日本のことわざ





































■ あ ■


 愛多ければ憎しみ至る(あいおおければにくしみいたる)

愛することと憎むこと、この二つの関係は極めて密接で、特別に可愛がられることが多ければ、その一方ではかならず人から憎まれる。


 相碁井目(あいごせいもく)

囲碁で、たがいに優劣がない腕前の人もいるし、はじめに九目をおいて打つ弱い相手もいるように、同じことをしても腕前がとても違うことのたとえ。(相碁は、腕前が同じくらいの碁。井目は、基盤の目の上にしるした九つの点)


 挨拶は時の氏神(あいさつはときのうじがみ)

けんかや言い争いの仲裁をしてくれる人がいたら、ちょうどよい時に氏神が現れ、救いの手をさしのべてくれてありがたいと考え、感謝の気持ちをもってその仲裁に従うのがよい。(挨拶は、仲裁の意味)


 相手変われど主変わらず(あいてかわれどぬしかわらず)

相手の人は次々に変わっても、これに応対するものはいつも同じである、ということ。


 相手のない喧嘩はできぬ(あいてのないけんかはできぬ)

けんかをするのは、相手がいるからであって、こちらが知らん顔をしていればけんかにはならない。


 会うは別れの始め(あうはわかれのはじめ)

人と会うということは、その人と別れる(離れる)始まりである。(世の無常、つまり人生のはかなさを言っている)


 青菜に塩(あおなにしお)

青菜に塩をふりかけるとしおれることから、力が抜けて弱まるようす。


 青は藍より出でて藍より青し(あおはあいよりいでてあいよりあおし)

藍という草から取った青色がもとの藍よりも青いように、弟子がその師よりも優れていたり、子が父に勝ることのたとえ。


 赤子の手をひねる(あかごのてをひねる)

幼くて手向かいのできない赤ん坊の手をねじるかのように、簡単にできることのたとえ。


 商いは牛のよだれ(あきないはうしのよだれ)

商売は、牛のよだれがたれるときのように、細く長く、根気よく努力せよ。


 秋茄子嫁に食わすな(あきなすびよめにくわすな)

秋に熟するナスはたいへん味がよいので、意地悪な姑が嫁に食べさせたがらない、という意味。(秋ナスは種が少ないので、嫁に子供ができないといけないから、嫁のためを思って姑が気を使うのだともいわれている)


 秋の鹿は笛に寄る(あきのしかはふえによる)

秋にシカが発情して互いに相手を求めているとき、メスジカの鳴き声に似せて作った鹿笛を吹くとそれに誘われてシカが集まってくることから、弱点につけ込まれて利用されやすいこと。


 秋の日は釣瓶落とし(あきのひはつるべおとし)

つるべが井戸の中へ落ちるときは速く落ちることから、秋は日が短く、夕方になるとたちまち太陽が沈んで暮れやすいことのたとえ。


 空き家で声嗄らす(あきやでこえからす)

人が住んでいない家の中で、かすれるほど大きな声で歌をうたい上手なつもりでいてもほめてくれる人がいないように、苦労して力を尽くしても、見所があるものとして人に認められないこと。


 諦めは心の養生(あきらめはこころのようじょう)

過ちや失敗などをいつまでも気にして思い悩んでいてもどうしようもない。こんなときは、しかたがないと諦めることが大切で、つとめて精神衛生を心がけるに越したことはない。


 悪縁契り深し(あくえんちぎりふかし)

好ましくない縁にかぎってその結びつきは深く、関係を断とうとしても断ちきれないものである。


 悪妻は百年の不作(あくさいはひゃくねんのふさく)

夫にとって、ためにならない妻を娶ると、自分が不幸せであるだけでなく、悪い影響が子や孫の代まで残る。(百年は、多くの年の意味)


 悪事千里を走る(あくじせんりをはしる)

悪いことはたちまち遠くまで知れわたる。(千里は、極めて遠い所の意味)


 悪事身にかえる(あくじみにかえる)

悪いおこないは、幸い世間に知られなかったとしても自分にその報いが返ってきて、それがもとで苦しむ結果になる。


 悪銭身につかず(あくせんみにつかず)

不正なことをして得た金は惜しげもなく無駄に使いがちで、すぐになくなってしまう。


 悪に強ければ善にも強し(あくにつよければぜんにもつよし)

ならず者といわれるほどの人間でも、あの時は悪かったとひとたび心を入れ替えたときは、人が変わったように積極的に良いおこないをするようになる。


 朝雨女の腕まくり(あさあめおんなのうでまくり)

朝ふる雨は、いっとき激しくふってもすぐにやむので大したことはない。また、女がそで口をまくり上げて腕を出し、力のありそうな様子を見せても、男にとっては少しも怖くない。どちらも、恐れるに足らないということ。


 朝起きは三文の徳(あさおきはさんもんのとく)

朝早く起きるとからだの調子が良く、健康によいのでいくらかの利益はあるものだ。よいっ張りの朝寝坊を戒めて言う。(三文は昔の一文銭が三枚のことで、ここでは「わずか三文ほどにしても…」の意味)


 朝顔の花一時(あさがおのはないっとき)

夏の朝咲くアサガオの花は短い時間でしおれることから、人や世の勢いは今は盛んでも、その状態が変わらずに長く続くものではない。すべての物事は衰えやすいということ。


 浅瀬に仇波(あさせにあだなみ)

川の水の深いところは波が立たずひっそりとしているが、浅いところには波が激しく音を立てていることから、考えが浅く軽はずみな人ほど、ひとたび事が起こると落ちつきを失ってむやみに騒ぐことのたとえ。


 麻の中の蓬(あさのなかのよもぎ)

ヨモギの茎は曲がりやすくすぐに他の植物にからみつくが、まっすぐに伸びる性質の麻にまざって生えれば自然にまっすぐ育つように、人間も善良な人とつきあえばその影響を受けて善人になるということ。


 朝日が西から出る(あさひがにしからでる)

朝、太陽は東の空からのぼり、西から出ることは絶対にないことから、あるはずがないことのたとえ。


 薊の花も一盛り(あざみのはなもひとさかり)

アザミの葉には触ると痛いトゲがあるが、時期が来るとつぼみが開き美しい花ざかりがあるように、顔立ちのよくない人でも年頃になれば少しは美しく見え、人の心を引きつけるようになる。


 朝に道を聞かば夕べに死すとも可なり(あさにみちをきかばゆうべにしすともかなり)

朝、人としての道を聞いて悟ることができたら、その夕方に死んでも悔いはない。人としてふみ行うべき道(道徳)は大切で、それを十分に知っていてすべてに行動しなくては、人間としての値うちはない。


 足下から鳥が立つ(あしもとからとりがたつ)

自分の身の近くから思いもしなかった事件が起こること。急に思い立って、慌ただしく始めるという意味もある。


 明日は明日の風が吹く(あすはあすのかぜがふく)

明日はどうなるかわからないが、明日には明日の運命がある。先のことを心配してもムダだという意味。


 当たって砕けよ(あたってくだけよ)

予想どおりうまくいくかどうかはわかないが、思いきって実行するほうがよい。(成功への道が開けるかも知れない)


 頭隠して尻隠さず(あたまかくしてしりかくさず)

悪事、欠点の一部だけを隠して、大部分はあらわれているのに、まったく人に知られていないつもりでいる愚かさをあざけって言う。


 頭の上の蠅を追え(あたまのうえのはえをおえ)

出しゃばって人の世話をやくより、まず自分の始末をせよ。


 仇も情けも我が身より出る(あだもなさけもわがみよりでる)

人から嫌われるのも深く愛されるのも、日頃の自分の心がけや行いの結果によるものである。だから人に対して軽々しい行動をひかえ、過ちのないようにしなければならない。


 中らずと雖も遠からず(あたらずといえどもとおからず)

正しくあたらないにしても、ひどくかけ離れた違いはない。たいして食い違っていない様子。


 当たるも八卦、当たらぬも八卦(あたるもはっけ、あたらぬもはっけ)

人の運勢、事の吉凶などを予言する占いは、当たることも当たらないこともあって、必ず的中するとは限らない。


 彼方立てれば此方が立たぬ(あちらたてればこちらがたたぬ)

一方を重く見て力を入れすぎると他方がうまくかない。公平に二つ同時にはうまくいかない。


 羮に懲りて膾を吹く(あつものにこりてなますをふく)

吸い物(あつもの)の熱いのにすっかり懲りて、冷たいなます(酢あえ)までふうふうと吹いて食べるかのように、一度失敗したのに懲りて用心しすぎることのたとえ。


 後足で砂をかける(あとあしですなをかける)

去りぎわに他人が迷惑するようなおこないをする。(恩を仇で返す)


 後の祭り(あとのまつり)

祭りがすんだあとの山車(だし)は役に立たないことから、時期に遅れて効果のないこと。


 痘痕もえくぼ(あばたもえくぼ)

愛する人の目には、相手の醜いあばたも可愛く、何でもよく見える。(あばたは、天然痘が治ったあとの皮膚に残るくぼみ)


 虻蜂取らず(あぶはちとらず)

アブとハチを同時につかまえようとしてもどちらも逃げられてしまうことから、あれもこれもとあまりに欲張って損をすることのたとえ。


 阿呆の一つ覚え(あほうのひとつおぼえ)

愚かな者が何か一つ覚えると、いかにも誇らしげな顔つきでそれをいつまでも言い立てるのをあざけって言う。


 雨垂石を穿つ(あまだれいしをうがつ)

軒から落ちる雨の滴も、たえず同じ場所に落ち続けると石に穴を開けることさえある。力が足りなくても根気よく続ければ、しまいに目的をはたすことができるということのたとえ。


 阿弥陀の光も銭次第(あみだのひかりもぜにしだい)

仏によって与えられる恵みも、お金の力でどうにでもなる。金銭の威力がきわめて大きいこと。


 雨降って地固まる(あめふってじかたまる)

雨上がりのどろんこになった地面も、渇いて水分がなくなるとかたくしまるように、ごたごたが解決したあとはかえってお互いの間がうち解けて親しくなり、よい状態に落ち着くこと。


 過ちては則ち改むるに憚ること勿れ(あやまちてはすなわちあらたむるにはばかることなかれ)

過失があったらぐずぐずしないで、すぐ悪いところを改めなさい。


 過ちは好む所にあり(あやまちはこのむところにあり)

いつもそれをして慣れていることや、好きで自分からすすんでやることはつい気を許しがちで、失敗する場合がよくある。


 蟻の思いも天に届く(ありのおもいもてんにとどく)

アリのように力の弱いものでも、やる気になって努力すればやがてその願いが叶って望みどおりになる。


 有る時払いの催促なし(あるときばらいのさいそくなし)

金を貸した人が借り手に対して返済の期限を定めず、金があるときに返せばよいと、とくに催促をしないこと。


 合わぬ蓋あれば合う蓋あり(あわぬふたあればあうふたあり)

容器(入れ物)のふたは、身とふたがうまく合うようにできているが、たがいに大きさの違う種類のものだとピッタリとしまらない。人も同様で、気が合う者がいる一方では気が合わない者もいて、誰にでもピッタリ合うというわけにはいかない。しかし広い世間には、その人に一番適した相手はいるものだ。


 鮑の貝の片思い(あわびのかいのかたおもい)

アワビの貝がらは一枚だけであることから、男女の一方が恋い慕っていても、もう片方は自分を思ってくれていないこと(片恋)のたとえ。


 案ずるより産むが易い(あんずるよりうむがやすい)

あれこれ思い悩んで心配したことも、やってみるとわけなくできる。よけいな心配をすることはない。

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