「止めよう、コレステロール低下剤」


 A)問題提起――その1
 
 コレステロール低下剤については、大手製薬企業のお金をかけた宣伝が毎日のように医者へ、患者へと流されています。それは「コレステロール減らしなさい。さもないと危険です」というものです。
 
 まず一つの資料を紹介したいと思います。それは次のような統計資料です。

文献1)「日本人の疾病構造とその国際比較――人口動態統計
    からの視野――」倉科周介、池田一夫;『日医雑誌』
    123(2)、平成12年1月15日、p241〜 
    246.

 ここには1992年から1994年の総死亡と24疾患の死亡率が先進諸国24ヶ国で比較されています。WHOの統計データをもとに男性に限って計算されたものだそうです。
 
 国際的に比較すると、日本で多い死亡原因疾患は胃癌です。次いで、老衰、全結核、腎疾患も比較的多い死亡原因疾患です。一方、少ない死亡原因疾患はというと、他殺と膀胱癌、次いで心筋梗塞と喉頭癌です。先進諸国とはここでは死亡統計がそろっている国々という意味です。日本人は他国の人々に比較して、胃癌や老衰で死亡する人は多いが、殺人や膀胱癌は非常に少ないのです。心筋梗塞も非常に少ない部類に入っています。
 
 現在、日本の医療機関で最も多額に処方される保険薬は「高脂質血症治療薬」です。その主なものが「コレステロール低下剤」です。ではこの薬を多額に服用しているために日本人には心筋梗塞が少ないと考えていいのでしょうか。それとも、日本人は、死ぬことが非常に少ない疾患に、最も多額の薬剤費を投入しているのでしょうか。私は後者ではないかと思っています。それをここで検討していきたいと思っています。

(平成12年2月1日、記)          

 B)問題提起――その2
 
 前回は問題提起として少し飛躍した話でした。ここではなぜ一開業医の私が「日本におけるコレステロール低下剤の大量使用」を問題にしたいかを述べたいと思います。このシリーズの序論のようなもので、どちらかというと一臨床医の直感というようなものです。
 
 私は毎年、市民健診というのをやっています。仙台市だけでなく、現在はどこの市町村でもやっている住民健診です。身長、体重、血圧、尿検査、心電図、眼底検査、採血などの検査をします。
 
 市の補助があるので安い料金で受けられ、私は毎年、百五十人くらいの健診をしています。一方、私はアルコール依存症の診療に取り組んでいます。ですから市民健診のような網(スクリーニング)に早期・軽症のアルコール依存症の人々が引っかかってくれればよいと願っています。しかしそれが引っかからないのです。それにはいくつかの理由があります。

 1)市民健診を受ける人が、毎年決まっていて、どちらかとい
   うと、健康状態に神経質すぎるほど注意を払っている中高
   年の女性が多いこと。

 2)男性、特に大量飲酒をしていたり、生活習慣に問題がある
   中高年の男性は健診を受けたがらない。

 3)問診(自己申告)に飲酒習慣があると記入していても、あ
   るいは健診結果でγ−GTPが高くても、たいがい節酒の
   指導や、休肝日の指導で終わってしまい、アルコール依存
   症の診断が行われない。

 では市民健診では何が一番引っかかるかというと、コレステロ−ル値なのです。健診結果を見て、中年、高齢の女性たちは言います。
 
 「去年はコレステロールが235だったのに、今年は243に上がってしまった。ああ心配だ。」、「コレステロールが225ですが、この値は正常ではなくて、高いんですね。お薬はのまなくていいんでしょうか。」
 
 私は内心、自問自答します。「この市民健診のやり方は無駄だ。生活習慣に問題ある人や、見つけるべき重大な病気を補足できていない。これでは高コレステロール低下剤の販売拡大に役だっているだけだ。それに日本の女性には心筋梗塞は少ないはずだ。こんな無駄な医療費の使い方をいつまでも続けていていいのか。市民健診は女性に肥満恐怖症を植え付け、せいぜい糖尿病の早期発見くらいにしか役だっていない。その目的のためなら一般市民健診は、尿検査だけでよいのではないのか。」
 
 そう思っているので、一方では、アルコール依存症の早期発見には何をなすべきか、他方では、無駄だと思うコレステロール低下剤の使用を問題にしたいと思っているのです。

(平成12年2月15日、記)          

 C)コレステロールとは
 
 だいぶ前回から時がたってしまいました。まずここではコレステロールという物質とはどんな物質なのかという基本的なことから調べてみましょう。『化学大辞典』から要約してみます。

「コレステロール=コレステリン;分子量387」
 
存在;ほとんどあらゆる動物に含まれる。ことに脊柱のある動物の主ステリンで、遊離状または高級脂肪酸エステルとして存在する。
製法;工業的に畜牛の脳、セキ髄、また魚油、羊毛脂の不ケン化物を再結晶する。あるいは二臭化物を得て精製する。
性質;針状結晶(エタノールから再結晶)。融点148度、沸点233度。溶解度は、18度Cで、エーテル中26g/100ml、ピリジン中68.1g/100ml、エタノール中2.28g/100ml、ベンゼン、酢酸エチル、アセトンに可溶。
生物学的性質;細胞原形質または形質膜の一成分として、その物理化学的な性状の保持に寄与していると考えられる。また生体内で胆汁酸、性腺または副腎皮質のステロイドホルモンおよびビタミンDの前駆物質となる。

 D)相関性と因果関係
 
 コレステロール値と虚血性心疾患(狭心症や心筋梗塞)の発生率との間に相関関係があるという図がよく引用されます。(いずれその図をここにも参照します。)
 その図は、確かにコレステロール値が220mg/dlを越えると、虚血性心疾患が増え始めることを示しています。それで治療のガイドラインでは、220mg/dl以下を正常、あるいは治療の目標としています。
 ここで私が問題にしたいのは、図はあくまで相関性を示すものであって、因果関係を示すものではないということです。相関関係は研究の出発点にはなることはあるでしょう。しかし「コレステロールを下げれば、虚血性心疾患が減る」とは必ずしも言えないのです。後者は相関関係ではなくて、因果関係と言います。これには厳密な証明(臨床試験)が必要です。
 相関関係を因果関係と間違えるのは、「看護婦さんが吸うタバコの本数は、仕事量と相関する」という統計がとれたとして、「看護婦さんが吸うタバコの数を増やせば、仕事がはかどるだろう」という結論を導くようなものなのです。何か別のファクターが紛れ込んでいる可能性もあるし、因果関係を立証しなくてはならないのです。
 高齢女性ではコレステロール値が高い人の方が長生きするという論文もあるのです。しかも因果関係を立証したというコレステロール低下療法の臨床試験は男性のものばかりです。しかし実際に日本でコレステロ−ル低下療法を受けているのは、女性の方が圧倒的に多いと思います。

 E)「コレステロール低下剤の日本における過剰使用について」 
 
 11月4日、仙台市において薬害オンブズパースン公開会議が行われた。テーマは「コレステロールが高いと言われたら:コレステロール低下剤の大疑問」で、新聞で予告されたこともあって、会場はほぼ満員であった。
 血液中に脂質成分が増える病気が高脂質血症、そのうち主要なものが高コレステロール血症である。コレステロールはホルモンの原料、細胞膜の成分などとして必須の成分である。病気とされる境界値はここ30年の間に徐々に下げられ、かつては250〜260mg/dl以上だったのが、日本動脈硬化学会は平成元年以降、220以上を境界値、つまり病気とした。一方、日本人の平均コレステロール値は徐々に上昇し、「高コレステロール血症」とされる人が急増した。当然、コレステロール低下剤の使用量も急増、中でもスタチン類と呼ばれる医薬品の代表格・プラバスタチン(商品名:メバロチン)は、日本における保険薬の売上げトップとなり(1999年1850億円)、スタチン類の総売上げは5品目で2800億円となった。
 コレステロール低下剤は、虚血性心疾患(狭心症、心筋梗塞)を予防するため投与されているが、日本人、特に日本人女性に対する効果の根拠はない。根拠とされているのは、虚血性心疾患の既往歴がある白人中年男性での再発予防効果であり、既往歴のない白人中年男性での発症予防効果は2論文、そのうち寿命延長効果は1論文で証明されたにすぎない。心筋梗塞による死亡率が米英の約5分の1という我国では、予防効果はがんなどの増加で帳消しになり、寿命は延長するどころか短縮している可能性の方がずっと高い。そんなことに諫早干拓の国家事業費に近い金額を毎年浪費しているのだ。
 スタチン類の一つ、シンバスタチン(商品名:リポバス)の日本における臨床試験の結果が最近発表されたが、コレステロ−ル値を200以下に下げると、かえって死亡率が上昇した。また健診におけるコレステロ−ル値と寿命などの長期追跡調査では、コレステロール値は240〜280で寿命が最も長いという結果が多い。動脈硬化学会の200以下が適正などという基準は、数ある病気の中で虚血性心疾患だけに焦点を当てたもので、その本当の焦点は製薬企業の利益にあるとしか思えない。
 おりしも10月31日、毎日新聞の一面を用いて「油から始める生活習慣病対策・成人の1/3高脂血症状態」という題の五島雄一郎東海大学名誉教授の講演が紹介されていた。氏は「生活習慣病の権威として活躍」と記され、「高コレステロール血症により若年性の心筋梗塞が非常に増える可能性、不飽和脂肪酸は過酸化されて動脈硬化を悪化させ、がんの発症に影響し、高脂質血症と他の3つのリスクと合わせて死の四重奏と言う」などと危険を強調し、驚いたことに某企業の名前をあげて、ある食用油を推奨し、その効果は中性脂肪を下げるだけでなくウェストの数値も下げるなどと、いいことづくめの説明をしている。また動脈硬化学会はコレステロールの境界値の変更(220→240)をまだ決定していないことも強調している。講演には製薬企業などの利益を擁護・誘導する意図が見え隠れしていると感じるのは小生だけだろうか。
 コレステロール低下剤の過剰使用の問題は浜六郎医師が「薬のチェックは命のチェック」第2巻特集、「正しい治療と薬の情報」などの中ですでに徹底的に検証している。今年8月、セリバスタチン(商品名:セルタ、バイコール)というスタチン類の一つが販売中止・自主回収となった。副作用である横紋筋融解症が多発したためである。近年、医療費抑制のため、患者さんの自己負担の増加が計られているが、使用金額が多くて効果が少ないとか、薬害を生むような医薬品の制限・廃止の方が優先されるべきではないだろうか。

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 平成15年6月12日、コレステロール低下剤であるスタチン製剤について、以下のようなご意見をいただきました。メールの掲載のご許可もいただいております。掲載:平成15年6月23日。

 まず、「コレステロール低下が発癌率を上げる」というのが、どの論文に拠って言っておられるかは分かりませんが、一般に知られている大規模前向きコホート調査結果を踏まえてなら、その原著を読んでもらえるとお分かりかと思いますが、コレステロール低下に伴って癌の発生が増えているのは、どの調査でも、最初の1〜2年間だけで、その後の3年目以降は特に発癌率が上昇していません。
 もし、「低コレステロール⇒発癌」が真実ならこれはおかしなことで、
 

@ 癌の発生、進行様式を考えると、癌細胞が増える原因にコレステロール低下の関与があるなら、3年目以降もコレステロール低い群は発癌率が上昇なければならないですし、
A がんの進行スピードを考えると、そもそも、癌ができて1〜2年で発見できる大きさにまでなるのはおかしいという点に矛盾がある上、
B 癌ができると、一般検査で発見できる大きさになる1〜2年前から、コレステロールが低下してくる例があることが以前から指摘されています。(実際当院でも、突然のコレステロール値低下から、癌を疑い、詳しく検査した結果、癌を見つけられた例が何例かあります。)
 
 これらのことを総合すると、「低コレステロール⇒発癌」というより、「発癌⇒低コレステロール」であったと考えるのが、自然ではないかと思います。(また、特にBでのコレステロール低下は、コレステロール降下薬剤を投与すると、特に顕著にでやすく、投与による投与前値の50%以下へのコレステロール値減少から早期癌発見に繋がる例も報告されているようです。)
 また、2001年8月23日毎日新聞が、山口大学松崎益徳氏からのインタビューという形で、一面トップに「死亡危険度3倍」と大きな活字で出した記事については、関係者からも問い合わせがあったようで、松崎氏もあわてて「そういう話はしていない。科学的におかしいではないか」と毎日新聞に抗議したそうです。ただ、毎日新聞の解答は、「これは科学の新聞ではありませんから。一般紙です。」というもので、インタビューした相手が訂正を求める内容だったにもかかわらず、そのままですが。その当時の論文では次のようなものがあります。
 Am J Med. 2001 Jun 15;110(9):738-40「Do statins cause cancer? A meta-analysis of large randomized clinical trials.」Bjerre LM, LeLorier J.
 
 (5年間以上、Statinを投与した論文を集め、飲まなかったグループと比較した、もっとも信頼できるメタアナリシスという手法です。 )
 結果を述べると、癌とその死亡は-0.1%ということで、この論文では、癌は減ったのです。0.1という数字ではそれほど意味がないので、むしろ、「スタチン薬は癌とは関係がない」と結論できます。
 他にも似た論文があります。
 Clin. Cardio. : Aug 2001, 24, 1113-7 「What do the statin trials tell us.」
 
 Drugs 2001,61 197-206 「Safty profiles for the HMG-CoA reductase inhibitors:treatment and trust」
 
 J. Clin. Ligand Assay : 2001, 24/1 6-12「Clinical benefits from lowering cholesterol」
 最後の論文などは、LDLを80未満にしてもガンは増えないと書いてあります。
 ガンとstatinで引くと、こんなものです。もしも、スタチンでガンが増えも減りもしないなら、増えるという論文と減るという論文が同数ほど出るはずなのですが、減るというものばかり出てきます。これだけ減るというのが多いと、弱いとはいえ癌抑制作用があると考えたほうがよいと思われるほどです。スタチン薬とはコレステロールの合成酵素を抑える薬なので、コレステロールを下げるという効果にだけ目が行きがちですが、そのほかにも、スタチン薬は、痴呆を7割減少させる、抗炎症作用を示す、そのために動脈の炎症を鎮め、直接動脈硬化を減らす、血管の平滑筋の遊走を抑え動脈硬化を減らす、などの効果も示唆されています。別に、スタチン薬信者でもないので、率先して投与すべきだとは思いませんが、必要な人には投与すべきであろうし、少なくとも、異論のある論拠を「医者のお墨付き」として世に広めるのは、慎むべきではないかと思い、つたないですが、筆をとりました。乱筆お許しください。(H.K)

 追伸. 虚血性心疾患と高コレステロールについても、アメリカでは、コレステロール値が1980〜1990年頃をピークに減っていますが、日本では順調に増えてきており、現在は、30〜40歳代では、ほぼ同じ値になってきています。つまり、現在、最も冠疾患eventの起こりやすい60歳代以上の人は、若い頃、ほとんどの人がコレステロール値が正常で、ここ10年ほどの間に徐々に上昇しただけの人々です。しかし、現在30〜40歳代の人たちは、若い頃から洋食に慣れ、若いうちからコレステロール値が高いため、これらの人たちが50〜60代になる20年後には、今よりずっと、冠疾患が増加するだろう(つまり、日本の今現在の諸動脈硬化病変の発症率は、高コレステロールの本当の危険率を反映させていない)と考えられています。
 (これはタバコと癌などでもいえることで、現在日本では、女性の肺扁平上皮癌は、男性よりずっと少ないですが、現在の20代、30代の女性の喫煙率を考えると、肺扁平上皮癌の発症率も、今後数十年で、女性でも、もっと上がると予想されています。)

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