日本のことわざ





































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 大隠は市に隠る(たいいんはいちにかくる)

隠者は山奥などにひとりで暮らすというのが普通であるが、すぐれた隠者ともなると、世間のわずらわしい雑事に少しも心を乱されないから、わざわざ山奥にひそむ必要もなく、むしろ町の中(市)に隠れているものだ。


 大恩は報ぜず(だいおんはほうぜず)

恩を受けたときは、ありがたく思って恩返しをしなければならないと考えるが、たとえば水・空気・太陽など非常に深い恩恵に対してはその恵みに気がつかず、これに報いようとしない。


 大海の一滴(たいかいのいってき)

広く大きな所に、非常に小さいものがあることのたとえ。


 対岸の火災(たいがんのかさい)

向こう岸の火事はこちらに類焼する心配もなく、自分には関係がないということから、少しの苦痛も感じないこと。


 大器晩成(たいきばんせい)

大きな入れ物を造り上げるにはかなりの労力・時間がかかって、簡単にはできないように、すぐれた人物は若い頃からだんだんと実力を養っていって、どちらかというと普通の人より遅く、歳をとってから成功するものだ。


 大賢は愚なるが如し(たいけんはぐなるがごとし)

非常に賢い人はやたらと利口ぶったりしないから、ちょっと見た感じは能力・才能がない愚か者(ばか者)のように見える。


 大行は細瑾を顧みず(たいこうはさいきんをかえりみず)

大きな仕事(事業)をしようと心に決めた者は、多少の欠点などは気にかけない。


 大功は拙なるが如し(たいこうはせつなるがごとし)

技術が上手な者はちょっと見たところ、華々しくはないので、かえってヘタに見える。


 大黒柱を蟻がせせる(だいこくばしらをありがせせる)

家の中央にある太い柱(大黒柱)をアリがつつく。少しも動かない(驚かない)ことのたとえ。


 太鼓判を捺す(たいこばんをおす)

太鼓のような大型のハンコをおす。絶対間違いない、確かだと確信した場合に言う。


 泰山の安さに置く(たいざんのやすさにおく)

泰山(中国にある有名な山)のように、どっしりと安定した状態にする。


 大山鳴動して鼠一匹(たいざんめいどうしてねずみいっぴき)

何か大変なことが起こりそうな気がしてむやみに騒ぎ立てたわりには、実は大したことはなく、思ったより結果が小さいことのたとえ。


 大事の中の小事なし(だいじのなかのしょうじなし)

大変なでき事(大事件)の場合には、それほど重要でないことにかまっている暇はない。


 大事の前の小事(だいじのまえのしょうじ)

大事業を成し遂げようとする者は、ささいな事さえもいいかげんにしてはいけない。また、大事業を成し遂げようとする者は、ちょっとした小さいことなど気にとめない。


 大酒遊芸は末の身知らず(たいしゅゆうげいはすえのみしらず)

たくさん酒を飲み、遊びに熱中する(酒と色ごとにふける)のは、自分の将来のことを心得ない者がすることだ。


 大声里耳に入らず(たいせいりじにいらず)

俗っぽくなく、程度の高い音楽は世間一般の人にはわからない。高尚な道理は、学問や知識が足りない者には理解できないということ。


 大地に槌(だいちにつち)

土地の表面を槌(ハンマーのようなもの)で打つかのように、狙いが外れることがない、食い違うことがないということ。


 大同小異(だいどうしょうい)

大体は同じだが、ほんの一部分だけ違うこと。お互いによく似ているということ。


 大は小を兼ねる(だいはしょうをかねる)

大きいものは小さいものの代わりにも用いることができる。


 太平象なし(たいへいしょうなし)

世の中が変わったこともなく穏やかであるときは、これといって特別な兆しが現れるものではない。それがつまり太平のしるしである。


 大木は風に折らる(たいぼくはかぜにおらる)

大きな樹木が風による害を受けやすいように、高い地位につくと他人から妬みを受けやすいということ。


 大勇は怯なるが如し(たいゆうはきょうなるがごとし)

真に勇気がある人は少しも慌てずゆったりとしていて、むやみに人とけんかや口論をしないから、かえって意気地がないように見える。


 大欲は無欲に似たり(たいよくはむよくににたり)

非常に欲の高い者は欲のために物事をまともに判断できなくなる場合が多く、そのため欲がない者と同じことになる。また、あまりに大きな望みを持った者は小さな利益をかえりみないので、無欲のように感じられる。


 大を活かして小を殺せ(だいをいかしてしょうをころせ)

やむをえないときは、価値の大きいものを救うために価値の小さいものを犠牲にせよ、ということ。


 斃れて後已む(たおれてのちやむ)

たおれて死ぬまで努力し続け、途中であきらめてやめてしまうことはしない。


 高きに登るには卑きよりす(たかきにのぼるにはひくきよりす)

物事はすべて一定の順序を踏んで進めるべきである、ということ。


 高くとまる(たかくとまる)

いかにも偉そうにかまえる。気取った態度をとる。


 高嶺の花(たかねのはな)

ながめているだけで、手に取る(手に入れる、自分のものにする)ことができないもののたとえ。


 鷹は飢えても穂は摘まず(たかはうえてもほはつまず)

タカは腹が減っても稲の穂をつまみ取るようなことはしない。人としての正しい道を守るものは、貧しくて生活に困っても不正な金品は受けない、ということ。


 宝の持ち腐れ(たからのもちぐされ)

貴重なものを持っているだけで、ちっとも役立てないことから、才能や手腕があるのに、それをいかして使わないこと。


 宝の山に入りながら手を空しくして帰る(たからのやまにいりながらてをむなしくしてかえる)

せっかく大きな利益を手に入れられるチャンスにめぐりあったのに、その望みを達しないで終わること。


 薪を抱きて火を救う(たきぎをいだきてひをすくう)

わざわいを救おうとして、かえって害を多くする結末になること。


 多岐亡羊(たきぼうよう)

分かれ道が多くて、捕らえかかった羊を見失うことから、学問の道が多方面に分かれていて複雑で、真理をよく理解できないことのたとえ。また、方針が色々あって、決断がにぶること。


 諾を宿むること無し(たくをとどむることなし)

いったん自分が承知したことは、放っておかずにすぐ実行する、ということ。


 多芸は無芸(たげいはむげい)

いろいろな方面の芸能に通じている人は、何が専門ということもなくどっちつかずで、特にすぐれた芸は持っていない。


 竹の子親まさり(たけのこおやまさり)

竹の若芽(タケノコ)は成長が早いことから、子が親よりすぐれていること。


 竹屋の火事(たけやのかじ)

続けざまに激しく怒るのを、竹が燃えるときにポンポンと弾ける音にたとえている。


 竹を割ったよう(たけをわったよう)

心の中に不平や悪い感情がなく、さっぱりしているようす。


 他山の石とする(たざんのいしとする)

よその山から出た粗悪な石でも、自分の玉をみがくのに役に立つことから、どんな人の言葉や行いでも自分の才能・人格をきたえる助けとし、また反省の材料にすること。


 多士済々(たしせいせい)

すぐれた人材(才能がある人物)が多くいること。


 多勢に無勢(たぜいにぶぜい)

少ない人数(勢力)で大勢の者(敵)を相手に向かっていっても、敵わないこと。


 蛇足(だそく)

ヘビには足がないのに、描いた人が足をつけたということから、付け加える必要がないもの。あっても役に立たないもののこと。


 叩かれた夜は寝やすい(たたかれたよるはねやすい)

損害、あるいは障害などを与えた者は、精神的なショックのために興奮して眠れないものだが、被害者のほうはかえって心配もなく、安らかな気持ちで眠れるものである。


 叩けよさらば開かれん(たたけよさらばひらかれん)

閉ざされている門の前でぼんやり立っていては誰にもわからない。門を叩いて来たことを知らせれば、閉じていた門が開け放たれるであろう。何もせずにジッと傍観していないで努力すれば、道が開けるということ。


 多々ますます弁ず(たたますますべんず)

多ければ多いほど、りっぱにやってのける。手腕・才能がすぐれて、ゆとりがあるたとえ。また、多いほどいっそう好都合だということ。


 畳の上の水練(たたみのうえのすいれん)

畳の上で水泳の練習をするようなもので、理屈や方法だけ詳しく知っているが、実際の役にはたたないこと。


 達者趣を嫌わず(たっしゃおもむきをきらわず)

物事に熟達している人は、どんな方面の趣も味わえる。


 立って居るものは親でも使え(たっているものはおやでもつかえ)

急ぎの用事があるとき、また忙しいときには、自分のそばに立っている人がいれば、たとえ親でも手伝ってもらえ。座っている人が、すぐ手の届く所にいる人に用事を頼むときにいう。


 立つ鳥跡を濁さず(たつとりあとをにごさず)

後々のことまで考え、身のまわりをよく始末して、見苦しい跡をとどめないようにして立ち去ること。


 立つより返事(たつよりへんじ)

人から呼ばれたら、立ち上がるより先にまず返事をしなさい。


 立て板に水(たていたにみず)

立てかけてある板に水を流すように、ものの言い方があざやかで、途中で引っかかったりしないこと。


 蓼食う虫も好き好き(たでくうむしもすきずき)

辛みがあるタデの葉を食う虫もいるように、人の好みは様々であるということ。


 伊達の薄着(だてのうすぎ)

外見を飾り立てたがる人が、何枚も重ね着して格好が悪くなるのを嫌って、寒いときでも薄着をすること。


 棚から牡丹餅(たなからぼたもち)

棚からおいしいぼた餅(おはぎ)が落ちてくる。思いがけない幸運がおとずれることのたとえ。


 掌を反す(たなごころをかえす)

物事がきわめて容易にできることのたとえ。また、態度ががらりと変わること。


 他人の空似(たにんのそらに)

何の関わりもない(血がつながっていない)のに、顔つきなどが似ていること。


 他人の飯を食う(たにんのめしをくう)

親のひざもとを離れ、他人と交わって(世間に出て)色々なつらい経験をする。


 旅の恥はかき捨て(たびのはじはかきすて)

旅先ではどうせ知る人もなく、恥ずかしい思いをしてもその場かぎりだから気にしない。


 旅は道連れ世は情け(たびはみちづれよはなさけ)

旅をするときは、一緒に行く人がいるほうが心強く、世の中で暮らしていくには、たがいに思いやりの心を持つことが大切である。


 卵に目鼻(たまごにめはな)

卵に目と鼻を描いたような、色白で整った女性の顔だちのこと。


 卵を見て時夜を求む(たまごをみてじやをもとむ)

まだひなにならない卵をながめて、ニワトリが夜に時を告げるのを待つ。物事の順序を考えず、早く結果を得ようとすること。


 玉に瑕(たまにきず)

非常に立派だが、残念なことにわずかに欠点があること。


 玉の杯底なきが如し(たまのさかずきそこなきがごとし)

外から見たところは美しいが、なんの役にも立たないもののたとえ。また、優れたものに大きな欠点があって満足いかないこと。


 玉琢かざれば光なし(たまみがかざればひかりなし)

もともと美しいはずの玉も、磨かなければ光り輝く素晴らしい玉に仕上げることができないように、生まれつき優れた才能を持っている人も、学問・修業しなければ役に立つ人間になることができないということ。


 民の口を防ぐは水を防ぐよりも甚だし(たみのくちをふせぐはみずをふせぐよりもはなはだし)

人民の言論を権力によって押さえつける(弾圧する)ことは、水の流れをさえぎって止めるよりも害が多い。むりやり言論を弾圧して人民の怒りが爆発したら、世情騒然として穏やかでなくなり、堤防がくずれて水があふれ出るどころの騒ぎではない。


 矯めるなら若木のうち(ためるならわかぎのうち)

曲がっている枝を伸ばすには、その木があまり伸びきっていないうちがよいのと同様に、人の欠点や悪い習慣を正しく直ししつけるのも、若いうちがよい。


 足らぬ物が余る(たらぬものがあまる)

必要な分に足らないはずのものが、逆に多すぎて残る。筋が通らない、不合理であることのたとえ。


 誰が烏の雌雄を知らんか(だれかからすのしゆうをしらんか)

カラスのオスメスはなかなか区別がつかないように、人の心や物事の良し悪し、人物の優劣を見分けることは難しい。


 断機の戒め(だんきのいましめ)

学問を途中で投げ出してしまうのは、織っている機(織物を作る機械)の糸を断ち切るのと同じことである。途中で学問を捨てないように教え諭し、戒める言葉。


 短気は損気(たんきはそんき)

すぐいらだったり怒ったりすると、結局は自分の損になる。


 男子家を出ずれば七人の敵あり(だんしいえをいずればしちにんのてきあり)

男が社会に出て活動するときは、仕事のために外部との交流があるので、多くの敵をつくりやすい。


 断じて行えば鬼神もこれを避く(だんじておこなえばきしんもこれをさく)

固く決心して行えばどんな障害も乗り越えられ、鬼神(強力な者)も恐れてよけるので、その志をつらぬくことができる。


 男女七歳にして席を同じうせず(だんじょしちさいにしてせきをおなじうせず)

七歳ともなれば、男女の違いを明らかにし、区別しなければならないということ。

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