「二条乃梨子の驚愕」


Written by ユラ



 今まで自分が過ごしていた環境が何の予告もなしに激変したならばどう思う?
 しかも私以外にその変化に気が付いていないとしたら?
 そうなれば自分がおかしくなったか世界が変わってしまったかの二つが考えられる。前
者の方はまだ精神的な理由などで片付けられるけれども後者の方はそう簡単には理解も説
明も出来ない。そんな非現実的なことが起こる訳が無いのだから。
 でも、この状況は後者の理由でしか説明できないと思うのは私だけなのかな。
「ごきげんようノリちゃん! 相変わらずのクールビューティーっぷりだにょろ?」
 薔薇の館の二階、ビスケット扉を「ドカン!」という表現が似合うぐらいの勢いで開く、
祥子さまよりもはるかに髪のボリュームたっぷりでしかもとても長い同級生。
「ご、ごきげんよう鶴屋さん」
 突き抜けるぐらい明るく元気な声で挨拶してくるのはいつの間にやら同級生になってい
た「鶴屋さん」だ。どういうわけか彼女の苗字しか知らない、というより「分からない」。
 彼女の名前云々よりも深刻なのは、「いつの間に同級生になったか分からない」ことだ。
 意味は読んで字の如く。私が二年生になって三ヶ月ほど経った七月、いつの間にか鶴屋
さんが同じクラスにいた。組替えで見知らぬ生徒と同じクラスになったとは訳も意味合い
も全く異にする点に留意していただきたい。
 山百合会の人口密度は史上空前に高い。なんしか祥子さまと令さまが卒業された後、由
乃さまの妹有馬奈々さん、祐巳さまの妹涼宮ハルヒさん、そして私の妹の長門有希が山百
合会のメンバーに加わったことになっていた。二人抜けて三人加入。これで史上空前なわ
けが無いから当然まだ続きはある。山百合会の助っ人として朝比奈みくるさんと鶴屋さん、
そして瞳子が加わり計十名。一つの薔薇に多くても三人が限界、よって九名が最大の人数。
でも今ここに十人いる。三人は助っ人だけれども、そうやって山百合会に参加してくれる
生徒が現れ始めたのはつい最近というか瞳子と可南子さんのことなんだけどね。
 というわけで、去年とはうって変わって賑やかな薔薇の館である。とは言うものの、実
際にここにいるのは可南子さんと黄薔薇ファミリー、志摩子さん以外の六名だからそう変
わり無いのが事実なんだけどね。
 先ほど名を挙げた、ハルにゃん(これは鶴屋さんが付けたニックネームでいつの間にか
これがデフォルトになっているらしい)と、有希、みくるさまと鶴屋さん、この四人はま
るで怪しげな六芒星の魔方陣から煙と共に現れたぐらい唐突にそこに存在していた。
 いや、まぁ私が全校生徒を把握出来ているんじゃないけれどこの四人は多分一度見たら
絶対に忘れそうに無い。特に一年生のハルヒちゃんと有希は、新入生歓迎会の時に私がお
メダイを掛ける担当をしたクラスにいなかった。二人揃って欠席なんて考えられない。気
になったのでそのクラスの担任に聞いてみたところ、出席していたことになっている。
 私の思い違い……じゃないはずだきっと。いくらなんでも有希はともかく、ハルヒちゃ
んは強烈な個性を放ってるからどんなにお願いしても脳裏から離れてはくれないと思う。
 彼女たち四人がぽっと現れた(と私は本気でそう考えている)のは七月の一日だった。
 現時刻の三時五十七分より数時間ほど前の様子を振り返ってみることにしよう。



 七月一日の朝。私は、湿気と汗で腕に張り付く制服に若干の苛立ちを感じながら二年松
組の教室のドアを開けた。
 そこにはまた同じクラスになった瞳子の他に……誰かいた。
 体格のラインが出にくい仕様になっているリリアンの制服の上からでもその部分に目が
行ってしまう程に、ある一部分が超高校生級、でも顔は中学生並みな幼さを持つ生徒と、
コミカルな動きとケラケラと子供の様に笑うハイパーロングヘアーの生徒、後にみくるさ
んと鶴屋さんと分かる二人がまるで初めからそこにいたかの様に何の違和感も感じさせず
に存在していた。
「おや? ごっきげんよ〜ノリちゃん!」
「あ、ごきげんよう乃梨子さん」
 初対面の人から友人のように馴れ馴れしく挨拶されるという感覚は、実に奇妙で形容し
がたい違和感をもたらしくれる。オレオレ詐欺の加害者はこういった違和感を感じさせな
いような喋りをするんだろうか。それはともかくあんた達誰?
 私の記憶が確かならばこの二人は松組おろかこの学校にいないはずの生徒だ。あくまで
「私の記憶が確かならば」という前提だけどね。でも十六で記憶障害はあんまり考えにく
いし、精神を病むような出来事には遭遇していない。だから私は正常なはず。もとより何
をもって「正常」だと判断するかという話題は、それだけで一冊文の本が書けるぐらい深
い内容になりそうなので一旦保留させていただく。
 だから私は彼女達が「存在していた」のではなく「現れた」と解釈している。
「ちょっと瞳子こっち来て」
「ちょ、ちょ待って乃梨子さん! 急に何ですの!?」
 私は瞳子の二の腕をがっしと掴みながら瞳子を廊下まで引っ張った。
「あの二人何者?」
 はぁ? 今更何を言ってるんだと瞳子の顔全体がそう告げている。そんな顔しても私は
知らないものは知らないんだから。
「乃梨子さん頭大丈夫?」
 瞳子、それは言い過ぎだと思うよ。親友をかわいそうな人を見るような目つきでじーっ
と見るのはやめて。
「本気で言ってるの? 冗談ではなく?」
 もちのろん。私はあの二人を今日始めて見た。間違いない。
 瞳子は困ったような顔してから二人のことについて簡単ながら解説してくれた。
 解説によるとあの二人のうち、超高校生級のボディの持ち主はみくるさんという。もう
一人の純度百パーセントの元気の結晶塊な生徒は鶴屋さんという。何故か彼女は苗字で呼
ぶのが慣わしらしい。そこはつっこむべきか一瞬悩んだが流した。それどころじゃなかっ
たからだ。
 本当に嘘偽り無く私はこの二人を知らない。でも皆は当然の如く認識し彼女達に接して
いた。訳が分からなかった。
 でももっと驚くべき出来事が放課後の薔薇の館で待ち受けていたのだった。



 軋む階段を瞳子と二人で上り、右手に見えるビスケット扉まで歩いて開ける。すると、
ここにもまた見知らぬ生徒がいた。この二人も違和感無くそこに存在していたのだ。やば
い、頭痛くなってきた。一人は、両端にリボンの付いた黄色いカチューシャをしたミドル
ヘアーで活力の塊の様な生徒、もう一人は人形か何かの作り物みたいな無表情を保ち続け
ている生徒がイスに座ってごっつい文庫本を読んでいる。
 瞳子にそっと耳打ちした。
「誰? この二人」
「はぁ? 乃梨子さん病院に」
 それより先の台詞を言われては堪らないのでさっと瞳子の口を手で塞いだ。そして「失
礼します」とせっかく入った部屋をさっさと抜け出して瞳子の解説を聞くことにした。話
をしている時の瞳子のあの気の毒そうな表情を私は生涯忘れることはないだろう。
 ありがたいお話で分かったことは、ハルヒという活発少女はなんと祐巳さまの妹で、有
希という能面人形少女は驚くべきことに私の妹だという。
 私に妹? そんなバカな。瓢箪から駒にも程がある。いや私はそんなことを口走った記
憶も無いんだけど。
 兎にも角にも有希は私の妹ということになっているらしい。あくまで「らしい」と言っ
ておく。見知らぬみくるさんや鶴屋さんがクラスにいたというこはまだ納得は出来ていな
いけれど許容範囲内。でも、これがあなたの妹ですって言われてもこれは私の器を越えそ
うな勢いで理解不能。まず名前を瞳子に教えてもらってる時点で致命的。愛着もへったく
れもあったもんじゃない。困った。どう接すればいいのかさぱ〜り分からない。趣味も嗜
好も知らないのだから……。
 立ちっぱなしの長話もアレなので中に入って少し落ち着こうともう一度部屋に入った。
「ごきげんよう乃梨子ちゃんに瞳子ちゃん。入ってきたと思ったら出て行っちゃったけど
何かあったの?」
 祐巳さまは心配そうに私のことを伺ってくれる。今の私は大混乱の真っ只中なので、見
知った人がいるだけで少しは気分が楽になる。でも、私はそこにいる二人を知りませんと
は言えないので適当に誤魔化しておいた。
「そうなんだ。あ、立っていないで座ったら?」
「はい、そうですね」
 黙々と「一心不乱」という表現がピッタシ当てはまるぐらい集中してサイコロの様に太
い文庫本を読んでいた有希の隣に座った。有希は私の妹という設定らしいので、離れて座
るのも変だからね。でも私は何とも思っていないのだけれど。
「ごきげんよう有希」
「…………ごきげんよう」
 目線をほんの微かに私の方へ向け、人口音声のような無機質な声で挨拶する有希。それ
きり次の言葉を紡ぐこと無く本読みを続行する。……え? それだけ?
 二階には黄薔薇ファミリーがいなかった。おそらく剣道部の部活にでも出ているだろう
ことは想像に難くない。今日はこのメンバーで過ごすのかな、と思っていると冒頭で述べ
たように鶴屋さんがビスケット扉をドカンと開いて登場する。そして私だけがぎこちない
挨拶をする。
「いやぁ今日も暑っついことこの上ないねー! ユッキーお茶入れてくんない?」
「あたしのもお願い」
 ハルヒちゃんは顔を上げずに頼む。
「…………」
 この沈黙は了解したと受け取っていいのかな? 有希は、ぱたんと凶器にもなりそうな
ぐらい重厚な文庫本を閉じて音も無く立ち上がり、流しへ向かった。
「鶴屋さん、みくるちゃんは?」
 鶴屋さんは普通にイスに座ってるだけなのに、どういうわけか三年生の祐巳さまの方が
年下に見える。威圧感じゃないけれども、鶴屋さんにはそうカリスマ性に近いものが備わ
っている。例えれば会社の社長とかそんな感じがしっくりくるかな。
「今日はみくる用事があって来れないって言われちゃった! さてはデートだねん?」
 一人でそんなことを口走って一人で「ん? それはないか。あっはっはっはっは!」と
笑っていた。なんか幸せそうだな。私は脳内の環境整備で必死なのに。
「ごきげんよう。遅れてしまってゴメンナサイね」
 やっと来てくれましたか我が麗しのお姉さまである志摩子さんが。あなたがやって来る
のを今日ほど心待ちにしたことはありませんでしたよ。
「…………」
 志摩子さんは視線をテーブルに向けたまま、CDプレーヤーの一時停止ボタンを押した
かのようにぴたっと止まっている。その目線の先には祐巳さまの隣で雑誌をめくりながら
お茶を待つハルヒちゃんと、その向かいに座って同様にお茶待ちの鶴屋さんが。
「お姉さま?」
 私の呼びかけに反応して、やっと志摩子さんが動き出した。あのまま放置していたらど
うなっていたんだろうと思わないことも無かったが、残念ながら今はそれどころではない。
「乃梨子、ちょっと」
 志摩子さんはそういって私を部屋の外へ連れ出した。
「おや? ノリピーとしまこっちはお楽しみに行くのかい? いいなぁ。あたしも混ぜて
くんないかなっ? ふっふっふっふ」
 鶴屋さんの訳の分からん台詞は華麗にスルーしておく。
 志摩子さんに引っ張られて外に部屋の外に出た。
「あのね乃梨子、その、変なことを訊ねるかもしれないけれどあの人達は乃梨子の知り合
いか何かなの?」
 冒頭部分の訂正を行いたい。
 しかも私と志摩子さん以外にその変化に気が付いていないとしたら? と。
 私は自分の知る限りの情報を全部志摩子さんに伝えた。情報ソースは瞳子なので質問は
瞳子へよろしくお願いします。
「じゃあ私と乃梨子以外に誰も気が付いていないの?」
「はい、そうです。私達以外みんな異変には気付いていないようです。全く何の問題も無
く彼女達を受け入れています」
「そう……どうしてこんなことになってしまったのかしらね?」
 それは私も是非知りたい。でも誰に聞いたらいいのかちっとも見当すらつかない。
「なるべく平生を装っておきましょう。面倒ごとは好き好んで起こすことはないでしょう
しね」
「うん。分かった志摩子さん」
 部屋に入るなり鶴屋さんはアイスコーヒーのグラスを傾けながら何かのたまう。
「ありゃ? お早いお帰りだねっ。ノリピー気持ちよかった?」
 どうしてこう楽しそうに笑えるのか分からないが、私は再び華麗なるスルーを決め込ん
だ。
「うんうん。そのクールっぷりもユキっちとは別な魅力を感じるねい。うほっ、いい女」
 誰か彼女を止めてやってくれないかな?
「あたしにはその感覚が分かんないわ。何がいいのかしら?」
 雑誌から顔を上げてハルヒちゃんが言う。
「ハルにゃんもきっと分かるさぁ。ゆりってめがっさいいもんだってね。あたしはここに
来れてすんごく愉快愉快! あっはっはっはっは」
「分かるって言われても実感が湧かないわね。祐巳はどうなの? あなたも鶴屋さんと同
じ感覚持ってるの?」
 あれ? 今祐巳さまを呼び捨てにしたよね?
「え? う、それは何と言うか、そうね……志摩子さんヘルプ」
「私?」
 振られた志摩子さんもこれには困ったらしくはっきりした返事が出来ないでいる。とい
うか何でこんな話題になってるんだ、と思ったら種を蒔いたのは鶴屋さんじゃないの。
 当の本人は有希と何か喋っている、いや一方的に鶴屋さんが口を動かしているだけの会
話と呼べるのか疑わしい行動を取っていた。時たま有希は数ミクロン首を縦やら横に動か
しているように見える。欠片でも反応があるということは、やはりこれは会話と言ってい
いのかもしれない。
 そんなどうでもいい考察をしてる最中に気が付いた。人数分のコーヒーが配られている
ことに。多分有希が入れてくれたんだろう。
「有希、いただくね」
 私の横で淡々と頁を捲り続けていた有希は一瞬私の顔見て、
「どうぞ」
 とだけ言うとまた先ほどと同じ動きを続けていた。
 有希のアイスコーヒーは美味しかった。予めフレッシュとシロップが入れてあったけれ
ど、その加減が私の好みにバッチシ合っていた。妹だからなせる技なのか? 私には有希
の好みなんてヒンドゥー語の知ってる単語の数ぐらいしか知らないのだけれども。つまり
全くのゼロだ。私は面倒見の悪い冷たい人間だとかそいうのじゃなくて、有希とは今日が
初対面なのでそこは察して欲しい。ほんとだって。
「しまこっちは薔薇は好きかい?」
 鶴屋さんはまた訳の分からん話題を振りまいていた。あんたはソッチ系の話題しか振れ
ないのかよ! と心の中で突っ込みを入れておくに留まり、設定上の妹有希の観察を続け
ることにする。
「その本面白い?」
 有希の読んでいた本のタイトルは『鉄鼠の檻』というタイトルで、軽く千ページ以上あ
る文庫本だった。有希は目線を固定したまま呟くように答える。
「面白い。とても」
「どんな話なの?」
 私がそう訊ねると、
「読んで」
 と今自分が読んでいた本を私に差し出してくれた。
「いいよいいよ。有希が読み終わったら借してもらうからさ」
「そう。じゃあこれを」
 有希が鞄の中から取り出したのは、またもや分厚い文庫本でタイトルは『魍魎の匣』だ
った。これを読めということらしい。てかこいつもまたかなりの厚さを誇ってるな。読み
終えるのには一週間はかかるだろうなぁ。
「ありがとう。帰ったら早速読んでみるね」
「…………」
 有希はほんの微かに首を上下させた。一見するとまるで無表情無反応だけど、注意深く
見てみると反応が全く無いというわけじゃない。ただ反応が小さすぎて感知するのが難し
いだけだ。そういうことが分かると有希の様子をじっと眺めるというのも悪くないのかも
という考えに到ってしまった。始めて出合ったのにあっという間に違和感が消えていくの
は何故なんだろう。
「あたしは両刀使いさっ! みくるはどうだか分からないけれどねっ。あん子も可愛い顔
して結構な趣味持ってたりするんだからっ。んふふふふふ」
 もう勘弁して欲しい。瞳子は我関せずを貫き、志摩子さんも困惑しきりで祐巳さまにい
たってはいじめられたかのように半泣きになっていた。てか何時になったら仕事始めるん
だろ?



 結局この日はなんにも仕事もせずに鶴屋さん主催の「私の嗜好」についての討論会とな
ってしまっていた。訳が分からない。
 ハルヒちゃんは家がリリアンの近くらしく歩いて帰り、鶴屋さんは黒塗りの外車に出迎
えられての下校、残りのメンバーはバスで帰る。
 もちろん私には有希がどこから通っているのかつゆにも知らないのでさり気なく聞いて
みる。というか今気が付いたんだけれど、いつの間に私は「有希」と呼び捨てにしてるん
だろう? やけに今日が初見のメンバー達と馴染むのが早いのは気のせいなんだろうか?
「有希はどこから通ってたっけ?」
 彼女から教わった住所は私の住んでる場所からさほど離れていなかった。歩いて遊びに
行けそうなぐらいに。
「じゃあ私と帰る方向同じだね」
「…………」
 ほんのちょっと頷いたように見えた。ようし、有希の感情把握は少しずつだけど出来る
ようになってきたぞ。これでちょっとは姉妹らしくなれるかな。
 帰りのバスの間有希はずっと本を読むばかりでほとんど何も喋らなかった。
 バスが駅に到着し、瞳子や志摩子さん、祐巳さま達と別れる。私と有希は乗る電車が同
じ、降りる駅も同じだから帰りはずっと有希と行動を共にすることになる。
 一定の間隔をあけて私の横を歩を進める有希。てくてく歩く姿は精巧な人形が動いてい
るようにも見える。なんか不思議な子だよね。
 有希は電車に乗ってる間も黙々と本を読み進める。私はその様子を眺める。
 車内アナウンスが、私達が降りる駅に停車すると告げたその時だった。
「話がある。私の家に」
 今から有希の家に来いってことなのかな?
「そう」
 私は携帯電話で菫子さんに帰りが少し遅くなる旨を述べてから
「分かった。行くよ」
 と答えると今度は誰の目でも分かるぐらいな振りの大きさで頷いた。今日一番大きな感
情の発露のように思えたのは間違いじゃないはずだ。表現の意味は……嬉しい? かな?
 さて、駅の改札を抜けて有希のマンションへと歩いていく。ちょうど帰宅ラッシュの時
間帯だから駅前通りは学校帰りの学生や、仕事帰りのサリーマンなどで結構な数の人が歩
いていた。有希の家は駅から徒歩十分ほどの場所にある高級マンションだった。今年に入
ってから分譲を開始した物件だったように思う。広告で見ただけだから確証は無いけど。
 夕暮れのメインストリートを真っ直ぐに歩けば有希の住む家に到着する。当然ながらそ
の間に会話らしい会話は無い。私もどちらかというとお喋りなタイプじゃないから、沈黙
はそう苦にならない。どういうわけか有希と一緒にいると会話が無くても落ち着けるから
不思議だ。
 さすが高級なだけあって、マンションの玄関口に設置されてる端末から自宅の暗証番号
を入力すると、入り口のロックが解除され私と有希は中に入った。
 エレベーターで「7」を押した有希は無言のまま。見る人が見れば離婚寸前の仮面夫婦
にも見えるかもしれない。でも私は全くそうは思わないけどね。有希の住む「707」号
室に招かれた私はビックリした。何がかって? 部屋の無機質さに。
 有希の家にはまずテレビが無い、カーペットも敷かれていない、カーテンも無い、とい
う具合に装飾性が欠落していた。居間の真ん中にはテーブルがぽつんと置かれていた。ソ
ファなんて気の効いた物も無い。
「座って」
 言われるままに座る私。部屋は熱気がこもっているのか滅茶苦茶に暑いのでエアコンが
備わっていたことを仏様に感謝したい。ありがとう。
 遠慮なく冷房を入れさせてもらうことにした。有希は台所でお茶の準備をしているらし
いが、私は文明の力を堪能させていただく。うん。涼しいことはいいことだね。
 おぼんに麦茶の入ったグラスを乗っけて有希は現れた。
「飲んで」
「じゃ、いただきます」
 たっぷり汗をかいて水分を欲していた体は、瞬く間に麦茶を飲み干す。
「…………」
 有希は何も言わず二杯目を注いでくれる。表情に乏しいけれどこれで中々に気の効く子
なんだなぁということが分かった。
「有希は兄弟とかいるの?」
 私は素朴な疑問を投げかけてみる。
「一人暮らし」
「両親は?」
「いない」
 これは多分込み入った事情ってものがあるんだろうなぁ。
「…………ごめん。変なこと聞いちゃったみたいで」
「構わない」
 微妙に気まずくなった(おそらくそう感じているのは私だけだと思うけど)空気。
 気を紛らわそうと二杯目の麦茶をぐいっと飲み干した。三杯目を入れようとした有希を
制する。もうそろそろ本題に入らないと。
「おかわりはもういいよ。ところで話って?」
 このままだと何をしに来たのか分からなくなりそうだったので、自分から切り出した。
「…………」
 この沈黙は今日見てきた中でも特別なものだった。読み取るならば「どう言っていいの
か言葉を選んでいる」というような沈黙だろうと、私の脳内にある有希リーダーはそう解
釈する。
「…………」
「そんなに言い難いことなの?」
「わたしのする話は真実。疑わないで欲しい」
 そういうのは先に言うものじゃないと思うんだけど? 何か言った後でないと訳が分か
らないよ。
「先入観を持たれては困るから。わたしと涼宮ハルヒ、朝比奈みくる、鶴屋の四人は『こ
の世界』の住人ではない」
 え? それはどういうこと? 私は今日、数えるの面倒なほどクエスチョンマークを点
灯させてるなぁ。
「言葉のとおり。わたし達はあなた達から見れば『異世界人』ということになる」
 でも、立派に人の形してると思うよ。異世界人って何かウサ耳生やしたりネコミミ生や
してるって人達っていうイメージがあるんだけど。
「そういった世界もある。しかし、わたし達のいた世界はそれとは異なる」
 そうなんだ。で、何故この世界にやってきたの?
「涼宮ハルヒが望んだから」
 ハルヒちゃんが望んだから? よく分からない理由だな。彼女が望めば何でも出来るみ
たいな、そう、まるで彼女が神様であるかのような口ぶりに思えるけど。
「涼宮ハルヒは特別な存在。彼女の持つ力と私の能力を足してこの世界に訪れた」
 「私の力」? ということは有希にも何か特別な能力とかあるっていうこと?
「わたしは情報思念体によって造られた対有機生命体用インターフェイス」
 残念ながら意味不明です。何から聞けばいいのやら。そういう話はソッチ系の人にして
あげてほしい。きっとすんごく喜んで食い付いてくるだろうから。
「わたしはあなたたちの言葉で表現するならば『宇宙人』」
 理解するのは後にしておこう。そうじゃないと私の質問だらけで話が一向に進みそうに
ないし。
 結局、有希の話によるとハルヒちゃんは「特別な存在」で、彼女達には自分のいるべき
世界があって、有希の特殊能力やら何やらでこっちの世界にやって来たということになる。
「涼宮ハルヒの存在を肯定するため情報操作をした」
 じゃあどうして私と志摩子さんの記憶はいじらなかったのかな? 何か理由があるの?
「あなた達は保証人。この世界が涼宮ハルヒの存在という矛盾を解決しきれなくなった時
のための、万が一の保険」
 ようやっと事情が飲み込めてきた。なるほどね。私達は予備みたいなものか。
「そう」
「ハルヒちゃんはずっとこの世界にいるつもりなの?」
「それは分からない。涼宮ハルヒが満足するまで」
 え? それって一生このままっていうことも有り得るんじゃ。
「それは分からない……」
 それきり有希から次の言葉が出来ることは無かった。
 私は有希達を間違っても邪魔とは思っていない。ましてや自分の世界に帰れと追い出そ
うという気もない。私達の世界にやって来たいわば客人なのだから。
 おそらくハルヒちゃんは帰るとなったら実にあっさり引き上げるだろうと思う。彼女の
ことはよく知らないのだけど何故かそう思えてならない。
「夕食」
 携帯電話の時計を見ると時刻は夜七時を過ぎたところ。もうそろそろお暇させてもらお
うかな。夕食を食べていけと勧める有希に丁寧な断りの言葉を述べて帰宅した。
 一日であまりにも多くの情報に接したせいか少し頭が痛い。早く帰って大人しく休むこ
とにしよう。



 あっさりだった。あまりにも。冗談ではなかろうかというほどに。
 次の日登校して見ると有希の姿はなかった。ハルヒちゃんもみくるさんも鶴屋さんの姿
も一緒に。ということは考えるまでもなく
「自分の世界に帰ったんだ……」
 放課後、薔薇の館で志摩子さんに昨日有希から聞いた話をした。館にはまだ誰も来てい
なかったので好都合だった。
「そうだったの。彼女達の姿見えないということは帰ってしまわれたのね」
「うん。そうだと思う」
 こうして山百合会の人口密度は半分になってしまった。祐巳さま、由乃さまに奈々さん、
そして志摩子さんと私の五人に。昨日は黄薔薇姉妹はこの場にはいなかったから、そう大
した違いは無いように思えるけど、やっぱり何か感じた。これは寂寥感というものだ。
「あっ!? しまった!」
「どうしたの乃梨子?」
 有希から借りた本を返すのを忘れていた。いやまぁ返す機会が無かったという方が正し
いが結果は同じこと。
 鞄に入れっぱなしにしていた文庫本を取り出したとき、栞が一枚はらりと床に落ちた。
 それを摘み上げると、まるでパソコンで印刷したかのような立派な明朝体の文字列が手
書きで書かれていた。

「この本はあなたに進呈する。返却の必要は無い。長門有希」

 もしかしたら有希はこうなることを知っていたのかもしれない。
「ありがとう。有希。そしてさようなら」
 誰に聞かせるわけではないけれど、もうここにはいない有希にせめてもの謝辞を述べた。
「ごきげんよう!」
 何だ何だ? やけに騒々しく扉の開く音がしたので振り返ってみた。
 するとそこには……



FIN


初版2006年7月9日



作後贅言

いやぁ、ハルヒへの情熱が暴走してこんなん書いてみましたけどいかがでしょうか??

というかここだけの話、鶴屋さんと長門が書きたかっただけという罠(爆

この二人はナイスキャラ過ぎるよ全く(笑

キャラの把握のためのに書いた作品ですので、若干展開が荒いかもしれませんが(汗

また何らかの形でクロスオーバーさせてみたいですね。それではまた。

ユラ