞けるのだ(正面から、しかも間隔をあけてぶつからないと住民はカーブして去っていってしまうのだが、それはあくまでも指のスキルの問題であり、わざわざウィンドウを開き [はなす] コマンドを選択するステップを踏むような面倒臭さはない。そしてこれは好みの問題ではない。あくまでこのコラムでは速さをBESTに置いて話を進めているからだ)。こういったIIにある心地良さは、プレイヤーのオーバーヒートを経験値稼ぎなどで冷却させる際にもいい感じにプレイヤーをマシン化させてくれる。速い。とにかく速い。というか、学生時代にこのゲームをプレイしたときはそんな速さに気がつかなかったけれど、当時より色々と要領が良くなってみると、その速度についてきてくれるゲームだったということに今更ながら気がついたのだ。ところで、T&E SOFTが当時から好きだった理由の1つとして、ここで改めて記しておきたいこと、それは当然、説明書の楽しさだ。「ハイドライドII」のそれをパラパラめくると、〈こころやさしい開発部のお言葉〉だとか〈開発後記〉だとかがあって、MSXのROMに移植する際の苦労話とかが載せられている。さらに、クリアを通知すれば終了認定証がもらえるんだけど、他に解答集を郵送してもらうこともできて、これは3にもあるんだけどだいぶ心が温まる(今も部屋にあります)。そのような時代にゲームができたことは多分幸福なことだったのだと僕は思い続けていきたい。


昔のベーマガを懐かしもう!! DELUXE2 からの引用

「8ヒ゛ット機の限界が見えてきた時代に衰退した。/掲載機種・本数ともジワジワ減っていった。/このころTOWNS,68000,9801が台頭してきた。一般家庭では買えない高価なPCばかりだ。一般人はだんだん離れていった。そしてウィンドウズ95がでるまで戻ってこなかった」

僕は「マイコンBASICマガジン」(電波新聞社)別冊の、山下章(STUDIO BENT STUFF )による「チャレンジ!パソコンRPG&AVG」をこの文章を打っている日に読み返していた。

ALL ABOUT ベーマガ
2ちゃんねる(昔のPC板)のスレッド  懐かしい名前の方々が続々書き込み→ 休刊関連→

上記のリンク先などを読んでいると、電波新聞社大阪本社課長代理:藤岡忠(なにわコンビ)のインタビューを発見。そこにプチ衝撃的な話題。1983年にナムコから発売、遠藤雅伸によって制作された「TINY XEVIOUS」は、松島氏が小学生か中学生のときに作ったものらしい(凄い)。(「ゼビウス(XEVIOUS)参考→←プレイ中の動画を落とせる/←雰囲気が体験できる」のプチ移植版)

検索で「P6絡み」に辿り着く。思い入れの深いゲーム「HYDLIDE」をclickするとスクロールで画面を見れるページに着き感動。うーん。懐かしい。

BABBO!JAPAN MSX専門検索エンジン
SYNTAX MSXマガジンの復活をもくろみ、復刊号を通販
Nostalgia ゲームの歴史
古い男の部屋MZ機のページ(LOGIN/テクノポリス表紙画像)その他『工画堂スタジオを語る部屋』(18禁)など

家庭用ゲーム機の歴史なんかも見ておこう。LSIチップによる電子ゲームは任天堂のゲーム&ウォッチ(1980)が代表的で「ドンキーコング」はかなりハマった。でもエポック社の「妖怪ゴルゴン」が本当に嫌になるほどハマったのだった。下のボードゲームの項も併せて見てみると小学校時代の僕ってヤツはモンスター大好きっ子だったのだな、思ってた以上に。さて、以下目立つところを羅列。8ビットのCPUが基本だが詳しくないので説明は省く。81年にカセットビジョンがエポック社から発売。任天堂ファミリーコンピュターは83年。セガマーク|||は85年。NECホームエレクトロニクス社のPCエンジンは87年。セガ・メガドライブは88年。任天堂のゲームボーイは89年。スーパーファミコンは16ビットのCPUで90年。そしてセガ・サターンとソニーのプレイステーションが94年。ニンテンドウ64が96年だ。2000年を飾るのがプレステ2だが、これ以降を80'sの今羅列し続けていってもアレなのでこの辺でやめとこう。

帰って来た電子ゲーム
芸魔の館 GAME&WATCHやGameBoyなど
NINTENDO GAME&WATCH WEB SITE ゲーム&ウォッチ本体


■ボードゲーム


僕が小学生時代にハマったボードゲームは、バンダイからでていた〈パーティージョイ・シリーズ〉だった。あのコンパクトな世界。小さな箱のなかに折りたたみ式のゲームボードが仕込まれている仕様にはなかなか思い返すと感動する。このシリーズの第一弾「悪霊島ゲーム」は何度もプレイした。基本的にこういったホラー系のものが僕は好きで、ボードゲームなのに三部作!の〈死神伝説〉シリーズにはワクワクしたものだ。思い入れ深いモノに「ドラキュラの館」というのがあり、これは数十枚の通路のカードを組み合わせて全体マップをリアルタイムに作り上げていくローグライクゲームだった。あとファミコンからの移植シリーズも結構買った(「ゼルダの伝説」は結構遊んだ記憶がある)。通常のデカいボードゲームでは「恐怖スリラーゲーム」「おばけ屋敷ゲーム」「ストップ!ひばりくん」などが好きだった。TRPG(テーブルトーク・ロールプレイング)は上記のように74年のD&Dが嚆矢だが、ボードゲームの歴史となると調べるのも気が遠くなりそうだ。アナログゲームが売れているを参照すると、TRPGを3番目の項目に起き、1パーティゲーム(ドイツゲーム) 2シミュレーションゲーム(戦争もの) 4TCG(93年の「マジック:ザ・ギャザリング」など)5トラディショナルゲーム=アブストラクトゲーム(将棋/囲碁/チェス/オセロ/麻雀などあの辺)と分類している(ちなみにデジタルゲームにはパチンコを入れている。成程)。次の野安の電子遊戯工房の日記[2005.8.30-9.1]を参照させて頂くと、上記分類の2番目にあたるウォー・シュミレーションゲーム(ウォーSLG)は1950年代の「TACTICS」にルーツを見ることができるようだ。これに60年代にアメリカに上陸した「指輪物語」の世界設定が加味されてRPG(TRPG)のD&D誕生!という流れは非常に分かりやすい(と一人で納得)。

では、1番はどうだろう。「モノポリー」は1920年代後半にチャールズ・ダロウ(米)が前身作を考案し1935年にパーカー・ブラザーズによって販売された。1960年に「人生ゲーム」(MiltonBradley社→Hasbro社;米 ※日本販売は68年)――と、手に余るので「安田均のボードゲーム大好き!―ドイツゲームのニューウェーブ」Group SNE)辺りからちゃんと学んだ方が良さそうだ。ちなみにトランプの起源は14世紀イタリアとされていて、インドのタロットから発祥したという説は疑問視されている。トランプ一組にジョーカーが加わったのは19世紀後半だそうだ。


ボードゲームの広場 パーティージョイ・シリーズのリストあり
化夢宇留仁の異常な愛情
The Game Gallery