村上しいこ 童話作家の作り方

簡単レシピ・その一


  世の中には、「たてまえ」というものがあるけれど、私はけっこう、おもしろいと思っている。

婚姻届けを出しに行ったときのこと。係の女性が私と夫を見てこう言った。

「(笑いながら)一応確認させていただきますが、お二人とも成人されていますよね」

夫、三十八歳。私、三十一歳の時のことだ。

こういうのもあった。

道で定期入れを拾った。中身は電車の定期券。

しかも、有効期限は三ヶ月。

 もちろん交番に持って行ったのだけど、いろいろ聞かれたあと、警察官の彼はこう言った。

「六ヶ月をすぎますと、あなたにこの拾得物の所有権がありますが、権利を行使されますか?」

この時は真顔だった。

「えっ? 六ヶ月って。その時には、もう定期の期限切れてますよ」

私は言ったけど、その彼は、

「権利を行使するかどうかお答え下さい。でないと話が先に進みませんもので」

ところで、なぜ「たてまえ」の話かというと、私にもやはりたてまえがある。

「童話を書くようになったきっかけは?」

今まで新聞の取材などで何十回となく聞かれた質問。

そしてこれからもたぶん、聞かれると思う。私はそのたびこう答える。

「結婚して、子供が生まれたら、自分の作った童話を読み聞かせしてあげたいと思って、

童話を書くようになりました」

誰にもつけいるスキを与えない百点満点の答え。 もちろん、「うそ」ではない。

そういう気持も、童話を書いているうちにはあったが、

もっと現実的な問題が目の前にせまっていたのだった。

私が夫と出会ったのは、とある料理店。

私が仲居で夫が料理人という、お子様ランチのチキンライスとフルーツゼリーのような、

とってつけたような、まあこんなもんやろというようなカップルのできあがり。

 で、一年後、二人で小さな料理店を出したのだけれど、すぐにだめになってしまった。

この店のことは長くなるので、また後日書くとして、

お店がだめになって、当然わが家はびんぼうになった。

アパートの家賃をはじめ、収入がなくても出ていくお金は変わらない。

もちろんすぐに二人とも働きに出たから、月々の収入があるけれど、お金が残らない。

貯金も底をついている。 そんな時にナント! 冷蔵庫がこわれかけてきた。

はじめは気のせいかなっ? と思ったりもしたけれど、

気のせいで氷が溶け出した日にゃ、北極熊も南極熊もたまったもんじゃない。

そしてこの時わかったのだけれど、男というものは、時々理解出来ないプライドを持っている。

お金がないくせに、冷蔵庫ぐらいキャッシュで買うんや! と夫は主張。


  私・・・けどお金ないやん。

夫・・・なかったら、貯まるまで待つんや。

私・・・もう夏がくるで。

夫・・・冷蔵庫にたのんで、頑張ってもらうのや。

私・・・だれがたのむの。

夫・・・だれかおるやろ。そういう関係の人。

私・・・どんな関係の人や・・・。


  で、その話はひとまずこっちへ置いておくとして、

お金がないと、休日が本当に暇になる。当時うちにはビデオもなく、

結局タダで、涼しい場所で、時間をつぶせるとなれば、この辺りでは本屋さんしかない。

そしてある日、本屋さんでふと私が口にした言葉、

「私、こう見えても、絵本とか童話好きなんや。昔、ちょこっと書いてたこともある」

これに夫が食いついた。「ちょっと待っとけ」

 そう言って、ペッタペッタスリッパの音を響かせた夫は一冊の本を持って来た。

その名も『公募ガイド』

「ほら、これみて見ィ」

「ホゲーッ! 賞金百万円と、ヨーロッパ旅行ってか!」

私の頭の中でつながった。

ヨーロッパ旅行と冷蔵庫が肩を組んで、むこうからやって来る。

まるでくもの巣に、トノサマバッタがちょうちょをくわえて飛び込んで来るような幸運。

けどしかし。

世の中そんなに甘くないと、後日、私たちは知ることになるのだけれど・・。 ああ残念!

この辺で枚数が尽きてしまいました。

というわけで、さて、このあとの話は、またの機会ということで、

村上しいこ童話作家の作り方簡単レシピその一。

これをもちまして、本日はおひらきっ!