コンピ研の逆襲 エピソード00 #1




 常々思うのだがSOS団という組織は、地雷原を突っ走らされる共産圏少年兵のようなものではないだろうか。
 いや、我ながらひどい例えもあったものだが、そこに地雷が埋まっていることは分かりきっているのだから立ち止まればいいものを、アホなトップの号令一下、横並びに走り抜けた挙句に枕を並べて爆死する羽目になる辺り似た哀愁を感じてしまう。

 しかも孤島に行ったり雪山に行ったり、ウチのトップは地雷原を探し出すことに掛けては異常に鼻がきくあたり嫌がらせとしか思えない。

 俺としては巻き込まれ型で十分なのだが、わざわざ藪をつつきたがる団長をリコールしない限り、SOS団の体質はいつまで経っても変わらない事だろう。
 それを言ったところで古泉あたりはこう言うに決まってるがな。

「で? 誰が猫の首に鈴をつけるんです?」

 ああ、それが問題だ。
 藪をつついて宇宙人・未来人・超能力者を出すような団長を相手に、文字通り藪をつついて蛇を出すような真似を誰がしたがるだろう?
 これまでハルヒに真っ向から挑むことに成功したのはわずかに二例。
 生徒会長とコンピ研だけである。
 前者はただの演技、後者は惨敗だったわけだが。

 いっそコンピ研がまた仕掛けてくるのもいいかもしれないな。勝てるとは思えんが。

「コンピ研がアタシに逆らうなんて、物理的にありえないわ!」

 どんな物理だそれは。

「じゃなきゃ宇宙の真理でしょ」

 ハルヒは『1+1=2』を証明せよと言われた理系学生みたいな表情で肩をすくめた。

 確かにコンピ研とハルヒじゃ、俺が全盛期のシュワルツネッガーに挑むくらいに勝負が見えているわけだが。
 間違いなくコンピ研に100倍以上のオッズが付くことになるだろう。

 というわけで俺はあまり未練なく『コンピ研の逆襲! エピソード00』プランに見切りを付けた。
 連中の用途はせいぜい長門のとりまきか、それともハルヒ旗下の鉄砲玉要員ABCDEというところに落ち着くだろう。
 下克上の夢破れたり。

 ところで、俺がなぜこうしてもっともらしくコンピ研について能書きを垂れているかといえば答えは簡単である。
 今度の事件にはコンピ研が深く関わっている。
 つまりこの時俺たちが向かっている地雷原というのが徒歩数十秒のお隣さんであり、そこで炸裂した地雷というのがコンピ研そのものだったからなのだ。

 いやまったく。実に勘弁して欲しいと思わないか?


***


「さて、支部に到着っ!」

 コンピ研の部室のドアの前に立ち、涼宮ハルヒ団長は爛々と瞳を輝かせた。

「……支部っておまえな」
「支部は支部じゃない。コンピ研は完全制圧してSOS団の傘下に加えたんだから」

 どうやらハルヒの中ではそういう事になっているらしい。
 ハルヒはぐいっと長門の肩を引き寄せて俺に見せた。

「支部長もいるし」

 やめてやれ。長門がものすごく迷惑そうだ。
 ハルヒは特に頓着せずに長門を解放すると、ふたたびコンピ研の扉に向き直った。

「で、アタシたちを呼び出すって事はまたゲームでも作ったのかしら。アタシたちも対抗してSOS団特製のRPGでも作ってみる?」

 やめてくれ。
 ゲームを作るだけでゲーム一本分の大騒動になりそうな気がするぞ。

「じゃ、今は保留でいいわ」

 計画破棄じゃないあたり、やる気満々じゃないか。
 肩をすくめる俺を気にした風もなく、ハルヒは扉を開け放った。ノックをするなどという良識は期待するだけ無駄だろう。

「来たわよ。呼んだ?」

 ハルヒにしてはまともな第一声とともにコンピ研内へとずかずか踏み込んでいく。
 対するコンピ研の部長はそれを待ちかまえていたように腕組みで出迎えた。

「ああ、待っていたよ」

 顔は悪くないものの、全身からにじみ出るヘタレオーラのせいかどうにも頼りなさげにみえる部長氏だが、本日は登場時点からなんとなく敗北気味にみえる。
 声のトーンは低めだし口元は引きつっている。
 たとえるなら開始1ラウンド目にダウンを取られた新人ボクサーの様相である。

 そういえばさんざん「物理的に敗北している」だの、「SOS団お隣支部」だのと薄いドア越しに聞かされてからのご挨拶なわけか。
 むしろこの対応は大人と言うべきかもな。

「用件は?」

 ハルヒは下士官から報告を聞く将校のように尋ねた。
 部長氏は「うむ」とあごをしゃくって背後を示す。

 そこで俺たちははじめて視点を部室に向けた。
 コンピ研の部室は、肝心なパソコン機器のほとんどが壁に追いやられている。
 そして真ん中に空いた大きなスペースは壁と床にブルーシートが敷かれていた。ブルーシートに向けて三脚を立て、コンピ研部員がコードでパソコンに繋がれたデジタルカメラを据え付けている。
 俺が受けた印象は、七五三の写真を撮るための豪華なセット、という感じだった。

「ええと、写真をとるんですかぁ?」

 俺と同じような感想を抱いたのだろう。朝比奈さんは砂糖の比率を間違えたようなスウィートボイスで聞いた。
『写真』という単語と『朝比奈さん』の組み合わせに何やらトラウマを刺激されたのか部長はしばらく鼻の下を伸ばしながら白目になるという器用な真似をやってのけ、それから重々しくうなずいた。

「その通り。写真を撮るんだ」
「それだけ?」
「そんなわけないだろう」

 いきなりつまらなそうな顔をしたハルヒに突っ込みをいれる。
 古泉が軽く髪をかきあげながらそれを引き継いだ。

「カメラがパソコンに接続されているのを見ると、どうやら写真を取り込んで何かをするのでしょう」

 それを聞くとハルヒは何を思ったかいきなり朝比奈さんを引き寄せ、幼児がおもちゃを独りじめにするような表情でコンピ研部長をにらみつけた。

「まさかあんた達、みくるちゃんのあられもない写真を撮ってポスターに加工してさばこうってハラ!? 許さないわよ! みくるちゃんはSOS団の私有財産なんだから!」

 それはどちらかというとお前がやりそうな事じゃないのかと思ったが、青ざめた朝比奈さんの顔を見ているとなんだかやぶ蛇のような気がしたので口には出さなかった。
 コンピ研部長は朝比奈さんに負けないくらいに顔を青くして手をばたばたさせた。

「違う! 絶対違う!」

 と抗弁する。
 しかし必死になって否定すればするほど怪しく見えてしまうのが人間心理の悲しいところであり、奥深いところだな。怪しく見えて仕方ねえ。

 ハルヒは口をとがらせた。

「じゃあ何なのよ?」

 宿題を忘れた子供をいびる更年期の女教師みたいな口調で詰問する。
 ハルヒはついでに俺の方をじろりとにらみ付け、

「何か文句ある?」
「いや、何も」

 蛇が居るかもしれない藪をつつくのも猫の首に鈴を付けるのもご免な俺は肩をすくめてみせた。
 ハルヒはふん、と鼻を鳴らして視線を戻す。

 コンピ研部長はわずかに背後に顔を向けた。カメラをいじっていたコンピ研部員のガリ勉メガネくんは、両手でちいさくバッテンを作って見せた。
 どうやら俺たちに見せびらかそうとしていたものはまだセッティングが終わっていないらしい。
 部長氏は頭をかきながらハルヒに向き直り、なだめるように言う。

「まあ、あわてないでくれよ。まだ少しだけ準備がだね」

 しかし何だ。部長氏もまさか止まったら死ぬような奴であるところのハルヒに「あわてるな」などと言ったくらいで聞くと思ってるのかね?
 ハルヒは案の定、赤い布を目の前でヒラヒラやられたマタドールの如く気炎を吐き、

「もったい付けずに言いなさいよ。あたしはじらされるのが一番キライなの。テレビでもいいところでCM入られるとブラウン管割りそうになるんだから!」

 この液晶の時代にブラウン管なのか? とか、てっきり割ってるかと思ってたぞ? などのツッコミが脳裏によぎったが、矛先をこちらに向けるのは得策ではないので黙っておく。波風立てるのは好きじゃないからな。
 で、古泉よ。何をニヤニヤしている。何か言いたい事でも?

「いえ何も」
「そうかい」

 部長氏は「はあ」と肩を落とした。

「分かった分かった、仕方ない。本当は実機でやりたかったんだが」

 ぶつくさ言いつつ振り返り、カメラやシートをいじっているのとは別のコンピ研部員に言う。

「あれを見せてやってくれ」
「だからあれって何よ?」
「これだよ」

 指示代名詞ばかりで会話だけだとまったく意味が分からないがまあ仕方ない。
 部長氏は言いながらこちらにPCのモニターを向けた。

 ハルヒは身を乗り出すようにモニターをのぞき込み、まゆを寄せた。

「何これ、写真?」

 つられるように俺、古泉、朝比奈さんも画面を覗き込む。
 長門はぼーっと部屋の入り口に突っ立っているだけだったが。

「写真に見えますが?」
「写真だな」
「写真ですねぇ〜」

 俺たち3人もハルヒと同じことを異口同音にもらす。

 モニターに映されているのはコンピ研部員たちのバストアップ写真だった。そこに設置されているブルーシートの前で撮ったことが明らかな青背景で、証明写真といっても差し支えない。
 それが5つ並んでいるものだから、卒業アルバムの1ページをスキャンしたと言われてもなんとなく信じてしまうだろう。

 とはいえそれだけだ。驚くものはない。
 画質はひたすらいいが、それは近年の科学の進歩からすればそう驚くことでもない。携帯電話が何百万画素って時代に画質でいちいち驚いてもいられないだろう。

「まさかデジカメの性能を見せびらかしてるわけじゃあるまいな」

 古泉が肩をすくめ、ハルヒの眉がますます険悪にハの字を描く。
 部長氏はやっとペースを取り戻してきたのか、ふっふっふ、とわざとらしく肩で笑った。

「まあ見ていてくれよ」

 そう言ってキーボードを叩き始める。
 なにやら複雑そうな式が画面の下のほうに入力される。

「わかった。背景を合成してハメコミするとか、角とか生やすヤツでしょ? 下らない! やれば少しは遊べるけど、やるだけ空しくなるからキライなのよね」

 飽きるまではとりあえずやるハルヒのことだ。
 きっと下らないだの空しいだのの境地に達するまえには周囲の人間の顔でひたすら遊んだに違いない。

 さて残念だったなコンピ研とばかりに部長氏の様子を見てみたが、まったく動じた様子はなかった。

「それはこれを見てから言って欲しいな」

 カタン、といい音をさせてエンターキーを押し込むと、まるでスキャンでもするように画面を走査線が走った。
 横一文字に引かれた緑のラインが上から下にゆっくりと流れる。
 って、いま顔写真をワイヤーフレームで読み取らなかったか?

 こんな取り込み方をするということは、ひょっとしたらひょっとするかもしれん。
 コンピ研の顔を3Dモデリングしてポリゴンに踊り狂わせるとか、またはネットゲーのアバターに貼り付けるくらいの事はありえると見た。

 少しだけ期待した俺とSOS団の面々がモニターを覗き込んでいると、変化が起こり始めた。

「お? ……おお? ……おおっ、おお!?」

 とは俺の弁。べつにオットセイの鳴き声ではない。

「ほう、これは凄いですね。……どうやっているんですか?」

 と素直に驚いているのは古泉。

「へえ」

 ハルヒと朝比奈さんはいまいちリアクションが薄い。
 とはいえ反応が悪いのは言葉だけでハルヒは身を乗り出し、目はキラキラ輝いている。
 新しいおもちゃを見つけたって顔だ。

 モニターの中で起こったことを説明しよう。
 まず部長氏の口元がすこし引き締まった気がした。
 ひょっとしてこれは写真の顔の表情を変えるプログラムなのか、と思ったが、変化はその方向性ではなかった。
 顔が引き締まり、ほほが少しやせ、目元がすこし力強くなる。
 それでいて元の顔の印象からはあまり変わっていない。

 そうこうして俺がオットセイ化している間に変化は止まった。
 モニターの中に並んでいるコンピ研部員は、もう同い年には見えなかった。
 おそらく二十代の前半くらいだろう。ちょっとアキバに出没しそうな顔が多いのはご愛嬌だが。

「これこそ我々の技術の結晶。写真を取り込んで、その人の未来の顔を予測するプログラムさ」
「って事は、これがコンピ研の未来予想図ってわけか」

 俺たちはまじまじとモニターの中の、コンピ研の未来の姿を見つめた。

「その通り。これで新入生歓迎式での行列は間違いなしさ」

 確かに十年後の自分の姿というのは興味深い。
 俺でさえそうなのだから、他のヤツはいわんや、である。

 これを目玉にするというのなら、行列のひとつもできておかしくはないだろう。

「すごいな。これをお前らが作ったのか」

 言いながら俺はちらっと入り口の長門をみた。
 なんとなく得意げに見えるのは気のせいだろうか。それも『土星の日』の一件でコンピ研連中をやっつけた時くらいのレベルに見えるぞ。

「その通り。僕らが企画して長門さんが頑張ってくれたんだ」

 結局長門が作ったんじゃねえか。
 やっぱり長門がコンピ研支部長にふさわしい気がしてきたな。

「さっそく撮影よ!」

 ハルヒはというと、あれよあれよと言う間に朝比奈さんを引っ張っていってカメラの前にすえ付けた。
 朝比奈さんはというと「え? え?」とブルーシートの前で左右を見回すだけである。

「こら! きょろきょろしちゃ写真が撮れないでしょ!」
「あ、は、はいっ!」

 号令一下、ピシッ、と『気をつけ』の姿勢で固まる朝比奈さん。

「早いな君は。僕はまだ何も……」

 部長氏が肩を落としてつぶやくと、ハルヒは得意げに指を突きつけた。

「使わせなさい」

 しかも命令形だ。
 部長氏は引きつった顔で、

「いや、まあ確かに君たちを呼んだのはそのためなんだが」
「じゃあいいでしょ」
「……そうだな」

 押し切られやがった。

 まあ、こんなプログラムだったら実験台になっても別にいいだろう。面白そうだしな。
 それにしてもわざわざSOS団を指名するとは。
 トモダチ居ないのかコンピ研は?

「むしろSOS団に綺麗どころが多いのが理由ではないでしょうか?」

 そんなもんかね。ところで古泉、コンピ研の連中の半数が茹でダコみたいになって俯いちまったぞ、どうすんだ?

「どうもしません」

 さらっとスマイルで流す古泉。

「げほん、げほん」

 部長氏の壮絶わざとらしい咳払いに肩をすくめつつ、ハルヒの方へと視線をやる。
 あわあわするガリ勉メガネ君を尻目にファインダーをのぞき込んでいるのは、当然のように我らが団長だった。

「ほら! みくるちゃん! 笑って笑って!!」
「こ、こうですかぁ〜」
「もっと!」
「こうですか〜」
「もっともっと!!」
「ひぃ〜ん……」

 楽しそうだな、まったく。
 部長氏はというと、すまなそうに口を挟むタイミングをうかがっている。自分ちの部室に自分ちの機材なんだから、少しは堂々としてりゃいいのにな。
 まあ、それができたらハルヒにパソコン五台も取られるような羽目にはなってないか。

「笑わないといい写真とれないでしょ!」
「……いや、プログラム的には普通の顔じゃないと困るんだが」
「みくるちゃん! 笑っちゃダメ!!」
「ひぃぃ〜〜ん」

 無茶苦茶だハルヒよ。



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