倦怠ライフ・ソナタ




 ひとつの事件が終わり、また次の事件に遭遇するまでの幕間の話をしよう。
 とは言いつつも、SOS団の幕間はともかく短い。
 まるで可能な限りの事件をともかく詰め込もうとでも誰かがしているみたいに、次から次へと厄介事が降り注いでくる。

 人類しかり、ハルヒしかり。
 元々人間ってのは、年中四季折々に祝い事やら行事やらを隙間なく詰め込んで特別な日にしようとする。365日アニバーサリー、何かの記念日だ。

 そして我らがSOS団団長はそれらの行事には全てノリノリで参入し、なおかつプラスアルファで事件を引き寄せてくるのだから、そりゃ休まる日がないのも当然といえるだろう。
 ちょいとは手加減してほしいもんだが、それをウチの団長に言うのも無駄ってもんだな。
 嵐に向かって、「ちょいと俺を避けてってくれ」とでも言うようなもんだ。

「あなたは嵐と言いますが、僕にとっては凪のようなものですよ」

 そういえばハルヒのヤツは、中学時代の方が荒れてたんだっけか。
 その頃にタイムリーだった古泉にしてみれば、一言もの申したい事だったらしい。
 もっとも、あのデカブツ神人と毎日ど突き合いするような日々と比べて凪だと言われても、正直俺にはさっぱりな話だったりもするわけだ。

 古泉は、まあそれもそうでしょう、と肩をすくめる。

「しかし、休まる事がない日々も、退屈に比べればマシではないかと。そうは思いませんか?」
「今は退屈だけどな」

 古泉が誰の事を指して言ったのかはともかく、俺は適当に屁理屈でごまかした。
 文芸部の部室を見回すが、そこに俺たち二人以外の姿はない。

 SOS団の女性陣はというと、どこぞへ突撃していった。
 どこぞ、というのはハルヒの断片的な説明ではどうも男子禁制らしい、という事くらいしか分からなかったけどな。

 問題はどこへ行ったか以上に、いつ戻ってくるかを聞けなかった所だが。
 すでに二十分は経っているから、ちょっとそこまで、ではないだろう。予測できるのはその程度だ。

「あなたは退屈だとは言いますが、僕はこれでなかなか良いものだと思いますよ」
「俺の主観におまえの主観で返すなよ」
「人はどこまでも主観的な生き物ですよ。……このまま主観論の話でも続けますか? 少なくとも退屈は紛れると思いますが」
「そんな時間の潰し方するくらいなら、まだ退屈の方がマシだよ」

 古泉はアルカイックスマイルでうなずくと、そこでその話題は打ち切った。
 まあ、青春まっさかりの高校生が延々と主観論がどうのと言い合ってるよりはいいわな。
 ニーチェだべーコンだは中学くらいで卒業しておくべきだ。

 俺はいかにも高校生(非アクティブ)がやるように、目一杯ダルさを強調してテーブルに突っ伏した。

「ババ抜きは?」
「二人でか?」
「軍人将棋などは?」
「そいつも三人向けだ」

 審判役を長門に頼むと、実にスムーズなんだよな。

「では神経衰弱では?」
「いいね」

 団員が揃っているときにはテーブルに広げるものはやりにくいからな。
 古泉は嫌みったらしくないのが逆にイヤミないつもの笑顔を浮かべ、すっと席を立った。

「少々お待ちを」

 そのまま雑物を詰め込んだ棚の一角に作られた、古泉専用おもちゃ箱とでも言うべき棚をあさり始める。
 トランプくらいならすぐ出せる場所に入れておけばいいのにな。

「夏のフェリーで使ったきりですからね」
「そうかい」

 古泉が全敗し、俺が常に下から二番目に位置していたあのババ抜き以来という事だな。
 孤島症候群もそろそろ昔話だ。

「昔話ができるまで世界が存続してくれるなら、僕はそれで満足ですよ」

 それもそうだな。
 いつハルヒが世界をぶっ壊すかビビッていた時期もないわけじゃなかったが、いまもこうして世界は平和だ。
 白昼からUFOがビュンビュン飛び回る事態もなく、日本征服のためにダムに毒から幼稚園バス乗っ取りまでやらかす悪の結社もいまのところ出てきた事はない。
 ちょっと雲行きが怪しい連中が佐々木のところに居ないでもないが、それはまあさておく事にする。

 で? トランプはまだ見つからないのか、古泉?

「ここに仕舞ったと思ったのですがね」
「見つからないなら軍人将棋でも構いやしないがな」
「それならすぐに出せますが」

 と、箱に手をかけた古泉の胸からピロリロとやる気のなさげな電子音が鳴りだした。

「失敬。電話のようです」

 そう言いながら、内ポケットの携帯を右手で器用に取り出し、左手で俺に何か放りつけてくる。
 思わずキャッチしてしまう俺。

 ……って、ルービックキューブでもやってろってか?

 俺は手の中の正四面体に目を棒線にした。
 そもそも、四方の色をそろえるだけなのに難しいってのがどうにも苦手なんだよなあ。

「もしもし」

 俺が何か文句を言う前に、古泉はさっさと電話に出る。
 仕方なく、手の中でルービックキューブをかちゃかちゃやるわけだが、正直なところ何十分やろうが絵柄が合う気がしない。

「ええ、はい。構いませんよ」

 しきりに頷いたり相づちを打つ古泉を横目に、適当にねじったりしてみる。適当にやってできるものでもないけどな。

 しかし電話の対応をみても相手が分からない奴だよな。
 古泉はきっと同級生でも目上でも、組織の相手でもまったく同じ応対に違いない。

「確かに。東北地方とは聞きますが西南地方とは言いませんね。当てはまるのはおそらく近畿地方でしょうか」

 げふ!
 ……なんつーしょーもない内容の電話だ。

 古泉は昔の白黒映画の男優よろしくふっと微笑み、

「お役に立てたのなら幸いです。それでは」

 電源を切ってそのままの顔でこっちを見た。

「電話、誰からだったと思います?」
「そんな用件で電話してくるのはあの女しか居ないだろうが」
「鶴谷さんです」

 別の方のあの女だった。
 古泉のしてやったりとでも言いたげな笑顔が憎らしい。

 まるで悪質な引っかけ問題だが、
 ものの見事に引っかかってしまった俺は、気恥ずかしさに頬をかいた。

「鶴谷さんとコネクトがあるとは知らなかったな」
「電話番号くらい知っているものでしょう?」

 俺は家まで行ったのにしらねえぞ。
 ……って墓穴掘ってどうする。

「あなたの視点はSOS団へと向いた内向きのものですからね」

 古泉はべつだん気にした風もなく言う。

「周囲がなおざりになるのもやむなしですよ」

 その何もかも見通したような態度が嫌なんだ。
 俺はいっこうに完成しないルービックキューブをテーブルの上に放り出し、頬杖を付いた。

「お前はどうなんだ?」
「世界に向いています」

 古泉はルービックキューブを眼前に持ち上げて見せながら言う。
 コイツがやるとたとえルービックキューブでも地球儀か何かに見えてくるから不思議だ。

「世界を救うために奮闘する超能力者か」
「世界を守るといった方が適切ですけどね」

 そうだな。
 救うは能動的だが、守るはどこまでも受動的だ。SOS団メンバーに暗黙の内に成立したある種のスタンス、現状維持にも当てはまる。

 何か事件に出くわした時、俺が自分とSOS団の事しか考えないのに対して、古泉は同じ事件に向き合っても世界のことを考える。
 違いといっちゃそこだけなんだろうけどな。

「なあ、やりがいは感じているか?」
「さて。始めた時は必死でしたし、続けてこれたのは恐怖だったからです。……今ではただの義務感ですよ」

 そうか。
 そのわりには何だか楽しそうにも見えるけどな。

「ええ。……僕の居場所は、ここですから」

 古泉は自分の立っている足下に指を向けた。
 ……それの意味は、部室って事じゃないよな。

 古泉は床を指しながら、反対の手でルービックキューブを机に置く。
 いつの間にやらルービックキューブの図柄はきっちりと揃えられていた。
 まるで超能力でも使ったみたいに。

「どんなイカサマだ?」
「さて、どんなイカサマでしょう?」

 思えばコイツも不思議な奴だよな。
 俺がずっと昔、まだ宇宙人も未来人も超能力者も居ると信じていた頃、俺はすげえ力を持つか、それともすげえ力を持ったヤツの目撃者ポジションになりたかった。

 果たしてこいつはどうか? 超能力を持ってる。おまけにハルヒの参謀に収まっている。
 本人もすげえし、すげえやつの目撃者ポジションにも居る。贅沢なもんだ。

「かなわないな」

 俺はふっと肩をすくめた。

「……実を言うとな。お前のポジションは俺が望んだようなものなんだが」

 片手でカチリとルービックキューブを崩しながら、古泉はゆるやかな微笑を形作った。

「奇遇ですね。僕にはあなたのポジションの方がうらやましいですよ」
「そうかい」

 いったい俺のどこがうらやましいんだか。

「なんなら交換でもしますか?」
「バカ言え」

 即答だ。

 ついでに古泉もそれを予測していたみたいに、
「僕もそう言うと思いますよ」
 悟りきった画家のような顔をしてみせた。

「……っは」

 新しい哲学でも発明しそうな表情に、思わず吹き出す。

 二人声も出さずに笑っているうちに、聞き覚えのある足音が遠くから近づいてくる。

「どうやら、お嬢様たちが帰ってきたみたいだな」
「ええ、そのようです」

 どうやら幕間の時間も終わりらしい。
 また主演ハルヒ・観客ハルヒの大舞台の脇役二人に戻るとするか。
 舞台袖でのひそひそ話もここまでだ。

 蹴破らんばかりの勢いで文芸部のドアが開かれる。
 ハルヒと、ハルヒに引きずられるように朝比奈さんと長門が入ってくる。部室の騒音指数が跳ね上がる。

「キョン! 見て見て! 見なさいよ! これ!」
「ちょっと待て! お前! それをどこから持ってきやがった!?」

 俺はいつものように全力でツッコミを入れ、
 古泉は一歩引いたところで、いつものように何でも知って居るぞとでもいう顔で見守っているのだった。
 薄い微笑を浮かべながら。


≪了≫






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