安い、安い、実際安い――ミヤマの買い物、マウントミヤマ――。


ネオフユキには今日も重金属酸性雨が降っている。その雨滴を切り裂くエクスカリバーめいたサーチライトを放ちつつ、メガコーポの宣伝用ツェッペリンが空を飛んでいる。


実際に視界は悪く、地上からはその声がネンブツめいて聞こえるだけであろう。だが、空をも見上げる余裕のないネオフユキ市民にとっては実際に関係が無い。


ネオフユキ市は、2つの地区で構成されている。ツェッペリンに宣伝されるスーパーがあるミヤマ地区とは、一対を為してネオフユキを構成するシント・ディストリクト。その一角にあるビルの屋上に、赤と黒のジゴクめいた装束を纏った者が佇んでいた。


その顔は、頭巾と「忍・殺」のショドーめいた書体が刻み込まれているメンポ(面頬)で覆われている――ニンジャだ。存在自体がジゴクを感じさせるこの男は、ある意味、かつて「セーハイ・ウォー」というリアルジゴクが展開されたこの地に相応しい。


このネオフユキに、ソウカイヤの残党が蔓延っている。そして、その残党は、ソウカイヤの後継組織たるアマクダリ・セクトと連絡を取り合い、無視できぬ規模のニンジャ組織を構成しつつある――その情報が、彼の耳に入ったのは2日前のことだった。


直後、彼は動いた。その男、フジキド・ケンジ――「ペイン・オブ・ソウカイヤ」――恐るべきアサシンにしてアヴェンジャーであるニンジャスレイヤーは、静かに、眼下のシントを、そして遥か先のミヤマを、獲物を待つハンターめいてじっと見つめている。


モータルならば闇夜に包まれているようにしか見えない地平すら、ニンジャ動体視力を以てすれば1億解像度のカメラめいて鮮やかに見えて来る。ネオフユキを一望する地に彼が陣取ったのは数分前。だが、彼は既にニンジャ知覚で収集した情報を高度に組み合わせ、彼の目的をどう果たすか思案に入っていた。


目的。そう、「ニンジャを殺すこと」。(ニンジャは、居る)間違いはない。アーリマンめいた悪のニンジャソウル、その残滓がそこかしこから感じられる。しかし、彼は未だ動き始めてはいない。いつものニンジャスレイヤーならば、殺害すべきニンジャを認めれば、即座に行動に移す――殺しに行く筈だ。


何故か。(だが――それだけではない)彼のニンジャ洞察力が、ニューロンに直接訴えかけているのだ。(ニンジャではない、何かが。いや、この地、ネオフユキ自体が、異常なのだ)


あるいは、ソウカイヤ残党が、アマクダリ・セクトがこの地に狙いを定めたのも、その異常性の故かもしれない。ニンジャスレイヤーが知らない何かを、彼らが把握しているとすれば。そしてそれが――ニンジャ存在をより邪悪なものに変える性質のものであるとするならば。


「大きな仕事になるやもしれぬ」ニンジャスレイヤーはそう呟き、立ち上がるや「イヤーッ!」獰猛なチーターめいて飛び上がり、反転しつつスリケンを背後に三連投擲! 投擲先には――影がひとつ。


「イヤァーッ!」タツジン! その影はいとも簡単にニンジャスレイヤーのスリケンを叩き落とす。ニンジャスレイヤーのアンブッシュは失敗に終わった。「ドーモはじめまして、ニンジャスレイヤーです」ニンジャスレイヤーは即座にアイサツを決める。


「ドーモはじめまして、ニンジャスレイヤー=サン。ヒロインえ……セイバースレイヤーです」暗闇の中から現れた影の正体は、そう言ってアイサツを返した。目深にかぶった青の帽子、ジャンパー、ホットパンツ……そして、顔の下半分を覆う、メンポ(面頬)めいたマフラー。


(ニンジャ、ではない)そう、外見だけであれば、彼女は実際ニンジャと呼べる条件を満たしてはいた。マフラー型のメンポ(面頬)はニンジャスレイヤーの知己であるとある少女を思わせる。何より、ニンジャスレイヤーのアンブッシュをいとも簡単に撥ね退けたあのワザマエだ。


だが、ニンジャソウルを感じない。それに近い「何か」を持っているか、あるいはそういう存在であることは疑いないが――。しかし、今はそんなことは些末であった。


ニンジャスレイヤーのニンジャ洞察力は、確実にその力を見抜いている。(ニンジャに非ずしてこのタツジン……何者だ)セイバースレイヤーと名乗ったその少女のワザマエは、ニンジャに劣らない。いや――それどころではない。


ニンジャスレイヤーが戦って来た数々の強敵、名のあるアーチニンジャにも匹敵するか、それを凌駕するものを、セイバースレイヤーは内に秘めている。「――貴様もまた、ニンジャか」セイバースレイヤーは、静かに攻撃の構えを取った。


セイバースレイヤーは、ニンジャからすれば、モータルである。だが、ニンジャを知っていた。それは、日本人がニューロンに刻まれている無意識下のニンジャ存在知覚とは確実に違うものだ。明確に、意識を以て、彼女はニンジャを見つけ、そして自ら近付いて来たのだ。


「――」ニンジャスレイヤーは、答えなかった。セイバースレイヤーを注意深く観察し、攻撃を予測しようと試みる。構えを見れば、その得物が剣であることは知覚出来た。だが、その剣は不可視である。何らかのジツか、あるいは、高度なドウグか――。


「ニンジャスレイヤー=サン」不可視の剣を構えつつ、セイバースレイヤーは静かに言葉を紡いだ。「ニンジャということは、貴様もフジムラ・ヤクザクランに仇を為す者の一派だな」そのコトダマは、清冽な怒りを帯びていた。


「フジムラ・ヤクザクラン……」「そうだ。吾が莫逆の友、フジムラ・ヤクザクランのグレーターティーチャーヤクザたるタイガ・フジムラ=サンの同胞を多数傷つけた者。私はそのうちの一人にインタビューし、ニンジャなる存在を知った」


フジムラ・ヤクザクランは、ネオフユキ市に存在する伝統的ヤクザ集団である。その仁義は実際に誇り高く、古き良きヤクザの気風を現代に伝えている組織であった。


だが、そのフジムラ・ヤクザクランこそ、当にニンジャスレイヤーが追っているソウカイヤ残党、そしてアマクダリ・セクトの標的となっている組織なのだ。彼らは、フジムラ・ヤクザクランがネオフユキに連綿と築いてきた利権を乗っ取らんとしているのである。


つまり、敵の敵は実際味方めいて共闘できる、という平安時代の剣豪ミヤモト・マサシのコトワザを引くまでも無く、セイバースレイヤーとニンジャスレイヤーの「標的」は同じ、ということになる。


「待て、それは誤解だ、セイバースレイヤー=サン」ニンジャスレイヤーは、セイバースレイヤーを制止しようと試みる。「どうだろうな。先のアンブッシュは見事なワザマエだった。あの一撃は、漆黒の殺意を持つ悪にしか繰り出せない」


実際にそれは鋭い指摘であった。ニンジャスレイヤーは、殺戮者である。その事実はケン・ジツが実際に殺人ジツであることに等しく、真実なのだ。セイバースレイヤーは、そのことを自らの剣で感じ取ったのだ。


「カラテあるのみだ。ニンジャとはそういうものなのだろう。カラテをぶつけあえば、ニンジャスレイヤー=サン、貴様の言葉が真実かどうか、私にも理解できるはずだ」「ヌゥ……」だが、セイバースレイヤーの言葉には真実がある。カラテだ。カラテあるのみ。


「相分かった。――その挑戦、応じよう」「ふ……」その瞬間、サーチライトめいた光が、セイバースレイヤーの手元から放たれ始めた。「よく言った。我が無銘勝利剣が、貴様の真実を暴くだろう!」


その言葉が、開戦の合図となる。「イヤーッ!」「イヤァーッ!」漆黒の闇と蒼き光が交錯し、カギヤ・ファイヤーフラワーめいてネオフユキ市の空を彩った――。



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