倦怠ライフ・デュエット


 アヒルのような口になったハルヒと別れ、駅の西側に渡る。
 ハルヒたちの姿が見えなくなってから、俺はおおきなあくびをした。

 せっかくカレンダーが気を利かせてつけてくれた赤印であり、本来なら昼過ぎまでベッドで太平楽を享受していても誰にもとがめられない日であるところの国民の休日に、なぜこうして駅前に出てきているか。

 遊ぶためではない。
 いや、遊びに来ているようにしか見えないが、我らがSOS団のUMA団長、あらゆる行動に乱数が使用された涼宮ハルヒという女の言葉を借りるなら、『不思議探し探検』というやつである。

 具体的に何を探すか発案者本人にさえわかっていない上、基本的には適当な店をひやかしたり、気が向けばゲーセンやカラオケに寄る行為を指して「それのどこが遊びではないのか」と正面から聞かれると返答に窮するけどな。

 まあ最近では俺もこの不思議さがしというやつが嫌いではなくなってきた。
 なんだかんだでもう既に……あー? そういや第何回目だっけか?

 まあいい。たくさんだ。成果ゼロというこの不毛な不思議さがしも、たくさんやればそれなりに定例行事になる。

 いくら面倒でもこれが今回を最後にいきなりピタリと無くなれば、若干ながら淋しい思いをするんじゃないかと思う。

 まあ、そんなこんなで俺がこのように長い独白をしていてもつっ込みが入らないのはひとえに俺のとなりにいるやつが無口だからであり、無口といえばSOS団で当てはまるのは長門有希しかいないわけである。

 長門はあと100億年ほどで燃え尽きる水素ローソクの最後の輝きをギラギラ照り返してくるアスファルトをべつだん眩しくもなさそうに視線を落とし、何をするでもなくたたずんでいる。

「そろそろ行こうか、長門」
「……そう」

 いつもの通り長門のテンションは低いが、今日はそれに輪を掛けているような気がする。
 まあ、最近めっきり部室でパソ子ちゃん状態だからな。外に連れ出すにはいい機会なのかもしれない。
 なんだかんだでPC結構いじってるから、本もあんまり読んでないんじゃないのか?

「減った」

 俺の隣を音もなく歩きながら長門は答えた。
 どこに行くあてもないまま適当に路地を曲がりつつ、額に浮いた汗をぬぐう。

 主語がないといまいち要領を得ないが、たぶん「減った」ってのは読む本の量なんだろうな。

「どのくらい?」
「数冊」

 実に簡潔な答えだが、簡潔すぎてさっぱり分からん。
 いったい数冊ってのはどの単位をもって数冊減ったんだ?
 俺はぐったりしつつ聞いてみた。

「ちなみに今は、どれぐらいのペースで読んでるんだ?」
「一日五冊前後」
「ああ、そうかい」

 なんつー速度で読んでるんだか。
 俺が一ヶ月かけて読むような量をそんなにあっさり消化しなくてもいいんじゃないだろうか。

 大食いの長門だけに本もドカ食いしないと満足できないのかもな。
 ちょっと満腹中枢だけ思念体に診てもらった方がいいのかもしれない。

「ちなみに今は? どんなの読んでるんだ?」
「宇宙ヒッチハイクガイド」
「……別の意味でいいもん読んでるな、おい」

 なんだか余計に疲れたように感じながら、ぶらぶら歩き続ける。
 歩道の植え込みに謎のICチップが落ちている形跡はないし、団地のまえを通り過ぎても殺人事件はおこらない。

 なんというか、歩いてるだけなのも飽きが来るもんだな。

 べつにスキー旅行に行ったらスライム原生生物に町の住民が食われてたとか、ビーカーに入れてあったタングステンがいきなりプルトニウムに変わってたとか、そこまでぶっ飛んだ不思議じゃなくてもいい。

 ただ何か、すこしくらいヘンテコなことは落ちてないものか。
 そう考えちまう俺もだいぶSOS団に毒されたってことなんだろうけどな。

 道を足に任せたまま、俺は空を見上げた。
 見渡すばかりの青空を、いくつかの白い雲が大魚のようにゆったりと泳いでいく。

「……今日は不思議、見つけられるかね」

 俺はぼんやりつぶやいた。

「その可能性はない」

 いつの間にか長門は歩速を早め、俺の隣にならんでいた。
 無感動な瞳が、俺と同じくらいの倦怠をたたえながら、視線をアスファルトに落としている。

「そう断定されても困るわけだがな」

 長門は事務的な口調で、

「現在、涼宮ハルヒが興味を引くような超常現象は近辺に確認できない」

 宇宙人、未来人、超能力者を除いてな。

「そうか、今日も無駄足になりそうだな」
「……そう」
「まあいい、それなら図書館なり何なりで時間を潰せばいいさ」
「そう」

 長門もこの提案には多少乗り気らしい。コンマの単位で答えるのが早かったからな。
 やっと目標をさだめた俺たちは、図書館に足を向けた。

「……」

 無目的な散歩と、ゴールが見えている歩みは違う。
 どの道が最短コースかも、あとどれぐらい歩けば図書館に着けるのかも、俺たちは知ってる。

「ハルヒたちの方は、どうしてるだろうな」

 半分くらい無意識に言ってから俺は、はっと肩をすくめた。

「まあ、騒いでるんだろうな。いつものように」
「その可能性は高い」

 いつもの事だからな。
 今日はどこの店がSOS団出入り禁止になっちまうのかは気になるところではあるが。

 空を見上げると、さっきとはまた違う雲が同じ空を泳いでいる。

「なあ、長門。……俺たちはいつまでこうしていられるんだろうな」

 ふとつぶやく。
 長門は歩みを止めず、じっと俺の眼を見た。
 ハッブル望遠鏡でも見通せるか分からないほど深い瞳に吸い込まれそうになる。
 長門はゆっくりと俺に答えようとし、

「いや、すまん! 今のなしだ!」

 どこから湧き出したのかも分からない衝動に突き動かされて、俺は大きな声を出していた。
 今のは訊いちゃいけない事だった。
 理性と感情の両方が、いまの質問を取り下げさせたのだ。

 長門は瞳をそっと伏せた。

「わからない」
「……………そうか」

 俺はふっと息をついた。
 それは安堵だったのか、それとも残念さの表れだったのか、俺自身にも分からない。

 ただ、二度とこの質問はするべきじゃない。終着点を見ようとするのはルール違反だ。
 少なくとも俺は、SOS団をゴールの見えた歩みにする事は望んじゃいない。

 俺の心中を知ってか知らずか、長門は付け加えるように、

「……わからないから、面白い」

 足が止まる。
 長門は立ち止まりながら俺に疑問符をむけた。

「……?」

 今、面白いって言ったのか、長門?

「ふ……」

 俺は思わず、長門の頭をぐりぐり撫で回すところだった。

「ははははっ」

 嬉しさのあまり、俺は肩を震わせて笑った。
 そうだよな。SOS団に毒されたのは、俺だけじゃないよな。

 長門も、朝比奈さんも、古泉も。
 そしてSOS団を作ったハルヒ自身も、SOS団に毒されて少しずつ変わってんだ。
 このあてのない散歩みたいな時間を楽しんでいるのは、俺だけじゃない。
 そんな簡単なことも再確認しないと忘れそうになる。それがたまらなくおかしかった。


・・・


「なんか見つかった?」

 夕日をバックに仁王立ちしたハルヒは、いつもの不機嫌めいた顔をつくって問いかけてきた。

「いや、何も」

 俺は肩をすくめて答える。
 ハルヒはふん、と鼻を鳴らした。

「そう。……でも、なんか嬉しそうな顔してるじゃない」
「そうか?」

 すっとぼけるとハルヒは首を横にふった。

 いつものむすっとした表情で団員を並べると、「今日の収穫はゼロ、もっと根性出して探しなさい!」だのと訓示だか説教だかわからない事を垂れはじめる。

 俺はゆるみそうになる口元を押さえるので手一杯だった。

 今日は大収穫だったさ。
 けど、こればかりは教えてやらんよ、ハルヒ。


 もったいないからな。


<了>




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