なんてこったの旅 −インド−


ようやく順調な旅が始まったのだ
 
アグラ〜ジャイプール
 
ファテーブル・シークリー   朝起きて窓の外をみると、一面霧がかかっており視界が悪そうだ。それにとても寒いのだ。
 今日は手配してある車での移動の日で、8時にホテルを出て向かうは約260狙召砲△襯献礇ぅ廖璽襪粒垢鯡椹悗垢里澄時間にして約5〜6時間。
 アグラの街は霧で覆われ視界も悪い、オマケに人やリクシャーが道路を埋め尽くしていて危ない状況だが、慣れているのかクラクションをず〜っと鳴らしながら街を抜ける。郊外に出るとようやく霧が晴れてきて今までとは違ったのどかな田舎の風景が次から次へと現れて飽きることがなかったのだ。   ラクダが通る国道 

 2時間走った頃だろうか、突然高い丘の上に赤砂岩の城が見えてきた。世界遺産、赤い城塞都市ファテーブル・シークリーである。ムガール帝国時代に建てられて僅か14年で滅びてしまった城塞都市である。周囲11kmという広大な敷地に宮廷部と宗教部とに分かれていて大きな寺院ジャーミ・マスジットが建っており、このモスクは柱や壁にある彫刻模様がみごとであった。
 テラスから下を見下ろすと、そこにはのどかなインドの農村風景が広がっていて昨日までのざわざわとしていた街と違い、違う一面のインドを垣間見た気がしたのである。

インドの占い師  ファテーブル・シークリーを後にして、一路ジャイプールへと向かう。目的地までは国道を一直線で、だが国道といってもラクダが荷車を引きながらのんびりと歩いている道なのだ。
 どのくらい走ったのだろうか、国道沿いのモーテルの庭で一休みする。もちろん、一般のインドの人はいない、観光客のみである。そして、おいしいチャイを飲んでまた出発する。 野外天文台・日時計   

 ようやく再びざわざわした街、ジャイプールに到着する。すでに昼をずいぶんと回っていた。
 街なかのレストランへ入ると、中庭には欧米人がたくさんいて所々に日本人と韓国人の観光客が混じっていたのだ。もう、この日になるとどんな料理が出るんだろうか?等とは思わなくなり、またあれかぁって感じで待っているとやっぱりまたあれなのである。ちょっと飽きてきたというか、やわな胃袋も泣き出しそうなのである。インドの豪華な料理よりもカップヌードルの方が食べたいのだが、そういえば2個持ってきたことを思い出し、ホテルに帰るのを楽しみにしておこうと考えたのだが、そういえばインドのホテルは湯を沸かすポットなどどこにも置いてなかったことを思い出す。 風の宮殿

 昼を終わると、手相占い師をテーブルに呼んで娘のことを占ってもらう。驚いたことに娘の性格も生い立ちも全てパーフェクトなのだ。それならばと、娘の将来を占ってもらうことにした。娘の結婚は27歳以降で子供は男の子を2人産むという。仕事は、しばらくの間定職につかずフラフラする。つまりプータローで27歳になると、やりたい仕事が向こうからやってきるという等々・・・

 店を出て野外天文台へ行く、たくさんの日時計があり一番高い日時計に上るとすぐ向こうには風の宮殿が現れ、ピンク色の建物がとても綺麗だ。ここ、ジャイプールの街はピンクシティーと呼ばれ、どの建物も鮮やかなピンク色をした赤砂岩で出来ているのだ。
 今でもマハラジャが住んでいるというシティ・パレスへ行くマハラジャの生活ぶりを覗くことが出来るのだ。ペルシャのカーペットに高価な衣装に数々の宝物に武器、象の鞍そして世界最大の銀製品でもある銀の壺がふたつ並んでいたのだ。
 こうしてみるとインドの貧富の差は果てしなく広がっており、そしてインドでは大半の人がその日暮の貧しい人々である。 シティ・パレス 
 
今日のホテルは宮殿風のジャイプールパレス。目の前をあの列車がゆっくりと走りすぎるのが目に入る。部屋に入るとなんと広々としているではないか、期待が持てそう。だが、問題なのはツィンではなくダブルベッドなのだ。一緒に・・・というとやんわりと拒否された。仕方なく簡易ベッドを運んでもらうが、来たベッドは病院のベッドと同じで味気ないのだ。
 娘は優雅にダブル、おとーはというと病院の冷たそうなベッドでインド最後の夜を残念にも寝付きにくい固くて冷たいベッドに身体を横たえるのだった。
 そして、最後の夜が忌々しい夜になるとは、この時気付くことなくスヤスヤと眠るのであった。


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