DANCE HALL

【横浜ベイサイドクラブ】
■所在地:横浜市中区新山下3−7−9■経営:横浜ベイサイドクラブ■床面積:1019.6u(ビリヤード場込み)■オープン:1987年12月16日■総工費:2億9700万円■企画:スタジオ208■設計:スタジオ・ギア


■ コメント ■
このお店に行った事はありませんが、すっきりとした平面レイアウトや横浜・新山下というロケーションがカッコいいので好きです。
私が知っているのは、“プリンス♂”プロデュースの『グラムスラム』(横のタイクーンがあるビル)や、その後のACコブラ(自動車)が看板になっていた『クラブ・ヘブン』で、その頃には横浜ベイブリッジが開通し、港湾エリアの何処からも見えて何時間居ても飽きませんでした。

80年代の横浜は、日本一高いランドマークタワーのみなとみらい21計画や先行開業した横浜そごうの横浜駅東口再開発事業・横浜ポートサイド計画などウォーターフロント開発が目白押しで、1989年には“横浜みなとみらい博”が開催されました。
もともと横浜は古くから港街として栄え、デートスポットの山下公園や中華街、また、山手の元町商店街や港の見える丘公園など都市のイメージは良く、そこに目を付けたバブルマネーが大量に流れ込んでいたのも事実です。

その後、バブル崩壊が日本全土を襲い、横浜も例外ではなく、その後始末に追われるようになり、1993年に竣工したランドマークタワーも当時は空室率が40%(不確定ですが。)近くあったと聞きました。
みなとみらい21地区は既にオープンしていたインターコンチネンタルホテル&パシフィコ横浜と横浜美術館、横浜駅東口再開発事業の横浜そごう以後の計画が頓挫し先送りされましたが、近年、景気回復の後押しもあり、横浜スカイビル(丸井)オープンを皮切りに、クィーンズスクエア横浜や地下鉄みなとみらい線開通(東急東横線直通、渋谷〜横浜〜MM21〜元町・中華街が結ばれました。祝!)など当時の計画がようやく日の目を見ており、即日完売!の超高層マンションも雨後のタケノコのようにニュキニョキ生やし、将来にわたっては日産自動車が本社を銀座から移転してくるそうで、横浜は“明るい未来”を約束されたも同然です。

そんな訳で新山下の話に戻すと、『クラブ・ヘブン』の前にハーレーダビッドソン50台くらいと黒の革ジャンを着てサングラスをかけ、腕に刺青を入れヒゲをはやした男性50人くらいが集結しており、怖くなって帰ってきた想い出しかありません。

【建物全体】
ピンクとブルーのネオンがお洒落ですね。
【建物全体】
港町・横浜らしい雰囲気です。
【建物全体】
左上は港の見える丘公園。
【2階客席】
広すぎて一日だけでは回りきれません。
【入口ファサード】
“隠れ家的クラブ”という感じがします。
【エントランス】
暗くてよく分かりません。
【ダンスフロア】
派手さはありませんが照明などの装飾がアール・デコっぽくて良いです。
【1階客席】
右に見えますのがダンスフロアです。
【DJブース】
バーカウンターかと思いました。
【GLAM SLAM/グラムスラム】
横浜市中区新山下3−4
【ファサード】
建物がパープルですね。
【建物】
あの“プリンス♂”がプロデュース。
【ダンスフロア】
天井も高く広いですね。
【ダンスフロア】
プリンス♂本人も来店したみたいです。
【プリンス♂様のイス】
RESERVED
【人面スクリーン】
岡本太郎ぽい芸術ですね。
【プリンス♂様のイス】
正直座り心地悪そうです。



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