倦怠ライフ・エチュード



 日常というのは日々の常と書く。
 ようするに毎度起こっていることが毎度の様に繰り返されるので、「ああ、またか」程度にしか思わなくなればそれは日常なのだろう。


 倦怠にたゆたうように日常に埋没しちまうのもそれはそれでアリな生き方じゃないかと思うのだが、残念な事に我らがSOS団団長はそんな日々の生活に変化をこれでもかと付けるために奮闘するのである。
 そんな変化を付けようとする行為も、「ああまたか」で済む様になれば日常と呼べるんだろうか。


 そんな結論の出ない、結論が出ても無意味な、哲学とすら呼べないような思考に俺が埋没できるのも、変化のない日常が倦怠してるからだ。
 まさに万々歳だな。


 しかし諸行無常は倦怠とて例外のないもので、どこかの変化大好きな女の一言で吹き散らされるレベルのものである事もまた、事実なのである。
 つまりは俺の思索を引き戻したのも、何気なく下されたたった一言であったわけだ。


「ねえキョン、頭撫でて」
「……は?」


 昼下がりの文芸部部室。
 なんの脈絡もなくハルヒはそんな事を言い出し、俺は「ああ、とうとうぶっ壊れたのか」という感想しか浮かばなかった。


 過去の記憶をひもといてもコイツがそんな事を言い出した事はまったくない。
 当然、俺とコイツはそんなストロベりる関係でもない。


 またぞろどこかの二次創作で都合のいい性格に変えられたのかとも思ったが、しげしげ観察してみると特にそうでもないらしい。
 根拠はいつものハルヒらしく、不機嫌極まりない顔をしているからってだけだけどな。


「聞こえなかった?」
「聞こえたから悩んでるんだろうが」
「なら早くしなさいよ」


 言いながらハルヒは頭を俺に突き出す。
 シャミセンよりは愛嬌のある猫がやりそうな動作だ。字幕を付けるなら「撫でれ」という感じだな。いや、まさしくその通りなんだが。


 俺は頭を突き出したまま無言のプレッシャーをかけてくるハルヒに対し、とりあえず一番可能性の高そうな思いつきをぶつけてみる事にした。


「静電気の実験か何かだな?」
「…………」


 微動だにしない。


 あー。まあ、何だ。
 二番目の手は「ドッキリカメラだな?」と言いつつ掃除ロッカーを開ける事だったんだが、なかなかそうボケ倒させてくれない空気だぜ。


 なんとも沈黙に耐えきれなくなって、俺はごほんと咳払いした。


「いいのか?」
「くどい」


 そうだよな。
 ハルヒが何か命令をした時に、三回以上の疑問を返すのは俺くらいだもんな。


 さて、いつまでもハルヒに妙ちきりんなポーズで居続けさせるのは心苦しくなってきた。
 仕方ない。俺も覚悟を決めるとしよう。


 俺はそろりそろりと手を伸ばした。


「じゃ、じゃあ、撫でるぞ」


 ごくりとつばを飲み込み、いつでも引っ込められるように身構えながらハルヒの頭に触れる。


 何度か触れた事くらいはあるハルヒの髪だが、やはり髪質はサラサラしてつかみ所がない。
 まさしく本人の性質そのままといった処だろう。


 まあ、ある意味指先に心地よい感触ではあるので、まあいいとしよう。
 俺の手というのも膝の上に乗ったシャミセンがうとうとしちまうくらいのグルーミングテクニックはあるはずなので、ハルヒもそう満更ではないだろう。


 当のハルヒはと言うと、わずかに眉をひそめ、手を上に持って行き、パシンと音をさせて俺の手を払いのけ、

「もういいわ」
「藪から棒過ぎて説明を求めるぞ」

 さすがに俺もむっとした。
 撫でろと言ったのはお前だろうに。


 ハルヒはこれ見よがしにため息をつき、イスに身を投げ出した。
 テーブルの団長ネームプレートが倒れるが気にもしない。


 俺がなんとなくそれを立て直している間に、ハルヒは言葉を探す様に宙を仰いだ。


「塩ラーメンって時々、無性に食べたくならない?」

 いきなり食い物の例えが出てきた。
 唐突という単語も三周くらいするとこうなるのか。

「季節関係なしにアイスクリームは?」

 心引かれるな。

「きゅうりやトマトを塩だけで丸かじりしたくなる事くらいはあるでしょ」

 そりゃな。
 水洗いの水滴したたるトマトやきゅうりの魅力は異常だ。
 子供の頃にビデオで見た隣のト○ロのインパクトがいまだに尾を引いてやがる。


 それはさておきこいつも塩ラーメンの例えなど出して何を語りたいのだろうか?
 ハルヒはテーブルに足を投げ出しながら、真っ直ぐに俺を見た。


「あたしは我慢しない。塩ラーメンが食べたくなったなら夜中だろうと開いてる屋台を探しに出かけるわ」
「そうか」


 最近は物騒なんだから、女がほいほい夜道に出るなとツッコミを入れたいところだが、こいつに関してはどうだろう。

 うっかりコイツに危害を加えようと変質者でも出ようものなら、超能力者二個小隊に拉致られて、スリーパーにされちまうのがオチなのではなかろうか。


 まあいい。で? 屋台を探して何だって?

「やっと屋台を見つけて、待ち望んだラーメンを食べる」

 もう見つけたのか、早いな。

「茶々入れない」

 ハルヒは一呼吸置いてから、肩をすくめた。

「でも、その時にはもうどうでもよくなっている」

 俺は眉を上げた。

「そらまたどうしてだ?」
「ラーメンが出てきて、匂いをかいだ瞬間にはもう幻滅してるのよ」

 食いたくなったものが、いざ食うとなると関心が無くなっている、か。
 古典の芋粥の話を引っ張ってくるまでもなく、そんなこともないわけじゃないよな。
 感覚的には分からんでも無いが難儀な話だ。


 で、頭を撫でる云々の後にこんな話をするからには、俺に納得させたい事柄もそういう事な訳だ。

「言いたい事はよく分かった」

 つまり急に人肌が恋しくなったからあんな事言い出して、俺が手を伸ばした瞬間にはもう飽きてどうでも良くなってたんだな?

「そういうこと」

 最悪だ。タチが悪ぃ。

 俺はなんとも釈然とせず、ぶーたれて口を尖らせた。
 ようするに手近にいたのが俺だっただけで、それが古泉でも朝比奈さんでも、事と場合によっちゃ谷口でも良かったってことだろう。

「……それは、どうかしらね」
「ん?」

 聞き返した俺を無視して、ハルヒはべちゃっとテーブルに突っ伏す。
 夏場のシャミセン並みにハルヒがへたれたので、俺もイスを引き寄せて腰を下ろした。

 団長机から見て、右斜め前。いつもの俺の定位置だ。

「……なんか楽しいことないかしら?」

 唐突に。それこそ「塩ラーメンが食いたい」といった調子でハルヒが言う。
 ひょっとしたら単なる呟きだったのかもしれない。

「自分で探せよ。そのためのSOS団だろ」

「そうね」

 ハルヒは気のない感じで答え、ぼうと宙を見つめた。
 だらけているようにも、フル回転で何かを考えている様にも見える沈黙。
 俺としては今あまり動きたい気分じゃないんで、ぜひとも前者がいいんだけどな。

 だが、徐々にハルヒの目に輝きが点ってくる。
 待て。スイッチを入れるな。もう少しだらけさせてくれ。

「そうよね。思ったら即実行。自分で探しに行かないと」

 けっこうな事だが俺の襟首をつかむな。
 顔を輝かせ、嬉しそうに口元をつり上げ、すっかり気力を回復したハルヒは宣言した。

「うん、決めた」

 何をだ?

「そうね、まずはヒモを探さなきゃ」
「ちょっと待てヒモを探して何に使う気だお前は!?」

 一馬力にもちょっとどころかかなり足りない俺の力では、こうなったハルヒを止めるどころか減速させることも難しい。
 そんな会話をしつつ、俺は引きずられたままどこかへ連れ去られるのだった。

 その後の話はあえて語るまい。

 その、まあ、何だ。
 いつも通りだったって事さ。


≪了≫






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