宮城「萩」名所めぐり


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 宮城県花も仙台市花も萩です。そのいわれは郷土史家・高倉淳先生がホームページの「宮城野萩」に詳しく書いておられます。そちらをご覧下さい。

≪つつじヶ岡公園の東南端≫

 白萩が沢山咲いている場所がここ。道路を下ると突きあたりが宮城野原総合運動場。白い花をよく見ると赤紫が混じったものがあります。

萩に囲まれて芭蕉の『奥の細道』の一節が看板に書かれています。

≪仙台市立博物館前の白萩≫

 伊達政宗の所望により、大悲願寺(東京都五日市町・現あきるの市)から白萩が贈られたのにちなみ、昭和48年、再び白萩が仙台市に贈られました。それがこの仙台市立博物館前の白萩です。右上は高倉淳(きよし)先生。

≪野草園≫

 仙台では萩は9月中旬が見頃です。野草園には萩の道があります。

 萩のトンネル。

 上左は錦萩、上右が宮城野萩。

 芝生の真ん中にケヤキの木。近くに梶の木も。右は丸葉萩。

 上左が木萩、上右が山萩。共に棒状の幹。

 上左が筑紫萩、上右は遠景。

 

≪七ヶ宿町・材木岩付近≫

 七ヶ宿ダム付近の山を案内してくれたのが「森の名手・名人100人」の「宮城県代表・炭焼き」に選ばれた佐藤石太郎さん。まず材木岩へ。

 自生している萩は木萩で、太い幹を切って炭を焼いたといいます。枝が放射状に出るのは「ツクシ萩」の特徴か?花は皆、赤紫。

 「飛不動尊」の脇には江戸時代のせまい道が残っています。看板の説明によれば、この道を参勤交代の大名が通ったとあります。その大名とは、秋田藩、庄内藩、弘前藩、松山藩、本庄藩、山形藩、天童藩、新庄藩、亀田藩、上山藩などとあるので、往時はにぎわったのでしょう。

 

 車で白石市まで下って、白石ウーメンの専門店に入った。その店の庭に、見事な萩があった。「みやぎのはぎ」と大きな看板に書かれていた。枝が垂れ下がるのが宮城の萩の特徴のように思われました。

≪青葉山≫

 上左は東北工業大学のグラウンド脇のがけの木萩。上右は近くの蕎麦屋さん、美味しかった。「花より団子」でなく「ハギよりソバ」でした。

 左は秋に作る「おはぎ」で、豆がまだ取り立てで皮が柔らかく、あんを作るとき「ハンゴロシ」と言って、豆を完全にはつぶさず、粒あんにして使うそうです。おはぎの表面に豆の皮がちょうど萩の花のように見えます。春に作る「ぼた餅」は、冬を越して豆の皮が固くなっているので、豆を潰した上に濾して使うそうです。ちょうど牡丹が咲く頃で、色が似ているので「ぼた餅」というのでしょう。右は仙台の銘菓「萩の月」です。



≪西公園・青葉通り側斜面≫

 青葉通りは西公園のところで下り坂になり、広瀬大橋に到ります。道の西公園斜面(上左の写真)には宮城野萩が沢山植えられています。道路向かいの斜面(上右の写真)には目立たないですが、筑紫萩と思われる萩が自生しています。

≪萩野町・萩公園≫

 萩野町二枚橋の七郷堀の脇には萩公園があります。枝が堀の水面まで垂れ下がって、見事に咲きます。萩野町のシンボルです。

≪白萩町≫

 白萩町には二ヶ所に白萩が植えられています。上左は七郷堀の脇、陸橋のそば。上右は公園の隅。

≪瑞巌寺の木萩≫

 瑞巌寺の裏手にある木萩で幹が太い。樹齢は不明とのこと。

≪銀杏町・永野さん宅の宮城野萩≫

 宮城野八幡神社の隣。永野家は江戸時代、代々、宮城野原の野守役。

≪鈴虫壇≫

 江戸時代、お姫様たちが年1回、萩見と鈴虫の声を聞きに鈴虫壇を訪れたと伝えられています。下の右端のボタンを押し、再生ボタンを押して下さい。鈴虫の声です。


 

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