「水野蓉子の優雅な?春休み」


Written by ユラ



 私は今、K駅前にある喫茶店「ARIA」でホットコーヒーを飲んでいる。

そして、私の目の前でアイスティをすするのは我が不機嫌なる優等生水野蓉子。私が、
今ここにいる訳はつい一時間ほど前の召集令状のような電話によるものだ。

「聖、今日は何か予定あるかしら? ちょっと話があるの」

 蓉子が私に話があるという。もしかして修羅場か?? と、一瞬焦ったが修羅場の原因
となる事柄がそもそも無い。

「ほら、私元白薔薇だからさ、疑われる理由が無い潔白な身なわけよ?」

 冗談でそんなことを言ってみたら、普通に無視された。

 そして、一時間後この店で落ち合うことになったのだけど、何故か蓉子は不機嫌だった。
話があるということで私からは何も話しかけず、ただ彼女が切り出すのを待ち続けた。

 そうして待つこと五分。

「ふぅ。今、春休みでしょう、だから私は登録制のアルバイトに登録してみたの。空いた
時間に働けるのは便利だったし、お小遣いも稼げるわ」

 蓉子がアルバイトか。ちょっと意外な選択肢だな。

「それでね、何件か仕事に行ってみたの」

「ふむ。それで何かあったわけ?」

 蓉子はアイスティのグラスから氷を一つ摘み上げて口に放り込んだ。

「一つ目は製本作業だったわ。話では本にしおりを挟んだり検品したりって聞いていたの
に……」

「のに?」

「全作業の85%が力仕事ってどうなのよ!!!」

 いきなり火山が爆発した。華奢な体に火山を秘めているのは紅薔薇の伝統らしいけど、
祐巳ちゃんには無い。無くて万歳!

「私が本にしおりをはさんだ数って二十も無いのよ! 検品のけの字すら無かったわ!
ひたすら荷物を台の上に積むだけ。ひたすらに。ただひたすらに!」

 エキサイトしてきた蓉子は通りすがりのウェイトレスに「アイスコーヒー」を頼んだ。

「時間が経つのが異様に遅く感じたわ。これだけ作業したのにまだ十五分しか経っていな
いって分かった時のあの複雑な感情をどう表現していいのか分からない!!」

 ダン、とテーブルに拳を叩きつけるわが豪拳の怒人(どじん)水野蓉子。残念ながら私
にはアルバイトの経験が無いから何とも言い難い。

「もうあんなに筋肉を使ったのは初めてかもしれない。筋肉の限界が近くなるっていう感
覚が分かっわ。だって軽く痙攣(けいれん)してたのよ? 次の日なんてもうそれはそれ
はひどい筋肉痛だったわ。両腕、背中、腰、両足がバッキバキに痛んだの」

 聞いていてちょっと気の毒になった。さすがにもう少し考慮してやってもよかったのに。

「それで肝心の給料っていくらだったの?」

「八時間働いて六千八百円と交通費が三百円。そこから所得税と訳の分からない費用でさ
らに二百円持っていかれたわ」

 大体六千五、六百円ぐらいか。自給換算で約八百円。聞いてる内容の割には安いと思う。

「次に行ってみたのがピッキング作業の仕事なの」

「ピッキングて何? 鍵をこじ開けるテクニック?」

 その時ちょうどウェイトレスがアイスコーヒーを運んできた。それにシロップだけ注ぎ
ストローでかき混ぜる。

「ピッキングっていうのは、倉庫から言われた品物を取ってくる作業のことなの」

「それはまた地味な……」

 蓉子の説明ではあまり体力系の仕事じゃなさそうに聞こえた。けれども……

「地味なくせにこれがなかなかに疲れるの。早足で歩きまわるから足が痛くって。しかも
その職場では休憩が十五分が三回しかなかったの! 荷物を置いてる場所に行くだけで、
片道四分、行って帰るだけで八分掛かるし五分前には作業場で待機しなければならないか
ら休憩時間なんてあって無いようなものだわ!!」

 えらくせこい休憩時間だな。まとめて四十五分あげてもいいんじゃないかと思った。

「結局七時間十五分働いて六千二百円ぐらい。時給で言えば約九百円だから可もなく不可
もなくといったところね」

 派遣の仕事ってそう給料が高くないらしい。やはり、一部が派遣会社がピンはねしてる
分安くなるんだろう。蓉子が働けば働くほど会社が儲かるというわけね。

 アイスコーヒーを一気に飲み干した蓉子は手を挙げて、今度はタマゴサンドを注文した。

「一番最後に行ったのが大阪ドームのイス拭きの仕事だったの。本当にイスを延々と拭き
続けるだけなの。他に一切の作業が無かったわ」

 超特大の大掃除だな。一体一日でいくつぐらい拭いたんだろう?

「これも一見楽そうに見えるんだけど、もってのほか!! 真面目にやればすぐに腕がだ
るくなってひどく疲れるの」

「じゃあどうするの?」

 タマゴサンドが乗っかった皿がテーブルに置かれると、直ぐにそれを一つつまんで話を
続ける。

「それが問題なのよ。私達の中にある女の子の二人組みがいて、それはもうビックリする
ぐらい拭くのが早いの。あんまり早いから勝手に心の中で『快速二人娘』って名付けてし
まうぐらいに」

 私言わせればそのネーミングのほうがビックリだ。もうすっかり冷えてしまったホット
コーヒーをすすった。ところでこの払い誰が持つんだろ? もしかして私か?

「聖? 聞いてるの?」

「あぁはいはい聞いてますよ。それで問題の続きは?」

「疲れないようにするコツは『力加減』ね。ここだけの話よ。いかに手を抜くかが重要な
の。全力でやれば一時間保たないのは明白だから」

 こりゃ驚いた。よもや蓉子口から「手抜き」なんて言葉が出るなんて。私もサンドを一
切れつまもうと思ったけど、もう皿にはパセリしか残ってなかった。おいおい勘弁して欲
しいよなぁ我が早食いなる空腹者水野蓉子。

「使っていないイスのホコリってすごいの。一度拭くだけで雑巾が真っ黒になるぐいらい
汚れていたわ。中にはとてもホコリには見えない訳の分からないゴミが落ちてたりするの。
同じ動きの運動を長時間続けると本当に『腕が棒になる』かと思ったわ。帰りの電車なん
て吊り革持つのでさえ辛かったもの」

「そっか。蓉子いろいろ苦労してんだねぇ。ところでさ、何のために稼ごうなんて思った
の?」

 そう私が訊ねるとしばらくうつむいて黙り込んでしまった。何か訊いてはならないこと
だったんだろうか?

「それは……」

 蓉子がトートバッグから取り出したのは一冊の分厚い本だった。ん? この本見たこと
あるぞ。確かこれは……

「あぁぁぁ!! 蓉子これって……」

「ほら前に聖が欲しがっていた本」

 私の前に置かれたページ数六百八十五の辞書並みに分厚い本は、私が前からずっと欲し
がっていた同人誌だった。「カラフルラバー」というサークルのコミケ限定の総集編で、
定価は三千円だったのに今ではプレミアがついて一万円もする高価稀少本なのだ。

「これ本当にもらってもいいの? 後で返せって言うのは無しだからね」

「喜んでもらえて何よりだわ」

 嬉しい。もう他には何も言葉が浮かばない。でも、一体どういう風の吹き回しなんだろ?

「今日は何か特別な日だった?」

「聖? あなた本気で言っているの? 今日は三月の十四日よ?」

 ん? 三月十四日っていえば……ホワイトデーか!! そういえばバレンタインにナニ
かあげたっけか。そうか、それのお返しにか。なんとまぁ嬉しいことをしてくれるじゃな
いかこの我が親愛なる恋人水野蓉子。

「聖? どうしたの? もしもし?」

「え、いや何でもない。この後晩に何か予定ある?」

「無いけれどそれがどうかしたの?」

 私はもらった本を丁寧に自分のバッグへしまいながら言った。

「しばらくうろついて夕食でもどう?」

「ご一緒するわ」




FIN


2006年3月1日初版



作後贅言


実体験をネタにするのが好きなユラですごきげんよう。

なんか非常に愚痴っぽい話になってしまいました(滝汗  「あはは」と笑い飛ばして
下さるとありがたいです。

実体験ということで本文中の仕事は全部私の経験によるものです。

一応面白おかしく書いたつもりなんですがちゃんと味付けは上手くいってるでしょうか?

最後はラヴな方向になりましたので、続きは皆様の脳内で補完してくださいませ(笑

ところで、本文に何回か出てきた「我が〜なる…水野蓉子」という表現は、とある小説に
出てくるキャラの喋りで、あんまりにも気に入ったので使ってみましたスイマセン(汗

では、また。



ユラ